「お昼中庭で待ち合わせしよ」ジークベルトー1
私は課金してゲットしたアイテムを眺めながら思う。
戦闘で使うキャラクター専用の武器やらなんやらもあるけど、今日はおめかしアイテムを付けていこう。
デフォルトの制服を脱いで、課金してゲットしたドレスにわざわざ着替えて学園に行くのは流石に生徒指導室にしょっ引かれそうなので今日はだめだし、不思議な色をしたウィッグもたくさんあるけど、こんな序盤から原型留めないくらいにイメチェンすると攻略対象に見つけてもらえないかもしれないし…
と悩んだ末、無難に可愛い石が散りばめられたお花の髪飾りを髪につけるだけに留めた。
前回二回の不完全燃焼だったエンカウンターイベントについて反省し、ヒロインっぽさをいつもより前面に出していこうと思っている。
今日はちょっと特別な日なので。
そう。今日は新しいキャラクターとのエンカウンターイベントがあるのだ。
5人の攻略対象のうち4番目には好きなキャラクターだし、逆ハーレムエンドを視野に入れて、主人公がもっと可愛くなっても罰が当たることはあるまい。
今日は『廊下で見かけて可愛いなって思ったんだけど、お昼一緒に食べよ』と元気チャラい系男子ジークベルトにお昼ご飯に誘われるのだ。
しかし待ち合わせに向かう途中、それを妬んだ悪役令嬢のエルフリーゼに倉庫に閉じ込められる。
『どうしよう、待ち合わせの時間過ぎちゃった…暗くて何も見えないしおなかもすいてきたし、誰にも見つけてもらえなかったらどうしよう…』と困っているところで、ジークベルトが駆けつけて『エミーリア、大丈夫か』って助け出してくれるイベントなのだ。
よーし。ちゃんと倉庫にぶち込まれて助けてもらうぞー!
エミーリアは学園内の広く豪華な廊下を歩いている。
次の授業のために教室を移動しているのだ。赤い絨毯が敷かれている廊下では大勢の生徒が行き来している。
同じ制服を着ているのに、流石貴族、みんな煌びやかである。
…まあエミーリアが一番可愛いけど。
あ、あっちの女の子はなんか妬みっぽい視線を私に投げつけてきている。
あの男の子もあっちの男の子もエミーリアのこと二度見してるからかな。
そんなことを考えながら歩いていると、すれ違った男の子に呼び止められた。
すれ違って一度は別々の方向に歩いて行ったはずなのに、彼はばっと振り返って戻ってきたのだ。
イベント発生だ。
「…ねえ、君のこと時々廊下で見かけてたんだけどさ、今日お昼ご飯でも一緒に食べない?」
…来た来た。実際のジークベルトもかっこいいなあ。濃い空色の目となきぼくろがイケメンだなぁ。
まぁちょっとチャラいキャラだから私の最推しではないけど、専用武器の大斧がカッコいいんだよなぁ。
「えっと…私ですか?」
「そうそう。あ、俺ジークベルト・フォン・ヘーゲルっていうの。君の名前は?
ごめんね、名前も知らないのに声かけちゃって。可愛いなって思ってたからつい堪らなくなって声かけちゃった」
「そんなそんな。私はエミーリア・フォン・シュベルクです」
「名前も可愛いんだね。どう?こんな見ず知らずのやつとお昼ご飯食べるの嫌?」
「そんなそんな。私でよければ是非ご一緒したいです」
「やった。じゃ、今日のお昼中庭で待ち合わせしよ。場所分かる?」
「噴水があるところですよね?はい、じゃあそこでお昼に」
「うん。楽しみにしてるね」
じゃあねと言って手をひらひらさせながら去って行くジークベルトを、完璧なヒロインスマイルで見送るエミーリア。
よしよし。ゲーム通り。
ゲームとまるで同じ会話だったから、これで第一印象は完璧な筈。
そういえば、チャラ男って苦手なキャラだったけど、ジークベルトは男らしくて優しいところもあるからエンディングが結構好きだったんだよね。
でも私には推しのあの人がいるから、ジークベルトルートは取らないけど、でも。
エルヴェもジークベルトも画面で見るより100億倍かっこよかったから、やっぱりやっぱり逆ハーレムルートも誠に捨てがたいな…
と。
逆ハーレムに想いを馳せていたら、もうすでにお昼休みになっていたので、エミーリアはジークベルトとの待ち合わせ場所である庭への道を足早に駆けていた。
駆けていた、と思った矢先、
どぎゃぁぁぁん
横から誰かが走って来て私の体を弾き飛ばした。
「うあぁぁぁぁ」
予想はしていたのに、妄想してウハウハしていたエミーリアは間抜けにも吹っ飛んで、倉庫の中にずささささと滑り込んだ。
あっ、これは。と思って暗い倉庫内から明るい出入り口を見ると、やはりエルフリーゼが仁王立ちでふんぞり返っている。
「貴方、この前もエルヴェ様とイチャイチャ小指同士を絡ませたりしてなんなんですの?これ以上チヤホヤされるのは許しませんわよ!」
「はーい」
…よしよし。この調子で許さないでいてくれたまえ。
ってか正直に言ったらもう虐めてもらえないかもしれないから、絶対言わないけど、エルヴェにはロマンチックの欠片もない約束をさせられたんだけどね。
実際、ヒロイン差し置いてイチャイチャチヤホヤされていたのはあんたですけどね。
「貴方、ジークベルト様にまで色目を使って!ジークベルト様ったらウキウキしてらしたわ!貴方なんかにウキウキなさるなんて本当に可愛そう!」
「…む?」
「私がお誘いしても大切な用事があるの一点張りで。いつもだったらみんなで食べようかなんて言ってくださるのに」
なんだって?
