19.可哀そうって言うのは

 翌日、学校が終わるといつもの様に、楓との待ち合わせの場所へと向かった。駐輪場から少しだけ駆け足になりながら駅前から量販店の立ち並ぶ区域への道を進んでいく。行き交う人に時折ぶつかりそうにもなりながら、その間をすり抜けていく。本屋の近くのビルへと辿りついた頃には、ちょっと急いできてしまったせいか僅かに息が切れて、胸が上下に小さく弾んでしまっていた。いつも先に来ているから、今回も楓はすでに来ているかと周囲を見渡してみたけれど、どうやら今日はまだ来ていないようで、彼女の姿は近くには見えなかった。

 毎回、待ち遠しそうにそわそわとしている楓の姿が可愛らしく、今日も見れるかと少し楽しみにしていたけれど、こう言う日もあるだろうと仕方ないと諦めることにした。

 腕時計を確認してみると、時計の針は17時の10分ほど手前で、待ち合わせまでにもうちょっと時間があるのを確認して周囲へと視線を巡らせた。

「今のうちにトイレ行っておこうかな。」

 辺りを見渡してみると、今立っているところから本屋へと向かい、一つ建物を通り過ぎた道の先にコンビニがあるのを見つけた。雑居ビルの一階に間借りしているようなコンビニでそれなりに大きく、もしかしたらトイレがあるかもしれないと考えて足を向ける。建物へと近づいてみると、透明な硝子戸の自動ドアがあって、近づいて手を伸ばそうとするとと、向こう側から人が開閉ボタンへと手を伸ばしているのが見えて、思わず体を引いた。

 すぐに自動ドアは左右に開いて、店のから一人の男性が出ていった。

 入れ違いに中へと入りながら、ふと、今すれ違った男性が、どこかで見たことがある顔のようながして、一瞬その姿を目で追った。

 コンビニの入り口から街路へと、肩を揺らして歩いていく男性のその後姿にはあまり見覚えがなくって、気のせいだったかなと店の中へと視線を戻す。店内へと入って、とりあえずと棚の間を歩きながらトイレを探していると、今見た男性をどこで見たのか、不意に思い出した。

 彼は確か、ビルの前で楓の写真を撮っていた男性のはずだった。

「ああ、カメラマンの人か……。」

 奇妙な偶然だと思いながらも、あちらは自分の顔など知りもしないだろうと、すぐに興味をなくして店の中へと足を進めていく。きょろきょろと周囲を見渡して、トイレがないかと確認していると、店の一番奥まった所の壁に、トイレを示す男女のピクトグラムが張られれているのが見えた。

 店の奥の冷凍品を並べた棚の横から、少しだけ更に奥へと続いていて、右へ向かうようにと矢印が描かれている。丁度、近くで品出しをしていた店員にトイレを借りることを告げると、愛想よく「どうぞ」と返事をされた。

 通路へと入って、矢印の通りに右へと向かうと、すぐに男女兼用のトイレが見えてきて、その手前の脇には手洗い場も備え付けられていた。

 その手洗い場に、女性が一人、顔を俯かせていた。

 洗面台の端へと手を当てて、体を丸めながら今にも顔を台の中へと突っ込んでいきそうな様子だった。

 最初は気分でも悪いのかと思って、その後ろを通り過ぎようと進んでいくと、不意にその女性から嘔吐くような声が聞こえて、思わず顔を向ける。

 何度か嗚咽を繰り返していた女性が俯かせていた頭を上げる。

 少しばかり興味本位で眺めていると、彼女の肩越しに覗く洗面台の鏡へとその顔が映った。

「えっ……。」

 思わず小さく声を上げてしまった。

 その女性はボロボロと涙を流し、目の周りはパンダのようにマスカラをにじませていた。瞼からは頬に向けて真っ黒なマスカラの垂れた線が描かれていて、唇は口紅が擦れてのか、まるで口が裂けたかのように赤い物が酷く滲んで広がっていたいた。

 あまりの光景に目を疑ってしまい、思わず鏡ごしに映る彼女の顔を凝視してしまっていた。

 じっと顔を見つめているうち、ふとその顔に見覚えがあるような気がして、思わず眼をこすった。

「か、楓……?」

 半信半疑ながら彼女の名前を呼んだ。

 躊躇いながら掛けた声に気が付かなかったのか、彼女はもう一度洗面台へと突っ伏して、今度は大きな一際大きな嗚咽を漏らした。

「あう……。」

 と、鈍い声を出して、口の中から粘っこい唾液を吐きだしたかと思うと、彼女は唇から洗面台へと続く糸を引かせながら、ふいに背中上下させて二度目の嗚咽を鳴らした。辛そうに一つ息を飲みこむと楓は震える手を水道の蛇口へと伸ばす。

