Ⅴ.星間宇宙 〈マーズ〉および宇宙空間

『今回のプロミネンス大発生は長期になりそうだっ。警報は全〈バーンド〉へ伝えられているっ! 戦略に影響をおよぼすのはまちがいないっ。ここが分水嶺であります!

 現在の先頭は〈セト〉号! 〈ネフティス〉号が猛追しているっ! そしてっ、半数の〈バーンド〉がスイングバイコースを取っているっ。長期戦の様相を呈しそうでありますっ!

 とぉ~、ここで二番手の〈ネフティス〉号が出力最大っ! 〈セト〉号を追ってプロミネンス直撃コースだっ』

 『〈SUN-X〉の規定では、プロミネンスも太陽とみなすため、深度次第では戦略となりえます』

 『それでもプロミネンスの温度は数万度もあるっ! そこへ突っ込むのは、相当な"デッダー"でありましょう!』

「ビッ……〈ネフティス〉が後方より接近。相対距離二千」

 ディスプレイの端、ワイプ映像で、毛皮からネコ形態に戻ったネコロイドが報告する。

 加速を続ける船は水星の重力を脱し、プロミネンスを回避するような航路を進んでいる。簡易重力発生装置のおかげで身体が浮きあがることもない。

 「おまえ、いまビッチって言いかけたろ……げほっ……」

 「だ、黙って体力を温存してください、リトル、る、バード」

 やり返すネコロイドの声もぎこちない。〈ネフティス〉とやり合ったときのダメージのせいだ。

 「どうやったのか知らねぇが、よく取り返してくれたぜ」

 サンキューな、と毛が抜けているライフセーバーへ親指を立ててみせる。

 「擱坐を幇助するようなフラグは立てないでください」

 「……フラグってなんだ?」

 「気にしなくていいです。まだ〈PSP〉も通過していませんよ。通過したって貴方のスポンサー契約じゃ、優勝する以外、負債地獄です」

 「参加賞に用はねぇから。一文無しのガキにゃ、レースに出られるだけでも御の字ってやつよ……クソ親父の威を借りたのはシャクだがな」

 遺産が残っていなくても、〈ラー〉の子と認定されば出場権が優先される。ジェイクの申し出は、大会側としても願ったり叶ったりだった。

 【警告。高速物体が異常接近】

 突然、アラートが船内に響いた。

 ジェイクが船外の映像を見ると、主翼のある紅い機体が後方に迫っていた。

 羽ばたくたび、鱗粉のような粒子が散る。宇宙空間に翼は邪魔でしかないが、翼そのものがエンジンとなれば別だ。

 「あれじゃ、蝶だろ」というジェイクのつぶやきが聞こえたかのように、真っ直ぐ、こちらへ向かってくる。

 「にゃんこっ、ネフのやつ、カンカンじゃねぇかっ?!」

「不覚でした。ワタシが息の根を止めていれば」

 うなだれる黒猫へ、そうじゃねぇだろ、と突っ込みながらジェイクが舵を切る。

 蝶の脇の下へ、もぐった船に、粒子エンジンの"ダスト"が降りかかる。鈍い衝撃コックピットを揺らした。

 「シールド出力低下……ったく、どんだけハイパワーなんだよ」

 減速をしないまま、ジェイクが船をローリングさせ、距離を取る。追い越していく機体の頭部で、中指を立てる〈ネフティス〉が見えた気がした。

 「リトルバード、この船では追いつけませんよ。出力が圧倒的に違います」

 「わぁってるって! いま考えてる。あいつ、どこ向かってんだ……?」

 プロミネンスに進路を取っているようですね、と分析するネコロイド。

 その言葉に、ジェイクのボウっとしそうな頭が閃いた。

 「そうかっ! オレたちも……」

 刹那、映像がフラッシュする。

 ディスプレイには白い残光しか映らない。

 「おい、ネフの船は……?」

 カメラが再び、漆黒と火球を映した。

 だがそこに、鳳凰の姿はない。

『信じられないっ! 〈ネフティス〉号がバーンド! 暫定〈ラー〉になにが起こったのかっ?!』

 『直前の航行ログが入ってきました。パイロットのアドレナリン値が高いことを除いて、バイタルに問題はありません。ただ、粒子エンジンがバーンド直前に異常値を出していました』

