09話 報告

 どうしてこうなったっす……。

 アナと一緒に「レヴァーテイン」の拠点へ帰る途中に、あまりに尻尾に触らせてと五月蠅かったので、思わず「ハンター試験に合格できたらいいっすよ!」と言ってしまったっす。

 それを訊いたアナは凄く喜び、「約束だからね。絶対、合格するから、覚悟して置いてよ!」と言って部屋に帰っていったっす。

 なんで、そこまであたしの尻尾に触りたいっすか。

 あたしの尻尾は特に変哲も無い、ふつうの尻尾っすよ? 普通よりかは少し荒れているかもしれないっすね。割とハンターの仕事とかで、手入れは放置気味っすから。

 ――はぁ、本当、アナって変なヤツっす。

 思った以上に疲れてはいるっすけど、とりあえず姐さんに報告する事もあるので、姐さんを探す事にしたっす。

 姐さんの部屋や、共用スピース、執務室に行っても、居なかったっす。

 それで、地下にある特訓施設の扉を開けると、熱風が身体を襲ったっす。

 間違いなくいるっすね。


「……8割って所ね」


「エヴァさんでも、8割回復するのに7日もかかるなんて――」


「一歩間違えたら死ぬほど魔力を吸われたからね。おかえり、シドニー。」


「ただいまっす、姐さん」


 エヴァンジェリン・ヴァインツィアール姐さん。

 あたしが最も尊敬するSランクハンターっす。


「彼女――アナはどうだった?」


「常識がないって所を除けば、まぁ、普通と変わらなかったっす。それと本人の希望で、身分証とお金が欲しくて、明日、ハンター試験を受けるっす」


「ハンター試験を明日? それは、色々と大丈夫なの?」


「本人は問題ないって言ってたっす」


「そう。ルイーゼ。念のため、検診をお願い」


「分かりました」


 頷くとルイーゼさんは特訓場を出て行ったっす。

 ルイーゼさんは、このパーティーにとってなくてはならない存在っす。

 体調管理や傷・病気などの治療を全て行き受けてくれてるっす。


「グレミーにたまたま遭ったっすけど、単身でAランク以上のハンターが所属するパーティーにどうやらまた監査があるみたいっす」


「――また?」


「はいっす。理由は、王城でのパーティー目前に控えてっというのが、監査する建前らしいっす」


「面倒くさいね」


 あたしは頷いたっす。

 何が何でも粗を探してやるって雰囲気が嫌いなんっすよ。

 私物とかもお構いなしに探していく様は、強盗と変わらないっす。

 前回は、ルイーゼさんの薬や、ユタ様の書籍とか、かなり荒しまくり、姐さんは切れかかってたっす。

 それはもう、監察官を燃やす勢いだったっすよ。


「でも、監査があるなら、アナが身分証を手に入れる事は悪くないよ。身分証を持ってなかったら確実にアイツらは、そこに突っ込んで来るだろうからね」


「そうっすね。今は昔と違って色々と取得するのも、面倒になったっすから……」


「色々とあるんだろうね」


 権力争いっすよね。

 ギルドは永世中立をモットーとしてるっすけど、実際はそう上手くいかないのが政治の世界っす。

 とはいえ、政治のゴタゴタを一般ハンターまで巻き込まないで欲しいというのが本音っす。




 ******




「はい。何も問題ありません」


「ありがとうございます。えっと、ルイーゼさん」


「いえ。これが私の仕事ですから」


 診察が終わり、脱いだ服を着る。

 同性とはいえ全裸を見られるのは、少し恥ずかしい。

 私は見るのは好きだけど、見られるのは好きじゃない。

 ルイーゼさんは、全体的に母性の塊な感じがして、思わず敬ってしまう。

 そうでなければ、胸元のたわわに顔を埋めているところだ。


「でも、ハンター試験は大丈夫? 魔物とかと戦ったりするけど」


「たぶん。問題ないです」


「そう……。なら、訓練場にあるゴーレムと模擬戦をしてみない? ある程度、戦えるって分かったら私達も安心するからね」


 ゴーレムと模擬戦?

 これは予想外だなぁ。

 明日のハンター試験は、デウス・エクス・マキナに魔物を吸収させて、エネルギー確保するつもりだったので、きちんと戦闘するつもりは全くなかった。

 対人戦闘かぁ。

 今の状態でやって大丈夫?


