かけがえのない三日間と私のかみさまの話
花音
三日間のキセキ
お先真っ暗。そんな言葉がぴったりの私、佐原律は今、道無き道を登っている。
周りが続々と内々定を勝ち取っていく中、自分だけはお祈りメールばかり。友人の「大丈夫だって!」もだんだん曇ってきた。 マナーを調べ身だしなみをきっちり整え受け答えを丸暗記するほど準備し挑んだ三日前の面接も「今後のご活躍をお祈り致します。」の一文で締め括られたメールが届いた。
もう後がない。自分に出来ることをやり尽くした私が藁にもすがる思いで頼ったのが、今この木の根を踏みしめ山頂を目指した先にある『光山神社』である。
昨日の夜中、メールが届いて絶望の中ネットサーフィンをしていたらふと見つけた掲示板の一文。
「光山神社にお参りをすると絶対に受かるらしい」
受験に受かるのか面接に受かるのか、そんなことも書いていないたった一行の書き込み。怪しすぎるそれに縋るほど、内定を取るのが目的になってしまっていると気付かないほど、私は疲れていた。いつまでも内定を取れない自分にも、過剰に気になってしまう周りの目にも。そんな社会にも。
「もう大分登ったんだけどなぁ……。」
寝る前に調べた光山神社へのアクセスはなかなかに厳しく、隣の県なのにここまで三時間かかった。最寄り駅まではすんなり来れたのだが最寄りのバス停までが遠く、またバス停から神社までが遠すぎた。
インターネットで調べて唯一出てきた地図で山奥だと分かったからおにぎりやお茶にミネラルウォーターなど色々準備してきたのだが、今はそれがちょっと重く感じて恨めしい。石橋を叩いて叩いて叩いてから渡る自分だから仕方ないのだけど。だって他に何にも情報が無かったんだもの。だからといって駅前で美味しそうだからと買ってしまった団子はいらなかったよね自分。何で五本も買ったんだ自分。
ぜえぜえ言いながら寂れた小さめの鳥居に着く頃にはもうお昼前になっていた。七時台の電車に乗ったはずなのに……。
光山神社は山奥なだけあって人気もなく、どこか清廉な空気が満ちていた。一礼して鳥居をくぐり、最後の気力を振り絞って階段を上る。
「わぁっ……!」
頂上には小さな祠とその先には鮮やかな緑の山々が広がっていた。
「頑張って登ってきてよかった!」
祠には鳴らす鈴もなく、小さな賽銭箱がその前に置かれているのみ。二礼二拍手一礼でいいのかな? と思いつつ願掛けを込めてちょっと奮発して五十円を入れる。
「内定、取れますよーに!」
深々と礼をし、いつもより長くお願いしたあと顔を上げた。
「ないていって、なーに?」
幼女がいた。
おかしい、さっきまでここには私しかいなかったしそもそもこの子は白い着物に何故かきらきら光る銀髪。ハーフとかなのかな? 親御さんはどこに? 撮影とか?
ぐるぐる思考を巡らせて硬直する私にその子はにこにこしながら話しかける。
「おなかすいた!」
あれから三十分。フリーズしつつも駅前で買った団子を差し出し、飲みかけだけどとお茶も渡したら美味しいと空にされ、まだ食べたいと言われて迷いつつ渡した残っていた自家製おにぎりも「なんか形へんだけどすっごくおいしい!」とお褒めの言葉を頂いた。思ってたよりも大変な登山で潰れちゃったんだってば。
彼女の言葉を信じるなら「みつ」という名前でここに住んでいるらしい。そしてかみさまらしい。神様?
