小さな守司さま-4
「じゃあ、町長は
「ええ。巫覡の“ふ”の字もありません」
「まじかー…。せめて町長のとこで何か伝わってないすか。どんな
「残念ながら何一つ。そもそも、本当にこの町に守司がいるのですか? ましてや守司が犯人などと…」
それは簡単に言えば、人間と契約を交わした縄張りヌシのことだ。
これは太古から伝わる、人間が人ならざる存在から身を守るために編み出された手法の一つであり、人間が暮らす土地を敢えて妖魔の縄張りとすることで、その他の人外を牽制し、縄張り内にいる人間への被害を抑制する効果がある。
つまるところは、人間が自ら人外の庇護下に入ることで身を守るという仕組みであり、
また守司は、人間を守る見返りとして供物を求める。その内容は守司によってそれぞれ異なり、十数年に一度牛を生贄に求める守司もいれば、舞踏祭りの開催を供物とする守司も存在している。
そしてそのような要求に応え、守司との契約を履行する人間を
なんなら寝具に包まっていたところを叩き起こされたのも相まって、不機嫌そうに見える。
「現状は可能性が高いってだけっす。ただ、形を聞く分には野良のヌシじゃなくて守司っぽい感じがするんで。」
妖魔の縄張りというのは手当たり次第広げられていくことが殆どのため、飛び地状であったり、四方八方に細く伸びていたりと、基本的に歪な形になることが多い。
しかしその中で真円というのは、縄張りに人の手が加えられた時に生じやすい特徴の一つだ。
人間が守司と契約する際、縄張りの上から結界を重ね掛けすることがあるのだが、その場合、術を刻んだ物体を中央に設置することで円型の結界を展開する方法が主流である。そうすることによって、より強固に人外の侵入を阻むことが可能となるのだ。そして、守司側も結界をなぞるようにして縄張りを張り直すことが多い。
今件の場合は結界の方が先に劣化して、縄張りだけが残ったのだと推測できる。
「守司であれば、契約の枷になってる「
「いえ、あの辺りには厳美なものは…」
「華美でも厳美でもなくて良いっす。重要なのは劣化しにくいかどうかなんで。」
夜闇に包まれた室内で、蝋燭に照らされるナハタの表情は真剣そのものだった。
「要」は豪華じゃなくていい。有るのであれば探し出さなくてはならない。
そして、見つけて終わりともいかない。
思い返せば、最初からこの町はおかしかった。
死人も怪我人も出ていないとはいえ、あまりに弛んだ町の雰囲気に、知らない男に無警戒に絡む子供たち。怪奇現象に長期間見舞われているのであれば、初対面の時のステファンのような刺々しい態度になることこそが普通だというのに。もし、そのようにならなかったのがここの守司による影響だったのだとすれば。
「こっちが契約違反してる可能性が高ぇーってのが一番まずいんだよな…。」
町長がいる手前やりはしないが、正直頭を抱えてしゃがみ込みたい案件だった。
結界が崩れてなお力ある妖魔たちが縄張りの外にさえ寄り付けないほどだとすれば、そうとう強い力の守司なのだろう。
そんな相手にナハタは勝てる気がしない。
もし仮に、討伐できたとて。
「妖魔による陣取り合戦が始まって、この町は今の比じゃねーくらい荒れることになる。」
守司のいた土地というのは何故だか知らんが妖魔から人気があるのだ。空いた土地を狙って、新たな縄張りを得ようとする人外どもが我先にと流れ込んでくるだろう。そうならないためにも、できれば穏便に済ませたい。
そして穏便に済ませるためには、相手の情報をどれだけ得られるかが鍵となる。
結局のところ、今はとにかく情報を掻き集めて精査する段階だ。
町長が守司の存在を知らずとも、町人たちの声を掻き集めることで何かしらの手掛かりが得られるかもしれない。そっちの方は町長の手も借りればいいだろう。
そも、今は守司の可能性が高いとナハタか踏んだだけで存在が確定したわけではないのだし、それ以外が元凶の可能性だって充分存在している。まだそっちの方がナハタとしてもありがたい。
