第九幕 自分が破った約束で自分の約束も破られる=神を疑ったアダムを神もまた信じない・・・
虹色文庫新人賞受賞作『魔法がきこえる』は、順調な売れ行きだった。
愛王楓さんの出身地である茨城県つくばの常筑新聞での批評を読んだが、大絶賛だった。
僕は一応聞いておいた携帯電話の番号にかけた。
「楓さん? 僕だけどお姉さんの四十九日の法要も終わったみたいだね?」
「はい。乃白瑠さんは最近小説書いていますか?」
「うん。書いてますよ」
「そうですか。今度読んでみたいな」
僕はそういう言葉が、僕に興味を持っているからだという事に気づいても、積極的に誘う事も出来ない大馬鹿者だ。
女性が男性に手あたり次第義理チョコを渡し、義理チョコ返しのホワイトデーでプレゼントをくれた男性に執着する時、女性も本命でなかった人で、男性もただの義理チョコ返しをしただけなのに、勘違いを引きずり、女性がストーカー行為を働く場合もある。
少し前に出版された恋愛小説で、別れさせ屋の高校生カップルを主人公にした話があって、それが映画化された。
普通買春、売春とは、女性が体を売って男性にお金を貰うのが売春で、女性をお金で買った男性の方は買春の罪に問われる。
ただ別れさせ屋の場合、夫婦や交際相手がいる人にハニートラップを掛けさせる相手がいて、夫婦を別れさせる為に、第三者がお金を支払ってハニートラップを掛ける男性を雇い、奥さんの方に男性と浮気をさせて、夫婦を別れさせた後、男性の方と付き合おうとする為に、その別れさせ屋を雇うケースが実際にあるのだ。
ただハニートラップを奥さんに掛ける男性が金銭を貰うのは、奥さんの方にではなく、依頼をした女性から。だから売春、買春の罪で立件出来ないのだそうだ。
昔、編集長が警察小説の編集を担当した時の考証を担当した元刑事の探偵さんが言っていたのを僕は傍で聞いていた。
「あ、そうそう。明日専門学校の同窓会やるんですけど、来ませんか?」
「そうですか! わかりました!」
「じゃぁ、明日。事務所で待ってて下さい」
「あ、キャッチホンだ」
「私は大丈夫です。それじゃ」
僕達は、約束して電話を切り替えた。
「もしもし。あ、母さん!」
「乃白瑠。今度本家で皆集まるから、お前も来なさい」
「うん、でもな。総理大臣も来るんだろ」
「そうよ。孔雀の明皇を決める、大事な明王家の会議だからね。お前にも出席して貰わんとね」
「わかった」
「それで、あの子も連れてらっしゃい」
「あの子?」
「しらばっくれても駄目よ。科学文部大臣の香梨亜さんから聞いてるからね。『魔法がきこえる』を書いた双子の姉妹の事よ」
香梨亜とは、科学文部大臣の冴元香梨亜氏の事だ。
「そう。甲乙龍之介が孔雀の明皇の地位を狙っているから対抗策を講じないとね。新聞社が探しているのよ。それより先に見つけないと」
「わかったよ」
「あ、そうそう。香梨亜さんの娘さんも来るみたいよ。年頃だからお見合いの話も出てるから正装して来なさい!」
「え?! わかった……」
僕は、受話器を置くと煎餅布団にゴロリと横になった。
(孔雀の明皇か……)
翌日。僕は出社して仕事をしていた。
「乃白瑠君。これが今日処理を頼まれた小説の原稿よ」
「はい」
小桜さんに小説の原稿が入ったダンボール箱を渡される。
「出版社って結構恨まれるのよ。自分の自信作をボツにしたとかね。脅迫状だって送られてくるし、イタズラ電話だってあるしね」
「新人賞に送られてきた原稿は保管する場合もあるけど、焼却処分する出版社も多い。私達の仕事はその原稿に憑依してくる文字霊を成仏させてあげる事」
「そうですね」
僕は僧服に着替えて護摩焚をする。
時間は夕方。この事務所の側にある近くの神田の出版社から、帰宅する編集者が外に出てくる。その喧噪を屋上で聞きながら、僕は汗を拭って水を飲む。
「あ、小桜さん」
「乃白瑠君。今日お祓いして貰った小説ね、『虹色文庫』のものなのよ」
「え!」
「『虹色文庫』を発刊する虹色新聞社の動きも気になるわね」
「孔雀の明皇を探している?」
「そう。明王家としてはどうなのよ」
「孔雀の明皇の探し方が問題ですね。今度帰省するんですけど、楓さんを連れて来いって」
「楓さんを?」
「はい。泣ける小説を書いた楓さんに協力して貰って、孔雀を探すって事みたいです」
「あ、乃白瑠さん!」
屋上に上がって来たのは、今日同窓会の約束をしている楓さんだった。
「どうしたのよ。楓さん」
「今日専門学校の同窓会で。乃白瑠さんと一緒に」
「ふ~ん。私も行っていい?!」
目をキラリンコ輝かせている小桜さん。
「やってられっかよぉ! そこの僕ちん! どう思うぅ!」
居酒屋での同窓会。小桜さんが一人吠えている!