「ずっとここにいるけど人が来たのは久しぶりだよー! 嬉しいな! お姉さんのお願い事はなに?」
「えっとちょっと頭が追いつかないんだけど、みつ、様は神様なの、ですよね?」
「敬語なんていらないよー! 久しぶりにひとと話せてすごく嬉しいの!だからみっちゃん、って呼んでくれたら嬉しいな!」
自称神様みっちゃんは弾けるような笑顔でにこにこしながら話しかけてくる。私は焦りからストレスを溜めて幻覚まで見始めたのか、と思ったが差し出してきた手を握るとふにょんと小さくて柔らかい手の感触がした。
「みっ、ちゃんはこんなところに1人で寂しくないの?」
「うーん、もう慣れちゃった。むかーしは沢山人が来てくれてた時もあったんだけど、わたしが見える人間もあんまりいないし、ここ最近はこのあたりの集落もなくなってここを訪れる人なんていなかったよ。」
ここ最近は30年くらいの話らしい。神様の最近って長いなぁと変なところに感心しながら彼女の昔話を聞いた。昔はこのあたりには集落が沢山あり学校もあって子どももいて、よくここでかくれんぼをしていたそうだ。それを祠の上から眺めるのが好きだったの、と懐かしそうな嬉しそうな、どこか寂しそうな横顔で話していた。
「ねぇ、お姉さんは「ないてい」を取りたいんでしょ?」
「それは勿論。何としてでも勝ち取りたいの。」
「どうして?」
そう首を傾げる神様は真っ直ぐな瞳で私に問いかけた。心の奥を覗かれているような錯覚に陥る。
「どうしてって……。そうね、そう。やりたいことがあるから。そうだった。」
「やりたいこと?」
「大学でバリアフリーの建築を学んだの。すごく素敵だと思った。だからそれを活かせる会社に入りたいの。」
「……ばりあふりー?」
「誰にでも開かれた、障害のないって意味かな、私の中では。」
「そう……、お姉さんいいね。わたし、お姉さん好きだよ。ねぇ、明日と明後日、わたしとご飯食べて欲しいな。」
「分かったわ。……ここで?」
「うん、しばらく誰かとご飯食べることなんてなかったからわたし、お姉さんとご飯食べたいな。そしたら「ないてい」叶えてあげるよ?」
だから、ね? なんて聞こえてきそうな可愛くて断れない頼み方で神様は私を見る。
「そんな無茶苦茶な、ここ私の家から四時間弱かかるのよ?」
「それは山向こうから来たからだよ。あっち側から来れば大きめの道路が通ってるしコンビニがあってそこに停められるよ。コンビニの脇の林道から来ればここまで二十分だし。」
「それを今朝知りたかったわ……。」
あんなに苦労して山登りしたのに、と項垂れていると彼女は嬉しそうに笑って「じゃあ決まりね!」なんて言う。
幸か不幸かこの先一週間は大学もなく志望する会社の面接もない。友人とは内定を取れない引け目から最近疎遠気味になっていた。断る理由を見つけられず「わかった。」と差し出された小指と自分の小指を絡める。
「約束ね! ゆびきった!」
満面の笑みで飛び跳ねる彼女はとても嬉しそうだ。ふと思いついて彼女に話しかける。
「どうせだから、「お姉さん」じゃなくて「律」って呼んでくれたら私も嬉しいな。」
その言葉にぱあっと瞳を輝かせて
「じゃありっちゃん! みっちゃんとりっちゃんでおそろいね!」
なんて言われたら明日が楽しみになってしまった。
下山は登ってきた時ほど大変ではなく、すんなりバス停まで辿り着けた。みっちゃんが「今下りれば最終バスに間に合うよ」と言ってくれなければ危なかった。程なくバスが来て乗り込む。最終バスなのにお客は私しかいなかった。
「お嬢さん、こんな山奥まで登山かい? 物好きだねぇ。」
人の良さそうなおじいちゃんの運転手さんが前を見ながら突然話を振ってきた。
「まぁちょっと……。神社があるって聞いて行ってみたくなって。」
「そりゃまた珍しい。もうあそこに神社があることを知ってる人も減ってきてなぁ。神社の神様も喜んだろうねぇ。」
その言葉に苦笑いしつつ、おじいちゃんの昔話を聞きながら最寄り駅まで過ごした。やはりこのあたりは過疎化が進んで訪れる人も少ないそうだ。このバスも最後の路線らしい。
「もしまた神社に行くなら、車はあるかい? あるなら山向こうから行くと楽ができるよー。」
みっちゃんと同じことを最後に言われ、思わず笑ってしまいながら「ありがとうございます。」と小銭を料金箱に入れた。
