「人を呪わば穴二つでしょ」アルバートー2



最終調整で、エミーリアは何とか剣を振れるようになったように装った。

アルバートに褒めてもらえたところで、今日の訓練の仕上げとしてモンスターを一人ずつ倒す時間になった。


「エミーリア、得物は何にするんだ?」


「剣は振るので精一杯ですから、槍にしますね」


「頑張れよ。私は向こうで見ているから」


「はい。アルバート様が見ていてくださったら百人力です。頑張ります」


「ああ、そうか。応援している」


アルバートは少し嬉しそうに顔を赤らめた。


ぎゃあ。好感度が上がっている手ごたえある!嬉しい!このまま『モンスターぶっ倒して来たら付き合ってください』とか言っちゃいそう!




一年生は集合の号令で空き地に集合して先生の指示で15人づつのチームに分かれる。

指導した一年生の稽古の成果を見る為三年生は空き地の隅に固まっている。


空き地の奥、森に接した場所には檻に詰められたモンスターたちがいた。全部、触手とイノシシみたいな巨大なモンスターだ。


これを一人一匹、ぶっ倒すのだ。それでこの物騒な授業は終了。








最初のグループの一年生の生徒が、広い空き地で一斉に15体のモンスターと向かい合う。

エミーリアのグループの順番は後ろの方だ。


モンスターが詰まっている檻の扉がゆっくり開く。


モンスターの荒々しい息遣いが聞こえる。殺気を感じる。肉肉しい音が聞こえる。

水が滴るような、泡が立つような、排水溝のような音も聞こえてくる。



…生モンスターって、本当に怪物みたい。


ゲームで見たやつはデフォルメされててちょっと可愛いのもいたけど、これはなんかゴキブリみたいな嫌悪感あるわ。




エミーリアがのほほんとそんなことを考えて、先生たちがモンスターの様子がおかしいことに気が付いた時にはもうすでに、モンスターたちが檻から湧き出たあとだった。



モンスターたちは体液を飛ばしながら一直線にエミーリアの方に向かってくる。


一対一で弱ったモンスターを相手取ろうと構えていた生徒たちが、狂気を放ちながら素通りしていくモンスターたちに唖然としている。




ゲームではエミーリアが相手をしたモンスターが一匹、執拗に襲ってきてただけだけど、今は15匹が一斉にエミーリアに向かってくる。

ゲームとは少し違う訓練の仕様と、モンスターの数にげんなりする。




気持ち悪いなぁ。

アルバート、この15匹いっぺんにワンパンできるのかなぁ…

アルバートには課金したから強いは強いはずなんだけど。


エミーリアはとりあえず逃げようとする。

が、15匹のモンスターはエミーリアには目もくれなかった。


…え?



15匹のモンスターが突進して行ったのは、エミーリアではなかった。






エミーリアではなく、アルバートだった。



モンスターの動きがおかしいことに真っ先に気が付き、剣を抜いて一年生がいる方へ駆けていた彼を、我先に捕まえようと触手を伸ばして向かっていくモンスターたち。


アルバートも剣で触手を薙ぎ払い応戦するが、凄い勢いの触手に飲まれ、たちまち上半身の服を剥ぎ取られる。

狂ったファンに身ぐるみはがされているようであった。



触手が淫らな感じに蠢いている。

モンスターは非常に興奮している。

これは、薬を飲んだ対象を攻撃するように興奮しているのではない。

どうやらエロい方面に興奮しているらしい。




流石に焦ったアルバートは必死に触手イノシシモンスターから距離をとる。


アルバートは体勢を立て直し、むき出しになった筋肉隆々の上半身で剣を構えようとしているが、その表情は苦々しい。




ぎゃあー!アルバートの筋肉凄い!腹筋と肩甲骨凄い!そりゃあモンスターも私も昂るわ!

いえーい、モンスター、もっとやれ!