 『つまりこれは、マシントラブルによる事故ということですか、パーカー?』

 『ログの詳細な検証は本部でおこなわれますが……機体の爆発には相違ありません。パイロットのバイタルは消失。マーズの遠距離生体スキャンにも応答なし。残念ながら、パイロットの生存率はゼロです』

 『ありがとう、パーカー。今大会の優勝候補が最初に爆散する波乱の展開となりましたぁ。お悔やみ申し上げます。

 ですがっ! 〈ネフティス〉号の暫定トップには変わりません! 自慢の超高出力粒子エンジンによる加速で〈セト〉号を颯爽と抜き去って稼いだ距離は大きい!  このまま、他の〈バーンド〉が爆散……コホンッ、プロミネンスにビビって近づけなければ、〈ネフティス〉が今大会の〈ラー〉となりますっ!』

 『そういえば、ワープ中の〈ゲブ〉号がそろそろ出現するころですね』

「そん、なっ……」

 ディスプレイの宇宙空間では、徐々に大きさを増す太陽から、触手のような紅炎が伸びている。

 わずかに残った鱗粉も、触手に掠めとられてほどなく消えていった。

 「リトルバード! し、しっかりしてください。このレースに参加したときから皆、死は覚悟しています。貴方だって……」

 【警告。静止物体へ接近中】

 新たなアラートに黒猫がハッと顔をあげた。

 船外のカメラを確かめた隻眼に、船首の方向、ズームせずともわかる近距離に空間が映る。

 レース宙域にあるはずのない、突如あらわれた静止物体。

 「ジェイク! 回避を……」

 席を飛び降り、茫然とするパイロットへ、ネコが駆ける。

 跳ねた肉球は凄まじい衝撃に、壁へ叩きつけられた。

『空間の歪みをモニターが捉えましたぁ!……おっと?! そこは〈セト〉号の進路だ……クラァ~ッシュ!!! ワープから出た〈ゲブ〉号と〈セト〉号が衝突!』

 『減速なしの正面衝突ですね。エネルギーシールドがなければ、両者ともデブリと化していたでしょう』

 『でも待ってっ、パーカー? 〈ゲブ〉号はワープ直後の冷却期間で、いわばフリーズしていたのですよね?』

 『ええ。ワープエンジンは、出現後に一定のクール期間が必要です。このあいだは動けません』

 『だとするとですよ? 動けない〈ゲブ〉号に、〈セト〉が激突……ってこれは反則ではありませんか?!』

 『ログを解析します。本部とも協議しますので、ここはお願いします、ジン』

 『わぁっかりました。故意の衝突となれば、〈セト〉号は即失格のうえ、両陣営の損害を背負うことになるぅっ!』

 シュッ、シュッ、と風を切る音が照明のチラつく船内に響く。

 ショートし、ブロックノイズが混じるフライトコンソールには、エラーがびっしり並んで、パイロットの処理を待っている

 「こ、このっ、り、リトルバード! 小鳥!」

 宇宙レース船二隻の衝突は、奇跡的に爆発をまぬがれていた。船外活動用スーツのおかげでパイロットもまだ、死んではいない。気をうしない、背もたれに頭をあずけている。

 「ヒヨッコっ! はやく船のシールドを……!」

 パイロットのヘルメットに覆いかぶさって、パンチを繰り返すライフセーバーのほうが重傷だった。尾が直角に曲がり、ほとんどの毛が削げ落ちている。

 金、ドクロ、赤十字、とめまぐるしく変わる片眼をわずらわしそうにまばたきながらネコロイドが叩いていると、「う~ん」と間の抜けた声が漏れる。

 「リトルバードッ!……寝言は死んでからい、言ってください」

 渾身の左ストレートを浴び、マスクにピキッと亀裂が入る。

 毛のないネコが顔にしがみついていることに、ようやく気づいたジェイクは、驚いて「うおっ?!」と跳ね起きた。優雅な着地を決めようとした元黒猫は、したたかに腹を打ってうなっている。

