02話 脱走

 かなり大きな屋敷が見える。

 パーティーをしているのか、楽しそうに話している人々の声が聞こえる。

 その声の中に、私の家族がいると思う。

 不要品が置かれる倉庫の地下牢に幽閉した奴等がいる。

 怒りに支配され、一歩踏み出しそうになる。

 身体がここから出るのを拒否した。

 ――デウス・エクス・マキナ?


《否。我ではなく、汝がそこから屋敷へ行く事を拒否》


 ……なぜか厭な予感がする。

 向こうには私の天敵があるような、そんな直感が働いた。

 私にはデウス・エクス・マキナが居る。私もデウス・エクス・マキナも万全の状態ではないけど、普通の相手の場合はほぼ無双出来る。

 ナノ以下のヨクトの存在を感知できて対処できる者がいれば話は違うけど、そんなのは前世でも1人か2人ぐらいしか居なかった。

 その1人・2人はなんていうか人外を極めたような相手なので、あんなのがゴロゴロ居たらたまったものじゃない。

 こんな場所にいる可能性はほぼない……ハズ

 それなのに、足が前へ進もうとしない。


《眼前の城に危険を感知できず。我としては、汝の食糧確保の為、侵入を提案》


 デウス・エクス・マキナが、危険を感知できないのなら、安全、なのかな。

 最悪は、デウス・エクス・マキナさえも欺く事が可能な相手がいるって事だけど――。

 悩みに悩んだ末に私は今は近づかず、万全な状態になってから、必ずお礼参りに来る事を誓った。


《この敷地内の構図は、メイドの知識から取得済み。この時間は裏口は手薄》


 目の前に半透明な画面が現れ、屋敷の構図が現れた。

 現在地は、屋敷の左側にある雑木林の入り口。そこから屋敷の裏口は……割と距離がある。これだから金持ちの屋敷は嫌い。無駄に広すぎる。

 よくこんなに広くて迷わないよね。

 私なら迷子になる自信がある。自慢にはならないけど。

 草木に身を隠しながら、夜の暗がりに紛れて移動した。

 もしデウス・エクス・マキナが万全なら、私に当たる光等を調節して、透明化とかできるんだけどね。


《まだエネルギー不足。あそこにいる見張り兵数名を、さっきの給仕と同じようにエネルギー変換すれば可能》


 ……しないからね?

 私は聖人君子じゃない。でも、外道になるつもりは更々無い。

 さっきのは、正当防衛だし、あれ以上やられるのは嫌だった。

 今までやられてきた事が一気に思い出して、腹が立ったってのもある。

 あそこにいるのは、私とはなんの関係もない人たちだ。そんな人達を、私の為だけに殺すのは気が引ける。


《人は生きるために牛や豚などの動物を殺す。人間も広義で言えば動物。そこに何の差があるのか懐疑。汝と我が必ずここから出るためには、人間を殺してエネルギーに変換するのが最上。我が一番に想うのは汝であり、名も知らぬ人ではない》


 ありがとう。

 でも、他の方法をお願い。


《……是。代案。以前と同じように、脳内に我を寄生させて操作。一時的に裏口を無人にする方法を提案》


 あ、ああ。そう言えば、そんな事も出来たね。

 前世で私は酷い苛めを受けていた。

 自殺も考えたし、実際に青木ヶ原に行って死のうとさえした。その時に、天から落ちてくるデウス・エクス・マキナと融合した事で、死ぬ事無く、私を苛めていた彼奴らに仕返しをしてやった。

