夢色少女〜二人コネクト〜

アオピーナ

夢色少女〜二人コネクト〜

『夢色少女〜二人コネクト〜』


 阿間音雫あまねしずく吽野詞葉うのことはは、今日も二人同時に同じ儀式をして床に着く。

 枕の下にお互いの写真を三枚忍ばせて、ライン通話で同じ文言を口ずさむのだ。一言一句違わず、願いを胸に秘めて。

 そして、二人は眠りに誘われる。

 最後に一つ、二人合わせて「おやすみ」と言い残して。

 やがて、二人は夢の世界で目覚める。

「おはよう、詞葉」

「おはよう、雫ちゃん」

 これから、二人の──二人だけの時間が始まる。


 *


 阿間音雫は、仲の良い三人組で今日も机をくっつけて昼食をとっていた。

 窓から差し込む陽光から頰を隠すように、艶やかな黒髪を撫でてそっと添えた。

 その仕草を見て、茶髪の夏子が「かぁ〜っ」とおじさんのような声を上げた。

「な、なによ?」

「いや、だってさぁ、雫は何をしても楚々としていて、華があるなぁと思ってさ」

 急に投げかけられた賛辞に、雫は白雪を思わせる頰を赤らめて目を逸らす。

「その素振りもいいねぇ……。こう、庇護欲が滾ってくるだべさ」

 今度は、その隣の冬子が、丸眼鏡を態とらしくずらして感嘆した。

 雫は溜息を吐いて「なによ、そのエセ方便……」机に身体を預けて呟いた。

 お弁当はもう食べ終えたので、今なら机の上に突っ伏す余裕がある。

 つまり、寝れる。

「ぐー」

「っておい、まだわたし達とお喋り中でしょうがっ」

「むー……」

 雫は紫紺の瞳を半分にし、ボーッとする。

 冬子が唐揚げ食べる? と餌付け紛いのことをしてきたが、雫はゆるゆると首を振って断った。

 眠い。雫は今、とにかく眠いのだ。

「夜、あんなに楽しかったからかな……?」

 本人が意図せぬところで色っぽく漏れたその呟きに、地獄耳の二人が気付かない筈が無かった。

「え、なに? 彼女?」

「女かー? ええ? 情熱の夜を共にしたのかい? ええ?」

「いや、なんで女限定なのよ。まるで私が女好きみたいじゃない」

 ファイティングポーズをとって反論する雫に対し、二人も同じポーズをとって迎え撃つ。

「だって、雫さ。この女の園で、めちゃ目光らせてますやん」と夏子。

「可愛い子とすれ違ったり、体育の授業眺めてる時も雫だけ口角釣り上げてキヒヒってるしねぇ」と冬子。

 キヒヒってるって何よ……と突っ込もうとしたが、その前に弁明しなくてなならない。

「私は、ただ可愛い子が好きなんじゃなくて、可愛いのに可愛いってことをひけらかさず、『私なんて……』って自分を卑下しているような感じを醸し出している子が真に可愛いと思っているだけよ」