そこからはすんなり帰ることが出来て、色々あったからか布団に入り、明日は車で行くから少し余裕を持って電車より早いって聞いたけど同じくらいの時間には出よう、せっかくのお誘いなんだからちょっと気合い入れたお弁当作ろう……そんなことを考えていたらいつの間にか眠りについていた。
翌日。ちょっとではなく大分気合いを入れた重箱のお弁当に多めのお茶、そして道中で買った豆大福を持って光山神社に着いた。
みっちゃんと運転手さんの言う通り山の反対側には国道が通っておりコンビニがあった。駐車場も広くてしばらく停めても大丈夫そう。申し訳ないので隅っこに停めて、みかんグミを買った。
「早かったねー!」
みっちゃんはぴょんぴょんと元気よく駆け寄ってくると嬉しそうに私を見上げた。
「石橋は叩いてから渡るタイプって言われるの。もし何かあってみっちゃんに会うのが遅れたら私が嫌だったから。」
その言葉にみっちゃんはどこか嬉しそうにそわそわしだした。
苦笑しながら祠の横にレジャーシートを広げて荷物を置かせてもらう。昨日は木の根に座ったけれど服も汚れてしまうし今日はしっかり行楽グッズを持参した。
「でもまだお昼には早いわよね……、どうしよう。」
「それなら、ちょっと私に付き合って!」
身軽になった私の手を引き彼女は意気揚々と駆け足でどこかに向かい出す。
「ちょ、ちょっと待ってよー!」
何年生きているか分からないが子どもの姿だからか無尽蔵の体力らしい彼女は軽やかに山道を進んでいく。5分ほどだったはずだが着く頃には私は汗だくになっていた。
「づがれだ……。」
「りっちゃん若いのに体力ないね。運動したほうがいいよ?」
「余計なお世話ですー、ってこれ……。」
息を整えながら歩いて彼女の指さすほうを見たら、そこは一面の花畑だった。
高山植物なのか私には名前が分からない花ばかりだが、可憐な花が色とりどりに咲き誇る様子は見ていてとても心が弾む。
「びっくりした? ここね、ちょっとだけ私の力を分けてるの。私の庭みたいなものだね。綺麗でしょ!」
「すごい! みっちゃんすごいよ、すごく綺麗……! 」
花々を見つめる彼女の目は愛おしさに満ちていた。その姿には母の面影を感じ、ぶんぶんと首を横に振る。両親とは就職について聞かれるのが嫌で疎遠気味になっている。すぐに帰れる距離なのだけど。思考を目の前の景色に戻し深呼吸する。ふわっと花のいい香りが鼻腔に広がり、不思議と笑顔になれる。
「だいぶ前に小さな花畑があるのを見つけてね。思いついてちょっとずつ広げてみたの。でもこんなに綺麗に咲くようになったのになかなか見せる相手もいなくって。りっちゃんに見せられてよかった。」
彼女はこちらを振り向いて微笑むとくるりと回った。
「これで、あとはもう……。」
「なに、どうしたの?」
「なんでもなーい!」
俯きがちに何か呟いていたように見えたけれど小声すぎて聞き取れなかった。追求することでもないか、と思い気を取り直して2人で花畑を散策する。みっちゃんは美味しそうにみかんグミをもぐもぐしながら走り回っていた。頑張って育てたと言われると摘む気にはならなかったので、スマホで沢山写真を撮った。花畑の中ではしゃぐみっちゃんも撮った。きらきらした銀髪が風になびいてとても綺麗で見惚れる。こっそり待ち受けに設定した。
「そろそろお昼にしよー!」
みっちゃんの掛け声で今度は歩いて祠まで戻る。来た時より大分時間がかかり、それだけ全力疾走してきたんだなとしみじみ考えてしまった。
レジャーシートの上で重箱を広げてお茶を出す。豆大福も忘れずに。準備している段階から隣の視線がお弁当の中身に釘付けできらきらしているのを感じてちょっと嬉しくなる。
「久しぶりにお弁当作ったし、みっちゃんも久しぶりだって言ってたから頑張っちゃった。」
「すごいねりっちゃん! おかずたくさん! おにぎりも色んなのあってウインナーはたこさんとかにさんだ! 卵焼きはハートになってるー!」
一つ一つのおかずに感激しながらうずうずしている彼女にお手拭きとお箸を渡す。
「「いただきます。」」
結論から言うと、四分の三くらいみっちゃんが食べた。あの小さい体のどこにそんなに入るのか謎だが苦しそうな様子もなく満足気に食後の豆大福を頬張っている。神様だから和菓子好きかなと思って買ってきたのは大成功だった。大正解でないのはプリンやケーキも好きらしい。明日は洋菓子にしよう。
