第三幕 なんだかんだで全裸を語る小説を想像する時……


 夕方の天気予報では、シベリアから南下したオホーツク気団が日本列島に流れ込み、夜半には雪が降るだろうと都知事の息子さんが話していた。

 僕と楓さんは、一足先に神田古書店街にあるボロビルの屋上に出ていた。

 雪。その純白の存在への憧憬。何ものにも染まらないその雪が二人の上空を舞い、静歌しずかに降りてくる。メロディーを奏でながら。

 毎日、誰かの名字と名前が結婚する中で、僕と楓さんの出会いはどうなのだろう。

「あのぅ乃白瑠さん。皆さん甲乙龍之介さんの事知っているんですか?」

「えっ、あぁ、ちょっとね……」

「あの人は素晴らしい人です。破壊願望渦巻く現代の精神世界、『想像世界』の中で、子供達に夢と希望、理想を語っていく事が出来るのは、ファンタジー小説しかないという信念で作品を書き続けていました。三重苦という障害を抱えながらも、姉が平静を保っていられたのも、彼の存在があったればこそなんです。想像で巡り合う世界の刹那で愛を叫ぶ、そんな人でした……」

(楓さん、知らないんだな。そんな龍之介さんが、あんな事をしでかした事を……)

「だけど一年前、龍之介さんがいなくなってからというもの、姉は絶望の中にあったんです。それがあの小説が賞を獲った事で持ち直したと思ったら……」

 楓さんは真珠の涙を浮かべた。

 そして、ジィーッと僕の事を見つめる楓さん。

「あたしって、魅力ないですか」

 これを女優さんが言う台詞として、演技と表情の難しさは、ドラマのディレクターが新進女優に演技の課題として出すシーンの台詞だった。言葉の空白。顔の角度。テンポ。何秒で台詞を言い終わるか。後ろ向きでその台詞を言った後、少し涙を流した歌手がその役を射止めたとも聞く。

 僕も大きい方ではないが、更に小柄な楓さんの胸が飛び込んでくる。

「な、な、な、何です?! 突然!」

「私の名前、覚えてないんですか……?」

 うっ・・・、可愛い。メチャ可愛い。こんなかぁいい娘は、一度見たら忘れない筈だ。名前だって、愛王 楓? 今日初めて聞いた名前……。

「えっとぉ、そのぉ……」

「もう・・、いい・・・です」

 楓さんが怒って後ろを向いてしまった時、編集長と小桜さんが屋上に上がって来た。

「おやぁ、夫婦喧嘩かな」

「違います!」

 二人揃ってツッコミ入れると、僕と楓さんは顔を見合わせ、頬を赤らめた。

 こんな時、小桜さんなら何か言って横槍を入れるのだが、「ほら、急いでこれに着替えて。時間が無いのよ」と恬然とし、「想像世界」へダイブする為の準備を始める。

 ダイブするのは、オカルティストが言う『太陽様体』なのであり、想像するだけでどんな服装にも変容出来るので、実際に何を着てようが構わないのだが、想像し易くする為に、ダイブする時はその時代考証に基づき、目的の小説世界の時代設定に合致した服を着るようにしている。このボロビルの3階が、僕の知り合いが営む貸し衣装屋なのだ。

 「魔法がきこえる ~南風の足音~」の舞台はギリシャ神話なので、僕達はギリシア・ローマ風の風雅なドレープファッションに身を包んだ。

 僕は、男女兼用の下着である「キトン」(長いチュニック)を身につけ、リネン製の四角形の布でドレープを付けて巻き、肩を蝶のブローチで止めた。

 編集長は、「キトン」の上にヒマティオンを羽織り、両肩を覆っており、小桜さんと楓さんの女性陣は、ドレープを優雅にたたんだ「キトン」を身に纏い、ウェスト部分でブラウジングして、紐のベルトでおさえ、ツーピース風に着ている。

