②制度設計
【執政協議会・常任委員会設置】
十二月十日、辻杜帝は文輪を構成する政治機関の設置を公布した。これが、これ以降文輪の心臓を担う事となる両院、すなわち、執政協議会・常任委員会である。執政協議会に関してはこの後、官職が増設されるが、ここではこの時に設置されたものだけを紹介する。
先ずは、執政協議会からの紹介になるが、これは執政官システムを発展させたものである。故に、これまでに紹介してきた官職名についても説明があるが、それは、このような理由のためである。そして、今までは分からなかった用語も補充していただければ幸いである。
――執政官
執政協議会の議長を務め、文輪の政治を皇帝から委任された役職。定員は二人で、全国選挙、又は皇帝からの勅令で選ばれる。条件は、法務官を務めた者とする。
因みに、文輪の選挙制度は、
本国選挙…文輪の本国の全自由民が投票可能な選挙。主に、法律の承認等に用いられる。
全国選挙…帝国及び属州内の全自由民が投票可能。常任委員会の委員や執政官の選出等が目的。後には、この選挙によって過半数の賛成を得られた法案は常任委員会の許可なしで法制化可能となる。
帝国選挙…同盟国を含めた帝国全域の自由民が投票可能な選挙。皇帝選挙の際に用いられ、強い権限を持つ。
地方選挙…地方団体の選挙。条例及び議員等の選出に用いられる。
常任選挙…常任委員会で行われる選挙。執政協議会等の官職を決定する。
と、大きく五種類に分けられる。そして、執政官は地方選挙を除く全ての選挙において議長役を務めるという重責を担っている。また、年に三度までヴェトーと呼ばれる拒否権を発動でき、常任委員会の解散権を持つ。
軍事的には、執政官インペリウムを持ち、常時、一人当たり二個軍団。計、四個軍団の兵力を指揮する事が可能である。そして、退官した後には前執政官としてインペリウムを付与され、属州統治官として任務に就く事が可能となる。
文輪の三権分立を支える一部であり、同時に最も人民に近い位置にいる官職とも言えよう。
――法務官
法律に関する事を司り、その下に法律官、裁判管理官、行政違法審査官等を従える。定数は五名であり、執政官に次ぐ力を持つ。常任委員会の選挙によって選ばれ、任期は一年とされる。有事の際には、手にしている法務官インペリウムによって一個軍団を指揮可能であり、執政官又は常任委員長の許可があれば増員が出来る。
また、執政官が不在の際には、代理執政官選挙の発議を行う事が出来、政治上の空白を避ける事も任務とされる。そして、退官後には前法務官として軍団指揮権を付与され、属州統治官として赴任可能となる。
因みに、条件として執政協議会内の他の官に就いた事があるというものが必要となる。
――護民官
人民の権利を護る為の官職。その下に、人権保護官、社会福祉官、教育官、労働者保護官等を従える。定数は八名であり、年に五回まで拒否権を発動する事が出来る。
全国選挙によって選ばれ、その任期は二年。任期終了後、皇帝の許可を得る事によって常任委員会に入る事が許される。
軍事的には法務官インペリウムを持つが、退官後には失われる。但し、地方選挙により、帝国の地方自治体中三分の一の賛成があった場合、軍団指揮権を与えられる。
――内政官
内政を司る官職。その下には、内務官、税政官、統治官、国勢調査官を従える。定数は七名であり、任期は一年。主に常任委員会から選出される。但し、内政官長のみ、本国選挙によって選出され、任期は五年とされる。内政官長は内政協議会の解散権と協議会内拒否権を持ち、その議長を務める。退官後は、皇帝の許可を得る事によって常任委員会に入る事が許される。
軍事的には、法務官インペリウムを持ち、退官後は、内政官については何も持たないが、内政官長は前執政官に格上げされ、インペリウムを手にする。
――会計管理官
両院及び軍部。そして、属州の会計に対して監査を行う。定数は二十名であり、任期は一年。半数は常任委員会、半数は本国選挙によって選出される。任期終了後は、皇帝の許可により、常任委員会に入る事が許される。
――財政官
帝国全体の財務を管理する。定員は六名で、任期は三年。国勢調査を行う事も職務として含まれており、常任選挙によって選出される。また、常任委員の罷免権も持ち、性行不良の委員を罷免する事が出来る。
これらが、執政協議会の通常の官職である。これに、臨時の官職が加わる事がある。
――代理執政官
両執政官が本国不在の際に選出される事がある。定員は二名で執政官不在時の政治的空白を避ける為に執政協議会内の選挙によって選出される。但し、軍団指揮権は無く、執政官の帰還と同時に退官となる。因みに、設置目的は執政官の反乱に対する鎮圧であった。
――独裁官
