エピローグ.火星アマゾニス平原 医療コロニー〈M.E.D.I.C.〉

 「『……〈セト〉号が大きく距離を伸ばし、これまでの記録を大幅に塗り替えましたぁ! 新たな〈アテン・ラー〉の誕生だぁっ!』」

 木目調のアンティークなラジオがずっと、何億キロも離れた"命知らず"のレースの実況を流している。

 窓辺の遮紫外線のガラスからは、かつて地球の遊牧民が使っていたようなパオがぽつぽつと並ぶ赤茶けた大地と、薄い大気に、地球よりいくらか弱い太陽が光と熱を送っている。

 固く目をつぶり、ベッドの白髪の女性は、有線の色あせたイヤホンでラジオを聞いていた。実況がうるさく、大部屋なので他の人へ迷惑はかけたくなかった。

 「『ジン。バイタルは弱いですが、まだ息があります。救助艇の用意をします』」

 ラジオが発する声を一言一句、聞き漏らさまいと、シワと手荒れにまみれた手が祈りを捧げる。

 「『あ~っと!? 船が爆散!』」

 「はっ……」

 目が大きく見ひらいた。

 黒い瞳から涙が止めどなくあふれ出す。

 「『たったいま、〈セト〉号の船が融解しましたっ! 繰り返します……』」

 実況の声が遠ざかり、静寂の平原に巻きあがる砂の落ちる音に混じっていく。

 「ジェイク……」

 彼を留められなかった後悔に、女性は出さまいと噛みしめた唇から微かな声が漏れる。

 「ブチッ……ジージジィ……」

 ふいにラジオが途切れ、ノイズが走った。

 イヤホンにふれた女性の手がピタリと止まる。

 「……ここどこだ? なんも見えねぇぞ。にゃんころの仕業か?」

 「ジェイクっ!!!」

 悲鳴のような声に同室の患者がなにごとかと顔を覗かせる。

 「サツキさん? だいじょうぶ……?」

 窓辺のほの白く、サクラ色をした横顔を、太陽系の主はただ、柔らかく照らしていた。



(完)

 ☆ゲンロンSF創作講座 発表作品

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SUN-X ウツユリン @lin_utsuyu1992

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