 上流ギリシャ人を装う為に、四人共サンダル履きである。

 ギリシャ衣装に身を包んだ僕達は、屋上の中心に立つ。

 そして結界を張り、聖別された「地上の神殿」を完成させる。

 これこそが、想念を集中する為の焦点になるのだ。つまり、同じ家に住んで、電波周波数を同じにするという事なのだ。その為のイメージだ。

「さ、楓さん。これを被って、そこに座って」と、小桜さんは持って来たピラミッド型の『オシリス・キャップ』を楓さんに渡す。

 楓さんが言われる通りにそれを被り、丁度屋上の中心に座ると、編集長と小桜さんと僕は、その楓さんを三角形に取り囲んだ。

「楓さん、今から我々はあなたの『想像世界』へとダイブする。あなたは小説『魔法がきこえる ~南風の足音~』の世界をイメージしていくだけでいい。正確に」

「正確に?」と、編集長の言葉に楓さんが問い返す。

「これはキーセンテンセンス、つまり鍵なのよ。その人かどうか認証する為、本人照合する為の文章の詠誦。全ては本人と同調する為に言葉を唱えるの」

「そうなんですか」

「大丈夫。心の中の記憶霊が渡した情報で魂が覚えている筈だから。あなたなら出来るわ。乃白瑠君と違ってね」

「ウフフッ。はい!」と、楓さんの口からやっと微笑みが零れた。

「よし! 行くぞ!」

 僕達三人は、冬の曇天の夜空を見上げ、聖化した意識(ルアクとネシュマー)の中に、僕達の集合意識が「虚空の神殿」を想像上で創り出した。即ちアストラル・ライトの中に、固定した神殿のイメージを定着させたのだ。

 そうして我々が想起する高次の神殿のイメージが重合して建立された非物質神殿を『星辰界神殿」と言う。天上世界のエルサレム。イスラエルの首都エルサレムも、そういう神殿だったのだ。理想の社会の形態。想像上の良い年都市社会を哲学的に記述した単語なのであって、ヴォルフガング・ゲーテ曰く、「哲学とは常識を難しく記述しただけのものだ」と言う言葉は、単に我々の常識を難解に表現しただけの定義であって、一言で表現する事も出来るだけの言葉の流れ。

 瞑想状態が時間と一緒に流麗に紡がれ、まるで法華経を唱える宗派と一言で念仏を唱える宗派。仏の名前を何度も詠唱する宗派。

 一言で通じる恐怖が、元寇の時に日本の武家の棟梁代理でもあった執権北条時宗公を頭上から襲う回線が来る恐れを阻止する為に法華経全部を詠唱し、その言葉の鎧を精神に纏わせる鎧玉とは、言葉で纏う防具だった筈だ。

 セラフィムの本体を守る為に彼は精神的な防具を様々な天使の言葉によって覆われて、奇々怪々な様相をする天使像として知られる。

「小桜君。雑念が混じっているぞ。集中するんだ」と、目を閉じたまま編集長が注意する。その雑念が甲乙龍之介さんに起因する事は僕は知っていた。

「はい」

 一つの「星辰界神殿」を構成する時には、全員が同じイメージを持つ事が必要である。今僕達三人は、楓さんの小説の舞台となったギリシャ神話の、ドーリア式のオリンポス神殿をイメージしている。

 僕達がダイブするのは、この小説の区分、起承転結の「結」。つまり楓さんが悲劇的に書き換えた結末。主人公ルルの愛する神ヴァロアと、恋敵だった女神ロゼリア=ファミーレルとの結婚式の当日の舞台である。

 主人公のルルは悲観して、ヴァロアの父である神様が住んでいたという伝説を持つ山の頂上から身を投げる……、人柱として。という結末で終わる筈の物語の歴史を一時的にハッピーエンドに改変させるのだ。問題はどう歴史を改変させるかだった。

「乃白瑠君も余計な事は考えるな」

「すみません、編集長!」

 雪が降り始めた。 

ちらちらと舞い散る白い花びらが頬に落ち、真珠の滴へとその姿を変える。

 今なら雪の心が手に取るようにわかる。地球の自転を謙虚に感じ取る事が出来る。

 悲しい人の心を理解する事が出来る。障害を抱えそれを実験に利用された楓さんとそのお姉さんの悲しみが僕の心に入ってくる。

 精神のシンクロも、肉体のシンクロもない。白血病のドナーと患者の間の精神的、肉体的な同調は、ドナーの確率が通常4万分の1と家族間での4分の1。そしてドナーと患者の白血球の型が適合するかどうかのマッチングテストは、決して新興宗教団体が隠れ蓑にする結婚相談所のお見合い診断でもない。 