「うっわぁ。なんかめんどい性癖だな」

「わたしはこんな子に育てた覚えはありませんだべさっ」

 だからどんな方言だ……と突っ込もうとしたが、「育てられた覚えはないわ。餌付けられた覚えなら沢山あるけど」と面倒な肯定をしたのだった。

「あっ、ウノちゃんじゃん」

「えっ⁉︎」

 夏子が示す扉の方を見て、雫は思わず飛び上がってしまった。

 雫は驚く夏子と冬子を置き去りにし、すぐさま、開いた扉の前で様子を伺っている小柄な少女に駆け寄った。

「あ、雫ちゃん。……こんにちは」

 そう言って、目の前の天使は「えへへっ」とはにかんだ。

 雫は鼻血が出そうになるのを堪えて、少女をぎゅーっと抱き締める。

「詞葉〜! んー、天使の甘い匂いが鼻腔をくすぐる……」

 恍惚とした表情を浮かべ、すぐさま寝息を立てそうになる雫を詞葉がゆすって起こす。

「まだ寝ちゃだぁめ。わたし達には夜があるでしょ〜?」

「あー……この髪が堪らんのよなぁ……」

 雫は、詞葉の波打ったクリーム色の髪に顔を埋め、「すーはーすーはー」と段々と鼻息を荒くし始める。

 詞葉は「くすぐったいよぉ」と小さな身体を捩らせた。

 雫は、彼女のふわふわな髪で癒されると、顔を上げて耳元に口を寄せ、

「今夜も、よろしくね」

 そう呟いた。

 詞葉は再び頬を赤らめて、

「うんっ。わたしもだよ」

 天使の笑顔で答えたのだった。


 そして、夜が訪れた。

 雫は、枕の下に、詞葉の写真を三枚、忍ばせた。

 アルバムから厳選した三強だ。この写真を眺めるだけでもご飯三杯いけてしまうが、今は昂る気持ちを我慢して、ふかふかのベッドの上で合掌し、祈りの姿勢をとる。

「準備出来たわよ。マイエンジェル」

『その呼び方、照れるよぉ……。こっちも準備出来たよ、雫ちゃん』

 甘く優しい声が、傍らに置いてあるスマートフォンから聞こえてくる。

 詞葉も、雫の写真を枕の下に忍ばせて祈りの姿勢をとっている筈だ。天使のような笑顔で。

「じゃあ、唄おっか」

『うんっ』

 やがて、深呼吸をし、二人は声を揃えて祈りの唄を口ずさむ。

 ——ユメユメ夢色、今日は何色、明日に架かる橋の在処を探せ……。

 一言一句ずれることなく、無事に唄い終えた。

 そして、雫は布団に潜り、通話口からしわぶきの音が消えるのを聞き届けると、静かに言った。

「おやすみ、詞葉」

 通話口からは、既に眠たげな声で「おやすみ」と返ってきた。

 こうして、二人は眠りにつき、

「おはよう、詞葉」

「おはよう、雫ちゃん」

 摩訶不思議な夢の中で、共に目覚めを迎えるのだった。



 夢の中。そこは、様々な記憶や想いが入り混じる、幻の世界。

 雫と詞葉は、今夜もその不思議な世界に足を踏み入れる。

「わぁ……っ! 今回は雫ちゃんの願望だらけだ~!」

「やめてえぇぇっ!」

 そう、今回の夢は、なんと雫の煩悩や懊悩……あんな願望やこんな悩みが、包み隠さず表現されているのだ。

 そして、それは詞葉にとって最上の喜びだった。

 まるで品定めするかのように、女の子という女の子を観察しては鼻の下を伸ばす雫。

 そんな彼女に憧れている生徒も、実は少なくはない。

 ただ、本人はそんなことを知る由も無く、ただ純粋に女の子をウォッチングして楽しんでいたのだった。

「————っていう、恥ずかしい回想やめてくれるかなあっ⁉ 懊悩を晒されてオーノーってか⁉ 笑えないわよっ!」

「雫ちゃん、なんかキャラずれてるよ」

 と、このように荒れ狂う雫だが、まさかその根源に位置するのが詞葉だとは思いもよらないだろう。

 そう。この摩訶不思議な現象————繋いだ夢の中を冒険するこの展開は、全て詞葉による仕業だったのだ。

 雫を振り向かせたくて悶々とする乙女達……彼女らの中に、詞葉も埋もれていた。

 そこで彼女は考えた。

 『度重なるストーカー行為もとい護衛と観察』によって蓄積された雫の情報と、詞葉のマイブームでありストーカーする際に道筋を示してくれる(他のまともな道は無かったのかというもっともな疑問は置いておく)夢占いを駆使し、雫を振り向かせてみせる、と。

 その結果、今に至る。

「貴女が私にストーカーをしていたなんて、初耳なのだけれど……」

「あ、そっか。回想を巻き戻しても全部バレちゃうんだった」

「詞葉~?」

「ひええ……」

 笑顔の下に見せる静かな怒りは、怖くも美しく見えた。

 詞葉は、自分の身体を拘束しようと迫る雫から急ぎ足で逃げ出した。

「待て~!」

「鬼神の形相を浮かべる雫ちゃんも素敵だよぉ! そして、わたしとあんなことやこんなことをしてみたいって思っていたことをずっと隠し通しながら、わたしと接してきたことを考えると尚、可愛さが一段と映えるよ! 尊みマシマシだよっ!」

