03話 炎皇


 Sランクハンター、『炎皇』エヴァンジェリン・ヴァインツィアール。

 炎のように赤い髪に、キリッとした瞳がよく似合い凜々しい顔立ち。

 そのためか言い寄られる相手は、異性よりも同性が多く、それが最近の悩みの種であった。


 彼女は、バレスタイン王国の軍務を取り仕切っているトュテエルス公爵家の庭の見回りをしていた。

 見回りをしているのは、暇だからである。

 現当主であるギデオン・ファーン・トュテエルスは、『ドラゴンがトカゲを産んだ』と揶揄される程度には無能な人物だ。

 先代は武力知力に優れており、王国の軍務を率いる足りる人物だった。ハンターギルドの中には、彼自身を尊敬したり、目標にする人物もいた。

 エヴァンジェリンも尊敬している1人であった。

 現在は歳を理由に引退。グラディヴァイス大陸を放浪しているらしい。

 先代の一人息子であるギデオンは政治家……否、政治屋タイプの人物であり、貴族同士の中では、権力があるために、それなりに人は集まるが、他の事はは魅力に欠けており、ハンターギルドからは嫌われている。

 実際に、エヴァンジェリンも、あまり好きなタイプではなかった。そもそも権力を笠に威張り散らすタイプの貴族は嫌いであった。

 そんなエヴァンジェリンが、トュテエルス公爵家にいるのは、ギデオンの一人娘であるソフィア・ナイルス・トュテエルスと親交があり、剣の相手をして欲しいと頼まれてやって来ていた。

 ちょうど規模が大きめな夜会と重なってしまった事で、時間が遅くなっていた。

 夜会に出ないかと誘われたが、丁寧に断った。

 王都へ帰る準備が整うまで、屋敷の敷地内を見回りという名目で散策しているのだった。


 エヴァンジェリンから見てもソフィアは天才児だ。

 ギデオンが『ドラゴンがトカゲを産んだ』と揶揄されている事から、天才児のソフィアは『トカゲがドラゴンを産んだ』と言われていた。

 実際に、戦闘で言えばソフィアはエヴァンジェリンと互角。いや、それ以上である可能性が高かった。

 実際に模擬戦を何回かしており、互いに本気は出してないが、エヴァンジェリンはソフィアの底知れぬ実力に恐怖を覚える事がある。

 Sランクハンターで二つ名持ちの自分が、10歳は年が離れている少女に恐ろしいと感じる事に、自虐的な笑みを浮かべるしかなかった。


(……あれは、ソフィア?)


 雑木林から顔面蒼白としたソフィアを見た。

 今は夜会の最中であり、間を抜けるのは彼女らしくなかった。

 左右に首を振って何か探しているようであり、裏口の方に走っていく。

 少し気になったエヴァンジェリンは、後を追う形で裏口の方へと向かう。裏口の所には衛兵が3名ほどいた。

 ソフィアは衛兵たちに何かを聞いているようだが、問われている衛兵は心当たりがないのか困惑している。

 するとソフィアは、エヴァンジェリンですら手を動かしたかもと思えるほどの早さで動かした。


「――ソフィア。どうかした?」


「! え、エヴァ、さん。どうして此処に?」


「んー。ソフィアの様子が妙だったから後をつけてきたの」


「そうですか」


 ソフィアは思考する時の癖か、手を口元に当てて少しの間だけ、何か考える。

 直ぐに考えがまとまり、ソフィアはエヴァンジェリンにまっすぐと向き合う。


「エヴァさん。依頼があります」


「依頼?」


「はい。この裏口を出た先。そう遠くない所に、少女がいると思うので、助けてあげて下さい。勿論、報酬はお渡しします」


 ソフィアはポケットから大きめの金貨2枚を出す。

 バレスタイン大金貨。

 王国が発行している中でも最高の価値が金貨であり、その価値は500万ジン。平民は場所にもよるがだいたい月に5万から10万ほどで生活できる事から、数年は悠々自適に遊んで暮らせる金額である。