 音を立てて水が流れ始めると、それを両手で掬って口の中へと注いでは何度も吐き出して、口の中を濯ぎ始めていた。

「楓っ……。」

 辛そうな彼女の様子に、堪らなくなって、今度は声を張り上げながら再び名前を呼んだ。

「え……?」

 ようやくそこで声に気が付いてくれたのか、その瞬間、彼女がびくっと動きを止めたのが分かった。

「楓……、どうしたの?大丈夫?」

 心配になって、更に一歩近づいてみると、目の前で顔を伏せていた楓がゆっくりと顔を上げる。

 今にも倒れてしまいそうな不安定な足取りで、のろのろと彼女は体を振り返らせた。

「はる……遥香ちゃん……?」

 目が合うと楓は酷く困惑したような、余りにも辛そうな、何とも言えない表情を見せる。

「どうして……。」

 私がここにいるのが信じられないように彼女は声を漏らした。

 戸惑いながらも、どうしたのか尋ねたくて彼女へと口を開く。

「楓……だよね?どうしたの?こんな……。」

「遥香ちゃん……。」

 弱々しく私の名前を呼んで、彼女は今にも泣きだしそうにほどに顔を歪めると、一歩二歩とよろけながらこちらへ近づいてくる。

「大丈夫?」

 その不安定な足の動きに心配になって歩み寄ると、急に楓が腕を伸ばしてきて、支えようと出した両腕を、ひしりと掴まれてしまう。急に腕を掴まれたことに、少し驚いてしまって僅かに身を強張らせる。その動きが止まった私の体へと、くっと腕を引っ張りながら楓はゆらりと体を寄せてきた。

 彼女が近寄ってくるのと、私が引っ張られていくのとで、二人の距離は一気に狭まっていく。

 そのまま、すっと楓が足を延ばし、更に一歩体を近づけてくる。このままではぶつかりそうと思い、やにわに身を引こうとすると、彼女の手が強く腕を掴んで離してくれなかった。

「かえ――」

 ぶつかると、彼女の名前を呼ぼうとした瞬間、彼女の顔がすっと近づいてくる。

 次の瞬間、私の唇へ、楓の口を触れた。

「あ……。」

 驚きで微かに喉の奥から音を出していた。

 一瞬、触れて、僅かに彼女が唇を離すと、すぐに再び唇が重なる。

 彼女の唇が私の唇へ、強く押し付けれていくの感じていく。今まで触れたことも無いほど柔く弾力性のあるものが唇へとくっついてきて、そうして思わず吸い込んだ息とともに、彼女の甘い香りが鼻孔を通りすぎていった。

 分けもわからぬままに、押し寄せてくる心地よい感触と甘ったるい香りに、どこか頭が混乱してしまっていると、不意に、更に柔くて熱を持った何かが唇へと触れてくるのを感じた。

 彼女の口に押し広げられて、僅かに開いてしまっていた唇の狭間へ、ぬるりとした何かがその先端を触れさせてくる。

 柔く、熱く、ぬめった感触に、それが、彼女の舌だと気が付いた時には、その厚ぼったい身の全てが、口の中へするりと侵入してきていた。

「んっ……。」

 僅かに楓が吐息を漏らし、その温かい空気が二人の顔の狭間に漏れて、頬をくすぐる。

 口内に自分のものとは、まるで異質に感じる温かく柔い物が触れてくる感触に、何かお腹の奥がくすぐったくなるような、奇妙な感慨を覚えてしまいながらも、目の前で弱々しく震えていた楓の姿を思い出すと、必死に腕を掴んできている彼女の体を引きはがすことなど出来なくって、仕方なく、彼女の腰へと腕を回して、その動きを受け止めた。

 彼女の舌は歯から頬へ、頬から口の奥へとゆっくりと至る所へ触れるように動いていき、最後に舌に触れると、僅かにピクリと引っ込んだ。おずおずとその舌先を再び触れさせてきた。

 舌と舌とが柔く形を変えながら触れあっていく。

 そこに、僅かながら栗の花のような青臭い香りとどこか苦い味がした。

 なんとなくそれで、彼女の口紅の乱れた姿や、必死になって口を濯いでいた理由が分かったような気がした。

「ごめん……ごめんね……遥香ちゃん……。」

 ようやく口を離した楓は、消え入りそうな声で何度もごめんねと呟く。

 目の前で痛々しいほどに表情を歪ませながら、またぽろぽろと涙を流し始めている。頬を伝うマスカラの線が、より濃く太くなって、ぽとぽとと落ちた水滴が黒くにじんでいって。受け止めるように腰に当てていた手を、そっと肩へと回しきゅっと胸元に楓の体を抱き寄せてみせる。それでも、彼女は胸の中でひっくひっくとしゃくりあげながら泣き続けていた。

