16話 後始末(2)


 シルヴェスター・オーディナ・バレスタイン国王職務室。

 机には言うに及ばず、あちらこちらに処理するための大量の巻物や書類が置かれ、何段も積まれている。

 何時もは大量の執務の量に愚痴をいうシルヴェスターの声がしているのだが、珍しいことに笑い声が響いていた。


「ハッハハハ。まさか、お前が「天断」まで使って取り逃がすとはな!!」


「俺の実力不足です。――あの化け物は、まだ周辺に居るでしょう。騎士団を使い周辺を捜索して見つけます」


「いや、良い。さっき陰から連絡があった。彼奴は「レヴァーテイン」の関係者だそうだ。どうやら愚息が街に降りている時に、陰の気配を見抜いた事で監視していたようだ」


 アリティナは、監視されている事は、デウス・エクス・マキナに言われて気づいていたが放置していた。

 特に隠すような事は無かった事と、ハンターで金を稼いだ際に、グレン=ヘイミー第三王子に奢られた分の金を返す際に、監視者から第三王子に渡すつもりで放置していた。相手が王族で探してまで渡すのは億劫だったことと、王族などには権力持ちには関わりたくないという考えがあった。


 騎士団長であるユタ=シヴァ・ヤニングスは、「レヴァーテイン」の名を聞いて時に、ピクリと反応した。

 「レヴァーテイン」にはシヴァの実姉であるユタ=エル・ヤニングスが所属しているため少なからず繋がりがあった。

 シヴァはエルは姉弟喧嘩している最中……と言うか、ずっとエルが怒りっぱなしで、シヴァを一方的に嫌っていた。

 幾ら嫌われても、実の姉である。特に賢者という職業は、偏屈で生活が乱れやすい。食事もせずに部屋に籠もりっぱなしというのも珍しくない。

 その為、パーティーのリーダーであるエヴァンジェリンに姉の様子を訊いたりしてた。


「陰からの報告もあったがな。お前の意見を聞きたい。どうだった?」


「……底知れぬナニかを宿しているようでした。ただ彼女自身を例えるなら、愚者(バカ)でしょうか」


「ハッハッハッ! バカかっ。なるほど。なるほどな。――蛇との関連はありそうか」


「ないでしょう。剣を交わした感じ、陰謀などには向かない質でした。また、あれほどの実力者を蛇が抱えていたならば、こんな事には使わずに、私を直接斃すために派遣したでしょう」


「俺も同意見だ。――今回捕らえたのは蛇の末尾だ。エキウスを含む参謀たちが次善策を練っているが、これから、王国……引いては大陸全体が激動の時代になるだろう。お前の武威を期待しているぞ」


「は。非才の身なれど微力を尽くします」


「……王国『最強』と言われるお前が非才か。謙遜も過ぎると嫌みだぞ」


「いえ。真の『最強』は今は亡き姉弟子です。姉弟子と俺を比べるとなると、竜王とゴブリンキングを比べるようなものです」


 頭を下げてシヴァは国王職務室を出て行った。


「『最強』のSランクハンター、『星河一天』、アリア・シュヴァインフルトか」


 最強の災厄の悪魔を相打ちで斃した希代の英雄。

 彼女がかつて率いていたパーティーメンバーは、今では高ランクハンターとなっている者が何人もいた。

 現在、Sランクハンターである『炎皇』エヴァンジェリン・ヴァインツィアールも、かつてはアリア率いるパーティーのメンバーだった。

 亡くなったのは30手前だった。

 どういう訳か絶頂期であるにも関わらず引退願いをギルドに提出。勿論、「最強」であるアリアを「はい。わかりました」と引退させる訳もなく、あの手この手で引退願いを無かった事にされていた。

 最後の方には、シルヴェスターにも何か恩賞を与え留まらせて欲しいと願いが来る始末だった。永世中立を気取る割にはと、苦笑いをした記憶がシルヴェスターにはあった。ハンターギルドに仮を作っておくのも悪くないという意見も多数あり、アリアには恩賞を与えた。

