第七幕 生きているみたいに死んでいる言葉の中でもがく……サイレント映画のように

  

 一人の少女の耳に聞こえる最初の声が、大好きな人の声だったらいい。永遠の旋律に心を委ね、海の潮騒にも似た地球の拍動が安寧を約束する。

 綺麗な言葉を目で見るだけで、魔法の呪文を声に出せない美少女……。どうやって魔法を使うのか。口がきけないで。

 心の文章。感動させる名前を呼びたい。心の中で、契約した神様の名前を。

 声が出せない障害者が魔法使いになりたい。

 そんな想いを叶えてやりたい存在が、彼女の心の声を聞いていた。

 創造太守。万物を創造した存在。全ての女性の魂の父親。

「私の名前を呼んでくれ。その唇で、私の名前を震わせてくれ」

 声を聞かせて欲しい。

「お父さんと……」

 泣きたい。神の文庫で。神の本で。再び契約した神の聖書に綴られた涙の文庫で。

 魂の母にして父。創造太守に涙を流させる為に、この世は悲しみに溢れているのか。 

 それを知った時の創造太守の絶望的な悲しみの中に宿った真珠の美しさを求めて、大天神ヴァロアを創造した。創造太守は彼の為に七つの海を作った。一番清らかな心を持った大天神ヴァロア。彼の心の在り方を悲劇と呼ぶのか。

 天才音楽家のモーツアルトの本名は、アマデウス・ヴォルフガング・モーツアルトだった。彼は天才作曲家だったが、精神的な幼児性を持っていた方だった。

 平気で公衆の面前で、「チチ」「カカ」を連発していた。フランス語では「チチ」とは小便。カカとは大便の事だった。

 幼児性がある言葉を言い放ち、皆を笑わせていたモーツアルト……。

 精神の幼児性と幼少期に発揮する天才的な才能の開花。

 常識ではない個別性は特異性としてのイノーベーションを文化に齎した。

 時代は進取を求め、その普遍からの脱出と、個別性命題を普遍化する帰納法は、批評と言う形で、個別的な主張を定義かする為に言葉を与える。

 真理は言葉を与えられた時に聖なるものを失う。だから言葉で皆に語る聖者などいないのだ。グルなどいない。

 言葉で語る存在自体が己を俗化する凡人としてしまう。言葉のカテゴリーで括られた時、仕分けられたテーゼは他人に認知され、皆に共有された時に、聖なるモノは万人に対しての知識となる。

 自分しか知らないと思っていた知識を広めた時に、その開かれた知識を啓蒙の手段に使った時、神は人間性を持ってしまうから、神性と人間性の二面性をヤヌスの鏡として、表の顔と裏の顔を持ってしまった時、聖なる存在の人間性を欲望を持った存在として知らせる時に、昼の存在と夜の存在と、人間がどちらを認め、どちらを否定し、そして両方を認めた時に、その神は親しい存在として万民に認知されるのだろう。

 欲望を持った存在としての原罪を人間に認知させた聖書の言葉自体が、人間性を救ったのだ。

 アマデウス・ヴァロア。堕天神ヴァロアが、美の女神の奔放な生活の中で、自分に必要な何かを求めた。

 グノーシスは、美の女神の処女性を求め、パラス・アテナと言う、金星の女神でありながら処女神だった理想の女神を創造する為に、マグダラのマリアと言う美人の娼婦を改心させ、夫に対する不貞を働かない妻とする為に、自分も浮気をしないと誓ったヴォロアは、口がきけない美少女のルルが唱える指の魔法を覚えた。

仏教で印を結ぶ事と、手話の魔法……。

 『魔法が聞こえる』の幕が上がった時、彼女は表の姿しか見せない。観客席に向かって後ろも横の姿も見せないのだ。

 彼女の語る魔法を、他の誰かが語る。その言葉を覚えようとヴァロアは、ルルを求めた。

 目と目を合わせず、彼女の燃える指先を見つめた。

 目と目を合わせる事で、相手の顔が自分の後頭部に移るヤヌスの鏡は、昼間の顔と夜の顔を矛盾として定義する為に、両方を認めた。後頭部に移る咎人の顔を呪う存在は、彼の背後で四六時中、表の顔を知らずに身代わりになっている存在の背後にいるのだ。

