「踵で倉庫って吹っ飛ばせるんですか?」ジークベルトー2

噴水前、中庭。




白いレンガの道に沿ってバラの生け垣が噴水を取り囲むように植えてある。さすが王子も通う貴族の学園。


庭に食べられもしない薔薇と飲めもしない噴水がある時点で、民の血税が無駄に使われていることが分かる。




待ち合わせ場所にたどり着いた。




エミーリアは走ってきたが、閉じ込められて閉じ込めた時間と、クロちゃんなるモブに呼び止められた時間を含め、30分ほどの遅刻である。




キョロキョロしてみたが、そこにジークベルトの姿はなかった。




…あのチャラ男、もしかして他の女の子に誘われて私との約束すっぽかした?それとも私が全然来ないから他の女の子とお昼ご飯食べることにした?




はっ。私の馬鹿馬鹿。疑心暗鬼!


ジークベルトが危うく冤罪になるところだった。


私、気が付いたぞ。


…ジークベルトはなかなか来ない私を探しに行ったんだ。






ということは、私はジークベルトを探しに行けばいい?


さてどこをどう探したもんかな。




ってか私、答えを知ってる気がするんだけど…


ゲームだとここは…




「あー!エルフリーゼか!」




エミーリアははっと気が付いて大きな声を出した。




ジークベルトはゲーム通りに、私が閉じ込められているはずの倉庫にたどり着くに違いない。


そうなったら、私が閉じ込められているはずの倉庫で、ジークベルトが、私が閉じ込めたエルフリーゼを助け出す可能性大!


悪役令嬢のエルフリーゼが、また被害者ヒロイン顔して助け出される可能性大!




馬鹿馬鹿馬鹿。それだけは全身全霊で阻止しなきゃ!






エミーリアは再び走り出す。


エミーリアが閉じ込められているはずだった倉庫まで。




クロちゃんがいた直線の道を使うのが一番の近道だけど『先約があるから』と言った手前、また目の前に現れて『なんだよ一緒にご飯食べたくなかっただけの嘘つきかよ』と思われるのは何となく嫌だったので、違う道を駆けた。




ってかクロちゃんなんであんな草むらの中にいたんだろう。ま、何処にいようと人の勝手だしいいけど。


















エミーリアは倉庫にジークベルトより早く到着したようだ。倉庫ではまだエルフリーゼが『誰かいませんかー』と声を出していた。




よしよし。誰もいないうちにさっさとエルフリーゼを解放して、ジークベルトとごはん食べよ。




エミーリアは倉庫のドアの取手に手をかける。


開かない。




あ、鍵か。鍵をあければ。


鍵…




「ってかエルフリーゼ?私だけど、あんた鍵持ってるんでしょ?このドアどう開ければいいの?」




「貴方、その声、その乱雑な話し方、エミーリア様?私鍵は持っていますけど…あの、この倉庫、内側からは開けられないですわよ。これ、昔使われていた、せ、折檻用の倉庫なんですの」




エルフリーゼの声が心なしか震えている。




何それ昭和か?明治か?大正か?


この学園怖い!


そういえば昨日の武術の授業の時に、授業中には『絶対水飲むな、集中すれば喉などか乾かん』とか教師に言われたっけ。


あと授業中に居眠りしたらバケツ持って廊下に立たされたりとかしたっけ。


それにこの前早弁したらチョーク飛んできたっけ。




いやいや、そんなことはいいとして。


とりあえずエルフリーゼを解放せねば。








「…エルフリーゼ、倉庫の扉から一番遠いところに避難してて。


光魔法、AA+BB!」














…あれ?なんかさ。




と光魔法を発動させたエミーリアはふと思った。






折角エルフリーゼが監禁してくれようとしたのに、私何してんだろ。




今日の昼休み、私がしたこと。エルフリーゼ閉じ込めて、エルフリーゼ助けた。昼休み終わる。誰も得しない自作自演乙。それだけ。


あ、クロちゃんなる人とちょっと話した。以上。おしまい。




あれ?私ジークベルトとイチャイチャするはずだったのにおしまい?




