第六幕 の幕が上がる……時、犀は英語で「ライノサウルス」と呼ばれる


 翌日。記念式典が開かれようとしていた。物語の初演日である。

 花火があがる。

 朝から港は賑わいを見せ、人込みでごった返していた。

 僕達は想像主である一人、愛王楓さんのお付きの者として一緒にいた。

 緊張している楓さんを「頑張って!」と励ます。

 王冠を被った楓さんは照れ臭そうに「はい」と返事する。


 その時だ。


 楽屋にスタッフの一人が入ってきた。


「明王乃白瑠さん。いらっしゃいますか?」


「はい、僕ですけど」


「あなたに会いたいって方が外に来てるんですけど」


 僕は返事をして外に出る。そこには僕の知っている、そう想い人がいた。

 僕の彼女と彼女の僕。

 明王乃白瑠と百合城小雪。

 ノベルとしょうせつ。


「小雪さん!」


「乃白瑠君。お久しぶり」


 小雪さんは僕達と同じようにドレープファッションに身を包んでいる。


「どうしたんですか?」


「あなたに知らせに来たの」


「何をです?」


「虹色文庫の狙いをよ。彼ら、孔雀の明皇あみをある男にしたがっているわ!」


「甲乙龍之介さんの事ですか?」

「知っているの?!」

「はい。でも小雪さんがどうしてそれを知っているんです?!」

「愛染の明皇の明王愛都あいと君から聞いたのよ」

「愛都から?」


「あなたが本名で書いた小説の中に形状記憶スライムが出て来たでしょ? あれが現実世界で実現してしまってね」


 形状記憶スライム。取り憑いた宿主の一番大事な人に変化出来るという設定の生き物だ。それは万能細胞であるES細胞。

 実際ノーベル賞に一番近い万能細胞の作製で、ヒトクローニング理論をカフェインを使ったES細胞の癌抑制理論を固めた、オレゴン健康科学大学の立花博士がいる。

 受精卵を使ったES細胞を使ってのヒトクローニング理論であって、「iPS細胞」の方ではない。

 カフェインは遺伝子をマイクロ化し、癌細胞としての歪な大きさの細胞を作らせない事で癌化させない事が知られている。

 あのエイズウイルスも、遺伝子編集、遺伝子切断の技術で、アデニンが9つ並ぶゲノム配列がエイズウイルスを切断する事で治療出来る実際の理論がある。

 万能細胞を、遺伝子がないプリオンとしてのたんぱく質とした時、その変成プリオンは海綿体状で脳の萎縮を引き起こすけど、その正常プリオンを使った形状記憶(遺伝子を注入)スライムこそ、あの『グミ』だった……。


「もしかして、そのグミが想像思惟娘そうぞうしいにゃん!」


「そう! こっちに甲乙龍之介さんそっくりの人が現れたでしょ。羅王尼から聞いたんだけど」


「そうなんです!」


「彼も想像思惟娘なのよ!」


「誰から生まれたんです?!」


 一瞬、時が止まった。沈黙の雷が襲いかかる心の中に宿る。


「聞きたい?」


 ・・・・・・。


「小桜さんからよ」


 小桜さんからぁ?!