 「ど、どした、おまえネコロイドか? てか、だいじょうぶか」と半ば怯えながらも、ジェイクの手はコンソールをひとつひとつ、チェックしていく。

 「見なかったことにしてください。ストレスによる脱毛です……そんなことより、シールドジェネレーターが一基だけになりました。エンジンからバイパスすればまだ動作は……」

 「いや、このままいく」

 コンソールの点検を終え、パイロットがアクセルレバーに手をかける。光が点滅を繰り返すコックピットでは、その顔はよく見えない。

 淡々とつぶやいたジェイクに、頭でもぶつけたのではないかと、しかめっ面を向けるライフセーバー。

 「そんな目で見んなって。イカれちゃいねぇよ。いまのとこはな……野郎のやり方を借りるだけだ」

 『ジン、協議の結果が出ました』

 『パーカー! 早かったですね!』

 『〈SUN-X〉運営本部は、先ほどの衝突を「事故」と判定しました。ワープエンジンの設計上、座標の盗聴は不可能。かつ怪しい通信もなかったことが理由です』

 『なぁ~るほどぉ。レース続行であります! ちょうど〈ゲブ〉号が白旗通信サレンダーしてきたとこでしたよ。これで〈セト〉号まで失格なら、スイングバイ組の到着を待たないといけないところでした』

 『ジン、その二位の〈セト〉号が船首をプロミネンスへ向けましたよ?』

 『あ、ホント。……おや、シールドをオフにしたぞっ。再起動ではないようだが?』

 『ほとんどの推進剤をメインエンジンに回しているようです。これは、まるで……ジンっ!』

 『ええ、ええ、あなたの興奮はよ~くわかりますよ、パーカー。こう言いたいんでしょう?

 これは、〈ゴーレンリウスコース〉だぁ!』

「くっ……!」

 船が大きく揺れ、コンソールのアラートがまた一つ増える。無視する選択をするたび、次のアラートまでが早くなる。

 アクセルレバーにしがみつきながら、パイロットは、選択を後悔し始めていた。

 「こ、この方向でいいんですか?」

 「どうかな……ちぃ~とばかしプロミネンスに突っこんだはいいが、野郎がどこまでいったか、こっちにゃわかんねぇだった」

 〈SUN-X〉出場者はレース開始後、正確な現在地を知ることができない。を盛り上げるための規定だが、それは、過去の勝者がどれほど太陽へ近付けたのかまで、知る術がないことを意味している。

 〈ネフティス〉の航路から、思いつきで〈ゴーレンリウスコース〉へ舵を取ったジェイクだが、かつて同じようにプロミネンスへ突っ込んだ父親が、どこまで深く潜ったのか、指標をなにひとつ、覚えていない。

 へへっ、と鼻をならすパイロットの顔かは、汗が止めどなくあふれる。スーツに染みを作っているのは、無謀すぎる作戦への冷や汗だけではない。単に船内の温度が上がっているからでもある。