「その少女の事は公爵家の誰にも言わないようにして下さい。そして、私がその少女を助けるように依頼した事は、その少女には絶対に言わないで下さい。この大金貨二枚は、口止め料込みと思って下さい。もし足りないようなら、追加をします」


 エヴァンジェリンは首を振る。

 Sランクのハンターである以上は、口外でき依頼も幾つも受けた事はある。

 口止め料込みで約1000万ジンも報酬で出るなら問題はない。また依頼内容が、少女を助ける、という事なら、この金額は破格とも言えた。

 ただエヴァンジェリンは一つソフィアに聞いておきたい事があった。


「ソフィア。なんでその少女を助けようとするの」


「……エヴァさんは自分が好きですか?」


「え、そうだね。好き嫌いで言えば、あまり好きじゃないかな。こんな身体だからね」


 長い髪の先端部分を手に取り言う。

 髪は比喩ではなく赤く燃えていた。

 エヴァンジェリンは炎属性の神級精霊と人間のハーフである。今は完璧に操れているとは言い難いが、昔は制御が出来ずに辺り一面を火の海にしてしまうほどだった。

 そのためどこに行っても嫌われ者で、差別される事も多々あった。それでもエヴァンジェリンは挫ける事無く、人々を見返すためにSランクハンターまで上り詰めた。


「私は、自分が好きです。……まずは自分を好きにならないと、他人を好きになれないと思うんです。だから、「私」は「私」を大切にしたい」


「良い心がけとは思う。でも、それなら自分が助ければいいんじゃない?」


「ダメです。私では、ダメ、なんです。私が今、助けたらきっと自害します」


「は?」


「だからエヴァさん。彼女をどうか宜しくお願いします」


 頭を下げて大金貨2枚を渡すと、ソフィアは夜会に戻っていく。

 外に出た少女と、ソフィアの関係性は今一分からないかったが、ソフィアにとって大事な相手というのは分かった。

 報酬も受け取っているので、エヴァンジェリンは裏口から外へと出る。

 ソフィアの感じからして、それほど時間が経ってない決め、年齢もそれほど変わらないと考察したエヴァンジェリンは、街道沿いを探索する事にした。

 空に浮かぶ3つの天体のお陰で、夜とはいえ人捜しには十二分の明るさがある。

 公爵邸から歩いて10分ほどした場所に、ふらつきながら歩いている少女がいた。

 来ている服はボロボロで半裸と言っても差し支えないほどだ

 限界が来たのか、膝を折り、そのまま倒れてしまう。

 エヴァンジェリンは倒れた少女のところへ走り向かう。


「ちょっと! 大丈夫?」


 右手で倒れた少女の身体を揺らすが、反応はない。

 よく見ると生きているのが不思議なほど痩せ細っている。

 パーティーメンバーに回復魔法が得意な薬師がいるので呼びに行こうとするが、触っている右手が何故か離れなかった。


「な、に……。嘘。魔力が、吸われ、てるの?」


 接触部から少女の身体に魔力が勢いよく飲まれている。

 なんとか手を離そうとするものの、意思に反して離す事ができない。


「あ、はぁ、はぁぁぁぁああ」


 例えるなら決壊したダムだ。貯めていた水が怒濤の如く流れ出る感じである。

 エヴァンジェリンの身体の一部が燃え上がる。精霊モードで、決戦時に使用する形態である。全ての能力値が上昇するのだが、勿論、これもエヴァンジェリンの意思ではない。

 これ以上、吸い続けられると、文字通り燃え尽きる。

 実際に足のつま先部分は、もう燃え尽きてしまっていた。

 こんな事は今までに無かった事態である。

 エヴァンジェリンは右手をなんとか動かし、掌に炎の塊を生み出した。それを20メートルほどの場所に放つ。

 同時に身体全身が勢いよく燃え上がった。。


「あああああああ!!」


 エヴァンジェリンは大声をあげ、業火に包まれたまま――燃え尽きた。



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