そこに相関関係はあるのか




 噂ってのはクソくらえですね_____________




 その意味を胸の内で咀嚼しながら僕は歩いていた。



 駅までは、依然として女と並んでいた。

 とはいえ、そこには沈黙ばかりが流れていた。

 話題がない。それももちろんある。

 けれど、それよりも僕は、この女の言った言葉の真意を探るのに黙考もっこうせずにはいられなかった。

 図書館にいる間も一切触れることがなかったが、何も目的なくして僕に近づくのはおかしい。


……見解が悲しすぎる。


 こいつは、俺が事情を穿鑿せんさくしようとした時「細かいことはいいじゃないですか」と言っていた。

 何か考えがあるのは間違いない。


「何か裏がある______とか考えてますよね」


 僕が黙っていると、じっ、と覗き込むように女は見ていた。


「んぃっ!?」


 突然のことに驚いてしまった。んぃっ、ってなに?


 僕は色々な意味を込めて、女をキッ、と睨み返す。

 わかってて言ってるのか?嫌な女だ。

 僕の顔を見るやいなや、ふふっ、と笑って前へ首を戻す。

「やれやれ、何もわかってないのねこいつは」とでも言いたげな顔をしている。

 黙考の後じゃなければ、僕の顔のことを侮蔑したのかと疑うところだった。


「……失礼ですが、真島くんに恋人とかそういう類は?」


「…いるわけないだろ。友達すら数えられるだけしかいないんだぞ」


「ですよね。よかった」


 そう言って、胸をなで下ろした。

 いや、ですよね、じゃねえよ。

 ただ、反論しようがない。

 事実無根、僕の友達の数は数えようとすれば片手で収まる。


 それよりも、なんだ。その質問に何か深い理由わけでもあるというのだろうか。


 僕に恋人がいると困る理由って言ったら…………。



 いやいや、自惚れるな。もっと打算的になれ。


「……それだと、なんなんだ?」


 僕は恐る恐る問う。

 _______________半分くらい期待を添えて


「そうですね、言いましょう。私と協力関係になってくれませんか?」


「は?」


 気の抜けた声が空気中に溶けていった。

 予想外の発言に対して、つい声が出てしまった。

 期待は儚くも、無慈悲にパラパラ散っていった。


 いや、むしろそっちの方が現実的だ。何を寒い期待しているんだか……


 とか考えていると、気づけば僕達の目前には駅が姿を現していた。


 まだ考えが纏まっていない。

 結局この女の目論見を理解かれていない。

 面倒事には極力突っ込みたくない。



 けれど、不思議と簡単に拒んでしまうのは勿体ないように思った。



 女は改札を抜けて、「私はこっちなので」と行き先を指差した。


「それでは、返事は明日の放課後にでも教えてください。では」


 にこり、と不敵な笑みを浮かべて僕に背を向ける。


「ま、待って!」


 不意に声をかけてしまったが、聞くことは決まっていた。

 不思議そうに女は踵をかえす。

 女の「なんですか?」という言葉とほぼ同時に、僕は尋ねた。


「そういえば、名前はなんて言うんだ」


********************


 家に帰る頃には、赤みを帯びた空もすっかり黒に身をひそめていた。

 時計を見ると、丁度19時を差している。

 家のドアを開ける前に、ふと思った。


 今日以前に、これだけ長い帰宅時間を過ごしたのはいつぶりだろうか。


 恐らく中学を卒業してからは一度もなかったはずだ。

 それに関して、これといって形容し得る感情はない。

 だとしても、思わざるを得ない事柄であるのには違いなかった。


 少しばかし懐かしい顔を思い浮かべた。



 僕がガチャ、とドアを開けると、その音に応えるように妹の志穂しほがぬっ、とリビングから顔を出した。

 怪訝そうに僕を見るが、別に怒っている様子はないみたいだ。


 なんて言い訳をしようかと迷っているうちに、志穂が「おかえりお兄ちゃん」と言う。


「ただいま」


 おかえり、ただいまのやりとりをするだけで、家の居心地の良さを身体の芯から感じる。

 今日は普段より多く喋ったものだから、意図せずに溜め息が出てしまう。

 積み重なった疲れが、流れるように口からこぼれる。


「……ん。今日はやけに遅かったみたいだね」


 タータンチェックのエプロンを身にまとった志穂は、もみあげを撫でながら一点を見つめている。

 ずっとこの格好のままで待ってくれていたのだろうか。

 いつもは18時前後には食べている夕食がかなり遅れてしまった。

 そう思うと、勝手に道草食ってしまったことが非常に申し訳ない。


 嘘をつく理由もないから正直に言うことにした。


「実は、テストが近いからクラスの人と勉強会をしていたんだ。それで夕飯遅れてしまった。悪い」


 僕はバツが悪そうに頭を搔いた。

 そんなこと目もくれず、志穂は目をまん丸くして突っ立っていた。

 あれだけ弄っていたもみあげから手を外すほどに驚いている様子だ。


「珍し…」とだけ呟いてリビングへと消えていった。


 今日の夜ご飯は生姜焼きだろうか。

 香ばしい生姜の匂いがリビングから漂い、空腹感を刺激する。


 それにしても何か言いたげな顔だった。

 まあ、大概何言いたいかわかるよ?

 でも言いたいことはちゃんと言おうね。お兄ちゃん気になるだろ?


 ご飯を済ませ、お風呂に入り、自室に拠点を移したのが21時47分。

 普段より1時間くらい遅めだ。

 志穂には今日のことをうまく説明出来ず、しこりを残したまま。

 あまり心配をかけたくはないため、連絡はするよう心がけたい。

 ベッドに横になり、改めて女について考えた。

 どう推測づけたところで、真相なんてわかるもんじゃないけれど。



「噂ってのはクソくらえですね」



上佐うわさ 芽亜めあです。それでは明日、学校で」



 言葉を反芻する。うわさ……上佐……、噂ね………


 ASMRの動画を耳に流しつつ、僕はそっと目を閉じた。

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上佐さんの一人旅 唐唐 @To_kibi20

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