彼女が見ていたものとは
僕は友達が少ない。
少なくとも、この
もう高校2年生だというのに、僕のお母さんは毎日のように「今日の学校はどうだった?」と聞くのだ。
そろそろ嘘をつくのは苦しくなってきたよ。
そんなことより、だ。
普段なら、つまらない喧騒を掻き分けて、一人落ち着いて辿る帰り道。
それが今日は、隣に人を連れて歩いているじゃないか。
それも………女生徒。
クラスメイトの名前は誰一人として覚えていないから、この女の名前ももちろん覚えていない。
だが、見覚えはある。
僕は大体教室に入る時、後ろのドアから入る。
その際、この女の席は真ん中の列の一番後ろにあるから、自然と目に入るのだ。
特に、"気になって"とかでは断じてない。
その証拠に、この女のそれ以外の説明を僕はできない。
僕と一緒に歩いているところを見られたりしたら、周りからこの女はどう思われるだろうか。
万が一、万が二でも僕の彼女だとか思われたりしたら、不快じゃないか?
なんせ、僕には変なイメージがまとわりついている。
進んで僕のもとに来るなんて、物好きと思われても致し方ない。
罰ゲームか何かだろうか?
そう思って女の顔をチラリと見るが、別段暗鬱な顔つきではなさそうだ。
むしろ、なにかしらの確信を携えたように真剣な目を据えているみたいだった。
なんにせよ………
「な、なあ、突然一緒にテスト勉強をしようだなんて、どういう魂胆なんだ?テスト勉強なんか一人でもできるだろ?」
わざわざ僕に話しかけてくる時点で不可解なのに、ましてや「一緒にテスト勉強をしよう」だなんて、
こんなの何か裏があるとしか思えないだろ。
「細かいことはいいじゃないですか。首位独占している君には分からないでしょうけど、問題の不明点などは友達とかと話し合った方が呑み込みが早いんですよ?」
「………まあ、そっちがいいならなんでもいいけどさ」
…なんか、さらっとイヤミを言われたな。
諦めて、何も考えないことに努めた。
意図なんか知る由もない。
が、せっかくの女子との勉強というイベントを逃す手もまあなかった。
別に僕だって、そういうのに興味がないわけじゃないんだからね。
栄光を掴み取れるとは毛頭思ってませんが。
………と、そういえば。
「そういえば、どこで勉強するんだ?図書室とかじゃだめなのか?」
何の気なしに僕らは自分の荷物を担ぎ、外に出て、駅に向かう道を歩いていた。
今から戻る、となるとさすがにもう遅い。
現在地から駅まで、学校まで、の距離を比べた時にどっちが近いかって言ったら駅なのだ。
ま、まさかとは思うけど………どちらかの家でやるってことはない…ですよね?
おい。ちょっと期待してないか?そういうのはまだ早いとおじさんは思う。
気づいた頃には駅に着き………駅を通り過ぎた。
あれ?
いかにも、「なんで?」みたいな顔を僕が浮かべていたら、
「こっち。もう少し歩いたところに図書館、ありますよね。」
そこでやりましょう。そう言って前を向いて、平静と歩き出した。
な、なんだそういうことか。まあもちろんそうですよね。
とかなんとか言って自分を諭す。
確かに、高校とは対称的に、駅から歩くと大きな図書館がある。
わざわざそこまで行って勉強をしよう、というのか。
周りの目が気になる、とかだろうか。
僕とだから?
いや、ならそもそも誘ったりはしないだろう。
ほんと、なんなんだこの女…………
********************
「着きましたね」
お、おお…
数年ぶりに見た建築物に息を呑んだ。
こんなに近未来的で小綺麗な場所だっただろうか。
白を基調とした爽やかなデザインは、思わず深呼吸をしたくなるほどだ。
実際に深呼吸をしてみたら、隣にいた女には訝しげな目を向けられた。そりゃそうだ。
その外観に見惚れつつ、「はやく行きますよ」という声に目を覚まされながら、足早に女のあとを追った。
図書館の中に入ると、中はとても広く感じた。
奥行きはそれほどない。恐らく高い天井のためなのだろう。
上を見上げながら、そんなふうに思っていると、
「この奥に自習スペースがあります。トイレに行ってくるので、奥の方で席をとっておいてください。」
「わ、わかった」
そうして、ふっ、といなくなった。
そのまま奥へ真っ直ぐ進み、突き当たりで右折する。
またそのまま真っ直ぐ奥まで行くと、丁度よく席が空いていた。
僕は奥の席に座って、その隣の席に一応僕の鞄を置いておいた。
ふう、と一息つく。
落ち着いて初めて、ひんやりとした空調に気づいた。涼しい…
ちらりとスマホを片手にとると、16時42分。
まあそこそこ勉強できるか。
それにしても、僕は何を勉強すればいいのか………
先生、ASMRは勉強に入りますか?
入るわけねえだろ。
そうこう考えているうちに、用を済ませたであろう女はパタパタと席へやってきた。
僕は椅子の上に乗せておいた鞄をどけてやる。
「お待たせしました」
僕はどうぞ、と謎の身振りで空いている席への着席を促す。
それに合わせるように女は席に着く。
僕は女がなんの教科をするかに合わせるつもりでチラチラ目配せしながら準備するふりをしていた。
途中、「なんだこいつ。挙動不審か?」みたいな目をどこからか喰らった気がするが、気のせいだな。うん。
女は数学の教材を取り出していたので、僕も数学の用意をした。
テスト対策用プリントが普段テスト前になると配られる。
そのプリントをやっておけば、最低限赤点ぐらいは回避出来るという代物だ。
今まで僕はあんまりこのプリントをやったことがないが、こいつはどれくらい数学を理解しているのだろうか。
一緒に勉強するうえで、避けては通れない興味だろう。
「………真島くん。ここはどうやるんですか?」
僕は、はあ、というため息をぐっと堪えて、作り笑顔で応える。
「………そこは、ここの座標とこの方程式を「|ax+by+c|/√a²+b²」に代入してさ」
「ああ、そこでこうすれば………あ、できたできた。できました!」
キャッキャッと喜ぶ様子は不覚にもかわいいと思ってしまった。
それにしても、聞きすぎじゃないか………?
プリントの
そして、今表面が終わったところで、7問くらいは聞かれたのだ。
まあ大概は、あと少し!みたいなところでつまづいているみたいだ。
だから、頭が悪いってことはないんだろうけど。
僕は自分のプリントに描かれたカービィの隣に、ワドルディも描いてみせた。
ちなみに、問題は1問も解いていない。
17時58分。
「おっと、もう18時になりますね。そろそろ帰りましょうか」
「そうだな」
プリントが全部終わって、ホクホクと満足した様子の女の合図で帰宅の準備を始めた。
僕は今日の勉強会の十分の一くらいしか勉強をしていない。
十分の六くらいが女に教えた時間。十分の三がおえかきの時間。
それにしても、結局こいつは何をしたかったのか。
わざわざ僕と勉強をしなくても、先生に聞くとかしてもよかっただろう。
図書館を出ると、外は少し薄暗く、ほんのり赤くなっていた。
夏とはいえ、日は暮れるものだと知らしめられる。
「今日はわざわざありがとうございました。突然勉強会だなんて言って」
と言って、女はぺこっとこうべを垂れた。
俺が、いやいや、と身振り手振りで表現しようとすると、女はその状態のまま続けた。
「おかげで、私はよくわかりました」
そう言って、女は顔を上げた。
「やはり、噂ってのはクソくらえですね」
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