かみさまのはじまり

 

 ――これは遠い遠い昔、光がみっちゃんになったときのおはなし――


 近頃は賑やかだ。子供も増えてきて、そんな中には稀に私が視える子も産まれる。

 

「かみさまー! きょうもいたー!!」

「はいはーい、きょうもいますよー。」

 

 私は光山神社の神様としてここにいる。いつからかはもう覚えていないし、きっとだれかの願いから生まれたのだろう。生まれた時から神であると理解していたし、それは「ヒト」と出会ってより深まった。

 ヒトの子は小さな赤ん坊として産まれ、成長し子供になり青年になり大人として村を支えるようになり、そして老いてこの世を去っていく。

 ずっと幼い子どもの姿で、この辺りのヒトには見ない銀髪。私は彼らとは違うんだと、見守り時には接するうちにその想いは確かなものとなっていった。

 

「なつー。そんなに慌ててこなくてもいつもいますよー。」

「わたしが早くかみさまにあいたいの!」

「はいはい、いつもありがとうね。」

 

 よく通る元気な声で私を呼びながら駆けてきたなつは、私が視える数少ないヒトの子だ。私のことが見えたり見えなかったりは信仰心と持って生まれた資質でどうやら決まるようで、なつはどちらも持っているのか私のことがハッキリと見えるらしい。

 しかしその事でヒトの子供たちからは苛められているようで、時々居づらくなるのかヒトの輪を飛び出すようにここに来る。

 

「なつ。ヒトの子供と遊んだ方がいいんじゃない?」

「……だって、あのこたち神様なんていないって。オバケでも見たんだろうってずっとからかうんだもん。かみさま、ちゃんといるのに。」

「私はオバケでも神様でも気にしないよ?」

「そんなのダメだよ! ちゃんとこの神社のかみさまとして見守ってくれてるのに!」

 

 なつは幼い頃から私が見えていて、よく手を振ってくれていた。手を振り返すうちに、なつは私のいる祠のそばの木の上まで登ってくるようになり、そこで色んなことを話すようになった。

 私はこの神社の神だから他の土地へは行けない。行けるのかもしれないけれど、姿を保てるか分からない。生まれてきた時は少し不便や寂しさも感じたけれど、今はすっかり慣れてしまった。

 

「……ありがとう、なつ。なつがそう思ってくれるだけで私は充分幸せなんだよ。だからなつが私のことでヒトの友達と険悪になるのは寂しい。だから、無理に私のことは庇ったりしないで、ね?」

「……わかった。でも、わたしはかみさまが好き。その光にキラキラするかみの毛もとってもきれいだと思う。」

「まったくもう、大方神様は綺麗な銀髪なんだー、とか言って白髪の化け物だって言い返されて怒ったんでしょう、もう。」

「……。すごいね、さすがかみさまだ、なんでも分かるんだね!」

「今のはヒトの子だって想像つくと思うよ?」

 

 納得してない顔をしながらなつはなにか考え込んでいた。

 

「ねえ、かみさまには名前はないの?」

「うーん、私は力のある神とか歴史ある神とかでもないから、光山神社の神、が私の名前かなぁ?」

「なんかさみしいよそれ! かみさまがいつもなつって呼んでくれるみたいに、わたしもかみさまを名前で呼びたい!!」

「そんな事言われてもなぁ……。」

 

 そう答えるとしょぼんとしてしばらく考え込んでいたなつが、ぱぁっと顔を明るくしてこちらを見る。

 

「名前! つけてあげる!!」

「名前?」

「そう! あのね、この前村長さんちに行った時にね、この神社について書いてあったの。」

「そうだったんだね……、なんて書いてあったの?」

「このあたりは日当たりが悪くて作物が育たない土地だったんだって。でもある時一人の村人が神様に願ったんだ、この地にも光をくださいって。そしたらその晩すごい雨が降って、少し離れた山が崩れたの、ものすごい音で。あんなに大きく崩れてすごい音がしたのに、怪我した人も死んじゃった人もいなくて、よかったって確認して、戻ってきてびっくり。村に太陽の光が溢れてたんだって。」

「そう…… 」

 

 きっとその時に私は神として生まれたのだろうと確信した。光をさずける存在として願われ、偶然か私の力か、それは叶った。この姿になったのは……きっとそのうち理由がわかるだろう。

 

「あとね、光山神社の光はコウ、とかひかり、だけじゃなくって、みつ、とも読むんだって!」

「おお、すごい。ひとつ賢くなったね。」

「だからそれでね、光山神社の神様だから、みつがいいと思う!!」

 

 突然の命名に目を丸くした私だけれど、なんだか心がぽかぽかして、不思議と笑顔になっていた。

 

「なつはいつも突然だなぁ。思えば最初に話した時も突然木を登り始めるから焦ったっけ。」

「もー! すぐ昔のこと言う!! みつって名前、嫌? 」

 

 ゆっくり首を振り、笑顔で答える。

 

「嫌じゃないよ。とっても素敵な名前をありがとう。これから私は光山神社の光、みつだね。」

「うーん、でもふだんみつって呼びにくい気もするなぁ……。そうだ! 愛称も決めちゃおう!! みつだからみっちゃん! ね? 可愛いでしょう?」

「まったく……いつも突然やって来ると思ったら名前まで決めちゃって愛称まで作っちゃうんだから。……ありがと、なっちゃん。」

 

 ちょっと気恥ずかしくてなつが横を向いてる隙に言ったのに、がばっと勢いよく振り返ってなつは私に抱きついた。

 

「なっちゃんって言った! みっちゃんが!! 呼んでくれた!! ふふー! おそろい!!」

「ちょっと苦しいってばー! まったくもー!」

 

 そんなやり取りをしつつ、かみさまも悪くない、なんて私は思う。神様としてなにか出来ているのかなんて分からないけれど。ただ私はこれからも見守り、時にこうしてお話するぐらいだ。それしかできない私だけど、この地に暮らす彼らが幸せであって欲しいと、いつも願う。

 

 

 これは今では遠い昔の、光山神社の神様、光が初めてヒトと触れ合った頃のお話。

 長い長い時を過ごす彼女の、忘れられない思い出。

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かけがえのない三日間と私のかみさまの話 花音 @kanon_music

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