 ただ引退できないことが余程腹に据えかねたのか。別大陸にある悪魔が支配する土地に単騎で乗り込み、災厄の悪魔と激戦をしる最中に相打ちとなり死亡した。。


「うむ。シヴァを持って「非才」という天賦の才。この目で見たかったぞ」


 シルヴェスターは笑いながら言う。

 それは自分の死後に、あの世で絶技を見せて貰おう。どうせ生きたとしても後十数年。何十年もは生きられないと、シルヴェスターは感じていた。

 しかし部屋に至る所に置かれ捕まれた物を見て嘆息する。


「ただ、この調子だと、おちおち死ぬことも出来そうにないな」




******




「ベアトリーゼ! シャルル! 何処にいる!」


 グレンは王城内で、妹と弟を探していた。

 先ほどの爆発と衝撃は、間違いなく騎士団長シヴァが得意とする「天断」だと察したグレンは、王城内で何かが起きていると察して、2人を探していた。

 ベアトリーゼとシャルルは一卵性の双子で、本当に良く似た2人である。

 子供らしく好奇心旺盛で手間がかかる所も似ていた。

 グレンは、王城内で開かれる大規模パーティーが終わるまでの間、王城からの外出が禁じられており、武の特訓や、知の勉強など、面倒くさくて、2人の面倒を見ることにした。


 シヴァの「天断」で戦々恐々する王城内。

 騎士達は当然慌てていて、メイドやバトラー達使用人も何が起きたかと把握できてないようだ。

 グレンは「陰」なら、何か知っている気もしたが、いるかどうか分からないので、声をかけることはしない。

 すれ違う人たちに、妹弟の事を聞いて回っていると、2人は天樹の間に向かうのを見たという目撃情報を得たグレンは、走って向かった。


 大きな扉を開けると、きちんと整理された森が一面に広がっていた。

 ここには世界樹から根分けされた天樹が置かれている間だ。

 王城は天樹がある此処だからこそ建築されたと言われている。

 グレンは妹弟の名前を呼びながら、天樹の間を捜索した。


「兄様」


「兄さん」


 声に反応したのか、双子が向かってきた。

 ベアトリーゼ・キーニ・バレスタイン

 金髪のフワフワとしたウェーブのかかった髪が特徴的で人形のような可愛らしさがある。

 シャルル・ギアナ・バレスタイン。

 ベアトリーゼと同じ金髪をした少年。顔つきも似ていて、カツラを被り2人を入れ替わったりする悪戯好きだ。


「探したぞ。王城内で、何かが起きてる。部屋に戻るぞ」


「待って兄様。大きな蝶が瀕死なの」


「黒くてとても綺麗なんだ。そのまま死ぬには惜しいと思う」


「あー、つまり黒くて大きな蝶がいるのか?」


 双子は頷いた。

 このまま無理矢理連れて行っても、また部屋を抜け出して、探す事になるのは目に見えている。

 誰に似たんだよ、と心の中で愚痴る。

 グレンやシルヴェスターをしる人が居れば、「お前達にだよ」と言われただろう。

 仕方なく双子が言う蝶の元へ足を運ぶことにした。

 天樹は高さ130メートルを超える程高く、木自体も幅がかなりある。

 その根元の所に、背中から蝶のような黒い羽を生やした少女――アリティナがいた。

 肩から身体の半分ほど割けていて、羽も片方ない状態だ。


「お前! 犬っ子の所の、確かアリティナだったよな。どうしたんだ!?」


「……げっ。第三、王子」


「医者を呼ぶから待ってろ!」


「止めて! 今、自動回復してるから、放って置いて。借りは、もう作り、たくない」


「……借りって」


「肉。ちょっと、食べ過ぎ、た」


「別に気にするな! それよりも命を大事にしろっ」


「大丈、夫。私は死なない。死ぬ訳には、いかない。死んだら、妹のところへ行くから、私はあの世でなく、現世、で――」


 大きく咳き込み血を吐いた。


「おい、本当に大丈夫なのか!?」


「……この、樹から、エネルギー、分けて、もらって、――って喋るの、きついん、だけど」


「こういう場合は、喋った方がいい。喋るのを止めたら死ぬぞ」


「……普通は、そう、だけど、今は……、喋らずに、回復に、せんねん、したい、の」


「分かった。……信じるからな」


 グレンがそう言うとアリティナは目を閉じた


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