「何これ新婚?」アルバートー1
学園が終わって家に帰ってからようやく、自分がお花の髪飾りを何処かに落としてきたことに気が付いた。
エルフリーゼに倉庫にぶち込まれたときに落としたのかもしれないな。
それで私が倉庫を破壊しちゃったからもう塵になって消えちゃっただろうな。
などとぼんやり考えていたら、2番目の推しとのエンカウンターイベントはすぐにやってきた。
今回の攻略対象はアルバート。先輩である彼には合同の武術訓練で一緒にペアを組んで、手取り足取り戦いの基礎を教えてもらうのだ。
そして仕上げに、弱った本物のモンスターを一年生だけで倒さなくてはいけないのだが、ここでエルフリーゼの出番が来る。
彼女がエミーリアのモンスターにこっそり回復薬と増強薬を与え、モンスターの力を強くする。そしてエミーリアにモンスターを引き寄せる薬を飲ませて、そのモンスターを『ヒロイン絶対殺すマン』に仕立て上げるのだ。
そして、他の生徒がそのモンスターの異常さに恐れおののき、疲弊しきったエミーリアがよろけて地面に倒れた時、アルバートがエミーリアの元に駆け付けモンスターをワンパンしてくれるのだ。
ゲームをプレイしている時は、バトルもたくさんあるしそういう世界なんだなぁってあまり気にしていなかったが、エルフリーゼの虐めって結構残虐だと思う。
一舐めで立っていられなくなるほどの痺れ薬をチョコレートに混ぜてみたり、真っ暗闇の折檻倉庫に閉じ込めようとしてみたり、モンスターと命のやり取りをさせてみたりするのだ。
エミーリアってもしかしたら可愛い以外に、エルフリーゼに何か酷いことをしたんじゃないだろうかと不安になってくる。
彼女の両親の仇だったりして。
まあゲームではそんなこと一言も言ってなかったし、エミーリアが超絶可愛いくて、エルフリーゼの将来の旦那さん候補をポンポン手籠めにしていくから、超絶妬まれてるだけだろうけど。
「君がエミーリア・フォン・シュベルクか?私はアルバート・フォン・グレンツェルだ。今日はよろしく」
合同の武術訓練の時間になり、学園内の室内訓練場に集合した生徒たちは一年生と三年生。
皆軽く武装している。
先生がペア割の名簿を読み上げてテキパキと指示している。
その先生の指示を聞き、エミーリアの元へやってきたのがこのアルバートだ。
濃いグレーの髪を一房にまとめている。髪とは違うグレーの鋭い目が最高なイケメンだ。
彼は代々王家に仕えてきた騎士の家に生まれ、今王子の専属騎士をしている。
…私も誘われた、あれだ。
最近も王子はちょくちょく私に会いに来てくれる。が、用事と言えば専属騎士にならないかの勧誘ばかり。
いつになったら専属の彼女にならないかと勧誘をしてくれるのだろう…とか言ってみるが、まだ序盤なのでいい感じになるのに必要な好感度が溜まっていないのは百も承知だ。焦らずいこう。
「アルバート様に見ていただけるなんて光栄です。今日は精いっぱい頑張りますのでよろしくお願いします」
エミーリアはニコッと笑う。
ある人はこれを花が咲いたようだと表現するだろう。またある人はこれを天使のようだと表現するだろう。
まあ要するに、これがヒロインの実力だ。
「ああ。私も精いっぱい君に教えるとしよう。
…だが、君は光魔法を開花させたそうだな。それもかなりの使い手だと。殿下から聞いた」
「ああ、あれは王子様をお守りしたい一心で。私もこの国の貴族の端くれ、王子様をお守りできたようで本当に良かったです」
「素晴らしいな」
「そんなそんな。まだまだです。私、もっとこの国に貢献できるようになりたいんです」
「そのような強い思いを持った君に指導ができるとは、今日は充実した日になりそうだ」
アルバートは満足そうに笑った。
…はいー!
愛国心と騎士の誇りを持ったイケメンのアルバート、最初の会話は完璧でした!
一字一句間違えず、好感度が上がる受け答えをしました!
生で見る満足そうなあの顔、最ッ高!イケメン過ぎてはらわたが煮えくり返りそう!