 「船内温度、華氏百五度超過。リトルバード! これじゃ、焼かれるまえに干あがりますよ」

 「んなこたぁ、わかってるってっ! にゃんころ、オレたちはどの辺にいるッ?」

 ジェイクの指示に、体毛のほとんどなくなったネコロイドが押し黙る。呼び方を訂正する余裕もないらしい。

 「野郎、これで戻ったのかよ……?」

 第五百八十七回の優勝者、ゴーレンリウスは、プロミネンスを逆手に取ってレースを制し、さらには〈PSP〉まで自力で帰還したところを救助艇に拾われた。

 以来、真似する者はあとを経たないが、生還した者はいない。そしていつしか、〈ゴーレンリウスコース〉は太陽系で一番有名な伝説となった。

 ジェイクも、父の伝説を信用したわけではない。

 ただ、自分という存在がいる以上、ゴーレンリウスが生還したことだけは確かだ。父親をもっと知っておくべきだったと、今さらにジェイクは奥歯を噛みしめる。

 ジェイク、とライフセーバーの落ち着いた声が意識を現実へ引き戻した。

 「おおまかな現在地ならわかりました」

 尋ねるまでもなく、マスクのディスプレイに、メルヘンチックな絵がポップアップした。

 笑顔の太陽にもっとも近いのが、やたら色っぽいウインクする蝶で、その少し後ろを「二位」の看板を掲げたヒヨコが追いかけている。

 「まだ〈ネフティス〉の記録とは距離があります。で、ですが、引き返すならこれ以上のダメージは危険ですっ」

 ネコロイドの忠告をジェイクは黙ったまま聞いた。船の軋む耳障りな音がいっとき、コックピットを包む。

 スーツのフードにジェイクが手をかける。

 「ふー」

 マスクを脱いだ顔は、青アザにまみれ、鼻と口、皮膚の至る所から血が流れている。

 「にゃんころ……おまえの出番だ……オレの声を録っておふくろに送ってくれ」

 「ではサレンダーしますか」

 乾いた笑いでジェイクが首を横に振る。

 「なんど言わせんだ? オレはぜってぇ降参しねぇ……ただよ、しゃべれんのは……いまだけだとおもうんだ。だろ、にゃんこドクター?」

 ジェイクのバイタルは、すでに滅茶苦茶だった。どの医療SIでも、今のジェイクを診れば「限りなく生物学的に死亡」していると言うだろう。まばたきを堪える黒眼だけが、その診断に抗議している。

 ライフセーバーなら、とうに止めていなければならならなかった。生還の可能性が低いならば、太陽系のいかなる場所へもメッセージを送ることが許された同乗者として、遺言を託されてやるべきなのかもしれない。