執政官のどちらか片方の指名によって選出する事が可能。非常事態の収拾の為に全権を掌握し、無制限の拒否権を持つ。指揮可能な軍団は無制限であり、肉体上の不可侵をも保障されている。任期は六ヶ月で、三部統合協議会、及び特別軍部の設置をする事が可能。強い権力を有する。定員は一名。皇帝弾劾権をも持つ。
以上が、執政協議会の組織である。つまり、執政協議会というのは執政官を頂点とした政治組織と言えよう。因みに、ここでは割愛したが、三部統合協議会と特別軍部に関しては、後に紹介する。
次に、常任委員会であるが、これは常任委員長を筆頭とした立法機関である。定員は六百名であり、執政協議会経験者が十年の任期で就任する。そして、通常軍部の管理はこの下にあり、常任委員長は軍隊の発動を管理する。但し、執政官軍団と皇軍はこの限りではない。
――常任委員長
執政官と対極にある立場の役職。常任委員会を総攬し、非常時には軍隊を発動する権利を持つ。常に常任委員会インペリウムを有するが、退いた後には皇帝に返上する事となる。
また、立法府を統べるという関係上、行政・司法・皇帝に対しての違法審査を発議する事が出来る。この違法審査の罰としては、懲役、軟禁、退官・退位、自主亡命勧告、極刑、罰金、流刑という形に分かれる。特に、皇帝に対しては違法審査の発議と同時に軍隊の発動を行う事も可能であり、非常に強い権限を持つ。定員は一名で、本国選挙若しくは皇帝からの選出によって任命される。
――副常任委員長
常任委員長の補佐をする役職で、定員は二名。常任選挙によって選出され、任期は四年とされる。常任委員長の委任によって軍団の指揮も可能であるが、通常は指揮権を持たない。
因みに、副常任委員長には右副常任委員長と左副常任委員長とがあり、一年毎にその役割を交代する。右の役割は軍事・外交関連の総括で、左の役割は内政の総括であるが、四年でそれぞれ二回づつ経験する事により、政治のバランスを学ぶという意味を持つ。
常任委員長の登竜門的な存在であり、常任委員長が不在の際には左の方がその代理を務める。
――政略委員会
常任委員会の約半数がこの会を担い、内政に関する法律を審議する。そして、そこで可決された法律が常任委員会において審議される。
――軍略委員会
内政委員会の軍事版。但し、ここでの可決は内政委員会の過半数の賛成とは異なり、三分の二の賛成による可決となる。
――会計
両院の会計を行い、提出された予算案に対して審査を行う。定員は十三名で、任期は四年。地方選挙で選ばれた人達が本国選挙において争う事により、選出される。
以上が、両院の抱える役職である。非常に単純であるが、それ故に、多少の変更が加えられつつも、長年に亘って文輪を支え続けるのである。
【軍部成立】
更に、辻杜帝は軍制の整備にも着手する。以下は、その説明である。
――百人隊
九九人と一人の百人隊長の計百名で編制される文輪軍団における最小単位。二条里が主に活用し、その機動性を内外に示した。
――大隊
十二個百人隊の集合によって編制される部隊。文輪における三列横隊もこの大隊内において四百ずつに分けられる。大隊を指揮するのは大隊長で、軍務官以上の役職の人物が就く。帝国成立初期は、あまり活用が成されていなかったが、中期に差し掛かる頃には、その利便性が認識された。文輪の中では、後にデラニアット帝が活用する事となる。
因みに、文輪における軍事担当者についてもここで紹介したい。実際には、法務官などが指揮をすることとなるが、その補助として、軍事の専門家が必要であるという考えの下に設置された。その為、これが何度も出てくることもあれば、全く以って出て来ないこともある。
――元帥
属州統治官の下にあり、その代理として属州内の軍団指揮権を総攬する。常勤職ではなく、属州統治官が必要を感じた際に設置する。その為、通常は軍事経験の少ない属州統治官が設置する事が多い。また、複数の属州統治官を兼任する人の中にも、これを利用する人は少なくなかった。
――司軍官
執政官、常任委員長等のインペリウムを持つ役職の下で数個軍団を率いる指揮権を持つ。但し、自身の判断で軍隊の発動をしてはならず、その場合には指揮権を剥奪される。多くの場合、別働隊として二から五個軍団を与えられる事が多かったようである。また、執政官などの軍団保有数を増やすためにも利用される事が多かった。
――軍政官
インペリウムを持つ役職の下で軍団単位までの兵士を率いる指揮権を持つ。軍団長と呼ばれる人々のほとんどはこの役職にあり、文輪の指揮官としては根幹を成すものの一つとされている。また、執政官の許可があれば、三個軍団までの指揮が可能である。これも、執政官等の軍団保有数の増加に利用された。
――軍務官