あのチャラ男のジークベルトがお昼ご飯を食べるだけなのに大切な用事とか言ってくれてたんだ!
やっぱり私が超絶可愛いヒロインだからウキウキしちゃったのかな?
じゃあここで監禁されることを知りながら、ジークベルトとの約束すっぽかしたら罪じゃない?
それにイケメンがそんなにウキウキしてくれてるんだったら、報いたいじゃん。
「…ならジークベルトとお昼ご飯食べなきゃじゃん」
「何を言ってらっしゃるの?貴方がジークベルト様と仲良しになる必要はないのですわよ!」
「いや、逆ハーレムルートも確保しとくつもりだしやっぱ仲良しになってくるわ!」
ごはん一緒に食べた方が、倉庫に閉じ込められてるより好感度上がるかもだし。
エミーリアは倉庫内から走り出た。
入口でふんぞり返っていたエルフリーゼはエミーリアにぼんっと弾き飛ばされて、倉庫内に転がった。
エミーリアは『あぁっ』といって倒れこんだエルフリーゼにくるっと振り返る。
「あ、邪魔されるのやだからあんたのこと閉じ込めとくから」
「ッ…貴方、これ以上私の将来の旦那様たちと仲良くしようというのなら、それ相応の報復が待っていますわよ…!」
床に伏したエルフリーゼは眉根を寄せてキッとエミーリアを睨む。
…むしろ報復をお待ちしています。
私、ヒロインだから虐められたらいじめられた分だけ報われるんだもん。
女子からいじめられた分だけイケメンに優しくしてもらえるんだもん。
「じゃね!」
バタン。
エミーリアは笑顔で倉庫のドアを閉めた。
中でエルフリーゼは怖いだの暗いだのギャアギャア叫んでいるが、心を鬼にしてエミーリアは今先を急ぐ。
早く中庭に行ってジークベルトとお昼ご飯を食べよう。
「なあ」
倉庫から中庭までの最短ルート、障害物を気にせず一直線に走っていたら、草むらの方から何処かで聞いたことある声が聞こえた。でも止まらずそのまま走り続ける。
私、なあなんて名前じゃないし。
「お前のこと呼んでんだけど」
今度は突然、真正面から声が聞こえてきた。
メガネをかけた真っ黒髪の、色っぽいほくろを口の横に付けたモブに話しかけられた。
というか行く手を阻まれた。
草むらの中で。
こんな唐突に。
誰お前。
モブのくせに無駄なイケメンとか、運営儲かってるな。
「お前の名前、教えてくれない?…あの時聞けなかったから」
「人に名を聞くときはまず自分から名乗れ」
唐突に名前を聞いてきたモブに名前を聞くのは酷だろうか。名前つけてあげた方がいいかな。
「俺…」
「あ、いいよ。私がつけてあげる。黒髪だからクロとかってどうかな」
「はは。お前やっぱ…いや。お前がそう呼んでくれたら嬉しいわ」
「オッケー。クロちゃんね。じゃあ私もう行くから」
ちゃっと二本の指をおでこから飛ばしてさらばする。
クロちゃんはイケメンだけど、今は攻略対象が腹を空かせて待っているので早くいきたい。
「あ、待て」
手袋をしたイケメンモブに手首を掴まれる。
「お前の、名前」
「ああ。エミーリア・フォン・シュベルクだよ」
「エミーリア…あのさ、今日お前と話してみたいと思ってわざわざ来たんだけど、時間ないの?」
「えーと、これからお昼ご飯食べなきゃいけないから」
「じゃあここで食べてけよ」
このモブ、やけに粘るなあ。
…いや。
いつも忘れそうになるけど、ここはゲームのキャラクターがいる世界だけど本当に人が生活していて、本当は一人一人名前があるはずなんだ。
ごめんよ、モブなんて言って。
ゲームには出てこなかったけど、クロちゃんもエミーリアの美貌に惹かれた一人のイケメン生徒ってとこかな?
こういう出会いを大切に、攻略対象だったキャラには似ていない誰かと情報交換とかしてみるのも楽しいかもしれない。
だが、今日を逃すとこのジークベルトのイベントは終わってしまうんだよ。
「すまん。今日は先約あるんで。あばよ」
ということで私は失礼する。
エミーリアはシュタッと敬礼して、何か言いかけていたモブイケメンもといクロちゃんを撒いて走り出した。
からんと小さな音がした。
こちらの世界に来る前は髪飾りなんてつけたことがなかったエミーリアは、おめかしアイテムをここで落としたことには気が付いていなかった。
エミーリアは、ジークベルトとの中庭ラブラブランチの予習という名の妄想で忙しかったのだ。
今日のお昼ご飯。
握り飯のイケメン添え~チャラ男風味~
…ああ、4番目に推しのイケメンが隣にいたら、握り飯が何億倍も美味しいんだろうなぁ。
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