第16話 この世界の魚はとても変わっているようです
頬に感ずる爽やかな海風。
光の加減でエメラルドグリーンにも見える海。
見上げれば、真っ青な空をあたかも悠々と泳いでいるかのように飛んでいる鳥達。
へぇ、鳥って歯があって魚を噛み砕くもんなんだ。シラナカッタナー。
そして、鼻をくすぐるのは香ばしいソースの匂い。
私は今、船の上で先程買ったたこ焼きを食べております。
船に乗せてもらったのはいいものの、漁師さんにスタミナがギリギリなのを指摘されまして。
甲板の上で食べてもいいというお言葉に甘えて、ゴンちゃんともぐもぐタイムです。
「嬢ちゃーん!
もうすぐ釣り場に着くぞー」
「今行きます!」
名残惜しそうに空の器を見つめるゴンちゃんに後でまた買ってあげるから、と言って抱き上げ、漁師さんの元へ。
「ほい、これは嬢ちゃんの分の釣竿な!
上手く釣れたらくれてやらぁ!わはははは!」
日に焼けた肌に白い歯がキラリと光る漁師のおっちゃん。名をガロンさんと言う。
「はい、頑張ります!」
ー【釣り lv1】を取得しました。ー
【釣り:レベルが上がるほどレア魚が釣りやすくなる】
餌はアイテムボックスにある限り、自動的に針につくみたい。
船の上から釣り糸を垂らす。
プカプカと海面を漂うウキに穏やかな気持ちになっていたのも束の間。ガロンさんから恐ろしい事実を伝えられる。
「時々、魔物が釣れることがあるから、その時は期待してるぞ、嬢ちゃん!!」
「へ!?
そういう事は先に言ってくださいよ、ガロンさん!!」
知ってたら巫女服の方に着替えてたのに!
「わはははははっ!」
ガロンさんに文句のひとつでもと思った矢先にぐいと竿が引っ張られ、慌てて意識をそちらに向ける。
「もし魔物だった時はゴンちゃん任せたよ!」
『了解』
思っていた以上に力が強くて、身体ごと持っていかれそうになる。
「あばばばば
ガ、ガロンさん!
助けてください!」
「わはははは!
頑張れ!!」
歯を煌めかせ、こちらに親指を立てたガロンさんに軽い殺意を覚える。
「くぅっ…
ドリャァセーイ!!!」
気合を入れて思いっきり引っ張る。
バシャン、という水音と共に魚が水面から勢いよく飛び出した。
「わはははは!
嬢ちゃん、そりゃ女子の掛け声じゃねぇな!!」
「余計なお世話ですよ!!
釣れたからいいんです!」
「わはははは!」
甲板の上に落ちた魚はバッタバッタ、と跳ねている。
ー『アコガレイ』を釣り上げた!ー
………カレイなんだ、これ。
薄ピンクのボディに真っ赤でプルプルの唇。そして何よりカールしたまつ毛がばさばさと生えている。
改めて描写してみると、魚じゃない感がすごい。というか、魚じゃない。
あ、ウィンクしてきた。
この世界の魚には瞼があるのか。
「『アコガレイ』か。中々大きいな。
大変だっただろう、お疲れさん!
わはははは!」
「…ガロンさん」
もう何も言うまい。
「ほれ、さっさと仕舞わんと悪くなるぞ。
冒険者はアイテムボックスっちゅー便利なもんもっとんだろう」
「貰っていいんですか?」
「そりゃ、嬢ちゃんが釣ったんだから、嬢ちゃんのもんだろう」
「でも、船を出してもらって竿まで貸していただいたのに、いいんですか?」
「嬢ちゃんはいい子やなぁ。
今まで何人か冒険者を乗せたが、嬢ちゃんみたいに気にする奴おらんかったわい。
その気持ちだけで充分だ!!
子供は遠慮せず持ってけ!
わはははは!」
「ガロンさん.......
ありがとうございます!」
「おぅ!
ほらほら、ちゃっちゃと釣らんと日が暮れるぞ!」
「あ、はい!」
巫女服に着替え、釣りを再開する。
「服を変えたところでどうかなるわけでもねぇと思うがなぁ」
「魔物対策です!」
とは言ったものの、この巫女服が思いの外釣りに役立った。
最初の時のように苦労することなくポンポン釣れるのだ。
マッチョな鰭を持つ『フタコブダイ』、虎皮のような模様の『トラカワフグ』、やたら跳ねる『ハネウオ』などなどいっぱい釣れた。
「最初のが嘘みたいだなぁ、嬢ちゃん」
「これが私の実力です!」
『いや、狐神様の御加護のお陰だな』
ちょっと黙っていようか、ゴンちゃん!