人間というのは備えと手段がないと人外相手に渡り合えない。情報のない状態で下手に踏み込み過ぎてしまえば、どんな初見殺しが待ち受けているか分からないのだ。
地道な作業こそが、〈怪書の手〉の踏ん張りどころ、その一だ。
ナハタは荷物の中から底の浅い木箱を取り出すと、町長に見せびらかすように軽く振った。木箱の中で羽ペンと羊皮紙が擦れ合う音がする。
「こっちでも問い合わせてみるんでー。町長さんにはお手数おかけしますが、ご助力願います。」
こうして、ナハタは町長の家で夜を明かした。
─────
「そろそろ買いに行ってくるから、いい子にしてろよ」
「うん!」
雑に頭を撫で回されるサジーはふくふくと笑いながら、ステファンの顔を見て嬉しくなった。兄がちゃんと笑っている。一昨日、あのナハタという男が来たからだ。一緒に遊んでくれたからだ。
「にっちゃ、いてらっしゃい!」
一階の窓から身を乗り出して兄の背中を見送った。
朝の市場というのは早くに行かないと売り切れてしまうから、朝食を食べる前に買いに行かないといけない。前は母が行っていたけど、今は兄がやっている。だからサジーも兄に合わせて早起きをするようになった。
それに今日はパン焼きの日だった。
夕方になれば、焼き上がったばかりのほっかほかのパンが食べられるはず。焼きたては日を置いたパンより柔らかめだから、ステファンとサジーはいつもこの日を待ち遠しにしているのだ。
「パンたのしみだな〜!ね、かっちゃもそう思うよね!」
「……」
「ねーぇ、かっちゃ?」
「…え? ああ…ごめんサジー。何か言った?」
あ。今日はぼんやりしてる日なんだ、とサジーは思った。
「ううん…。なんでもない」
「…そう」
サジーたちの母は、時々受け答えがはっきりしなくなってしまった。波があるのか、その様子は日によってまちまちだ。
昨日は比較的元気だったのに。
こういう時は知らない人になった気がして、ぼんやりした日の母と一緒にいるのは好きじゃない。
「にっちゃ、はやく帰ってこないかな」
パン焼きの石窯は共同で使うから、買うのも作るのも順番待ちになって時間がかかる。前は近所のおばさんたちと作った生地を母が持ち込んでいたけど、最近は買わなくちゃいけなくなったんだと兄が言っていた。
「今日はナハタ遊びに来ればいいのにな〜」
彼は町長の家で調べ物をしていて忙しいらしく、昨日は井戸水を汲みにいった時に偶々会えて少しだけ話をしたのだと兄が言っていた。その時のことを話すステファンの顔はどこか嬉しそうだった。
でも、それってちょっとずるいような気がする。
昨日はちゃんと家で待ってたからこそ、サジーはナハタに会えなかったのに。
待てど暮らせど、兄はなかなか帰ってこない。
父は部屋の中に篭りきり。母は自分の手をにぎにぎしながら天井の隅を見つめて立ち尽くしている。
「……、…」
サジーは母の目を盗んで、外に出た。
窮屈な家より、外にいる方が好きだった。
サジーも遠くに行くつもりはなかった。お腹は空いているし、そのうち兄も戻ってくるだろうし。
「あっ、バッタだ!」
でもそんな思考は、齢四つの好奇心の前には無力だ。
「でっかい!あ、あっ、三匹もいるー!」
不規則にぴょんぴょん跳ね回る様が面白い。どれが一番大きいだろう。
目で追ううちに、身体も追い始め。次第に、サジーは全部捕まえて兄にも母にも見せてやりたくなった。
「きゃはは!おりゃ、待て〜!」
「サジー。おい、サジー?」
ステファンは購入してきたものを籠ごと置いて外に出る。帰ってきたら弟のサジフィス…通称サジーが家にいなかったからだ。また勝手に抜け出してしまったらしい。
行く先に心当たりがあるとすれば広場しかない。
サジーは物心ついた時から広場で遊ぶのが大好きだったから、探しに行くと大抵あそこで見つけられた。家か広場しか、サジーは遊ぶ場所を知らないのだ。
弟の名を呼びながら、ステファンは広場への道筋を歩く。自分を遠巻きにする奴らから集まる迷惑そうな視線が煩わしい。
外に出てくるな。近寄るな。関わってくれるな。