 ドナーになりえるかどうかの適合テストなのだ。健康な男女で50歳までがドナー登録出来る。

 肉体的、精神的なシンクロをする二人の結びつきが、障害者を生む可能性が高い事と、家族間での近親婚、またドナーと患者の関係で、骨髄液提供者と患者が結ばれないよう、お互いの名前を明かさない。匿名での手紙のやりとりしか許されていない。

 農村部で同じコメを食べ、近隣での婚姻が座敷童を生みやすい地域を作る事を阻止し、江戸時代では全国各地の米を流通させた。地域のコメを食べる者同士が精神的なシンクロをするのは至極当然の理由でもあり、別に赤い糸でもなんでもないのだ。

 昔TV番組で、女性は思い人と想いを通じさせる為の精神的な同調を求めたがると心理学的に解明していたが、肉体的、精神的シンクロでの婚姻の結果は、結局遺伝子の相似が生み出す遺伝子欠損でしかない。

 涙が溢れて来た。編集長も、小桜さんも、僕と同じ気持ちで、その頬に涙が伝う。

 悲しみの波動が三人の想像力を、楓さんの涙に同調させた。

 その瞬間、楓さんを含めた四人の『太陽様体』は肉体から離れた。

 自分の体を見下ろして、楓さんが狼狽している。

「あ、あれ?! わ、私?!」 

「心配しないで、楓さん。今お迎えが来るから」

 小桜さんが楓さんを落ち着かせていると、東の方から光が差し込んでくる。

「出た」と、思わず呟く僕。その光の穴から現れる。誰が? そう、お迎えだ。

「な、何な、な、何なんですか、あれは?!」と、瞠目する楓さん。

 『想象そうぞうし隊』の登場だぁ!

 そう、光のトンネルから出現したのは象だった。だが只の象ではない。髭面の鬼瓦の顔をした象、つまり想象なのである。

 楓さんは信じられない物を見た顔で頬を抓り、「これは夢……? あれ?! 痛い!」と叫ぶ楓さんに、小桜さんが「幽体にも触覚はあるのよ」と言う。

「これ位で驚いてちゃ困るわ。この間なんか往年の芸人、ポポリコの藤前章が、ブリーフ履いて「ホホホイ、ホホホイ、ホホホイホイ!」と叫びながら迎えに来たわ」

「その前は、たしか「すまたゆうえんちぃ~!」と、牡丹 がやって来ましたよね。すまた天国バッチグーとも言ってましたよ」

 僕がその真似をしても、楓さんは笑ってくれなかった。ハァ……。

 兎も角、僕達は早速その想象に乗り込み出発した。

 光のトンネルを抜けると山が見えてくる。聳然と屹立する鉄山があり、そこに闇の国の大王が住む大きな城がある。

 僕達はその城を取り囲むように存在する「悪化想像国家」、所謂「地獄」の上を、ダンボのように大きな耳を持つ想象で飛行し、地獄城を取り囲む黒金の塀の東西南北に存在する鉄の門にたどり着いた。門の左右には旗が立っていて、その上に人間の善悪を判断する審判官の頭が取り付けてある。

 この二人に挨拶をし、「想像世界」の入り口であるこの門の前に辿り着き、門番にパスポートを渡す。あっさりと入国を許可され、僕達は、そのグラマラスで扇情的な衣装から周囲の注目を浴びる小桜さんを筆頭に、勝手知ったように歩を進める。