『ほら、また引いてるぞ』
「わわ、ほんとだ。
よいしょー!」
今回も難なく釣り上げる。空高く上がった魚は私に向かってすごい勢いで落ちてくる。
ー『キスユー』を釣り上げた!ー
目を閉じてプルプルの唇を尖らせながらこちらに向かってくる魚。
次の瞬間、ゴンちゃんが飛び上がって、尻尾でその魚を海に叩き落とした。
「あー、もったいない!
『キスユー』は美味ぇのに!」
「え!そうなんですか!
ゴンちゃんどうし『魔物だった』…いや、判定も魚だったしガロンさんもこう言っ『あれは魔物だ』…ゴン『魔物だ』…ハイ」
何も無かったように、私の隣に伏せてくわぁ、と欠伸をするゴンちゃん。
このことには触れるなと言うことですね、わかりました。
気を取り直して再度釣り糸を垂らす。
「嬢ちゃん、次で最後な」
「はーい」
大して時間もかからずに、ヒットの感覚。
今までと同じように釣り上げようとした瞬間、すごい力で海の方に引かれる。
「えっ!?
な、なんで!?」
今までの比じゃない程の強さに船から身体が乗り出す。
慌てて態勢を立て直し、負けじと引っ張る。
すると、海面から無数の吸盤がついた大きな足がするすると伸びてきた。
「っ!!
しまった!やつの縄張りに入ってしまったのか!
嬢ちゃん、釣竿を手放せ!!!
出発するぞ!!」
「へ?
え?え?」
釣竿に絡みつく足、唸る船のエンジンの音。突然のことに理解出来ずに頭が真っ白になった。
「嬢ちゃん!!!」
『主!!【紅爪】』
ついに私の腕にまで足が達するという時、ゴンちゃんが【紅爪】でその足を切り裂こうとした。けれど、それが傷つくことは無かった。
『クソッ』
「嬢ちゃん!釣竿を離すんだ!!!」
ゴンちゃんの攻撃で見えない相手が怯んだ隙に慌てて釣竿を手放す。
「よし、全速力で逃げるぞ!!
しっかり捕まってろ!!」
「ヒャァッ!」
すごいスピードで海の上を走る船に振り落とされないように船体に捕まる。
『主、怪我はないか?』
喋ると舌を噛みそうだったので、こくこく、と頷く。
『すまない.......』
ゴンちゃんが気にすることはない、と首を振るが、ゴンちゃんはしゅんとしていた。
港に着く頃には、船のエンジンが悲鳴をあげていた。
「あーあ、こりゃ買い替えんにゃダメだな」
「すみません、私のせいで.......」
「嬢ちゃんは悪くねぇよ。悪いのは俺だ。
あいつの目撃情報はポツポツ聞いてたのに、俺がやつの縄張り近くにとめちまったからな。怖い思いさせたな、悪かった」
「ガロンさんは悪くないです。
私がすぐ竿を放さなかったから.......」
「あのな、嬢ちゃん。
俺たち漁師の庭である海の上で何か起こった時、きちんと対処できなかったら、それは漁師が悪いんだ。長年海とともに生きてきた俺たちでさえ分からないことがたくさんあるのに、素人に海のことがわかるわけねぇ。
だから、嬢ちゃんは気にしないでいいんだ」
そう言って笑うガロンさんに私は何も言えなかった。
ガロンさんは釣り場に着くまでに色々なことを話してくれた。お父さんに漁師として認められてこの船を貰ったこと。この船は自分が将来を誓った愛人であること。でも、息子が1人前になったら譲るつもりでいること。
船自体は古いけれど、隅々まで整備が行き届いていて1目で大切にされているとわかる。乗っているととても温かくて幸せな気持ちになれる船。
そんなガロンさんの大切な船なのに.......
「嬢ちゃん、そん顔しないでくれよ。
よし、わかった!
それじゃあ、嬢ちゃんにひとつ頼まれてもらおうかな!」
「っはい!私に出来ることなら何でもします!」
「それじゃあ、俺の代わりにダチの手伝いをしてくれねぇか?」
運極ちゃんの珍道中!〜APの意味がわからなかったのでとりあえず運に極振りしました〜 斑鳩 鳰 @chibetaikitsune
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