ゲームではジークベルトが斧振って倉庫の扉ぶっ壊して、エミーリアを助けてくれたっけ。


それから抱きかかえて、『エミーリア、大丈夫か』って言ってくれるんだっけ。


あーあ。何か私、またイベント無駄にしたよね。


こんなことになるなら大人しく折檻されとけばよかった。


凛々しいジークベルトに助けられたかった。








エミーリアが光の魔法陣を纏った片足を上げる。


それをジュシュアアア!と振り下ろすと倉庫が爆発したかのような轟音と共に半壊した。




倉庫の破片が、爆風と共に四方に飛び散る。


エミーリアの美しい緑がかった白銀の髪も爆風に弄ばれる。


ドアはおろか、折檻倉庫の半分はもう跡形もない。




前方から女性の悲鳴と、横から男性の驚きの声が聞こえた。




「エ、エミーリア…?」




横の方で聞こえた驚いた男性の声の主は、ちょうどなタイミングで倉庫にたどり着いたジークベルトだった。




そして、エミーリアを飲まず食わずで探していて疲れていたところに、エミーリアのありえない破壊力の踵落としを見せつけられたのだ。


戸惑った表情でエミーリアに近づいてくる。




「えっと、無事?みたいでよかった…?のかな?今可愛らしい君の踵が倉庫を吹っ飛ばしたように見えたんだけど?気のせいだよね?」




戸惑いというか、半笑いの顔を隠せないジークベルト。




「え?踵で倉庫って吹っ飛ばせるんですか?そんな事、課金でもしない限り無理ですよ。気のせいに決まってるじゃないですか。ジークベルト様」




エミーリアはきょとんとした可愛い笑顔をジークベルトに向ける。




「っか…そうだ、そうだよね。いや、安心したらおなかが減ってきちゃったよ」




ジークベルトも気を取り直したようで、得意のキラースマイルをエミーリアに向けてきた。


でもその顔はどこか笑いをこらえているような、困っているような、泣きそうなふうにも見える。




何だその顔。


ジークベルトも言ってるように、おなかがペコペコだからなのかな。




あ、ならちょうどいい。最初はお昼休みが終わるギリギリまで閉じ込められてジークベルトに助けてもらう予定だったから、握り飯をポッケに忍び込ませてたんだよね。


こんなのゲーム中にはなかったけど、これ恵んであげよう。


それで上げ損ねた好感度上がるといいな…




エミーリアは先ほどの虚しさを埋めるようにジークベルトに食料を分け与えることにした。




「ジークベルト様、握り飯ありますけど」




制服のスカートから、うんしょっと引っ張り出した大きな握り飯は、潰れていた。大きくて白い五平餅みたいになってる。




「なにそれ座布団?」




「…は?握り飯だけど」




エミーリアは口の悪さを誤魔化すようにコホンと咳ばらいしいて、


「流石に座布団なんて食べる気も起きませんよね、はいはい」


とそれを引っ込めようとする。




「あはははははは」




もう堪えられないとばかりに、いきなり笑い出したジークベルト。


引っ込めようとしたエミーリアの手首をぎゅっと掴む。




眉をひそめているエミーリアから、大きな握り飯を受け取ったジークベルトは言った。




「今おなかすいてるからそれでも食べたい。


…なんかエミーリアってもっとお嬢な感じなのかなって思ってたけど、踵落としはかますわ、握り飯は大きいわ、野郎の友達みたいじゃん。見た目はこんなに可愛いお姫様なのにね。緊張解けちゃったわ」




あはははと遠慮なく笑うジークベルトの印象は何となくゲームと違う。


それを不思議に思いながらも、エミーリアは彼の言葉を脳内で反芻する。






…あれ?何それ恩を仇で返すの?


