第29話(最終話)恋知らぬ恋愛小説家、愛を知る
さて、時は過ぎ、五年もの年月が経った。
私――
かつて私を導いてくれた
五年目にもなってくると、最近はパソコンやタブレットを使って小説を書いている作家もいるので、テレビ電話で作家に遠隔アドバイスなんて手法も使うようになった。
小説の原稿データを送ってもらい、それを添削して書き直させて……という一連の流れを、編集部のデスクで繰り返すわけである。
私はその手法で、現在は五人の作家を担当している。実は明神先輩も同じ手法を数年前から使っていたらしい。道理で五人もの作家を抱えることが出来たわけだ。教えてくれればよかったのに、いちいち作家の家を訪れていた私が馬鹿みたいではないか。小説家はいわば在宅勤務(テレワーク)のような仕事である。テレワークならばテレビ電話やチャットを使ったほうがより効率的に仕事ができる。それに数年間気づかなかった私も私だが。
現在担当している作家の中には、当然
松井くんは『高校生作家』の肩書を捨てて、現在は大学生作家だ。とはいえ卒業も近づいているらしく、卒論を書きながらの執筆活動は大変だ、と漏らしていた。彼は結局日本文学を専攻しているらしい。白雪さんも無難と言っていたし、日本文学を学ぶことはきっと彼にとってプラスになるだろう。大学でのキャンパスライフも、彼の創作意欲を大いに刺激したようだった。付き合っている彼女とは未だに同じバイトを続けているが、松井くんが大学に通い始めたことでシフトが合わず、なかなか会えないのが悩みのタネらしい。甘酸っぱい惚気を聞かされて、私も思わず苦笑いである。
養子として迎え入れた子供たちも大きくなった。
守る、とはいっても、私達が女性同士の親だからいじめられている、というわけではなく、単に一花のことが気になっている男子が一花にいたずらするというだけの話である。そもそも同性間の婚姻に関する法律が施行されて数年経った現在、同性同士の夫婦は徐々に増えてきていたので、とりたてて珍しいものでもない。『
五人の作家を相手取ってデスクワークをしていた私は、今日の仕事を終えてパソコンを閉じた。そろそろ帰り支度をしよう。今日は昼で上がって、白雪さんと一緒に墓参りをする約束をしている。
ちなみに私の両親は健在である。子供たちが遊びに行くと、毎回一万円札を握らせてくるのでやめさせるべきか悩むところである。
同性婚を許可する法律を提案した白雪さんのお父様は一定の票田を得て未だに国会議員の仕事にありつけているが、相変わらず頓珍漢な発言をしてネットで叩かれているらしい。まあ、もともとネットを使わない人なので知る由もないだろうし、叩かれていることに気づいていなければ本人にとっては叩かれていないのと同じだ。
白雪さんのお母様は――残念ながら三年前に永眠した。全身を蝕んだ病は、心臓を動かす筋肉すらも動きを鈍らせ、眠るように息を引き取ったという。今日は三年忌でお母様へ花を手向けようと、私達は墓所へと向かった。子供たちは学校に行っているので、久しぶりに二人きりでのお出かけになる。
爽やかに晴れ渡った青空の下、陽の光を反射して鈍く光る墓石の列の間を歩く。私と白雪さんは花束を抱え、『袖野家』の墓を探す。
「あら、まあ……」
袖野家の墓を見つけた白雪さんは絶句する。どうしたんだろう、と後ろから覗き込んだ私は、花で埋まった墓石を見て仰天した。
「お父様だわ……」
白雪さんは額を手で押さえる。
お父様は相変わらずやりすぎというか、花を挿す花瓶に入り切らなかった花を墓石の周りにこれでもかと植えている。
「あはは、私達が花を持ってくる必要、なかったですね。どうします? これ」
「いえ、花は気持ちですから。わたくし達も供えておきましょう」
仕方ないので、なんとか隙間を見つけて、そこを埋めるように花を植えた。
「……お父様は、本当にお母様が大好きだったんですね」
「ええ……仕事が忙しくてなかなか見舞いにも行けなかったのですけれど……寂しいでしょうね」
白雪さんはそっと目を伏せる。
そう、きっと寂しかったに違いない。
お父様も、お母様も。
そして、寂しいまま永遠の別れを突きつけられた。
袖野家の墓には白雪さんのおじいさまの骨も一緒に納められているという。私達は花を手向けると、お線香を立ててそっと手を合わせた。
「おじいさま、お母様……わたくしの味方をしてくれてありがとう。何も恩返しできなくて、ごめんなさい」
白雪さんがそう呟くのを聞いて、胸がぎゅっと締め付けられた。
「――これから。これから少しずつ返していきましょう、白雪さん」
私は白雪さんの手を取る。お互いの左手の薬指には、テーマパークで作ってもらったペアリングではなく、本物の結婚指輪が光っている。
「私達にできることは、これからも小説を作り続けて、いろんな人を笑顔にしたり、元気づけたり……そういうことだと思うんです。だって、おじいさまは小説を書くという夢を後押ししてくれたし、お母様は白雪さんの書いた本を読んで病院生活でも退屈しなかった。もう恩は返してる途中なんですよ、私達」
私の言葉に、白雪さんは目を見開き――私達は抱きしめあってわんわん泣いた。
「わたくし、これからも小説を書きます。おばあちゃんになったって書き続けます。それでも美咲さん、そばにいてくれますか」
「当たり前ですよ。だって、私はあなたの担当編集だから。ずっと」
たとえ担当編集を降ろされても、私は妻として白雪さんのそばにずっといるだろう。死がふたりを分かつまで。
「大好き、大好きです、美咲さん」
「私も、大好きです、白雪さん」
女二人で泣きじゃくりながら、うわ言のように睦言を繰り返して、ずっと抱きしめあっていた。
泣き止んでも、ぐす、と少し鼻をすする。
「美咲さん。わたくし、自分の半生を描いた小説を書きたいと思っているのです」
涙を拭い去った白雪さんは自分の考えを私に話す。
「恋愛を知らなかった頃のわたくし、恋愛を知って混乱したわたくし、恋愛を受け入れて美咲さんと恋に落ちたわたくし、そして結婚して幸せに暮らすわたくしを本にして残したいのです。それはきっと、誰かを元気づけ、感動させる本になると思います。お手伝い願えますか、担当編集の美咲さん?」
「喜んで、袖野先生」
私はわざとらしく、うやうやしくお辞儀した。
「本のタイトルはどうしましょうか、先生?」
「先生はもうやめてください、美咲さん。わたくしたち、担当編集と作家という関係とはいえ、もう夫婦でしょう?」
「はいはい。それじゃ、白雪さん。タイトルはもう決めてあるんでしょう?」
「そうですねえ――」
後日。
袖野白雪が自らの半生を綴った本が、書店の一番目立つコーナーに平積みにされているのを見た私は、積み上げられた本を一冊手に取る。
その本の題名は――
『恋知らぬ恋愛小説家、愛を知る』
〈完〉
美人作家×新米編集者~美人恋愛小説家には恋愛がわからない~ 永久保セツナ @0922
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