周囲からそう思われていることなんて身をもって知っている。
「そっちじゃないぜ」
後ろから声がした。
ナハタであればどれだけ良かっただろう。
「お前の弟、あっちの路地に入ってった」
振り返ってみれば、そこにいたのは共にこの町で生まれ育った同い年の少年。視界に入っただけでステファンの気分がささくれ立つ。
彼が指差す先は工業地区へと繋がる道。
理解した途端、ステファンは目の前が真っ赤になった。
「なんで止めなかった!?」
自分たちを省ったこいつが、あそこが魔掴みに遭う場所だと知らないわけがない。それなのに弟の行く先を示せるということは、
「お前、俺の弟を見捨てたのか!」
「別に見捨ててなんか…今だってお前に教えてやってんのに」
呪われたお前らに、わざわざ親切にしてやってるのに。感謝こそすれ、非難される覚えなんかない。ステファンには彼の言葉がそう聞こえた。
彼としてはサジーを虐めもせずに、ただただ傍観していただけなのだろう。
目を離す親が悪い、躾のなっていない子供が悪いのだと、竈に手を伸ばす幼子を見て見ぬ振りをして。
「どう考えても、言い付け破る方が悪いんだろ?」
そも、工業区画は魔掴みが起こる前から子供の立ち入り禁止の場所だった。陶磁器を焼く窯は大型で、火を取り扱うのもあって万が一が起きては危険だからと。
かつて実際に、子供が入り込んだことに気付かずに窯が使用されてしまい、中で焼け死んだ事故があったと聞く。この話は遠い他の町の出来事だが、戒めとしてこの地にも語り継がれている。
サジーぐらいの体格であれば、簡単に陶磁器の影に隠れてしまえるだろう。
「大体、お前の弟も馬鹿だよな。こうやってお前が探し回るの何度目だよ。はは、実はお前らの呪いって、魔掴みだけじゃなくて頭の方をば、」
その言葉はそれ以上続くことはなかった。ステファンがそのにやけ面を殴り飛ばしたからだ。振るった拳がじんじんと痛む。
尻餅をついた少年が頬を押さえながら唾を飛ばした。
「ステファンお前よくもっ…親友だったよしみで良くしてやったのに!」
「ッ…!!お前なんかっ、てめぇなんか! 親友だなんて思ったこと一度もねぇわボケカスが!!」
馬乗りになって再度拳を振り上げていると、周囲の奴らに取り押さえられそうになったステファンは走って逃げた。そんなことよりサジーの方が大事だった。
野次馬してた大人どもは簡単に道を開けた。ステファンに触られたくないのだ。
呪いがうつるから。
「くそ…、くそっ、くそ……ッ!!」
呪われた、呪われていないの証明より。
今は、町のやつらを呪ってやる力が欲しかった。滲んだ視界全てが憎かった。
一度吐いた言葉は、今更取り消せやしない。
───────
バッタは中々捕まらない。
………ー
「もおー、あと少しなのに!」
バッタは伸ばした手を掠め、すり抜けていく。
……ーぃ
「いじわるバッタどもめ〜」
サジーをおちょくるかのように、遠過ぎず、焦ったい距離間で跳ね回る。
……ぉ…ーい
ふと、何かが聞こえたような気がして耳を澄ます。
「…、……こえ?」
…おーい
今度ははっきりと聞き取れた。
バッタに夢中になっていたサジーは我に返る。見渡せば、一度も来たことのない場所に立っている。バッタは見失った。
その声の主は、サジーに手招きをして言った。
いっしょにあそぼう
「いいの!? サジも遊びた…ぃけど、でも、帰らなきゃだった…。あ、そうだ。ねえ、サジの家にこない?」
あの時みたいに三人でてっぺんあそびをしたら楽しいだろうとサジーは思った。
いきなり人を連れてきたら兄も母もびっくりするだろうけど、ナハタを連れてきた時みたいにきっと歓迎してくれるはず。それこそナハタも連れてきたら、四人になってもっと楽しくなるに違いない。
けれど目の前の相手は首を横に振った。
生白い手が、ゆうらゆうらと手招きをする。
こっちにおいで
こっちにおいで。おいで。おいで。おいで。おいで
ほら
こっちにおいで
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