06話 王都ロマニ(2)


 照りつける太陽。

 王国の首都らしく賑わいゴミのようにいる人、人、人。

 ……ベッドの上に帰りたくなってきた。


「どうしたっすか?」


「陰キャの引き籠もりコミュ障に、この人の多さはキツいなぁって」


「……アナが何を言ってるのか分からないっす」


 この世界に陰キャとかコミュ障とかの言葉はないらしい。当たり前か。

 前世でも、基本活動は深夜だったなぁ。

 店とかは閉まってるけど、人があまり居ないの良かった。歌舞伎町とかも夜はゲームの1ショットみたいな静寂だったし。

 買い物は基本はネット通販。食材は24時間営業のスーパー。

 生活をする分は、それで十二分だった。

 無職だった訳じゃないよ? きちんと仕事はしていた。自営業だけど。何でも屋とかいうもぐりの探偵業だけど。依頼なんてほぼ無かったけど。

 正式にするには公安委員会への届け出が必要だったので、それを出すのが面倒くさかったというのもある。


「シドニー。お腹がすいたからご飯をまず食べよう」


「……もう昼が近いっすね。分かったっす。何か食べたい物でもあるっすか?」


「肉。焼き肉を大量に食べたい。野菜とかいらないから、肉を食べよう?」


「どれだけ肉が好きなんっすか」


《忠告。肉だけでは栄養に偏り有。バランスの良い食事を推奨》


 あんたは私のお母さんか!?


《保護者を自負》


 ……確かに保護者だけどさ。

 いや、私も考えて肉って言ったんだよ?

 元いた世界でさえ、国によって旨い不味いがあるのに、異世界とか絶対に趣向の違いで不味い物が多い気がするんだよね。ラノベとか読んでても多いし。

 でもさ、焼き肉なら、よほどじゃないと不味いって事はなくない?

 焼いた肉を調味料をつけて食べればいいだけだからね。

 まぁ、私は質よりも量を重視するタイプなので、味はどうでも良い派です。

 第一にデウス・エクス・マキナのお陰で、幾ら食べても太らない質になったからと言うのも大きい。


「此処が、安くて旨いって評判の店っす」


「へえ」


 謳い文句は世界共通なんだ。

 扉を開けて店内に入ると、中は思った以上に混雑していた。

 ……これって座れるかな。多少なら待つ。店の中に充満する肉の匂いで食欲をかき立てられる。


「お、『レヴァーテイン』の犬っ子じゃないか」


「誰が犬っ子っすか!? あたしの狼の獣人っすッ」


「犬も狼も似たようなもんだろ」


「全然違うっす!!」


「……誰?」


「グレミー・ゲースト。見ての通りの遊び人っすよ」


 グレー色の髪に赤いメッシュを左右にしている遊び人風の青年。

 遊び人。遊び人ねえ。

 なんか屋根裏にそれなりの実力者がいるんですが、この世界の遊び人は実力のある忍者みたいなのを雇わないといけないの?


「『レヴァーテイン』の新人の子か?」


「違うっす。ただ、訳ありで預かってるだけっす」


「へえ。さっき犬っ子に紹介されたが、グレミー・ゲーストだ。宜しくな」


「……」


 手を差し出され一瞬迷う。


「屋根裏の小人さんから握手した瞬間に罰があたるとか、そういうのじゃないですよね」


「――屋根裏の小人さんってなんっすか?」


 グレミーの少し驚いた様子で、一瞬、顔を上げて天井を睨む。

 ただ、直ぐに正面を向いて言った。


「都市伝説みたいなもんだよ。な?」


 有無を言わせぬ圧力がありますが、遊び人ですよね?

 深追いする理由もないので、私は首を縦に振る。


「……犬っ子の所には、色々と世話になってるからな、今日は奢ってやるよ」


「結構っす。奢られるほど金欠じゃないっすよ。と、いうか、お前に借りとか作りたく無いっす」


「まぁまぁ、シドニー。奢るって言ってるんだから、奢って貰おう」


 グレミーが何者とかどうでもいいや。

 とりあえず、私は肉を食べたい。もう匂いを嗅いで食べられないというのは生き地獄だよ。

 






 アナに急かされて、結局はグレミーと一緒に肉を食べる事になったっす。

 正直、グレミーとは関わりたくないっすけどね――。

 遊び人で王都ロマニについて詳しい情報屋。

 その為、妙に面倒くさい依頼や、割に合わない依頼を、個人で持ち込んで来る奴っす。


 今はグレミーよりも厄介な奴が出てきたっすけどね。

 アリティナ――アナっす。

 姐さんから、少しは事情を訊いてるっす。

 トュテエルス公爵家に古くから伝わる言い伝えで、黒髪に紅い目をした子供が公爵家に災いを齎すとされてて、どうやら幽閉されていたみたいっす。

 姐さんの魔力を全て捨て取ったり、常人ではありえない回復力、ずっと幽閉されていたにも関わらず原語に不自由がない……等、普通じゃない事が多いっす。

 「肉♪」と鼻歌を歌いながらアナはテーブル席へ座るっす。

 テーブルに置かれているメニューを手に取ると、店員を呼び注文したっす。――なんでずっと幽閉されてた子が、文字を読めるんっすか。

 ここまで見てきて不信感と怪しさしかないっすけど?


「犬っ子。エヴァンジェリンに伝えてくれ。近日中に、単身でAランク以上のハンターが所属するパーティーに監査が入るらしい」


「……またっすか」


「ああ。Aランク以上になると武力はかなりの物だからな。何かと繋がってテロでも起こされないために、定期的な監査は仕方ないと諦めろ。……前例がないって訳じゃ無い」


 十何年前だったっすかね。

 妙な組織と当時のSランクハンターが組んで、王都が大混乱に陥ったと訊いた事があるっす。

 まだ生まれてない時の事なので詳しい事は知らないっすけど、王国上層部とハンターギルド上層部で、事件を巡り色々と激しくやりあったみたいっす。


「でも、先月にしたばっかりじゃないっすか」


「後、20日ぐらいしたら王城で大規模パーティーがあるんだよ。それに合わせての監査みたいだぜ」


「……」


「どうした?」


「どこから毎回。そんな情報を知り得てるんっすか」


「ハハハ。蛇の道は蛇ってね。色々だ」


 自称、遊び人っすからね。

 色々と繋がりがあるっすよ。関わり合いにはなりたくなっすけど。

 ……因みにアナは、さっきからずっと肉を食べてるっす。

 火の魔石の上に置かれた網の上に肉を置き、姐さんみたいに指先から火を出して炙り食べるっす。それも高速で食べてるっす。


「ちょっと待て。それは俺が狙ってた肉だぞ!!」


「焼き肉は戦争って言葉を知らないの? 常に早い者勝ちなんだよ」


「知らねーよ。そんなに食べたら太るぞ」


「あ、ご心配なく。私はどんなに食べても全く太らない性質だからね。あ、すみまーん。特上絢爛豪華セット5人前お願いします」


 ……イラっとしたっす。

 どんなに食べても太らないってなんっすか。

 あたしなんか、斥候や隠密作業が仕事っすから、体重とか色々気にしてるっすのに。


「どれだけ食べるつもりだ!!」


「安心して。私、男性からの奢りには躊躇わないのを信条としてるから」


「え。何を安心しろって?」


 今まで碌でもない依頼ばかりを押し付けてきたグレミーが焦って困ってる姿は、今までの溜飲が下がる気持ちがしたっす。

 あたしはアナとは別にサラダを注文したっす。

 釣られて食べたら体重がやばい事になるのは目に見えてるっすからね。



 

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