 大きな建築物が目に入ってきた。

 目に映る物全てに目を見張っていた楓さんが、「あ、あれは?」と問いかける。

「閻魔王庁よ」

 そう。近代的な水晶のビルこそ死んだ人間の善悪を裁くという、地獄の大王、闇の王こと、闇の王の治める闇王庁である。

 水晶は、霊を映す。水晶で出来たビルでは、何でもお見通しなんだ。

 死んだ人間の魂は此処で闇の王に裁かれ、その結果善人は自分の行きたい小説の世界、「善化想像国家」への居住が許されるが、悪人は所謂「六道堕ち」をして、その業に従って、罪を償うべき「悪化想像国家」へ強制的に送られるのだ。

 ただ、それはどうかと思う。悪人だったら、いい人達皆がいる所へ送って、皆で教育するべきじゃないのかって事も思う。いい人達に囲まれてたら感化されていい人になるだろうに。これは、浄土真宗の理論だ。

 臭いものには蓋をしろっていうのだろうか。地獄を作って……。浄土宗は悪人を過去送りにする。肉を食べた人や呪われた人。そこでいきつく過去に地獄が作られた。 

 過去が調子のよい未来を呪ってる。人類のイブを見つけ、罪人皆を過去送りにして作られたのがパンドラなのだ。そこからの教育だったんだ。天使になれば、霊的結界を抱える。その結界の外に生き霊を出さない為。人間の生む霊、如来の生む霊は、結界内で曼陀羅を形成する。それが悪霊だと、その人が死ぬまでいじめられるのだ。だから聖者は地獄曼陀羅の番人として、茨の耐える道を歩んでたのだ。

 僕達はそんな一人が今おられる庁舎の前で想象から降りて、その内部へと入る。此処で入国管理官に今回の入国目的を説明し、「魔法がきこえる ~南風の足音~」から 誕生した「想像国家」に対する消去を発動させるか、歴史を改変させて救うかの裁判を行い、裁判所命令を取り付けなければならないのだ。

 僕達はエレベーターに乗り、亜細亜方面入国管理課のある階で降りると、

 ウォオオオオオオオ! 

 フィーバーで大騒ぎ!

 エレベーター前で呆然と立ち尽くしている僕達に気付いた騒ぎの中心人物が、

「いよーっ! 乃白瑠! よう来たな! 待っておったぞ!」

「え、羅王尼らおうに様!」

 そう! このお方こそ、獄卒を率いる闇の王、裁判官の一人、羅王なのだ!

「お前がやって来ると聞いてな、こうして大宴会を開いておったのじゃ!」

 そして、もう一人。

「羅王尼様、はしたない真似はお止め下さい! あっ! 乃白瑠様、お久しぶりです!」 

 羅王尼に諌言するお淑やかなこの美少女こそ、双子の妹『羅王天』様。これが全くとっても、かぁいいのである。

「乃白瑠! お前一週間前、コンビニでHな雑誌立ち読みしてたろ!」

「何で知ってるんですかぁ?!」

「私には何でもお見通しなのだ! 守護霊が教えてくれたからな」

「乃白瑠様、最低ですぅ! アタクシという者がありながらぁ!」

「ついでに言っとくが、お前の恋する百合城ゆりしろ小雪しょうせつ

がこの間ダイブして来た時、これを見て幻滅しとったぞ」

「エ~ッ! そ、そんなぁ!」と、ガックシ項垂れる僕に向かって、

 百合城小雪。僕の憧れの月泣がっきゅう文庫の所持者だ。

「おう! 乃白瑠! オマエもこっちに来て一杯やらんか!」と焼酎を掲げるのは、

『笑撃文庫』の所持者の福笑とち介と、その『威羅主闘霊陀イラストレーター』である娘善氏にゃんぜんじシャンプーだ。

 僕達、そして彼らを含め、《象魔大戦》を闘ったのは二十四名。『剣劇文庫』の作家である僕、明王乃白瑠と編集者の萩尾小桜さん、それにベルサトリ=ウィズダム編集長、『威羅主闘霊陀』の、龍善氏りゅうぜんじ我王がおう君。そして、「法撃文庫」、「機撃文庫」、「悲撃文庫」、「笑撃文庫」、「歌撃文庫」の六文庫に、作家と編集者、編集長と六善氏から成る《威羅主闘霊陀》の四人ずつがいるのだ。