おにぎり恵んでくれたうら若きヒロイン乙女と、猛々しい野郎を一緒にするとか。




爆笑する顔が見れて、自然に手首をつかんでくれたりしたところにはウハーってなってしまったが、愚直にウハウハできないことも言われてしまった。


やっぱりエルフリーゼを助けるために踵落としなんかせずに、最初から大人しく倉庫に籠っていればよかった。調子のるんじゃなかった。


それにやっぱり握り飯は自分で食らうべきだった。慈悲の心なんて持つんじゃなかった。








飼い犬に手を噛まれたような蒼い顔をしているエミーリアから視線を逸らし、破壊された倉庫を見渡したジークベルトが声を上げた。






「あれ?誰かいる!血流してるけど!」




半壊した倉庫の隅でのびているエルフリーゼに今気が付いたらしい。




倉庫の破片が当たったのだろう。頭から血を流して気を失っているエルフリーゼに駆け寄るジークベルト。


エミーリアからもらった大きなおにぎりは無造作にポケットに突っ込んで、エルフリーゼの体を抱き起す。




「君、大丈夫?気を失っているみたいだ」


エルフリーゼのそばに膝をついたジークベルトは彼女の肩を優しく叩いて状態を確認する。




「…俺この子を保健室まで運ぶから、エミーリアはもう授業始まるから教室に戻ってなよ」


ジークベルトはエミーリアに振り返って言う。


エミーリアのリアクションを待たず、流血して儚い感じになっているエルフリーゼをゆっくりお姫様抱っこで抱え上げる。


流石イケメン、お姫様だっこが様になる。




抱え上げられた振動で意識が戻ったのか、エルフリーゼが


「んん…」


と声を上げた。


そして痛みを感じたのか、眉を潜める。


それから弱弱しく目を開いたエルフリーゼが近くにあるジークベルトの顔を見て、驚くよりなにより先に『ああ』と安堵のため息を漏らして、ゆっくりとジークベルトにしがみついた。


それに気が付いたジークベルトがよかった、と彼女に向けて小さく微笑んだ。












…えーと。


傷心のうら若きヒロイン乙女に追い打ちですか?


悪役令嬢が、なんでヒロインより可愛いことしてんの?


私も今すぐ角に頭ぶつけて気を失いたいんだけど。痛いのは嫌だから豆腐の角で。


エルフリーゼは倉庫の破片だけじゃなくて、冷凍した豆腐の角でもっと頭打ってしまえばいいわ。










「あ、そうだ。今日昼めし一緒に食べられなかったから今度ラーメン食べ行く?」




もんもんと呪詛を唱えるエミーリアに、エルフリーゼをお姫様抱っこしたジークベルトが、ふっと振り向いた。










…何、昼めしって。最初に私のこと誘った時は『お昼ご飯』だったじゃんか。


もう友達野郎認定されたってこと?


しかもラーメン?このうら若きヒロイン様とラーメン?


ってかラーメン屋あるの?このゴテゴテカタカナの名前の国にラーメンあるの?






…ってか。それ日の丸の国のソウルフードですよ、っ食べたいに決まってるじゃん!




「…行くに決まってる、じゃん」








そのエミーリアの返事を聞いて、ジークベルトはまた『あはははは』と笑った。




その声を聞いてジークベルトに甘えるような視線を投げかけ、きゅっとさらに力を入れて抱きついたエルフリーゼ。


その行為に急かされるようにして、ジークベルトはエミーリアに『じゃ、また』と言って去って行った。










…何これ。友達野郎の沼に片足を突っ込んだ感ある。


ジークベルトが懲りずにまたラーメン誘ってくれたのはちょっと嬉しかったけど、これで追い打ちをかけるように次〇系ラーメンとか連れていかれたらもう立ち直れないかも。


あ、もしかして私今フラグ立ててる?










それからエルフリーゼ。


今回は私が君の仕事を台無しにしてしまったようだから、百歩譲っていい思いさせてやるから、次はしっかり虐めておくれよ。


次は2番目の推しのイベントなんだから。








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