それからアルバートは手取り足取り槍と剣の訓練をしてくれた。
槍も剣も斧も槌も盾も体術も短剣も銃も大砲も爆弾も魔法も馬術も飛行技術も、課金で上げられるありとあらゆるスキルと能力は全部マックスまで上げてあるから、できないふりをするのは大変だった。
でも、できないふりを頑張った見返りは大きかった。
槍だって、普通に持って何気なく振れば風圧で誰かの服が切れたりするだろうから、小指だけ絡めて持っていたら『それじゃだめだろう』と優しく教えてくれた。
剣だって、普通に手合わせしたら多分アルバートが吹っ飛ばされるだろうから剣が重くて振り下ろせないと言っていたら、笑って一緒に筋トレから始めようと言ってくれた。
…何これ新婚?
もう私たち結婚しちゃった?
だめだめだめ。私には最推しのあの人がいるの。
私とアルバートが結ばれる道は逆ハーレムルートしかないのよ。
そうやって悶えながらも、沢山の女の子から妬みの視線を向けられていたことは気づいていた。
王子の専属騎士でイケメンで将来有望で強いアルバートに文字通り手取り足取り教えてもらってるんだもん。
そりゃ妬まれるわ。
でも私、妬まれるような乙女ライフを送りたいんだもん。
女子たちの鋭い視線をむしろ心地よく堪能していた時に、休憩の笛が鳴った。
生徒達がペアで思い思いに訓練をしていた手を休め、休憩に入る。
皆肩で息をして、汗をぬぐっている。
「エミーリア、君もよくやったな。休憩はしっかししよう」
アルバートがうっすら滲んだ汗を清潔なタオルで拭きながら槍を下ろし、エミーリアに微笑む。
…ああ、タオルになりたい。
「はい。私、今日で剣を振れるようになって見せます」
自分が緑がかった白のタオルになってアルバートに拭かれる想像をしながら、わざとゼーハーして見せるエミーリアも構えていた槍を下ろし、力強く宣言した。
「明確な目標を口に出すことはいいことだ。私も最後まで全力で君の手助けをしよう」
「ありがとうございます。
ところでアルバート様。私、レモンの蜂蜜付けを作ってきたのですが、もしよかったら…」
「ああ、そんな気遣いもさせてしまってすまない。実は好物なんだ。ありがたくいただこう」
「そんなそんな。気にしないでください。今日とても丁寧に教えていただいたお礼です」
ガサゴソガサゴソ。
初日に、カバンに入れていない物はカバンに入っていないということを学んだので、私はしっかりレモンの蜂蜜漬けをカバンに入れてきた。
ばーん。
侍女に作ってもらったレモンの蜂蜜漬け!
前に攻略本を読んで得ていた各キャラの好物情報で、この美青年を手籠めにしてやる!
「どうぞ。お口に合うとよいのですが」
「ありがとう」
訓練場の隅で、エミーリアはアルバートと隣同士に並んで座った。
レモンの蜂蜜漬けが入っている容器の開け方が妙に分からなかったので、エミーリアは力ずくでそれを開け、アルバートは少し驚いていたが気を取り直してレモンの蜂蜜漬けをエミーリアの持っている器から取り上げて食べている。
アルバートの男らしいノドボトケや蜂蜜が付いた色っぽい唇を見つめているエミーリア。
ずっと見ていたかったので、レモンの蜂蜜漬けは全部アルバートに食べさせた。
…何これハネムーン?
もう私たち一緒に国外旅行に来ちゃった?
最推しのあの人とも一緒に行きたい国外旅行。
ってか逆ハーレムルートにしてみんなでいくのもいいかも。
エミーリアがグフフフと笑っていると、向こうの方で一人休んでいるエルフリーゼが目に入った。
エミーリアに気が付いたエルフリーゼは、探るようでありながらも憎々し気な視線をエミーリアに投げかけてきた。
アルバートとエミーリアがラブラブだから羨ましいのだろう。
エミーリアはグフフフと笑ってやった。
エルフリーゼは内心中指を立てまくっていることだろう。
…ってか、いつどこでエルフリーゼは私にモンスターを引き寄せる薬盛ってくれた?
ゲームではどうやってその薬を盛ったか詳細な記述がなかったんだよね。
私、今日エルフリーゼに接触してないんだけど大丈夫かな。
あ、でもエルフリーゼが薬を仕込みやすいように私の水筒を人目につかないところに放置しておいたから、それに入れてくれたかな。
ちゃんと仕事してくれたよね?
エルフリーゼ、悪役令嬢としての責務を全うしようと頑張る君を信じるよ。
とりあえず水筒にあるお茶は全部飲んでいくわ。
アルバートと並んで、うふふあははとしていたら、休憩終わりの笛が鳴った。
これから少し最終調整をしたら移動して、学園の隅の方にある広大な空き地でこの合同訓練の総仕上げとして一年生の生徒達はモンスターと対面する。
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