「絶対言わないでね。本人は気づいていないんだから」


「じゃぁ、小桜さんに取り憑いていた龍之介の霊が、神上がりして産んだのが、あの甲乙龍之介さんなんだ……」


「小桜さん本人には内緒にしておいて」


「で、どうするんですか? 『想像思惟娘』が変体した二人の甲乙龍之介さんに、本当の甲乙龍之介を加えて合計三人……。まさか!」


「恐らく、この小説を書いている作者は、三人の『想像思惟娘』を三位一体として、一人の人間を登場させる筈」


 この小説は『想像国家』というタイトルだ。我々は作者の意図を明らかにしようとしていた。


「誰! このシナリオ紡いでいるの?! そう! そこのアンタ! 出て来なさい!」


「どうしたんです、いきなり! 小雪さん、誰と話しているんですか?」


「この小説のシナリオを決定している読者の一人に言っているのよ!」


「そう言えば、この小説、携帯電話のサイトで読んで、文章を選択し、シナリオを自分で決定しているんでしたね?」


「そう! 自分でカクヨミも出来るのよ!」


「……よくわかったな」


「甲乙龍之介!」


 間違いない! この声の周波数は甲乙龍之介のものだった。


「甲乙さん!」


「乃白瑠君だな?」


「アンタ生きてたのか!」


「俺は意識の表だ」


「何処にいるんですか?!」


「現実世界だよ。それしか言えない」


「甲乙龍之介! あなたの狙いは何なの!」 


「決まっている。               ファンタジー文庫の壊滅」


「どうしてよ! あなたはファンタジー小説家だったでしょ?! これ以上『悲撃文庫』が流行したら、泣く魂ばかりが増えるばかりよ!」


「俺は皆を泣かせて、慈悲の魂を生ませたいだけだ!」


「!」


「『悲撃文庫』は涙を誘う!」


「!」


「涙を流す事は、魂を一致団結させる為の手段なのだよ! 『悲撃文庫』はその為にあるのだ! 主人公の為に泣き、主人公の敵を作り上げた社会の流れが、その敵を黙殺する」


「だから他の文庫を壊滅させるのか!」


「そうだ! 優しさは中々育たない。だから『悲撃文庫』でヒロインの敵を魔王にしたてあげ、その魔王を敵にする事でコミュニティーを纏める手段にされているのだ《・・・・・・・・・・》」


「そうか」


「乃白瑠君! 認めないで!」


「実際に悲しい事件を起こすのではなく、偽り、フィクションだが皆に悲しみを理解して貰う為に『悲撃文庫』、純文学は書かれるのだよ!」


「!」


「俺はこちらの世界で『魔法がきこえる ~南風の足音~』を『悲撃文庫』にしてみせる」


「待て! 甲乙!」


「乃白瑠君! 私達は『想像世界』の側から、この小説を大団円にして見せましょう!」


「わかりました」


 『想像思惟娘』の事は小桜さんには内緒にしておく事を約束して、僕達は中に戻った。記念式典が始まった。壇上の席には想像主の一人として愛王流花さんが座っている。羅王尼様の祝辞やら来賓の方々のありがたいお話しやらで記念式典は順調に進んだ。小説の細部の設定を施す演出家や、現実世界で聞いている書記官の挨拶の次は、


「想像主の愛王楓様の就任のご挨拶です!」


 楓さんが恥ずかしそうに壇上に立つ。


「皆さん。姉の唯一の心を支えたファンタジー小説家。皆さんも小説の世界に入り込みたいと思った事はありませんか? 私達姉妹は『想像世界』の中でいつも遊んでいました。この小説の光神ヴァロアのモデルは彼です。この小説の結末を変える事をお許し下さい」


 皆から拍手が巻き起こった。


 主役を演じる楓さん。甲乙龍之介そっくりのヴァロア役の『想像思惟娘』に、タータン役の子役。その他の端役。ファン、その小説の声援隊、天使は気に入った登場人物の守護霊となった。


「耐えてね。楓さん。あなたは今から、話せない、聞こえない、子供を産めないという三重苦の障害者になるのだから」


「はい!」


 こっくりと頷いて、楓さんが演じているルルは手を挙げる。それが合図となって、この『魔法がきこえる ~南風の足音~』の歴史が始まった。皆の意志が小説の一ページに飛ばされる。


 僕と小桜さんと編集長は、皆と一緒にルル役を演じる楓さんの心の中にいた……。

 手話で呪文を唱える事を、仏教では印と言う。

 手を組み合わせ、そのパターンで梵字を表現する印。


 ヴァロアが知った最初の印・・・・・・。

 

 ルルが華奢な体を引き絞るように両腕をすぼめ、弱く細い指でそっとその印を結んだ……。

 

 嘗てのプロレタリア演劇が、社会的貧困層である事の自覚を庶民に促し、自己階層の認識によって、自己啓発的な意識を自分に植え付けた後、その社会的抑圧に対する自らが出来うる行動を促した時、彼らは社会的にサイレントなレジスタンスとなった……。

 

 黙殺される事象……。

 黙殺される意見……。

 黙殺される、見殺しにされる子羊……。

 証人に、梔子、目梨、耳成山なのか……。

 社会的なコモンセンスは、常識と言う眼鏡で、雑多な意見を吐き捨ててきた。

 見ざる、言わざる、聞かざる……。

 主君の横暴を見逃してきた家臣団の中で、明智十兵衛光秀は謀反を起こした。

 源氏の天下の底辺が平氏であって、平氏政権の時の最下層は源氏だった。

 日本の名家とされる四つの姓は、源平藤橘。


 源氏・・・。

 平氏・・・・・・。

 藤原・・・・・・・・・。

 橘・・・・・・・・・・・・。

 

