この幼馴染がやばい

下垣

この幼馴染がやばい

 俺の名前は神山かみやま 源治もとはる。皆からは下の名前を音読みされてゲンジと呼ばれている。まあ、ぶっちゃけモトハルでも、ゲンジでもどっちでもいいんだけどね。典明さんをノリアキと読むかテンメイと読むかの違いでしかないさ。


 そんなことよりもだ……俺は今人生で最高に困惑している。図書室の辞書を借りたらえちえちな言葉にラインマーカーが引いてあった時以上に困惑しているかもしれない。


「う……ぐす……ふえーん」


 俺の姿を見て、一人の女子が泣き出した。一体どういうことだ。周りのクラスメイト達は何故か俺が泣かしたみたいな空気を作り出している。男子達からはドンマイといった視線を向けられて、女子からは睨まれている。せぬ、俺が一体何をしたと言うのだ。


 高校入学して初日。俺はクラスメイトとの顔合わせでいきなり窮地に立たされた。まずい。このままでは女子を泣かせた最低野郎として記憶されてしまう。初対面の第一印象はかなり大事と言うし、このままでは俺の高校生活三年間は灰色のものになってしまう。


「あ、あの……ど、どうして泣いてらっしゃるんでしょうか?」


 敬語。無駄に丁寧な敬語。同級生に対して言う言葉でもない。留年した年上の同輩相手にもこんな敬語は使わねえよ。


「やっと会えたぁ……」


 やっと会えた? 何? 誰と会えたの? いや、何かと和えたの? あえてね? 本田圭佑?


「源治くん。私だよ幼馴染の沙也加さやかだよ! 鳴海なるみ 沙也加さやか!」


 俺は記憶のページをめくりだした。えっと……沙也加? あー、あの幼馴染の……ってなるか! 俺に沙也加なんて幼馴染はいねえ! 仮に幼い頃会ったとしても馴染んでない! 断じて馴染んでなどいない!


 周りの反応を見てみる。男子達は正月の朝のテレビ番組に出る芸歴だけ無駄に長い売れてない芸人を見るようなつまらなさそうな目で見てるし、女子達はさっきまでとは掌を返して微笑ましいものを見るような目つきになっている。え? 何で? これほのぼのする要素ある? 俺には恐怖しかないんだけど。お前たちにも一方的に幼馴染を押し付けられる恐怖を教えてやろうか?


 俺の反応を見て察したのか、沙也加……いや、鳴海さんでいいやこんな奴。そんな仲良くねえし。鳴海さんは、10分以上餌の前で待てをやらされている犬のように悲しそうな表情をする。


「覚えてないの?」


「ああ」


 即答。クイズ王も顔負けの即答を俺はした。次の瞬間、鳴海さんは鬼のような形相をしてこちらを睨んできた。


「何で覚えてないの!? 私達幼馴染でしょ!」


 鳴海さんに強く詰められる。女子達も再び俺を睨む。え? 俺が悪いの。このままじゃこのクラスの女子の好感度がだだ下がりだよ。コロナウィルスが蔓延した時の株価かよ。


「わかった。わかった。今思い出すから待ってて」


 俺は鳴海さんの姿をじっと見た。身長は平均的な女子より少し高い程度。160cmくらいだろうか。体型は特別ガリガリでもなければ、太くもない。胸部の肉付きは少しいいが、その程度だ。髪の毛はセミロングで後ろで束ねている簡素なものだ。目も垂れ目だけどぱっちりとしていてまつ毛も長くて女の子らしい。鼻もそれなりに高くて割と可愛い方だ。


 …………いない! こんな子はうちの幼馴染じゃありません! 会ったことねえよ!


 ダメだ。どうしても思い出せない。俺の記憶が間違っているのか? それともこの子の勘違いか? 出来れば後者であって欲しい。この年でボケたくはない。


「えっと……ごめん。俺達ってどこで会ったんだっけ?」


「幼稚園の頃一緒だった。卸し金幼稚園で年中さんの頃、アヒルさん組で一緒だった」


「何で幼稚園のことを事細かに覚えてんだよ! 俺、卸し金幼稚園に通っていたことくらいしか覚えてねえよ。自分が何組だったかも忘れたわ!」


 ってか、そもそも冷静に考えて卸し金幼稚園ってふざけた名前なんだよ。よくそんなんで認可が下りたな。


 でも、俺が卸し金幼稚園に通っていたことをずばりと言い当てたぞ。この子は。もしかして、本当に俺が忘れているだけなのか?