「とりあえず、外に出よっか……。」

 そう言うと、胸の中で彼女が頷いたのが分かった。

 今にも倒れそうなほど、足を震わせている楓の腰へと手を回して、その体躯を支えながら歩き出す。トイレの通路からコンビニの店内へと戻り、棚の間を抜けて出口へと向かっていくと、一人の客が向こうからやってくるのが見えた。すれ違いながら相手が妙な目つきでこちらを見てくるのを、無視して構わずにドアへと歩いていく。

 そのまま、自動ドアを開いて外に出ると、何か休めるところはないかと周囲へと目を向けた。視界の端に漫画喫茶の看板が見えて、楓の体をくっと引き寄せる。

「楓。とりあえず漫画喫茶で休もうと思うけど大丈夫?」

「うん……。」

 弱々しく楓は頷いた。

 ふらふらとして、すぐに蛇行しそうになっていく彼女の体を支えて、漫画喫茶の入り口へと向かう。押し扉式のドアを開け、中へと入ると、「いらっしゃいませ」と言う店員の声が響いてくる。すぐにこちらへと体を向けてきた店員の顔が、こちらを見て一瞬眉を僅かに顰めたのが分かった。何も言う気もなく、問われても無視ししようと思い定めながら、その店員のいたカウンターへと足を向ける。

 利用したいことを告げると、店員はちらちらと楓の方へと視線を向けながら、それでも何も言わずに入店処理をし始める。

 初めて利用する店だったせいで、学生証を出したりと面倒なことをありながらも、丁度空いていた、二人で入れる個室のペア席を取ることが出来た。

 ブース番号と入店時間が書かれた伝票を受け取ると、楓の体を引いて店の中へと入っていく。その頃には、楓も少し気分が収まってきたのか、しゃくりあげるよな泣き声は収まっていて、ぽろぽろと零れていた涙も頬から消えていた。

 それでも顔を俯かせたまま彼女は一言も喋らないで、辛そうにきゅっと私の服の裾を掴んでくる。

 そんな楓の姿を横目に見ながら、僅かに唇を強く真一文字に結んでしまう。会う時はいつも明るく嬉しそうに笑っていた楓が、辛そうにしているのを見るのが、どうにもいらいらとして酷く落ち着かない気持ちになってしまう。

 俯いて押し黙ったまま楓の手を引くと、漫画喫茶の店の奥へと歩き出す。通路の曲がり角に書かれたブース番号を見ながら、道を曲がり、自分たちの取ったブースの前へと辿りついた。ブースのドアを開いてみると、中は人が二人ほど横になっても十分すぎるほどの空間があって、足をちょっと登らせるほどの高さで黒いウレタンマットが敷かれていた。奥には備え付けの低い机とパソコンが置いてあったけれど、十分に寝そべられるような広い作りになっていた。

 先にブースの中へと足を登らせると、楓の体をブースの中へと引っ張るようにしながら、マットの上へと座らせる。そうしてドアを閉めてみると、途端に、楓はしな垂れた花の様にマットの上へと体を横たわらせいく。嗚咽をすることはなくなっていたけれど、彼女の目からはまた涙が流れ始めて、今度は鼻の上を通って顔を横向きにマスカラの線を伝わらせていく。

 荒く乱れた呼吸に伴って、不規則に上下する彼女の背中へと、手を当ててみる。

 瞬間、僅かに楓はほうっと大きな息を吐いた。

 掌を大きく開いて、彼女の背筋をゆっくりと撫でていくと、それで彼女の呼吸は少しずつ落ち着いていく。

「楓。何で泣いてるのか言える?それとも……言いたくないこと?」

 尋ねると、掌を振れていた楓の背中が一瞬動きを止めた。彼女が僅かに息を止めたのが伝わってくる。

「言いたくない……。」

 小さく震えながら、声を絞り出すように楓は言った。

「そっか……。」

 そう返事をして背中を撫で続けていく。

 ただどうしても気になってしまって一言だけ口にしてしまう。

「あのカメラマン……?」

 そう口にした瞬間、楓は急に体を震えさせ、「っ…」と小さな悲鳴を上げた。

 かたかたと震え始めた彼女の体に、慌てて体を寄せる。

「ごめん……ごめんね、楓。大丈夫だから。」

 マットへと横たわっている楓の肩へと腕を伸し、自分もマットへと寝そべりながら、彼女の体を抱き寄せる。

 胸の中で、楓は微かに「うぅ」っと小さな声を漏らし、そうして何も喋らなくなった。

 楓が何も喋らないので、自分も一言も口に出さないでいると、そのまま静かに時間だけが過ぎていく。平日で人が少ないせいなのか、店の中から音が聞こえてくることもなく、申し訳程度に水の流れるような店内BGMが僅かに聞こえてくるぐらいだった。

