第10話 害虫駆除
「遅くても三日後には帰ってくるから」
「うん。安全第一でね!」
「おう!」
親指を立て、両肩に赤と青のスライムを乗っけた俺はルシオ錬金術店を後にする。
ウエスカ大森林なら途中まで乗合馬車に乗って……あとは徒歩だな。
まあ、夜には大森林の浅いところまでなら行けるだろ。
冒険者ギルドで情報収集を、とも考えたけど大型ルベルビートルを狩ろうなんて人はいないかと寄り道はしないことにした。
徒労に終わるなら時間短縮をした方がよいよな。うん。
◇◇◇
順調に進み、ウエスカ大森林に突入する。
この森は奥へ行けば行くほど年季の入った樹木が林立しており、うっそうとしてくるんだ。
最深部には伝説の何かがあるとかなんとか。そこまで探検して戻ってきた人がいないから、真実は闇の中だけどね。
SSクラスの冒険者だったら、最深部まで探検できそうなものだけど、彼らはお金にならないことはやらない。
学者の知的好奇心を満たそうにも、SSクラスの冒険者に未踏の地の調査なんて依頼した日にゃあ、数百万ゴルダで足りるかどうか。
そんなわけで、最深部が探索されることは今後も無いだろうと予想される。
さあて、樹木の密度が上がってきたぞ。
時刻はそろそろ夕刻を迎えようとしているってところ。
俺がここに来るのは二度目だけど、前回は浅いところでキノコと毒草を採集しただけだった。
でも、広大な大森林ならきっと冒険者や狩人のブートキャンプ的なところがあるはずだ。
「青、鉄やそれに類する匂いを感知できないか、頼む。赤は焚火を探してくれ」
ぷにゅーんと上に伸び上がった赤と青のスライムのうち、赤の方が俺の肩からぴょーんと飛び降りた。
地面で跳ねた赤スライムは、ゆっくりとぴょこぴょこ進み始める。
「お、見つけたのか。すげえな」
てくてくと歩くこと二十分。横幅三十メートルほどの開けた場所に出る。
苔むした小屋が立っているが、あれは荷物置き用だろうな。
石を積み上げた竈があり、くべた薪は火がつきっぱなしだった。
鍋も吊るしているけど、肝心の人がいない。
「鍋のサイズからして、三……いや四人かな」
赤スライムは鍋の前でぷるぷるしたかと思うと、ぴいいんとてっぺんが伸び上がった。
青スライムも同じように俺の肩で上部を尖らせている。
何か……いるのか。
シュル――。
風を切る音がしたかと思うと、白い何かが飛来し俺の眼前でじゅうと音を立てて溶け消えた。
白い糸だったのか。
てことは蜘蛛系のモンスターか何かがここで休憩していた冒険者を狙ったってことか。
冒険者たちは逃げたのか、蜘蛛を倒そうと向かったのか……不明。
彼らがモンスターに喰われそうになっていないことを祈る。
赤スライム、青スライムともにぷるぷると震えボタンのような丸い目をこちらに向け、俺の指示を待っていた。
「赤。俺の肩に。青、『溶かす』でいこうか」
青も赤も攻撃範囲が広いからなあ。細かい指示でも理解してくれるけど、うっかり「やっちまえ」だけを指示するととんでもないことになる。
特に赤は炎だし、火事が怖い。
赤スライムと入れ替わるように青スライムが地面にぴょこんと降り立ち、グウウウウンと五倍ほどに膨れあがった。
「青、ヘイトを集めて」
『ばー』
青スライムの体に口のような穴があき、気の抜けるような声と共にぼんやりとした霧が浮かび上がる。
すると次の瞬間、前後左右の樹上から白い糸が青スライムへ襲い掛かってきた。
対する青スライムは霧を竜巻のように回転させ始める。
霧の色が乳白色から鮮やかなコバルトブルーに変わった。
ジュ――。
青い霧に触れた途端、白い糸は焼けるような音と共に溶けて消える。
糸を吐きだした蜘蛛たちはカサカサと広場へ姿を現した。その数……八匹!