「誰だよ! こんな酒乱連れて来たの!」
「乃白瑠だよ!」
「で、何やってる人?!」
「僕の勤めている編集専門会社の編集者だよ?」
僕が小声で言うと、
「そうなの!」
それを聞くと擦り寄るアマチュア小説家達。
皆が小桜さんにお酌をしだす!
「なんだおぉぉぉ!」
「僕の小説読んで欲しいんですけど!」
「おぉ! 持って来い! 持って来い!」
僕の座っているテーブルの方は静かになった。
「で、乃白瑠さん。さっきの、私を乃白瑠さんの実家に連れて行きたいって話は本当ですか?」
楓さんが頬を紅潮させて、僕を見つめる。
「うん」
僕はウーロン割りを飲む。
「それって、ご両親に紹介したい、って事ですよね……」
見つめ合う瞳と瞳。
その時、僕は鈍かった。
「うん、そんなんじゃないんだ」
「……そ、そうですか」
楓さんは俯いて、ションボリしてしまった。そりゃぁ、そうだろ。
「それと虹色新聞社が出している新聞の尋ね人の欄に、甲乙龍之介さんの名前を掲載して貰ったんですけど、四十九日の法要には来てくれませんでした」
「そうですか……」
「甲乙龍之介」
「!」
皆の嬌声が止まった。小桜の顔付きが変わる。
甲乙龍之介。『象魔大戦』を起こした張本人。小説から生まれた想像国家どうしの戦い。アマチュア小説家なら聞いた事のある名前だ。
「楓」
「何?」
楓さんの女友達が声を掛ける。
「お姉さんのお葬式行けなくてごめんね?」
「いいのよ……」
「甲乙龍之介って大江戸モード学院ノベルズ専科の特別講師だった、あのイケメン先生でしょ?」
「そう。先生」
「先生の小説、回収された「再約の書」だけど。携帯電話で、無料で配信している人達の事知ってる?」
「無料で?」
僕も話に参加する。
「女子高生達なんだけどね。熱烈な信奉者がいるみたいなの。携帯電話に強制ダウンロードさせて、読んだ後、チェーンメールみたいに、別の誰かに送れって事みたい」
「そうなんだ」
「ほら、これ」
その女友達は携帯電話の画面を見せる。
「!」
「どれ、僕にも見せて下さい!」
皆が画面に群がる。
髑髏の表示の後、小説『再約の書〉が始まる。
『これは私が契約した存在との、世の終わりまでの永遠の契約である……』
「
「わかった!」
「それと楓。この間は済まなかったな?」
「何が?」
「匿名希望でチャットに参加した読者Aだよ」
「何だ! あれ、笠前君だったの?」
「乃白瑠先輩。楓を宜しくお願いします」
黙ってウーロン割を飲み干す僕は俯いた。
「今日は解散だ!」
皆が『再約の書』を読む為に、二次会なしで散会した。
居酒屋の前で、楓さんと酔い潰れた小桜さんを背負った僕が残った。
「じゃあ明後日、つくばエクスプレスの秋葉原駅で待ち合わせしましょう」
「はい」
僕達は別れた。
「ふー……」
僕は事務所の仮眠室に小桜さんを寝かせると、事務所で携帯に入れた『再約の書』を読んでいた。
「孔雀の明皇は、世界の仏母にならなければならない……」
旧約聖書とは、ヤーウェとの契約。
新約聖書とはイエスの神との契約。
コーランとはアッラーとの契約。
再約の書が再び約束した言葉とは……。
再約の書には、今まで解明不可能だった全ての宗教的理論が科学的に記されていた。
シュメール神話で最も神聖な言葉はエヌマ・エリシュという天の水の物語を示す言葉だった。
大洪水神話。ヘラクレスが自分の妻と子供を殺めた罰としてゼウスの妻であるヘラに12の難題を与えられた時、黄金の園で蛇が守る黄金の樹の実を取ってくる難題を、アトラスが自分が背負う地球をヘラクレスが肩代りする事と引き換えに、その木の実を取ってくると持ち掛けた。
そのギリシャ神話は、ヘラクレスとアトラスの仕事交換の後で大洪水が起きたとしている。
大洪水後に、ヘラクレスの子孫は地中海のエウボイア島に入植した。ドーリア人とイオニア人は、そのエウボイア島でアルファベットを考案したと言う。
地中海の火山島であるエウボイア島の付近には、サントリーニ島やパトモス島が存在する。
アトランテイス大陸のモデルとされた島のサントリーニ島。そして終末の大災厄を黙示録で語るパトモス島のヨハネ。
エウボイアの別名をエビアン、エビオンと言い、ユダヤの戒律派に実際にエビアン派は存在する。
クムラン教団、エッセネ派に連なるそのエビオン派、エビアン派。
そしてフランス語のエビとは水を意味し、アンとは天を意味する単語の語源として、アヌ=天の神として、天の水の物語をエビアンが意味する時に、エヌマ・エリシュ=天の水の物語に符合する神のテトラグラマトンの新しい解釈が成立する。
そう、甲乙龍之介は語っていた……。
第九幕 了
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