「遥香ちゃん……。」

 ふと、小さな声で楓が名前を読んできた。

「うん?」

「ありがとう……。」

 楓がそう言うと、抱き寄せていた腕がきゅっと掴まれる感触がした。

 一頻り泣き終わったのか、ふうっと小さく吐息を漏らして楓は体を大きく揺らす。

 肩から体へと回していた手を離すと彼女は横たわらせていた体を起こしてくる。こちらも体を起こしてみると、楓はゆっくりとマットに手を置いて腰を上げて、こちらへと体を向けた。改めて見た彼女の顔は、化粧がぐちょぐちょに乱れてしまって、一目にも酷いと感じるような有様だった。

「落ち着いた?」

「ちょっと……。」

「顔汚れちゃってるよ。」

 ブースの中に備えてあったティッシュ箱からを紙を二三枚取ると、楓の頬に垂れたマスカラの線へと手を伸ばす。左手で肩を掴んで、彼女の頬へとティッシュを押し当ててくいっと拭ってみる。楓はされるがままに、ティッシュが頬を擦るのを受け入れてくれる。ただ拭ったティッシュを少しずらしてみると、頬を伝っていたマスカラの黒いにじみは、むしろ広がってしまっているように見えた。

「ごめん。駄目だね。ちゃんと化粧落としとか落とさないと……。」

 そう言った私の右手を、楓はきゅっと掴んで小さく首を振る。頬をこわばらせながらも、きゅっと唇を持ち上げて笑顔を見せた。滲んだ化粧で顔中ぐしゃぐしゃだったが、僅かにはにかんだ、その表情だけで、楓の顔は綺麗に見えてしまう。

「大丈夫。ありがとう。」

 震える声で彼女は小さく言った。それでもやっぱり堪えきれないように顔を顔を歪めて一度俯かせる。

「あの……遥香ごめんね……。」

 私の手を握ったままに、床を見つめながら楓は小さくそう言った。

「何が?」

 彼女の謝罪の言葉の意図が本当に分からなくて問い返す。俯きながら楓は僅かに唇を噛んだあと、口の端を震えさせながら口を開く。

「キスしちゃって……ごめん……。」

 そんな言葉を、ぽつりと彼女は口から零した。

「気持ち悪かったでしょ……?」

 最後の方は消え入りそうな程小さな声になりながら、楓はまるで手首を切るかのような躊躇いがちな口調でそう言った。そうして、そこまで言われて、ようやくコンビニで楓にキスされたことを思い出した。

 左手の親指で自分の唇へと触れてみる。

 指先で唇の端をなぜながら、その瞬間の感触を思い出して首を振った。

「別に、楓なら……。」

 そう返事をすると、楓は俯かせていた顔をゆっくりと上げて困惑した表情を浮かべた。

「本当……?」

「うん、楓なら――」

 そう言葉を言い切る前に、楓が右手を伸ばしてきて肩へと触れてきたかと思うと、くっと力が込められた。

「あっ……。」

 マットへと押し倒されてしまって、小さく声が漏れてしまう。

「楓?」

 どうかしたのかと尋ねようとした時には、目の前に楓の顔が迫ってきていた。

 倒れ込んだ体へと、彼女の体が重なって、肌に柔らかくて温かい感触が触れてくるのとともに、鼻先に彼女の甘い香りが漂って来た。思わず呆然として、彼女の顔を見上げてしまっていると、彼女の顔がゆっくりと近づいて来た。