…じゃなくて、モンスターが私には見向きもせずに、アルバートの服を剥いでいるってことは、あれか。エルフリーゼはレモンの蜂蜜漬けにモンスターを狂わせる媚薬かなんか入れたな。あれアルバートに全部食べさせたもんな。

しかもエルフリーゼ、モンスター全部に回復薬と増強薬飲ませてるって凄いな。

訓練の仕様上、どのモンスターが私にあたるか分からないから『ありったけのモンスターに薬やっとくか』とでも思ったのだろうか。

どこでそんなにたくさんの薬手に入れたんだろう。金持ちだな。



『金持ちだなあ』とエミーリアがエルフリーゼを見ると、エルフリーゼは冷や汗をたらたらさせて震えていた。


「ア、アルバート様が!どうしましょう、私が悪いんですわ…」


狂ったようにアルバートを犯そうとするモンスターを見て怯えている一年生の中で、ひときわ怯えて呟いている。


「アルバート様ごめんなさい、アルバート様…」


目をぎゅっとつぶって説法でも唱えるように呟いている。

何かを手に強く握りしめている。

それを強く握りしめているせいで、その手は白いを通り越して青くさえ見えた。


アルバートはおぞましい触手に阻まれてモンスター本体に近づけないまま、弄ぶように動く夥しい触手を辛うじて避けていた。


「アルバート様の貞操が…」


目の前の光景から連想される恐ろしい結末に行きついて顔を蒼くし、そして意を決したようにエルフリーゼは立ち上がった。

いくら悪役令嬢としての責任感溢れるエルフリーゼでも、自分のせいでイケメン旦那候補のアルバートがみんなの前でめちゃくちゃにされる想像には耐えられなかったのだろう。




「わ、私が責任をとりますわ!

その方に淫らな真似をするのはおよしなさい!」




エルフリーゼは猛烈な勢いのモンスターたちに向かって叫ぶと、ゴッと音を立てて持っていた物を飲み干した。



モンスターたちの動きが一瞬鈍くなる。触手が宙を彷徨う。


目がないモンスターたちは鼻を鳴らしながら、もっと魅惑的な匂いが強いエルフリーゼに突進することにしたようだ。


モンスターたちの生々しい口から見え隠れする牙の間からよだれが波飛沫のように溢れ出ている。

長い舌を欲望のままに出し入れする。

歓喜したような触手が、一直線にエルフリーゼに向かって伸ばされる。






エルフリーゼは目をぎゅっとつぶって祈りながら沈められる、人柱の村一番の美人娘さながらの出で立ちで立っている。


エルフリーゼに向かってくる欲望むき出しのモンスターを見て、数人の一年生が泣き声を上げ、何人かが腰を抜かし、大半が我先にと逃げ出した。




ぎゃんんん!と伸びてきたモンスターの触手がエルフリーゼの服を剥ぎ取ろうと布に絡まる。


いきなり進路を変えたモンスターがどこへ行くのか、誰が身を挺してモンスターの気を引いたのか、瞬時に判断したアルバートがエルフリーゼを助けようと体の向きを変えて飛び出す。





そんな光景を見ながら、エミーリアは思う。


…エルフリーゼ、みんなの前でモンスターに犯されるのは自業自得じゃん。

私を襲わせるためにモンスターに薬あげて、手違いはあったけど媚薬を私に使おうとしたんでしょ。

人を呪わば穴二つでしょ。


でもさ。エルフリーゼは悪役令嬢だから、ヒロインみたいにお色気サービスしちゃいけないんだよね。

イケメンを助けるために健気なことしちゃだめなんだよね。

自らを犠牲にするとか悪役令嬢の仕事内容じゃないから。

それ全部主人公の仕事だから。


それに何より、エルフリーゼにはこれに懲りずに、これからも元気に私のことを虐めてもらわなきゃいけないんだってば。




エミーリアが握って投げた槍がモンスターの脳髄を貫いたのと、アルバートが剣を振りかぶってモンスターを両断したのは同時だった。


…あと13。


傍で縮こまっていた一年生の生徒の剣を奪ってエミーリアが走り出す。

身を回転させて一気に切り裂いたのは2体のモンスター。それから大きく飛んで一体のモンスターの顔面に剣を突き立てる。

同時に、アルバートが横薙ぎに払ったのが1体。もう一振りでもう1体。

それに続くように何人かの先生が5体のモンスターを成敗した。


…あと3。


エミーリアが回し蹴りでモンスターの頬骨と頭蓋を割る。

アルバートが血糊にまみれ刃こぼれした剣を捨て、予備の剣を腰から引き抜いてモンスターの首を断ち切った。

先生のうちの一人が最後の一体を討ち取った。



あっという間だった。

あっという間にモンスターたちの巨体はすり潰され、切り刻まれて、エルフリーゼの眼前で紫色の血が大きな池を作っている。

もちろん、もう立っているモンスターはいない。

動いている触手はない。



「ふえぇぇぇぇぇ」


エミーリアとアルバート、先生たちがモンスターを一瞬で殲滅したと言っても、エルフリーゼは足や鎖骨、少しきわどいところの布を剥ぎ取られていた。

彼女は両腕でその身を抱くようにしながら崩れ落ちた。

力なくへたり込んでいる。

髪がバラバラに乱れて、頬が青くなっている。


「大丈夫か」


紫色の返り血を全身に浴びたアルバートは自分の体を拭くよりも前にエルフリーゼに駆け寄り、大きなタオルををどこからともなく出してきて、エルフリーゼを包むように肩にかけてやっている。