「源治君との思い出は全部覚えているよ。源治君がかけっこで二位だったこと。源治君が名前を忘れたモブの子と一緒に秘密基地を作っていたこと。源治君がいつも右から二番目の水道の蛇口から水を飲んでいたことも」


 なるほど。俺の過去はそういうのだったんか……ん? 何かおかしいぞ。


「あれ? それって俺の行動であって、キミとの思い出ではないんじゃ」


「何言ってるの!? 同じ組だったから一緒の思い出に決まってるじゃない! それに劇だって私が木の役で源治君が木こりの役だったんだよ? これもう結婚しているのと同じでしょ?」


 意味が分からない。もしかして、俺は大して仲良くなかった幼稚園の頃の同級生に幼馴染だと言い寄られているだけなのでは……


「あのね……源治君。あの時は勇気が出せずに言えなかったんだけど、私、鳴海 沙也加は源治君のことが好きです」


 えー!? 告白する要素ある? この衆人環視の中どうしても言わなきゃダメなことなの?


「えっと……ごめん。俺他に好きな子がいるんだよね?」


「え? 誰? 殺すよ?」


 怖い怖い。何この子。殺すって何? どっちを? 俺を? 俺の好きな子を? どっち?


「大きくなったら結婚しようねって言ってたじゃん! あの時夢で囁いてくれた言葉は嘘だったの!?」


 何やってるんだよ夢の中の俺。こんなやばいやつにプロポーズしてんじゃねえよ。


「ゲンジー! つき合っちゃえよ。結構可愛いじゃんその子」


 中学時代の同級生のβακαバカが囃し立てて来る。


「お、おい!」


「そうよ。つき合っちゃえばいいじゃん。ゲンジ」


 今日初めてあったばかりの女子が援護射撃してくる。お前初対面の人をいきなりあだ名で呼ぶタイプかよ。人との距離感どうなってんだよ。


 え? ってか、キミたち俺の話聞いてた? 俺好きな人いるんだよ? なのにこの訳の分からないやばい女と付き合えって?


「えへへ。そっか、ごめんね。いきなり告白しても返事に困るよね? 源治君だって考える時間欲しいよね?」


 いや、何急に理解ある彼女的な雰囲気出してんの? 逆に怖いんだけど。


「一週間後、お返事を下さい。待ってます」


 無理。断る以外の選択肢が見つからない。この第一印象最悪の状態でどうやって一週間以内にこの女を好きになれと。そんなの無理があるわ。


 こうなったら仕方ない。一週間以内に彼女を作る。そして諦めてもらうしかない。


「ゲンジー。良かったなー。彼女が出来て」


 また、知能指数が低いサルバカが何か言い出した。放っておこう。



 俺には想い人がいる。小学生の頃の幼馴染の筒井つつい 絵里奈えりなだ。彼女のことはよく覚えている。小学校1年の時だけ同じクラスだった。1年の終わりに彼女は転校して、関係はそれっきりになった。


 俺はそれから必死に彼女のことを調べた。偶然にも中学時代の友達が彼女と同じ塾に通っていたので、彼女が進学する高校を訊き出してもらった。


 その結果、俺は彼女と同じ高校に進学することに成功したのだ。俺がこの高校に進学したのは絵里奈に会うためだ。それなのに鳴海とかいう気色悪いメンヘラ女に粘着されて迷惑をしている。全く、ストーカーかよあの女。


 俺は小学校時代の思い出を振り返った。牛乳が苦手で給食の時間にいつも牛乳を残していた絵里奈。活発な性格でいつも授業中に手を上げて問題を答えていた絵里奈。掃除の時間に遊んでいて先生に怒られていた絵里奈。


 そのどれもが俺との大切な思い出だ。絵里奈は俺のものだ。誰にも渡さない。


 俺は放課後、絵里奈がいるクラスまでやってきた。そして、絵里奈が出て来るまで待った。彼女は俺に会ったらきっと驚くだろうな。何しろ幼馴染との感動的な再開だからな。


 俺はあの日言えないでいたままの気持ちを思い出した。彼女が転校する当日、好きだと言えなかったことを後悔していた。だから、今度こそ言うんだ。自分の気持ちを伝えるんだ。


 教室の扉がガラっと開いた。絵里奈が出て来る。俺は意を決して彼女に声をかけた。


「絵里奈。久しぶり。覚えているか? 幼馴染の神山 源治だけどさ」


「……誰ですか?」

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