《可。現在、我の残量エネルギーは、エヴァンジェリン・ヴァインツィアールから貰った魔力が大半であるが、模擬戦程度なら最低限で行使可能。又、汝の体調事態はほぼ完全に戻っている為、総合判断、特に問題ないと決断》


 え。エヴァンジェリンから魔力……つまりエネルギーを奪ってたの?

 そう言えば目覚めたときに、上質なエネルギーを摂取したって言ってたね。

 それはこの事だったんだ。

 ――後で土下座して謝っておこう。土下座したらきっと赦してくれる。たぶん。

 私は頷くと、ルイーゼさんが地下の訓練場に案内してくれた。

 訓練場には暑かった。赤道直下の地域のような暑さだ。まぁ行ったことはないんだけど。

 文字通り燃え上がっているエヴァンジェリンさんと、膝を付いているのはシドニーだ。

 それを見たルイーゼは盛大にため息を吐く。


「……2人とも、何をしてるんですか?」


「魔力が回復した今、どれぐい戦闘できるか試したくて、シドニーと模擬戦してた」


「は、はい。あたしは、大丈夫、っす」


「大丈夫じゃないでしょう。服とか、髪、焦げてるじゃない。エヴァさん、こういう事は今遠征に行ってる戦闘大好きな人たちとしてって言いましたよね?」


「そうだったかな――」


「ええ。シドニーちゃんも、エヴァさんの我が儘に付き合わなくていいのよ」


「い、いえ。姐さんの為なら、模擬戦ぐらいは、どうってこと、ないっす」


「はぁ~。シドニーちゃん、ユタ=エル様を呼んできて下さい。ゴーレムを動かしますから」


「分かったっす」


 ふらふらと立ち上がりながらも、俊足で訓練場を後にした。

 そしてルイーゼさんは、エヴァンジェリンさんの近くまで行くと、指を立てて説教を始める。

 土下座するなら今がチャンスかな。

 今ならそれほど怒られないような気がする。

 よし!


「申し訳ありませんでした――!!」


 ダッシュでエヴァンジェリンさんの元まで行き、速効で土下座した。

 私の行動に、驚愕する2人。

 とりあえず奇襲は成功。後は畳み掛けるように謝罪をして赦して貰おう!


「エネルギーを限界まで奪っちゃったみたいで、本当にごめんなさい! あの時の私は死にかけていたから意識がなくて、大量のエネルギーを摂取しないとダメな感じだったんです。悪いのを私をあそこまで追い込んだ外道達の所為ですけど、魔力を限界まで吸っちゃったのは間違いないようだし、本当に申し訳ありませんでした――!!」


「う、うん、分かった。分かったから、その体勢は辞めてくれる?」


「赦してくれます?」


「赦す。赦すから!」


 やはり人間同士、真心を込めて謝罪すれば、なんとかなるよね。

 私は立ち上がり膝についた埃を払う。


「……別に怒ってない。状況が状況で、不用意に近づいた私も迂闊だった。奥の手の「不死鳥」を使用したのは痛かったけど、何事も無く8割方回復した」


「それじゃあ、その髪の先が、メラメラと感情に左右されて燃え上がっているのは気のせいという事で?」


「…………気のせい」


 うわぁ、絶対に怒ってる。

 訓練場の温度が僅かに上昇した気がする。

 ハンターでお金稼いで、大好物でも持ってご機嫌取りをしよう。

 あれ、ハンターになってから、割と稼がないとダメじゃ無いかな。卑劣な罠を張った第三王子に返金と、エヴァンジェリンさんへ好物をのご機嫌取り。

 ……引き籠もり生活を目指していたはずなのに。

 人生、思い通りには中々いかないなぁ。


「そうだ。私の名前、長いから、皆が呼ぶように、エヴァでいいよ」


「分かりました。宜しくお願いします、エヴァさん」


 私が手を差し出すと、エヴァさんは少し躊躇いがちに言った。


「また、エネルギーを吸い取ったりしないよね」


「しませんよ!」


 しないよね。デウス・エクス・マキナ?


《…………是》


 返答まで長かった!

 しないでよっ。

 私の言葉に覚悟を決めたのか、手を差し出し、握手をした。



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