「貴女少し思考がやばいわよ!」

「何を今更ぁっ!」

 雫の欲に塗れた夢の世界での鬼ごっこは、暫くの間決着がつかなかった。



「それでねっ」と、膝に手を着いて呼吸を整えている雫に、詞葉は言った。

「今ここでなら、雫ちゃんがわたしにしてみたいっていうプレイをさせてもいいかなぁ、なんて思っていたり」

「思わないで! あとプレイとか言わないで!」

「ええー、じゃあ、雫ちゃんは何をどうしたいのさ」

「ええ……今それをここで言わせる?」

 繋いだ夢の世界で爪痕を残せば残すほど、目覚めたあとにも記憶は残りやすい。

 雫としては、是非、この限られた世界と時間の中で、詞葉を好き放題堪能したいが……

「雫ちゃん、己の欲望に素直になりなよ……。わたしは、あなたになら何をされてもいいんだよ? 心地よくなってしまうんだよ?」

「ぐぬぬ……誘惑の囁きが……」

「解き放とうよ……己の業を。曝け出そうよ……己のサガを」

「ダメよ……私はお淑やかな大和撫子なのよ……目先に吊るされた餌に噛み付いては……」

「————好きだよ、雫ちゃん」

「がおーっ!」

 雫は天使の姿をした小悪魔に負け、詞葉を押し倒して馬乗りになってしまう。

 頬を紅潮させながら、雫は息を荒くして問う。

「本当にいいの……? 私、こう見えて変態だから、貴女のこと……メチャクチャにしてしまうかもしれない……」

 詞葉は微笑を浮かべ、

「わたしは、雫ちゃんの願いに応えて、一つになれるのなら……願ったり叶ったりだよ」

 雫は、「詞葉……」と呟き、そのままゆっくりと顔を近付けていく。詞葉も彼女の首に腕を回し、艶やかな黒髪が、詞葉のふわりとしたクリーム色の髪と重なる。

 それと共に、二人の唇は静かに重なった。

「ん……っ」

 最初に喘ぎを漏らしたのは、詞葉の方だった。 

雫は一度、閉じた目を微かに開き、紫紺の瞳を蕩けさせると、再び詞葉のふっくらとした唇を啄んでいく。

「ふ、ぁ……っ」

 気が付けば、雫の舌はさらなる熱と甘さを求め、詞葉の口腔を抉じ開けて進んでいった。

 雫の舌が詞葉の小さな歯を、舌を這う度、彼女が雫に回した手の力が強くなる。

「こと、はぁ……詞葉……っ」

 熱を帯びた情欲は止まることが無く。

 雫の白く細い指先は、詞葉の寝間着を這い、ふっくらとした膨らみへと辿り着く。

「ん……っ」

 瞬間、詞葉の身体がびくんと跳ね、雫は慌てて口づけを止めて「ご、ごめん!」と謝った。しかし、詞葉は赤らんだ頬に笑みを描くと、

「いいよ、来て……」

 甘い声で、そう誘ったのだった。

「詞葉……っ」

 雫はもう一度唇を近付けて、詞葉の胸に指を這わせた。

 キスを通じて感じる味は、どんな花の蜜よりも甘く。

 重ねられた肌から伝わる温もりは、陽の光を独り占めしているように、熱く、暖かくもあった──。



 繋がった。

 ようやく、わたし達は繋がったんだね。

 でも、雫ちゃん。本当はね、今日みたいなことは、今までに何度もあったんだよ。

 それなのに、あなたはいつも覚えていないから……だから、今日は今まで以上に頑張っちゃった。

 だからこそ、わたし達はようやく結ばれた。

 わたしは、夢の色に塗れた恋する乙女。いつまでも、あなたと繋がったこの世界で、愛しいあなたと共に夢のような毎日を送るの。

 それは、他の誰にも邪魔は出来ない、甘美で壮麗な夢の園。

 そんな美しい時間を、今日もわたしは雫ちゃんと二人きり過ごしていく。

 雫ちゃんの記憶が、想いが、ようやくわたしと繋がってから一体どれくらいの時間が経過したのだろう。

 まあ、いいか。わたしは、雫ちゃんと甘く楽しい時を過ごせれば、それだけでいいのだから。

「おはよう、雫ちゃん」

 応えなくても分かってる。あなたは今日も、わたしだけを見てくれているのだから。

「今日は何をしよっか」

 虚ろな瞳をした雫ちゃんの心は、儚くも美しく笑って、

「……家に、帰して……」

 鈴のような声音で、そう呟いたのだった————。

 



 

 

 

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