 犯罪者と全て会わねばならない定めにあるインマヌエルを語るイザヤ書52章。

 インマヌエルのスペルをゲマトリアで数値化した時、その文字に割り当てられた数値のサム=総計=シグマは644だった。

 神と共に歩む存在とされたインマヌエルが向かう方向性は神が定めた倫理の道に沿って進む為のベクトル。

 壁に手を添え、右か、左か、まっすぐにたとえ目を閉じても進めるように、壁は前になく、彼の右横にあった。

 イエスの左に神は座し、イエスの右には誰もいない。

 アロンの杖はアーモンドの芽を吹き、咳を鎮めるアーモンドは、利き手で言葉を紡ぐ時、彼女の喉を癒した。

 言葉を語れない彼女の喉仏はアダムの林檎としての喉から卵を産まない。

 悪い言葉でサタンの毒舌の卵を孕む原罪を持ったスロートの仏をルルは作らない。

 彼女から悪い言葉。神を呪う言葉を聞かない。

 全てに名前を付けたアダムが、そのアダムの林檎で神を呪った時、創造された存在=名付けられた存在は、神を呪うようになった。

 その言葉を話さないルルは無原罪だった。その労働者ルルが、静かに語る言葉を、ヴァロアは見つめる事が出来たのだ。

 観衆は、ルルの台詞をヴァロアから聞く。ルルの善性から堕天神ヴァロアの言葉は善性へと天秤を傾ける事が出来た……。

 美少女だったルルがなぜ言葉を失ったのか……。

目が見えるルルと目を瞑った母が、カカなのか、それともシットなのかは、わからない……。


 



 その一ページから始まる小説、「魔法が聞こえる」の舞台に入った僕達は、ルル役の楓さんのサポート役に回っている。


 編集長 「物語の導入部だ。興味を引かせるのはいいが、プロローグはもっとオリ

      ジナリティーのあるインパクトのある文章にしないといけない」

 

 乃白瑠 「わかりました。じゃぁ、皆に聞いてみましょう」


 不明  「俺は……」


 編集長 「誰だい?」


 読者A 「はい。ただの読者だけど。今、俺携帯でこの小説読んでいるんだ」


 乃白瑠 「それで?!」


 読者A 「作者の愛王姉妹とは専門学校時代からの知り合いだからな。読んでみよ

      うと思ってさ。俺、この新人賞、最終選考で落ちたし……」


 楓 「誰?!」


 読者A 「名前はいいだろ。匿名希望だよ」


 楓 「それで、面白い?」


 読者A 「作品の感想は全部読んでからにするよ。それで、俺にもこの話に参加さ

      せて欲しいんだ。俺もアマチュア小説家だけど、絵は見えてくるかな」


 楓 「あなた、ファンタジー系?」


 読者A 「まあな。たまに嘉門H系美女系だがな」


 乃白瑠 「絵が見えてくる?」


 読者A 「そう。映画のワンシーンになるかって事さ。」 


 編集長 「ああ」


 読者A 「小説って高尚なものじゃないといけないんだろうか?」


 編集長 「君、純文学って事かい?」


 読者A 「これ、オフレコかい?」


 乃白瑠 「いや、この会話も放送されてるよ」


 読者A 「そうか、まぁいいや。女性は大体悲撃文庫を読みたがると思うんだ」


 乃白瑠 「パロディーに関して言えば、難しい事はさておき、面白ければそれでい

      いと思います」


 編集長 「そうか……」


 乃白瑠 「編集長は、漫画とファンタジー文庫の関係をどう思います?」


 編集長 「海外では漫画というのは子供が読む低い文化だと思われている。しかし

      な、我々はそれは教育ツールだと思っている」

 

 乃白瑠 「教育の手段って事ですか? 編集長」


 編集長 「そうだ。絵本は幼児教育の為。正義や愛や友情を学ばせる手段だよ」


 乃白瑠 「そうですね。アンパンマンがいい例ですね」


 編集長 「乃白瑠君。ファンタジー文庫はライトノベルだろ? 絵が見えてこな

      いとライトノベルにはならないな」

 

 読者A 「駄洒落的に、テーマが軽いという事では?」


 小桜  「読者君。それは違うと思う」


 編集長 「それも一理あると思うけどね。そういう規制の枠に捕らわれてはいけ

      ないと思う。最近はファンタジー文庫にも純文学の質のレベルが求めら

      れていると思うよ」

 