 それがさっきデウス・エクス・マキナが言ったように、ヨクトマシンを脳に寄生させて思うままに操るという方法。

 ――私にしてきたのと同じ事をしてやった。得られたのは、ちょっとした満足感と、圧倒的な後悔だったけどね。

 思い出しただけで胃が痛くなってきた。

 一種のトラウマになってるからね、その事は。

 チキンハート&ガラスハート。1000のトラウマを持つ女とは私の事だよ。


《寸劇は終了》


 トラウマを寸劇扱いするのは止めて。

 物陰から見張り兵を見る。

 鎧は着ているけど兜はしていない。軽装タイプの兵士だ。

 戦闘は絶対回避。私は平和主義者なので、戦闘は極力避けたい派。

 ここはデウス・エクス・マキナの提案に乗る事にした。それ以外の案も思い浮かばなかったって事もある。

 私の掌に米粒ほどの蟲が現れた。距離は200メートルほどある為、蟲に変化して寄生する算段みたい。

 もう少し近いか、万全の状態なら、一々蟲みたいなものを造らずに直接行けたんだろうけど、今はそれが限界なんだと思う。


《脳内寄生完了。意識掌握完了》


 よし。なら、速くこの屋敷から出よう。直ぐに出よう。


《疑問。急くのは何故》


 なんか厭なのが近づいてる気がする。

 遭ったら最後。どちらかが死ぬまで戦わないといけないような、そんな宿敵みたいな奴が来てるような。

 そんな少年漫画のような宿命は背負ってないけどさ。

 とりあえず足腰を最大に強化して。全力で走るからね。あ、全力って言っても人間が可能な早さでね? 昔みたいに光速レベルまでじゃなくて良いから!

 私はほんの少しは学習できる女ですからね。


《……是》


 なんかつまらなくて舌打ちしたような返答だったけど!

 私は木陰から出ると走る。

 裏口の所では、兵士が鍵を外して扉を開けてくれていた。

 通り過ぎる時に頭を下げておく。――操ってごめんなさい。


《エネルギー節約のため、分体は休眠状態へ移行。次回、侵入時の駒とした使用》


 ほどほどにね……?

 私が屋敷から出ると、兵士の人が扉を閉めてくれて鍵をかける。

 とりあえず脱出成功。

 大きく息を吸い込み吐き、空を見上げた。

 空に浮かぶのは、無数の星々と赤色と青色と黄色の天体。地球で言う月みたいな物が浮かんでいる。

 綺麗――。

 こんな状況じゃなければ、お月見したかったなぁ。

 あ、でもアレって月とは言わないかもしれないから、お月見とは厳密に言えば違うのか。


《提案。魔物狩りを推奨。魔物を狩り我のエネルギー確保》


 え。魔物がこの世界居るの?


《是。ドラゴン等も存在を確認。一匹程度は捕食してエネルギー変換を希望》


 へー、そのドラゴンの生息地ってどの辺りなの?


《給仕の知識を元にする。此処から東西へ362㎞先の山脈に生息》


 ……よし。絶対に行かないようにしよう。

 私はドラゴンスレイヤーなんて称号はいらないからね?

 そういうのは、チート能力を得て転生してきた他の人に譲るよ。


《汝も我が寄生している時点でその類い》


 言い直そう。チート持ちで闘いが好きな人たちに任せる。

 私は冒険とかせずに、部屋に引き籠もり生活したいです。

 ……勿論、復讐はしたい。絶対にする。

 でも、それにせっかくの人生を復讐だけに使うのは無駄な気がする。第一、私を不要品扱いした彼奴らのために真面目に一々時間を割くのも負けた気がする。

 物のついでに復讐するのが彼奴らにとってちょうど良くない?


《緊急事案》


 え。どうしたの?


《食事を提案。我が脳内で空腹等を誤魔化しているが、汝は今まで最低限以下の食事しかしていない。さっきの走った事もあり肉体は限界超》


 あー、それでかぁ。

 なんだから身体がアンバランスな気がしてたんだよね。てっきり熱中症かと思ったけど、違ったんだ。

 でも、今は倒れる事はできない。

 下手に倒れて、誰かに見つかって、屋敷に連れ戻されたりしたら最悪だ。

 今度はどんな目に遭うか分かった物じゃない。

 デウス・エクス・マキナの補助があってふらつくとか、かなりやばい状態なのは確か。

 私は我慢しながらも、ゆっくりと走る。

 できるだけ、一歩でも、あの忌々しい場所から離れる為に。



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