 僅かに開いた彼女の唇が、自分の口へと再び触れた。

 吸い付くように彼女の唇は動いて、二人の唇の狭間で軽く水が跳ねるような音が鳴った。

 握られていた手が、きゅうっと窄まって、一層に強く握りしめられていくのを感じる。

 今度は、すぐに唇は離されて、そうして楓は抱き着くように体を密着させてくる。

 私の顔の横へと彼女の顔が寄せられて、小さな声で彼女は

「ごめん。」

 と、再び謝ると、ぐすっと鼻を鳴らす。

 そうして、言葉にもならない今にも泣きそうな声を僅かに漏らした。

「大丈夫だから。」

 抱き着いてくる楓の背中へと手を回し、ゆっくりと撫でていく。楓は鼻をぐずらせながら口を開く。

「私……私ね。遥香のこと、中学校の頃から、ずっと好きだったの……。」

 ぽつりぽつりと口の中から言葉が零れ落ちていくような調子で、彼女は独り言ちていく。

「好きって。どの好き?」

 自分でも何となく分かっていながらも、答えを彼女の口から聞きたくて、そう尋ねていた。

「恋、とかの……。」

 彼女の返答に、何故だか満足してしまって、頬を緩めて頷く。

「そっか。」

「気持ち悪いでしょ?」

 こちらの表情を見ていない楓は、不安そうに尋ねてくる。

「別に……。」

「そう……そうなんだ……。」

 小さく呟いて、彼女はすっと息を吸い込むと、

「良かった……。」

 肺腑の中から抱えていた不安を吐き出すかのように言葉を漏らした。

「中学の時にはね……。」

 更に楓は言葉を続けていく。

「中学の時には、諦めようって思ったの。そう思って別の高校行こうって、決めたんだけど……。本屋に入っていく遥香ちゃん見つけた時嬉しくて……。思わず話しかけてた……。」

 そこまで言い切ると、彼女は握っていた私の右手を離した。体を起こそうとしているのに気が付いて、背中を撫でていた手を離す。彼女はマットへと手を当てて、くっと体を持ち上げる。ふわりと彼女の髪が揺れて、僅かに一本だけするりと私の顔の上に落ちてきた。

「言えて良かった。」

 そう言った彼女の表情はどこかさっぱりしているようにも見えた。

「それで?」

「それでって?」

「告白だけして。それで終わり?私の方には、何も聞かなくて良いの?」

「……聞く勇気ないよ……私。」

 弱々しく目をそらした彼女に、ふっと息を吐いてしまう。

「私は楓の恋人にならなっても良いって思ったんだけどな……。」

「え……?」

「恋人になっても良いよって。」

 彼女は信じられないような表情で、こちらを見てくる。

「嘘だよね……。だって、遥香ちゃん……。私のこと別に好きじゃないでしょ?」

 尋ねてくる彼女の言葉に、ちょっと口に指を当てて考えてしまう。

「そうだね。好きって、そう言う感情が、私にはどういうものか良く分からないけどさ。」

「だよね……無理しなくても良いよ。なんかつらくなるから……。」

 そう言う彼女を無視して、唇へと触れた指の感触に、彼女のキスされたときのことを思い出していく。

「でも、やっぱり。うん、多分。私、楓のこと好きなんだと思う。」

 私の言っていることが良く分からないのか、彼女は不思議そうな顔をした。

「なんかさ昔の人が言ってたんだ。可哀想だたぁ惚れたってことよって。楓が泣いているの見て、嫌だなって、私が守ってあげたいなって、そう思ったから。きっと、私は楓のことが好きなんだと思う。」

 少し困惑するように楓は視線を左右させる。

「それって何か、私の好きと違う気がする……。」

「そう?そうなのかな?私、今、結構ドキドキして告白したんだけど。ほら。」

 楓の手を取って、胸元へと触れさせる。

「伝わるかな。」

「分からない……。……遥香ちゃんの肌柔らかいなってのが気になっちゃって……。」

「なにそれ。」

 少し笑ってしまうと、彼女も小さく笑ってくれた。

 そうして楓は一度視線を外して、すぐに私の方へと視線を戻して、躊躇いがちに口を開いた。

「遥香ちゃん……。私のこと本当に好き?」

 何度言っても信じてくれない彼女に、私は思わず小さく溜息をついてしまう。

「むしろ、どうしたら信じてくれる?」

「じゃあ……、私とデートしたいとか思う?」

 彼女の言葉に、首を傾げてしまった。

「楓に会いたいって思うから、今までも会いに来てたんだし。私。それって、デートしたいのと同じじゃないかな?」

「そう……。そうなんだ。」

 何故だか嬉しそうに楓は笑って、それを見て、自分も頬を緩ませていた。

 そうして、彼女はゆっくりと私の手を取ると、きゅっと握ってくる。

「遥香ちゃん。好きです……付き合ってください。」

 そう言った彼女の言葉に、何も言わず大きく頷いていた。

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少女が少女に恋する幾つかの話 春小麦なにがし @ryo_jo

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