軍政官等の役職の下で大隊単位の兵士を率いる指揮権を持つ。その為、任された大隊内の兵士は管理を任され、会計や軍団兵管理の根幹を成す。要は、大隊長になるために必要な官職である。
以上が、文輪の軍事担当者である。基本的には一本の線で繋ぐ事の出来る単純なものであり、それ故に、管理が便利なようになっている。そして、この簡素さが、後に大きな力を生む事となるのである。
では、単位についての説明を続けたい。
――軍団
文輪の軍事単位の基本であり、五個大隊六千の兵で編制される。それと同時に、軍団には衛生兵、間者、会計監査が従軍し、作戦遂行の根幹が成されるようになっている。また、執政官軍団の場合には、兵士数が六千以上となる事があり、実質的には一個軍団で二個軍団と同数の兵士数を抱える事もある。そして、この軍団から派生して、文輪では兵士の事を軍団兵と呼ぶ事になる。
――方面隊
軍団数が増加し、指揮の単純化を行う場合に編制される。軍団数に指定はなかったが、十個軍団以上の兵力が投入される場合に編制される事が多かった。
――軍
方面隊が三個以上構成された場合に編制される、文輪最大の戦略単位。
――小隊
百人隊では数が対応できない場合に編制される。通常は三十人から四十人程度で編制され、軍務官以上ならば誰でも指揮が可能。臨時の編制ゆえ、文輪では散見される程度。
――中隊
百人隊を四個集めて編制される。主に、侵入や決死隊等の編制に用いられる。後には、三列横隊を成す際に列毎に作られる事となる。その場合、三個中隊で一個大隊が編制される。
――特別小隊
文輪における特殊部隊。主に、精鋭を別途で組織する為に利用される。
――連隊
八個百人隊で構成される臨時の編制。遠征時の補給部隊などで稀に用いられた。なお、五個連隊で一師団が編制される事もある。
以上が、文輪軍団兵の編制である。途中、方面隊の消滅や機動兵の導入などが見られるが、基本的な形としては百人隊→大隊→軍団というものになっており、それが崩れる事は無かった。そして、これを最大限に利用してこそ、文輪はその真価を発揮し、宇宙の広範囲を支配する大帝国を築くのであった。
【辻杜龍一】
組織の紹介に添えて、ここで、辻杜帝自身について触れてゆきたい。
辻杜帝は本名を辻杜龍一と言い、文輪が発足した長崎県の生まれである。そこで、他の人と何ら変わりなく成長し、地元の小学校・中学・高校を出て、四国の大学へと進学。そのまま、順当に卒業した辻杜は教師として長崎に戻ってきたのである。その後、離島で三年間を過ごし、二〇〇〇年に例の中学へと赴任した。
このように、一見すると普通の人のように思われるが、実際には、幼少の頃から体則を用いる事ができ、喧嘩では負ける事がなかったという。ただし、それも小学校の低学年までであり、それ以降は、自分からその能力を喧嘩に用いようとしなかったのである。その代わり、辻杜は修行を重ね、その生まれつきの素質を開花させていった。そして、二十歳を過ぎる頃には日本の体則の使い手で右に出る者は無いと言われる程になった。
だが、辻杜自身はそれで生きていく事を好まず、帝政樹立後に退位する事となる。そもそもが皇帝になる意思など無く、二条里らに推される形で皇帝になったとされる。ゆえに、役目を終えて退官した二条里たちと一緒に退位したのである。
その後は、一切の政治的な活動を断った。後に、建国を主導したとして「国家の父」の称号を贈られ、さらに、大帝の号を贈られたものの、政治的な活動を行なったのは、僅かに一年であった。そして、帝国内の一教諭として、その余生を過ごしたのであった。享年は七十一。その後、辻杜帝の子孫は文輪の政軍両方に参画する事はなかったという。
このように、自ら皇帝として人前に出る事を極度に嫌った辻杜であったが、一つだけ例外があった。それは、後に二条里に要請されて、帝国直属の学園で元皇帝として教鞭を揮ったのである。その時の様子を、後に執政官となる久留間寛和は、このように述べている。
「辻杜大帝は、ユーモアを心得ていると同時に、軍事から政治に至るまでの諸事情に精通していた。講義の内容は非常に実践的であり、私の施政を決定付けるものであった。また、日頃は優しい人物であったが、厳格な一面もあり、大帝の講義の際には、全員が背筋を正して聞き入っていた」
この一文からも、辻杜帝がどのような人物であったかが容易に予想できよう。また、帝位にある時には、二条里らの優秀な政治家を完全に掌握していたのである。そして、何よりも二条里と山ノ井の両執政官は同じような事を述べている。辻杜帝に頼まれると、断る事ができなかった、と。事実、二条里はこの後で通常ならば受ける事のできないような命令を受ける事となる。
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