ちなみにエミーリアは返り血さえ浴びていないので、全く労ってもらえない。



「君は、その身を挺してモンスターの隙を作ってくれたな。その度胸、称賛に値する」


声を殺して泣くエルフリーゼの背をタオルの上から優しくなでてやるアルバート。


「もう大丈夫だ。落ち着くまで側にいてやる」


アルバートのその言葉に、エルフリーゼの泣き声が大きくなる。

そしてそのままエルフリーゼはアルバートに抱きついた。

泣き顔をみんなから隠すように、アルバートの広い胸に顔を押し付けるエルフリーゼ。

そんなエルフリーゼを優しく労わるような目で見つめているアルバート。




…羨ましいぜ。

でも、今回エルフリーゼは公開レイプ紛いのことをされそうになったんだもんね。いくら自業自得とはいえ。


これを機に改心されちゃあ堪らないから、暫くアルバートに抱きつくのも許してあげる。

これで癒されたら、さっさとアルバートから離れてこれまで通りちゃんと私のこと虐めてね。




エミーリアは後処理にワタワタしている先生たちと、びびり上がっている一年生、下級生を心配して駆けつける三年生が目の前で忙しく動いているのを、ぼんやりと見ていた。


暫くボーッと突っ立っていたら、ぼんやりとした景色の中から、背の高い影が一つ、エミーリアに近づいてきた。


「エミーリア」


アルバートだった。

泣き疲れて静かになったエルフリーゼを抱きかかえて、保健室に向かう途中で、エミーリアに声をかけたのだった。


「君は、何者なんだ?先程まで剣も思うように振れていなかったのに」


「アルバート様の最後の教え方がよかったんです」


「まさか。最後に私が教えたのは剣の振り方の基礎の基礎の基礎の基礎の基礎だぞ」


「…確かに、めっちゃ基礎でしたよね」


「そうだ。めっちゃ基礎、だったぞ」


「ためになりました」


「そうか、それは良かった…ではなくて。私は君ほどの手練れは見たことがない。私は君と本気で手合わせしてみたい」


私と本気でやり合ったら、いくらアルバートでも死ぬぞ。

ラスボスワンパンできる重課金による完全なマックスステータスと、主人公補正と、光魔法があるからな。


「そんなそんな。アルバート様と本気で手合わせしたら私死んじゃいますって」


「とぼけてもだめだ。

…むしろ本気でやり合って死ぬのは私だと、分ってはいる」


あ。さすがに相手の力を測れるくらいには強かったか。

そうだよね。私、アルバートにも課金沢山したもんね。


「だから君は…いうなれば私の目標だ。いつか、手合わせを願えるくらいにはなりたい」


「へ?」


「君に、好敵手だと認めてもらえるくらいになりたい」


「…へ?」



…聞き間違いかな?

『君に、相応しい男だと認めてもらえるくらいになりたい』って言ったかと思ったけど。

最近鼓膜の調子が悪いみたい。

こっちに来てから幻聴も聞こえるし、色々具合悪いわぁ。




アルバートはエミーリアに小さく礼をして去って行った。

その両手には小さく丸まった、柔らかいエルフリーゼが抱かれている。




…ねぇ私、最初の方アルバートの新妻だったよね?

一緒に槍の素振りだってしたし、レモンの蜂蜜漬けの容器だって、アルバートが食べてる時に持っててあげたじゃん。

それなのにさ、何この仕打ち。

二番目に推しの男の子から『お前のことライバルにしか見えない』って言われたら『私、どんな罪犯しちゃったの?』って思うじゃん。

ほんとに酷いパニッシュメントだよこれ。







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乙女ゲームの主人公に転生したけど、悪役令嬢のヒロイン力が高すぎてイケメンの攻略ができない @hayanenayaoki

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