意馬心猿
清野勝寛
本文
意馬心猿
まただ。
最近、目を閉じてもすっと眠れないことが増えた。瞼の裏にある深淵など、たかが知れているということか。これほどまでに色んな音や思念が聞こえてくるのだから。
体は早く休ませろと急かしてくる。けれどそれに相反して、脳は活動を続けている。何を思考するつもりだ、こっちの意思を無視しやがって。次第に苛立ってくると、いよいよ眠気など雲烟万里にして煙波縹渺。つまりどこかに行ってしまったというわけだ。
携帯を握りしめる。画面はまだ暗いまま。通知のライトがついていないのだから期待しても無意味なのに、分かっているのに。
バックライトで眼球を焼かれる。眩しさに目を細めながら数度操作する。だから、無意味だって。牛溲馬勃の行為を、布団に潜り込んでから一体何度繰り返したろう。それもこれもすべてどこかへ行ってしまった眠気のせいだ。
いや、あるいは。
そうだ、こんな気持ちにさせるあいつが悪い。なぜ、自分がこんな苦しい目にあわなければいけないんだ。
ふとした時に、今何をしてるだろうと生活を想像する。
誰かといるだろうか、一人だろうか。一人だろうな。一人でいて欲しい。誰ともいないで。寂しく生きていて欲しい。時間だけはたっぷりあって、退屈な日々を過ごしていて欲しい。充実なんてしていたら、相手をしてもらえないのは分かりきったことだから。
そこまで考えて、自分の思考がそら恐ろしいものに感じる。相手を自分の都合の良いものに変えてしまおうとする、これは本能だ。制御など出来ない。普段は隠しているか、自分を誤魔化しているかのどちらかなだけ。
それでは、いけない。
それでは、自分のこの思いを自分で踏みにじることになる。
わかっているはずなのに、何度も言い聞かせているはずなのに。
気が付くと、なにか連絡をしようとして思いとどまる。
くだらない会話、共通の話題、世の中のトレンドについて。だめだ、共通の話題がない。少ないんだ情報が。だって知らない。教えてくれないから、話してくれないから、心を許しては、くれていないのだろうか。
「教える必要のないものを伝える必要はない。それを教えるメリットもない」
おかしいだろうか。
知りたいと思うことは。
変だろうか。
理解したいと思うことは。
なぜ、なぜ、なぜ。
その上に、わからないが重なっていく。
考えれば考えるほど、思考すれば思考するだけ、なぜとわからないを繰り返す。
仕方なく想像する。自分の都合の良いように。
なぜ知りたいのか。理解したいから。なぜ理解したいのか、またなぜか。まさしく画蛇添足、思考をやめなければ、一生考え続ける、意味のない時間だった。
声を聞きたい。話がしたい。会いたい。なぜ。
自分の気持ちはすぐに整理がつく。
何千何万と確認し、認識したのに、疑い続ける。そんなわけがないだろう。解答にケチをつけては、また繰り返す。
意味のないことを繰り返す。繰り返す、繰り返し続ける。
その行為が無駄であっても、自分にとっては価値があることだった。そう思う。
そこに納得はしても、現状は変わらない。
すれ違うのは嫌だ、失うのはもっと嫌だ。
ならどうしたらいい、どうするべきだ、どうなりたいか。
そうだ、一生考えていよう。
どこにも進まず退かず、留まって。あいつのことを想い続けて。
苦しくて眠れない日々が続いても、何かを失うことにはならないだろうから。
一生考えていよう。
一生考えていよう。
一生、考えていよう。
目を、閉じた。
意馬心猿 清野勝寛 @seino_katsuhiro
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