「ごちそうさま、りっちゃん! 本当に本当に美味しかった! ありがとう!」
「はい、お粗末さまでした。そんなに喜んでもらえると作りがいもあったわ。こちらこそありがとう。」
ごそごそと重箱などを片付けていると、ぱらぱらと小雨が降り出した。
「んー、これはこの後大雨になるかも。りっちゃん、今日は早く帰った方がいいよ。」
「まだお昼過ぎだけど……、そう言われるとここ山だものね。分かったわ。」
「心配だから林道の途中まで送るよ! 明日は晴れるからまたよろしくね!」
「神様が晴れるって言うんだから明日は晴れかな。約束だものね。明日もよろしくお願いします、みっちゃん。」
林道の途中までと言いつつみっちゃんはコンビニが見えるまで送ってくれた。
コンビニには相変わらず車もお客もまばらで、停めさせてもらったお礼にレジ横のビニール傘を買って車に乗り込んだ。
発車してしばらく、なかなかの土砂降りになり神様ってすごいな……なんて思いつつ安全運転で無事に家まで帰った。
そういえば、なんでみっちゃんは明日までご飯を一緒に食べたがったのだろう。ずっとだと大変だと思ったのかな。明日までだけどこの先もちょこちょこお弁当持って遊びに行こうかな。
お風呂で湯船に浸かっていたらそんな事が頭に浮かんで、一人にやにやしてしまう。当初の目的を忘れているような気もするけれど、気分転換だしみっちゃんといるとなんだかとても安心する。明日は何のお弁当にしようかなー……。
その日もお布団に入って気付くと寝付いていた。夢の中で女の子が笑っていたような気がする。
また翌日。爽やかな晴れの青空が広がっていてひと安心。今度は趣向を変えてカフェごはん風のお弁当にしてみた。みっちゃんはずっとあそこにいるからこういうのは食べたことないかも、と思い立ってことだった。ロコモコ風のお弁当を2つ。昨日の帰り道に寄り道した旬の桃を使ったケーキ。ケーキが崩れないように気をつけて行かなくちゃ、なんて思いながら荷物を積み込み車を発車させる。
いつものコンビニに停めて今日はここで飲み物をふたつ。みっちゃんが何が好きか分からないので(何でも好きな気もするけれど)お茶とオレンジジュースというチョイスにしてみた。気に入った方を取ってもらおう。
歩くこと二十分。一礼して鳥居をくぐるといつもの祠が見えた。しかし見渡す限りみっちゃんがいない。
「みっちゃん?」
暗い不安がさざ波のように押し寄せてくる。辺りを探していると祠の裏に細い道があり、足跡が続いていた。
「まったくもう、この位の時間には来るよって伝えてたのに。」
ぶつぶつ言いながら細い道を進む。枝が道まで張り出していたり砂利があったりで歩きにくかったけれど、しばらく歩くと少し開けた場所に出た。真ん中には大きな岩がありその上にみっちゃんはいた。
「みっちゃーん! もう、来たよ!」
「りっちゃん! ごめんね、ここで街を見てたの。」
手を引かれてなんとか岩に登る。岩の上は比較的平らで座りやすく、山の頂上にある神社の更に先にある岩の上なだけあって遠くの街まで見渡せた。みっちゃんがこちらに振り返り、微笑む。
「ふふ、わたしりっちゃんに最期に会えて本当によかった、幸せな気持ちでこの地に還れる。」
「みっちゃん……? 最後って何? どういうこと?」
「じゃあ、暗い雰囲気になるのも嫌だからそのとっても美味しそうなお弁当食べながら話そ!」
再び押し寄せる暗い不安を紛らわせながら岩の上にシートを広げてお弁当を並べ、みっちゃんにお手拭きとお箸を渡す。早くもうずうずしてお弁当箱の蓋やケーキの箱を開けたそうなみっちゃんにこんな時でもやっぱり笑いが零れた。
「「いただきます。」」
ハンバーグだー! 目玉焼きのってる! なんてはしゃぐみっちゃんに私は静かに問いかける。
「最後って、どういうこと?」
悲壮な雰囲気など微塵も感じさせず、ハンバーグを頬張りながらみっちゃんが言う。
「わたしね、ずっとここにいてもう神様として自分を維持出来るだけの信仰を集められなくなったの。だからこの地に還るんだよ。」