 右近の橘。

 左近の桜。


 チェリーはサクランボウで錯乱坊主。

 橘は蜜柑の樹だ。


 儚い桜の花。

 

 名字は永久に。

 名前は儚い。

 

 国際結婚で主客は逆転する。

 主がファーストネームか、ファミリーネームか。

 名前が大事か、お家が大事か……。

 昔封建制度は、貧困層の名字帯刀を禁止した。

 名前による誤解。同名が多かった時代に誤認逮捕され、身代わりとなった方々は、江戸市中所払いで、江戸から追い払われた。

 身代わりの罪人は、職と家族と土地から離れ、そこで自給自足の生活をあらゆる場所でする事を強いられた時代……。

 自分のルーツを知る事で自己認識と、自らの天命を悟る時、自分が選ばれたとは感じてはいけない。

 神に選ばれたとかと言う自己エリート意識が、自分の行動を美化し、そして自分の法に照らし合わせる事でしか、非合法の行動を容認させる事が出来ない。

 自然的に容認されない行動を共にさせる為に、洗脳と言う手口や教育、修行と言う形で団体を作ってゆくが、大体が成功した試しがない。

 纏まった集団は怖くない。

 それぞれが無秩序にアナーキーな性質を持つマジョリテイーほど怖いものはないのだ。

 沈黙だからこそ、どう動くかわからない無政党支持者。頭数が読めない集団に対しての政策をどう取るかは、各政党、各政府の読みでしかない。

 政策が容認されるか、容認されないか。

 庇う場所は庇い、無政党支持者はどちらにも傾く天秤なのだ。

 ノベル。

 僕の名前の乃白留のべる

 述べる言葉を持てない彼女ルルは、手話で魔術を詠唱する。

 彼女のか弱い細い指が、綾もないのに綾取りをするかのように、流麗に彼女の白い指が描く時、時の狭間から言葉が紡がれる……。

 冷たい水で衣類を洗う彼女の手は、暖かく何かを包み込む・・・・・・。

 寒さ厳しい時、蝸盧の扉はカタカタ、風に揺れ、隙間から忍び込む風が体温を奪う。

 彼女ルルの衣服は、何度も洗い、何度も来て、何度も脱いで、また洗い、そして同じを繰り返すルーテインな生活の中で、等も解れを直し、そこで針ものを覚えた彼女の指は、傷つき、そして、その傷から出た血を自分の口で癒した。

 自分の唾液が血流を通り、自分の体内で何かを変えたのだ。

 自分の血液に唾液を混ぜる時に、その反応が、彼女の肉体を変えてしまった。

 肉体の性質を変えたその反応が、彼女が堕天神ヴァロアの指の傷を癒した時、その美男子のヴァロアの心が、美少女だが貧困に喘ぐ最下層の奴隷ルルの心で癒された。

 昔光明皇后がらい病患者の爛れた肌を舐めて、病人の心を癒したとされるのとは反対に、ヴァロアが自分の心をルルに癒させた事を、天界の主が見ておられた時、ヴァロアに対する評価が糺された。

 昔日本の王家は、白拍子として踊りを踊った最下層の美女を愛された。

 源氏の棟梁だった源 義朝は、京の都一であった美女を妻にした。義経の母であった常盤御前を取り合う平 清盛が、義朝を追い落とし、敵の妻を妻にした。

 政権崩壊・・・・・。

 美女を寝取り寝取られの王権闘争の果てに、大規模な国家間の戦争があった時代……。

 友の好きな相手に天邪鬼な存在がたとえヴァロアであったとしても、彼の行動は正当化されない。彼の心中を知る者がいないからだ。

 美男美女ばかりの天界、神話界の中で、ヴァロアをルシフェルとしても、彼の傲慢は、竹取物語のかぐや姫のように、月の世界としての出羽月山、故郷へ帰郷した小野小町のように、尺八を吹く虚無僧の集団の中、深編笠で皆顔を隠し、誰が喋ったかわからぬように、女性か、それとも罪人が抜け出す時……。

 サイレントなマスクの世界が、これから訪れるのだろうか……。

 はっきり自分が言ったとわからせるようにする事が、誰にとって悲しみで、また誰にとっての怒りなのかは、口があかないテレパシーの世界など、この世に来て欲しくない事と同義なのだ・・・・・・・。

 

 



 

 




















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