第12話
「それじゃあ、お疲れさま」
「お疲れさまでした」
賄いを食べた片付けも終わり、私たちは揃って囲炉裏の外に出た。普段は翌日の準備などもあって、私が帰るときでも神代さんはお店で作業をしているから、こんなふうに二人並んでお店をあとにするのは初めてだ。
夕方よりも風はキツくなり、どこから飛んできたのか折れた傘が歩道の街路樹に引っかかっているのが見える。
雨もずいぶんと酷くなってきたし、これは夜中は荒れそうだ。
「……あれ?」
神代さんに背中を向けて、マンションの階段をのぼり始めた。なのに、なぜか神代さんはそんな私の後ろをついてくる。
もしかして部屋まで送ってくれるつもりなんだろうか? でも、送るって言っても、階段上がったらすぐそこなんだけど。
そんなことを思いながら歩いていると、私の部屋の前まで来た。やっぱり送ってくれたようだ。
「あの、私ここなんで。わざわざありがとうございました」
「は?」
「え?」
「何言ってんだ?」
「いや、え、だから、台風だし心配だったから私のことを部屋まで送ってくれたんですよね?」
怪訝そうな神代さんの表情を見ていると、何か私は大きな間違いをしているのではないかと思えてきた。
「なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ」
「え、じゃあ、どうして神代さんはここに?」
「言わなかったか? ここ、俺の部屋」
「え?」
神代さんが指さしたのは、私の隣の、201号室だった。……まさか、そんなことって。
「ええええええーー⁉」
「うるさい、近所迷惑」
「き、聞いてないですよ!」
「三ヶ月も暮らしてたら隣人のことぐらいわかるだろ」
「わかんないですって!」
そもそもお隣の人となんて生活時間が違うから遭遇したこともなかったし! と、いうより!
「神代さんはいつから気付いてたんですか?」
「行き倒れてたときから」
「最初からじゃないですか! 言ってくださいよ!」
知ってたらもっと、こう、家でバタバタしないようにしたり、大声出さないようにしたりしたのに。
「まあ、とりあえず洗濯干しながら独り言言うのはやめたほうがいいぞ。あれ、俺の部屋まで丸聞こえだから」
「~~っ!」
叫び出しそうになるのを必死でこらえる私を鼻で笑うと、神代さんは部屋の鍵を開けて中へと入っていく。
「って、あっ。私も中に入らなきゃ」
ぼーっと神代さんの姿を見送っていた私は、気付けば廊下にぽつんと一人きりになっていた。鞄から鍵を取り出すと、部屋のドアを開けて部屋に入った、のだけれど……。
いまいち状況が飲み込めない。
隣の部屋との境目となる壁をじっと見つめる。こちら側にベッドを置いたのは失敗だったかもしれない。だってこの向こうに、神代さんがいるってことだよね? え、いや、そんなの、えええ!
「う、ううん。そんなことより、雨戸閉めなきゃ!」
強くなってくる風で、窓ガラスが揺れているような感覚に襲われる。慌ててベランダの窓を開けると、シャッター雨戸に手をかけた。
「きゃっ……!」
その瞬間、突風が吹いて雨が部屋の中へと吹き込んでくる。
「や、やだ、もう……。怖いよお……」
早く雨戸を閉めてしまおう。そう思ってシャッターを引っ張り下ろそうとする私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「大丈夫か?」
「……神代さん?」
それは隣の部屋と私の部屋のベランダとを隔てる仕切り板の向こうから聞こえてきた。
「何かあったのか?」
「か、風が強くて、それで……」
「ああ。このあと、まだ酷くなるみたいだからシャッター下ろして早めに寝ろ」
「はい……」
そうだ、早く寝てしまおう。もうシャワーも明日の朝にして。そうだ、そうしよう。
「……岡部真央」
「はい?」
シャッターに手をかけた私の名前を、神代さんが呼んだ。
「何かあったらいつでも言えよ」
「え?」
その言葉の意味を理解する前に、隣の部屋からはシャッターを下ろす音が聞こえた。
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