理解が追いつかない私にみっちゃんは明るく語る。神様とは信仰があって初めて自己を維持できるということ。昔は沢山あった集落も今はなく人もいなくなり、光山神社の名前すら皆から忘れ去られようとしていること。そうなると自分は神様として存在できなくなるということ。恐らく今日がきちんと人の形を保てて話せる最期の日だということ。
「そんなの聞いてない! それに私は? 私がみっちゃんを信仰してずっとここに通えばみっちゃんは存在出来るよね?」
穏やかに笑いながらみっちゃんは首を横に振る。その姿は幼い見た目と裏腹に長い時を生きた神様なんだと私に分からせるのに充分な姿だった。
「ありがとう、りっちゃん。でもね、りっちゃん一人の信仰ではわたしは存在し続けられない。それにりっちゃんをわたしのためにここに縛りたくないの。」
「そんなのいい! 平気だから! またお弁当作ってくるしプリンも買ってくるしたくさんお話しに来るから!」
みっちゃんはすっと立ち上がり座ったままの私を見下ろすと、本当に嬉しそうに、でもどこか寂しそうに笑って私の頭を撫でた。愛おしい、母が子を慈しむような優しい手つきだった。
「実はね、あの掲示板に書き込んだのわたしなんだ。ちょっと力とか使ってね。最期に誰かと過ごしたかったの。……来てくれたのがりっちゃんでよかった。ほんとは誰も来てくれないと思ってた。神様の最後の悪あがき、大成功だね。」
うそだ、だって私まだみっちゃんに会って三日目だよ。もっと沢山私の料理食べて欲しいしお話したいし、ずっと内定取れなくて落ち込んで暗い気持ちが晴れなくて、みっちゃんと会ってるうちにそれがどんどん晴れてきて気持ちも前向きになってきたのに。今いなくなるなんて。
「お姉さんがそんな顔しないの。ね?」
ふわり、くるりとその場で回るとみっちゃんは両手を天に掲げて宣言する。
「光山神社の神様であるわたし、光が佐原律に光を授ける。」
ふわっとその手を私に向けて満足した顔で笑って、
「りっちゃんは大丈夫。わたしの最期をこんなにも満ち足りたものにしてくれた。お料理もとってもおいしくてお話も上手で聞き上手。とびきり優しい素敵なひとだよ。」
「またね。」
一輪の真っ白な花を私の前に遺して、消えた。
しばらく呆然として、意識を現実に戻せるようになるとみっちゃんのお弁当もケーキも綺麗に完食されていることに気付いた。オレンジジュースもいつの間にか空になっていた。そんなことにも涙が溢れてきてしまい、ぐちゃぐちゃになった気持ちが弾けそうになる。なんとなく残っていた自分の分のケーキを食べ始め、よかった、ちゃんと美味しいやつを選んでたといつもより時間をかけて食べ終わり、片付けて荷物をまとめた。白い花を潰さないよう優しく茎を持つ。見たことのないその花はみっちゃんの髪のようにきらきらと銀色に光って見えた。
どんな風に家に帰ったかあまり覚えていない。けれど翌朝起きたらちゃんと白い花は家にあった唯一の花瓶にきちんと活けられていて、今日も綺麗に咲いていた。スマホの待受のみっちゃんはいつの間にか花畑だけの写真になっていた。
数ヶ月後。肩の力を抜いて、みっちゃんに言われた言葉を自信に変えて内定を勝ち取った私は、また光山神社に来ていた。
あれからみっちゃんの事は誰にも話していない。光のような三日間は二人だけのものにしておきたかった。けれど友人にも疎遠になっていた両親に会いに行った時も「憑き物が落ちたような晴れやかな顔だね」なんて言われた。みっちゃんはどこかで抱えていた私の引け目をさらっていき、自信と光の思い出を授けて消えた。
白い花のお礼に買ってきた小さな青い花の苗を祠の脇に植えて、あの時と同じように五十円を賽銭箱に入れる。チャリン、と中の小銭にぶつかる音が聞こえた。この地の神様で母のようなみっちゃんは多分今もどこかで私を見てくれているだろうから。たくさんの人を見てきたであろうみっちゃんに覚えていて貰えるようちょっと願いを込めて植えた青い花は優しい風にそよいでいる。
みっちゃんはここから忘れ去られなんてしない、私に光を授けてくれた。私はこれから光の道を紡いでいく。開かれた障害のない明るい道を。再び帰るために鳥居をくぐり、そして神社に向き直る。
「またね、みっちゃん。……私の大切なかみさま。」
最後じゃないから、沢山の気持ちを込めてそう心の中で付け足して、私は光山神社を後にした。
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