全身が短い黒い毛に覆われていて、背中に白い模様があるのだが、髑髏のように見えて毒々しい。
胴体のサイズはおよそ二メートルもあり、足の長さはそれぞれ一メートル近くあるんじゃないだろうか。
怖気でぞくそくする……。
昆虫が大きくなると、これほどくるものはねえな。あ、ルベルビートルは別ですのであしからず。
片眼鏡をすちゃっと装着し、巨大蜘蛛を覗き込む。
『フォレストスパイダー
体力:240
力:105
素早さ:74
魔力:0
スキル:猛毒+4(神経)
猛毒+2(酸)
状態:空腹』
ほう、毒持ちか。錬金術に使うことができるな。
「青、頭を潰せるようなら頭で」
『うばー』
俺の指示を受けた青スライムの周囲を渦巻くコバルトブルーの霧が倍ほどに膨れ上がる。
竜巻のように渦を巻き分散したかと思うと、再び糸を吐きだしてきた八体の蜘蛛の頭へ霧が触れた。
じゅうううっと焦げる音が響き、糸ごと蜘蛛の頭だけが完全に消失する。
役目が済んだとばかりに霧が霧散し、青スライムも元のサイズに戻った。
頭を潰された蜘蛛はそのまま動かなくなる。
「さあて、毒を回収しようかな」
うっきうきで一体の蜘蛛の前に立ちナイフを構えたものの、ガクリと肩を落とす。
蜘蛛の毒液は顔にある牙から出ていたようだった。
となると、毒袋が体のどこかにあるはずなのだけど……どこか分からん。
解体するのも時間がかかるしなあ……。
ガサリ。
その時、藪の向こうから草の擦れる音が耳に届く。
チラリと両スライムへ目を向けたが、てっぺんは尖っていない。
「モンスターは倒しましたよ。ここはもう安全です」
藪の向こうへなるべく柔らかな声で呼びかける。
「お、よく見たら、この前の兄ちゃんじゃないか」
「あ、ウーゴさん。これはまた奇遇ですね」
「お前さん、相変わらず凄まじいな……」
藪から出てきたのは、矢筒を背負った痩身の若い男――ウーゴだった。
彼は雷獣の時に出会った冒険者で、まさかこんなところで会うとは思ってもみなかった。
彼に続き、法衣を着た栗色の髪のお姉さんも藪から顔を出す。
「クリスティナさんも来ていたんですか」
「エメリコさん、あの時は本当にありがとうございました」
ペコリと頭をさげたクリスティナことティナの顔は強張っている。
ウーゴはウーゴで、動かなくなった蜘蛛を見やりうへえといった感じで無精ひげを撫でていた。
「お前さん、錬金術屋なんてやめて、冒険者になった方がいいんじゃねえか」
「俺はしがない錬金術屋なんで。ルシオ錬金術店をどうぞごひいきに」
「しっかし、相変わらず物凄えな。数が多かったからどうしようかと思っていたところだったんだ」
「そうだったんですか。この鍋はウーゴさんたちの?」
「んだ。ここを拠点にして翅刃を狩ろうってんでな。俺たちはこの拠点の整備役でここに来てんだ」
「へえ。オルテガさんたちは?」
「旦那らは、討伐部隊に加わっているさ。一応俺たちはこう見えてもA級なんだぜ」
「お、おおお! Aクラス!」
巨大ルベルビートルの討伐依頼を出すならAクラスの冒険者にでも頼むんだな、と店主は言っていた。
つまり、Aクラスの冒険者なら巨大ルベルビートルのことを知っているかもしれない。
冒険者ギルドならともかく、巨大ルベルビートルが出た森にいる冒険者なんだ。期待が高まるぞ。
「つってもパーティでAクラスだからな。お前さんの前じゃ形無しだぜほんと」
「いやいや。ところで、ウーゴさん」
「ん? 何だ? 討伐部隊に加わりたいのなら、口利くぜ。お前さんなら、足を引っ張ることもねえだろう」
「いやいや、俺は冒険者じゃあありませんので。そんなことよりですね。巨大ルベルビートルが出たとか聞いてません?」
「知らねえな。なんだそりゃ」
「え、えええ。トンガラシの粉の元になっている甲虫ですよ」
「さあ、昆虫系モンスターは多発するし、いるかもしれねえな」
「そうですか……」
残念。ウーゴはまるで興味がなかった。
そうだよ。だから冒険者ギルドで聞こうなんて思わなかったんだよ!
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