「とち介さんにシャンプーさん! お久しぶりです!」

「そっちの美少女は、彼女かい? 小雪ちゃんに言っちゃうぞぉ?」

「そ、そ、そ、そんなんじゃないっですってば!」

「乃白瑠君、こんな事とこで油売ってる場合じゃないのよ! 編集長も女の子追っ駆けんの止めなさぁい!」という小桜さんの怒声が、宴会をストップさせた。

 そして羅王尼様が「アンタ達が来た理由はわかってるよ。二日前にやって来た、愛王 楓の姉が書いた小説から誕生した『想像国家』を救いたいんだろ。だけどね、それは出来ない相談だわね」と、腕組みをする。

「ど、どういう事ですか?!」と、楓さんが語気を強めて声を荒げた。

「フ~ン。アンタが彼女の双子の片割れね。アンタの姉さん、怒ってたわよぉ」

「それはですね」と羅王天さんが口を開こうとした時だ。 ある一団が僕達の前に現れた。

「お前は、葛木かつらぎ麿実まろざね!」

 葛木麿実。教育省文学史研究室所属の『始末屋イレイザー』であり、僕達の宿敵である。彼を先頭に美少女五人戦隊『ゴレイザー』も一緒だ。

「麿実達が来て役者も揃った事だし、直接見た方が良さそうだな」と羅王尼が言う。

「着いて来い」という羅王尼の言葉に従い、僕達は大型エレベーターでこの閻魔王庁の屋上にある港へと向かう。そこには往年のSFロボットアニメに登場する宇宙戦艦群が係留されていた。その戦艦は勿論この「想像世界」の主語艦隊である。 

 僕達はその内の一つに搭乗し、「想像世界」の大海原へと船出した。

「剣劇文庫」の三人と楓さん、「笑撃文庫」の四人、羅王尼様と羅王天さん。それに『始末屋』の六人が戦艦に乗り込んだ。

 「仁」「義」「礼」「智」「孝」「信」「忠」「悌」「忍」「愛」の十徳を持つ十個の太陽が、明るく輝き、回転している。それぞれの徳の太陽の回りを「想像国家」が惑星として公転している。

 そして森羅万象は陰陽二極から成り、「反仁」「反義」「反礼」「反智」「反孝」「反信」「反忠」「反悌」「反忍」「反愛」という『ブラックホール』とでも言うべき地獄業魔界の中に、各「悪化想像国家」は、その内部世界に存在する。

 「魔法がきこえる ~南風の足音~」は、その閉じた空間である《反愛》に存在している。

 僕達の搭乗した戦艦は宇宙港に入る。

 ブリッジに集まっている僕達。通信回線を開く。だが応答は無い。

「麿実。どういう事か説明して貰おう」と、小桜さんが葛木麿実に説明を要求する。

「うむ。『魔法がきこえる ~南風の足音~』は悲劇的末路を迎えた『悪化想像国家』として、科学文部大臣冴元香梨亜様に認定されたが、その出来があまりに素晴らしい故、消去せずに地獄業魔界として存続する事になった」

「何だって?!」と、僕は声を荒げた。

「つまりこういう事だ。差別意識を持って死んだ魂が修行する場所として、存続する事になったのだ」

「『象魔大戦』で多くの地獄、つまり『悪化想像国家』がアンタ達に消去されちゃったでしょ? だから今、ある出版社に協力して貰って、悪人が行く為の修行の場所ちとしての小説世界を生み出している最中なのよ」

