上佐さんの一人旅
唐唐
空き缶は「命」と形容されるか
カラン。
シャーペンの落ちる音が、静謐な教室に響く。
この時から、僕の高校生活は明らかに変わった。
いや、ある女生徒に変えられたのだ。
放課を知らせるチャイムが校内、および校外一帯に響き渡る。
午後3時45分。
普段なら、放課後には各所から騒がしい音が聞こえるものだ。
野球部の雄叫びや吹奏楽部の重低音、演劇部の発声練習などなど……
だがしかし、今は前期期末考査間近ということで、部活停止期間。
これらの音々も沈黙を続けている。
学校はある程度の静寂に包まれていた。
各教室で勉強する者、図書室で勉強する者、家に帰って勉強する者、あるいは勉強という選択肢を持たない者……まあ色々あるだろう。
大概の人は勉強に意識を向け、騒ぎ立てる余裕がない。
そういう意味では、考査というのは生徒を圧倒する影響力がある。
ちなみに、僕____
ASMR最高。
自慢じゃないが、僕はこれまでの考査や模試でずっと1位を維持してきている。
2位以下を圧倒する点で首位を勝ち取っている。
中学でも同じように首位をキープし続けていたので、僕としてはなんら喜びも何もない。
…いや、そういえば中学では一度だけ負けたことがあったっけ。
首位をキープすることは、恐らくそう簡単なことではない。
周囲の人間は、きっと僕に対して畏敬の念を感じているに違いない。
ただ、2つの点で僕には欠けたところがある。
1つ目は、成績はいいにしろ、優等生では決してない点だ。
授業中はよく居眠りをしているし、自主学習はさほどやっていない。
担任にも幾度と注意されたものだ。
寸分の努力も感じられない人間が、成績だけは良く、それも成績首位を独占しているというね。
まあ、俄然いい心地はしないだろう。
その点については重々承知している。
僕だってなんでか知らない。取れるものは取れるんだ。
その結果、ふと聞き耳を立てると聞こえてくるのは
「あいつ成績いいからって調子乗ってるんじゃね?」
「どうせ俺らのこと見下してるよ」
「私だって頑張ってるに腹が立つ」
といった怨嗟の声。
聞こえないふりしてその場をやり過ごしているが、そういう声はどうしても滑稽に聞こえてしまう。
単純に、そう本当にシンプルに、「もっとがんばれよ」としか思えない。
若干の申し訳なさはあるが、どうしようもない。だってそうじゃん()
そんな彼らとなおさら和解に至れないのは2つ目の欠点による。
僕には友達がいない。
ある程度の友好関係を保つことができれば、弁解の余地がある。
「勉強教えてくれよ!」みたいに輪が広がっていけば、僕のイメージはそれほど悪くなりはしない。
ただ「頭のいい同級生」という肩書を取得するに至るだろう。
なんなら中学の時はそういう立ち位置だった。
でも僕には友達がいない!
そのせいで僕に付き纏う勝手なイメージというのは一人旅を始めてしまった。
尾ひれがついてどんどん膨張する噂話というのは、もはやコップの中の嵐。
誰にも規模が想像できないものとなってしまう。
友達がいるかいないかで、「孤高」な存在になるか「孤独」な存在になるかが左右されるというわけだ。
とはいえ、独りぼっちになることはそんなに怖くない。
伊達に1年ぼっちを続けてきただけはある。
とはいえ、当然ぼっちを進んで望んでいるわけじゃない。
しかし、多すぎて交友関係の問題に亀裂が走って諍いが起きるよりはマシだと思っているだけだ。
まあそんなの強がりでしかないけれど。
まだヒソヒソ嫌味や憎しみを輪の中で吐露し合う程度だから、事の重大さに気づけてないだけかもしれない。
実害が出てなければいいや、と無視を続けた。
この1年ちょっと、よくこの状況を保ち続けていたものだ。
だから、僕はこのまま何事もなく学生生活を送れると信じていた。
********************
考査の2日前。
僕の学校では、考査前最期の授業で、考査範囲の英単語を総テストしている。
無論、僕は英単語のテストだろうと抜かりない成果を出していた。
しかし、その時のは一つだけ不確かな単語があった。
"declare"
完全にど忘れだった。
頭を抱えて捻出しようとしてもなかなか思い出せない。
刻限は刻一刻と迫るも、答えは一向に思い浮かばず、焦りが積もるばかりだ。
別に満点を狙っているつもりではない。
しかし、そこまで正答率も低くない英単語で落とすのは自尊心に傷がつく。
焦りは手癖に現れ、シャーペンはぐるんぐるん回される。
情動がその手に、不安定に出る。
その時、不意にシャーペンが僕の手から離れた。
あっ…
カラン。
シャーペンの落ちる音が、静謐な教室に響く。
小さな音であるにしろ、シーンとした場所で鳴る音の破壊力というのは凄まじいものだった。
忌むべき人間の発した音だ。誰もがその行動に舌打ちをする。
慌ててシャーペンを拾おうとした。
担任に言ってから拾おうか悩んだ。
その時、ふと"declare"というのが"宣言する"であることを思い出した。
前の授業で、担任が「何か困ったことがあったら
素直に「ラッキー」と思った。
僕はシャーペンを拾い上げて、嬉々として解答用紙に回答を書き込んだ。
その時、後ろの方でガタッと音がした。
「今こいつカンニングしました!」
………はあ?
突然の事で、正直この時は何が起こっているのか理解が追いつかなかった。
ただ、客観的に見れば、紙面から目を逸らしてから回答を書く行為が、カンニングと疑われることは一目瞭然だった。
「いや、ペンを拾っただけだけど」
「下を向いてすぐに答えを書いただろ!カンニング以外のなんだって言うんだ?」
「そんな事言われても」
周囲の目が僕に刺すように向く。
ツーンとした冷えた空気が教室を漂うのがわかる。
もはや弁明の余地はなかった。
この騒動は、僕の英単語テスト0点でひとまず処置を取られた。
騒動がなければ満点だった。
放課後、生徒玄関に設置された自動販売機でアイスコーヒーを買った。
外に出ると、ムワッとした熱気が僕を包む。
今日の気温は28度。夏休みまで目と鼻の先だ。
カシュッとアイスコーヒーのプルタブを開け、クイッと喉に流し込む。
「はあ」
面倒なことになりそうだ。
これで因縁つけられて、考査や模試でも同じようなことになったら困る。
成績優秀のレッテルが大事なわけではないし、プライドだって別にそんなにない。
ただ、虚偽によってこんな事態になっていることが許せない。
「はあ」
またクイッとコーヒーに口をつけ、グッと喉に流し、中身を空にした。
玄関に戻り、自動販売機横のゴミ箱に空き缶を放り投げ、立ち去ろうとした。
カランカラン
ゴミ箱から外したことにハッとして、立ち戻る。
しかし、目をやった先に空き缶はなく、靴が、足が、そこに見えた。
顔を上げると、どこかで見たような様子の女生徒が僕の空き缶を持って仁王立ちをキメていた。
学校指定のカーディガンを、夏だというのにわざわざYシャツの上に羽織っている。
僕がポカンとして彼女を見ていると、彼女は口を開いた。
「私とテスト勉強、しませんか?」
え、なんだこいつ………
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