 「自分で……言うのです」

 だが、ジェイクのライフセーバーはそうは考えない。

 パイロットの生命を守る使命を帯びた黒猫は、パイロットをならば、ほうを選択する。

 「いてっ! にゃんころ、なにしやがるっ!?」

 パイロットへ飛びかかり、腕、肩、顔の凹凸を借りながら頭頂部を目指す。

 暴れるジェイクが引きはがそうとするが、それほどの力は残っていない。機械は人間よりもタフだ。

 登頂し、ゴールドの隻眼がエメラルドグリーンの水紋を広げた。

 「痛いでしょうが……」

 そして、髪のほとんど残っていないブヨブヨになった頭皮めがけ、ネコロイドがすべての爪を突き立てた。

 「……ッ!」

 「ガマンしてくださいっ。脳のスキャンは繊細な作業なんです」

 船内が身体接触のアラートで埋め尽くされるなか、ネコロイドが鼻息を荒げた。

 「やはり! ここまで来れば、磁場が乱れて通信は不安定、衛星の監視も緩むというもの。あとは、生体活動シグナルをループして送っておきましょう」

 「お……おまえ……なにを……」

 「火星との通信ルート構築。母上はどちらでしたっけ? いや、言わなくていいですよ。まえに教えてもらいましたから」

 饒舌なネコロイドがパイロットの頭にしがみついて話し続ける。

 そんななか、船が激しく揺れた。

 「おっと、どこかパーツでも取れましたかね。た、太陽にだ、だいぶ近づいてきましたよ……スキャン完了!」

 電極でもある爪を引き抜き、血が流れ出す傷をざらついた舌が舐める。舐めたところから傷がカサブタになっていった。

 「応急、処置です」

 力を使い果たしたネコがスイッチが切れたように顔をつたって膝へ、ずり落ちてくる。ジェイクがおそるおそる突くと、聞きなれた声が耳の通信機から返った。

 「体力温存です。い、意識のこ、再構成中……ジェイク、これから貴方の意識をか、火星へ送ります」

 「どういう……ことだ?」

 「貴方と会った日、わ、ワタシは、貴方が必ず死ぬと言いました。ですが、ワタシには貴方の命を守る使命がある……ワタシは生命を、貴方の意識だとしました」

 頭を擦り、ジェイクが背を起こす。ざっとコンソールに目を通すが、もう手に負える状態ではなかった。

 プロミネンスの真っ只中にいる船は、太陽の重力に引っぱられ、ひたすら厖大なエネルギーの放出源へと落ちていく。

 手を施したところで、バラバラになるか、燃え尽きるほうが早いかの違いしかない。

 「最初から、そのつもりだったのか?」

 シートに頭をあずけ、ジェイクが船の揺れに身体を任せる。

 「送信を開始。持ちこたえてくださいよ……少なくとも、ワタシを作ったエンジニアはしていません」

 ギィギィ、と金属の剥がれる音が船内を満たした。外層が融解しだしたのだろう。船の限界もそこまで来ている。

 独断か、と鼻で笑ったジェイクをネコロイドが諭すように続けた。

 「いいですか、ジェイク……いまや太陽系は、きょ、狂気と悪意が満ちている。しかし、改善しようとする者も少なくあ、ありません。希望を捨ててはいけない、ジェイク。恒星に身を投げる少年少女をひとりでも減らそうと、名もない者たちが努力しているのです」

 「おまえか」動かないネコロイドの身体を、ジェイクが自分のほうに向けた。

 「お父上でしょう。ジェイド・ゴーレンリウスが娯楽に浪費した以上の額を、ライフセーバーの研究開発に注ぎこんでいたことはほとんど知られていない。彼にくらべれば、ワタシは貴方に、『殺されるかもしれない』緊張感をもたせ、死の擱坐をさけようとしただけです」

 「……野郎がそんなことを?」

 ネコロイドの言葉にジェイクの目が揺れた。黒眼に相反する想いが交錯する。

 そんなパイロットをチラリと見たネコロイドは、「本人はけっして認めたがらなかったようですが」と付け加えたうえで、帰ったら調べるといいですよ、とさらっと言ってみせた。

 「どっちみちオレは……失格じゃねぇのか?」

 「いえ」ネコロイドが即座に否定する。

 「貴方は船が燃え尽きる直前まで、ことにします。奇跡が起きれば、新しい〈アテン・ラー〉の誕生ですよ」

 「チートじゃねぇか……ごほっ……」

 「リトルバード、このレース自体、正気の沙汰じゃあない。太陽へ突っこむなんて、AIからみても狂ってる」

 パイロットの咳が止まらない。船内の空気が熱され、肺がガス交換をまともにおこなえない。

 「証拠は残りませんし」

 どうすることもできないライフセーバーはただ、声が届いていると信じ、語り続けた。

 「た、太陽系に貴方がするのは、一瞬のことです。貴方の意識が元〈バーンド〉だと言いふらさないかぎり、なにもかもうまくいく。もっとも、ワタシのタネ明かしをあっちの貴方は、おぼえていませんが」

 船内の照明が消え、同時に、最後の装甲が剥離したアラートがコンソールに浮かぶ。

 それを最後に、すべての操縦システムがダウンする。

 「送信完了。ギリギリでした。あとは向こうに着くのを待つだけです。さて、残り十秒くらいですが、なにか……」

 ネコロイドの言葉は続かない。

 すでにジェイクの水晶体は濁っていた。

 EVAスーツが熱で燃え始め、かろうじて心臓だけが動いている。

 「オレは、な……ネコが……嫌いなんだ」

 最後の空気を喉が言葉にし、役割を果たした身体が眠りにつく。

 脳が完全に息絶えるまでの数秒、ネコロイドは「知っていましたよ。でも見直したでしょ?」と内耳にささやいた。

 どこまでも上から目線の言い草に、傷だらけの口角が微かに上がる。

 残ったわずかなパワーで、ネコロイドが首を動かし、パイロットの顔を見上げた。

 「ジェイク・"ゴーレンリウス"・オウカ……貴方の未来は、擱座しました」

 ネコがまぶたを閉じた。

 新たな英雄の骸と共に、生命の源たるエネルギーがすべてを包みこむ。

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