 乃白瑠 「僕も絵が見えていると、映像化しやすいとは思います」


 小桜  「だけど乃白瑠君。今まであなたが書いた小説は映像化しにくいわよ」


 乃白瑠 「小桜さん」


 編集長 「確かに乃白瑠君の小説には動きがない」


 小桜  「ごもっとも」


 編集長 「難しい会話が主体だから漫画化は無理だろうな」 


 乃白瑠 「編集者としては、どういう小説を漫画化したいんですか?」


 編集長 「刊行意義のあるものだけど、テーマ性のあるもの、それは、八の徳目を

      描いた小説、南総里見八犬伝が王道だね。あれは、人間の生きる道を説

      く、教育の役割を果たしている。そのテーマに沿って描かれれば、出版

      の意味はある。説得力が出てくるし、読者も読んでて良かったと思え

      ば、次にまた読みたくなる」


 乃白瑠 「では、『笑劇文庫』は?!」


 編集長 「そうだな。ストレス発散の意味もあるとは思う。では、何故、笑うのか

      だ。わかるかね、乃白瑠君」


 乃白瑠 「ベルクソンの『笑い』というのを、大学時代のゼミで勉強した事があり

      ます。諧謔。僕が思うに、最初の笑いは、サタンが、神の子供を堕落さ

      せた事に発していると思われます。その最初の笑いこそが、他人の不幸

      を笑う、悪徳になっているのだと思いますよ。神の善性を試すように誘

      惑して、堕落した事を笑った、ヨブの事件。悪魔の笑い。それによって

      落とされた悪魔の不幸を、神は笑わない。だからミカエル様は、地獄が

      出来てから、一回も笑わないと伝承にも書いてあります」


 編集長 「じゃあ、何について笑う!」


 乃白瑠 「例えば、駄洒落とかですけど……」


 編集長 「ヘブライのカッバーラには、弄言法というのがあって、同じ発音で、違

     う意味の言葉の暗号の解き明かし方があるんだ。例えば、ギリシャ語の

     『オフィス』という言葉は、蛇という意味だから、英語の『オフィス』。

      事務所、仕事場の意味と混同され、蛇の住処になってしまっているん

     だ」


 小桜 「自分の心を解放する。人に笑顔を見せる。自分に敵意がないという事を明

     らかにする為の顔。それが、笑顔なのね。その笑顔を引き出す為の手段こ

     そ、笑いなのよ!」


 乃白瑠 「でも、この魔法が聞こえるを笑劇文庫にするんですか? 読者層は女子

      高生だと聞いていますが……」

 

 小桜  「そうね」


 乃白瑠 「小桜さん」


 小桜  「皆、この小説で泣きたいと言いたいんでしょ。乃白瑠君」


 乃白瑠 「どんなに苦しんでも最終的に結末をハッピーエンドにもっていきたいっ

      てだけですよ」


 楓   「乃白瑠さん、いいですか」


 乃白瑠 「なんだい。楓さん」


 楓   「ただ結末だけを変える事にしませんか」


 編集長 「そうだな」


 乃白瑠 「そうですね」


 編集長 「ありがとう、読者君」


 読者A 「どういたしまして。俺達新人賞応募者を蹴落としてとった賞だ。つまら

     ん作品だったら困るしな。それで一応言っておくが、乃白瑠さんて言うん

     だろ。『仁の明皇』」


 乃白瑠 「どうしてそれを!」


読者A 「闇の小説家の間じゃ、あんたと《ベベルゥ=モード》の名前は有名だ

      しな」


  編集長 「……」


読者B 「黙って聞いてたけど、アンタか! 新人賞に応募して落選した小説の成

仏を引き受けている陰陽師っていうのは!」


乃白瑠 「そうですけど……」


読者A 「心配するな。俺達別に恨んじゃいないから」


  乃白瑠 「そうですか」


  読者C 「それでも、新聞社があんた達、明皇十二家を探しているぜ」


  乃白瑠 「何でです?!」


  読者C 「俺、フリーのジャーナリストなんだけどさ。何でも、未来と過去にテ

レパシー通信が出来る存在を捜し出せっていう命令が出てるみたいな

       んだ」


  小桜 「乃白瑠君、どういう事?!」


  乃白瑠 「多分、孔雀の明皇あみを探せって事だと思う……」


 小桜   「孔雀の明皇?」


  乃白瑠 「何の為だろう……」


読者D 「科学文部省に不穏な動きがあるって話だぞ。この小説狙われてい

      る?」


羅王天 「乃白瑠か?」


  乃白瑠 「羅王天様ですか? 『虹色文庫』が教育省と組んで、この小説を地

獄業魔界に組み込むって話は聞きましたよ」


羅王天 「うむ」


 

  読者A 「その場所って言うのは、夢の中で作られるんだろ?」


  乃白瑠 「想像の世界で、という事ならそうですよ」


 羅王天 「楓とやら。この『魔法がきこえる』は、消去される事はないが、結

       末は変えた方がいい」


 楓 「はい、そのつもりです」


   乃白瑠 「羅王天様。この物語のシノプシスは知っていますか?」


   羅王天「一応は読んだ」


   乃白瑠 「結末はどう変えた方がいいと思いますか?」

 

   羅王天 「そりゃあ当然、主人公ルルと光神ヴァロアが結ばれてハッピーエ

       ンドがいいだろう?」


   乃白瑠 「そうですね。じゃあ楓さん。じゃぁまず粗筋を一緒に辿ってい

きましょうか」


    楓 「はい!」

 



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