 羅王尼の言葉に、小桜さんが目を剥いて口を開く。

「ハッ?! ま、まさか、その出版社って、『虹色文庫』?!」

「ご明察」

「だから科学文部省は、廃刊させずにその存在を許していたのか!」と、僕は叫んだ。

「だけど、ねぇ、そっちの彼女」と、羅王尼様が楓さんに呼びかけた。

「アンタには気の毒だけど、このまま行くとアンタの姉さんの魂は消去しなけりゃならないよ」

「えっ?!」と、羅王尼の顔を驚きの表情で凝視する楓さん。

「これを見な」と、闇の王はリモコンで巨大液晶ビジョンにある光景を映す。

 そこには『魔法がきこえる ~南風の足音~』の『想像国家』を、最愛の人を探し荒らし回る、獣化した巨大な魔物の姿があった。


「アノヒトハドコ?!」


「あれがアンタの姉さん、大好きな人と結ばれなかった現実世界と想像世界の二重の苦しみに耐えられなくなった愛王流花の成れの果てさ」

「そ、そんな……!」

「本来なら小説家である彼女は『魔法がきこえる ~南風の足音~』の『想像国家』を創造した神、造物主としてこの星の月に君臨する筈だったんだけど、アンタが書き直した結末を受け入れられなかったんだろうね。全てを壊す破壊神となってしまったのさ」

 羅王尼様のその言葉に泣き出してしまう楓さん。僕は、黙って楓さんを胸に引き寄せた。

 羅王尼様は、リモコンを楓さんに渡す。

「このまま悪行を続ければ、彼女の魂は永遠に消滅させられてしまうぞ。そうなる前にアンタの手で彼女を救ってあげな。これ以上の言語的展開による悪口武装は抑止する為にも。直接行って話しかけるんだ。魂の核をサルベージする為にね」

 無限の沈黙が流れた。泣き続け、変わり果てた姉の姿を見つめていた楓さんが、意を決したように、

「行きます!」

 雷の如き沈黙がこのブリッジを支配する。静寂な言葉の群れが紡がれることのないまま感情の表にたむろしている。何か言いたいが、言えない。誰もが楓さんの涙を慰めてあげたい。口火を切ったのは羅王尼様だった。

「わかった! 直接行って救う! 羅王天! 想像思惟娘そうぞうしいにゃんを用意してやれ」

 説明しよう。想像思惟娘とは様々なキャラクターになりきる事が出来るコピースライム。別名形状記憶スライムとも言う。

 今は、スーパーモデルのようなスリムな体型をした少女の姿になっている。

「お姉さん! 想像思惟娘を出すのですか! あのアダルト的な兎耳を前へ後ろへ交互に垂れる、あの猫エルフが短い尻尾を立てながら、満月になっても巨大化しない卵を抱える、猫耳エルフが夢見たバニーガールを想像で思惟する、兎耳した頭着ぐるみ、猫裸だらけのあの! 伝説の?!」


「・・・・・・」 



















 四章


 戦艦は、この「想像国家」の港に入港する。工事はもう終わっている。

 新人賞を取った小説へのファンになる予定の観光客のツアーが予定されているのだが、政情不安定を理由に、渡航延期命令が出ているのだ。皆港に足止めをくらっている。港は、それを書いた小説家の魂。

 葛木麿実とゴレイザー、六人の《始末屋》は、教育大臣の指令待ちで待機している。

 僕達は春羅王様に見送られて、内部に潜入した。軍の将校、アルバス=バマック大佐が案内役となり、軍差し回しのヘリでこのコロニーの北部にある羅山の頂上へと向かう。

「愛王流花のリコールを狙っているとの噂もありますし、この国家の想像主である彼女を追い落とそうとしている一派がクーデターを起こすとの情報もあります」

「そうですか」と言って、編集長が後部座席を振り返る。

 新人賞を受賞したこの小説を絶対存続させろと命令が出ている。皆愛王流花さんに同情して彼女を救いたがっているのだ。

「乃白瑠君。今日は《威羅主斗霊陀》の龍善氏我王君がいない。もし、剣皇を召喚するなら、微細な特徴まで「剣皇文庫」に書かなければならないぞ」

 今日は再オーディションの日だった。この小説の登場人物のロールプレイをする役者を決める為のものだ。

 しかし、これはゲームではない。修行なのだ。最初の、道筋を作ってくれたオリジナルを信じた人達。その人のファン。オリジナルは引退して、次の未来の人生に行かねばならない。しかし、過去では、その人の人生を送る本体がいなくなるのだから、どうしても人は、自分の弟子、次の自分。解脱して、義の教師になった釈迦如来の一人になった天使と同調して、自分の獲得した人生の奥義を受け渡すに足る人物を見つけて、バトンタッチしなくてはならない。その為の、オーディションだった。

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