第18話 「楽しむぞー!」 天高く、拳を突き上げた。

「みんな、準備はいい?」


 ガヤガヤと生徒たちが騒ぎ出す。

 隣の人とこそこそ話してしばらくするとピタッと止まった。


 それを確認した藍那あいなは、一度深呼吸をしてから口を開いた。


「いいみたいね。それじゃあ……」


 そこで大きく息を吸い込む。

 さながら体育祭の応援団みたいだ。


「楽しむぞー!」


 「おー!」というクラスメイトの声に教室全体が震える。

 みんな拳を天に突き上げ、やる気も気合も十分だ。


「それじゃあ各班に別れて作業開始ね! 仕事がまだないやつは好きなようにしなさい! でも、ちゃんと楽しんでくるのよ!」

「そういう藍那も楽しめよ!」

「もちろん!」

「デートかー?」

「なになにデート?」

「藍那ちゃん彼氏いんのー?」

「そ、そういうのはいいでしょ! ほら、仕事しろ仕事!」


 ところどころ野次が入るが、クラス全員が仲のいい証拠だろう。


 ちゃんとみんなが動き出したのを見て、俺と藍那も動き出す。


「まずは調理班ね」

「おっけー」

「そっちは任せたわよ」

「あいよ」


 藍那はとりあえず調理の仕事へ。

 俺はクラス全体の確認後、調理へということになっている。


 着替えなければいけないので、藍那も急いで向かって行った。

 俺も確認の仕事を早く終わらせて、調理に回らなければならない。


 飾りつけなどは問題なし。

 着替えの方は男子は見れるが、女子は見れないので、衣装班リーダーの前川まえかわさんに任せた。

 男子は問題なく進んでいるようだ。

 廊下に顔を出すと、隣の教室から前川さんもちょうど顔を出した。

 頭の上に大きく丸を作ってくれる。

 俺も同じようにして返した。


 女子の方も問題なさそうだな。


 後は教室を確認する。

 机、椅子などの配置やメニューなど。

 飾りつけももう一度確認して、俺はまず着替えに向かう。


 できるだけ急いで着替え、調理室に向かった。

 すでに下ごしらえを始めていて、準備万端といった感じだ。


「藍那、どう?」

「問題なし。そっちは?」

「大丈夫」

「おっけー」


 サクッと準備を進めていく。

 徐々に下ごしらえも終わり始めた頃、放送がなった。


「あー。あー。んんっ。こほん。みなさん、準備はよろしいでしょうか?」


 鳩ケはとがや先輩の声だ。

 委員長としての、最後の仕事が幕を開けた感じだな。

 ここから三日間、委員長はかなり大変だと思う。


 でも、鳩ケ谷先輩は難なくこなすんだろうなぁ。


「まもなく、一般のお客様にもお越しいただきます。開始時刻は十時です。何か問題がありましたら、学園祭実行委員本部、生徒会室までお願い致します。それではみなさん、怪我などのないように楽しんでいきましょう!」


 後一分くらい。

 みんなに緊張が走っているのがわかる。


 もちろん俺も緊張してきた。

 このまま三日間、うまくできるだろうか。


 隣を見ると、同じことを考えているのか不安げにしている藍那がそわそわと落ち着かない様子でスープを混ぜている。

 俺は、少し強めに藍那の肩を叩いた。


「いたっ! 何すんのよ!」

「その調子その調子」

「な、なによ、あんただって緊張してるくせに」

「今ので解けたわ~。さっすが藍那さ~ん」

「ウザイ……」


 うん。もう大丈夫そうだな。

 藍那の心配をしたが、俺の方もかなり落ち着いた。


「それでは、踊咲おどりさき高校学園祭! 開催致します!!」


 おっと。こんなことしてる間に十時になってしまったようだ。


 近くの教室から盛り上がる声が聞こえてくる。

 ここは調理室なのでそこまで騒げないが、みんなのテンションが高まっているのを感じる。


 これから次々にオーダーが届くのだろう。


「さぁ、気合入れていくわよ!」

「おー!」


 調理室もやっぱり気合は十分だ。

 早速教室からオーダーが届いた。



※※※



「藍那ちゃん、神城かみしろくん。代わるよ!」

「お疲れ二人とも、受付なんだろ? 行ってこい行ってこい」

「ありがとう。頼んだ」

「任せたわ」


 時刻は午後一時になるちょっと前。

 ほかの調理班の人が交代に来てくれた。

 事情を話していて、少し早めに来てもらった。


 俺たちはエプロンなどを片づけ、なるべく急いで玄関まで行かなくてはならない。


「藍那、廊下は走っちゃダメだぞ?」

「ねぇ。今日の頭から思ってたんだけど、あんたバカにしてんの?」


 そんな茶番も繰り広げつつ、なんとか一時になる前に玄関に辿り着くことができた。


「先輩、代わります」

「おぉ。おつかれ~」


 来る途中、いろいろなお店をちらっと見たが、どれもよさそうだ。

 おいしそうなドーナツにクレープ。わなげや金魚すくいなんてことをやっているところもあったし、自作の映画上映をしているところもあった。

 そこまでは普通だったのだが、変なのも混じっていた。


 例えば、CDを吊るしている何をしているのかよくわからない出し物や、なぜか手錠がポツンと置いてあるだけの謎の教室もあった。


 やることがぶっ飛んでいる気もするが、ここの学園祭の普通はこうなんだろう。

 と、思っておくことにする。知らない方が、幸せなこともある。きっとそうだ。


「受付って、案外することないのね」

「みんな勝手知ったる我が家みたいな勢いで入ってくよな」


 この踊咲高校学園祭、かなり有名なこともあってパンフレットなどは予めどこかで入手できるらしい。

 なので、わざわざ受付に行かずとも持っている人が大半を占めている。

 つまり、俺たちは圧倒的に暇というわけだ。


「ここはあたしに任せて、調理に戻ったら?」

「いやいや、俺に任せてお前が調理に戻ればいいと思うぞ?」

「いやいや、あたしに任せてあんた戻りなさいよ」

「いやいや、俺がやるから調理に戻れって」

「「…………」」


 なんで、俺たちはいつもこうなんだろうか。

 二人同時にため息が零れる。


「まぁどうせ見つかって怒られるだろうけどね」

「実際話し合いの時、お前がいない理由聞かれたしな……」

「え、ちょ、それどう答えたの?」

「ん? ああ、用事があるからって。話し合いは終わってるので問題ないですって言ったら大丈夫だった」

「心臓に悪いこと言わないでよ。委員長すっごく真面目そうなんだから」

「怒ったら怖いかもな」


 普段の集まりの様子から、あまり笑って話すところとかは想像できないんだけど、普段の先輩はどんな感じなんだろう。

 ふと気になってしまったが、調べる方法もない。


「あ、うららさん、お兄ちゃん」


 そんな時、ふと聞き慣れた声がした。

 それもそのはず、声の主は妹の心優みゆだった。


「あら、心優ちゃん……と、そちらの子は?」

「友達の庭瀬にわせ真莉愛まりあちゃんです」


 心優の後ろに隠れ、ちょこんと顔を覗かせている女の子がいた。

 黒髪のショートボブで、身長は心優より少し小さい。

 前髪に雪の結晶のようなヘアピンを付けている。


 前に家に来ていた子だ。

 心優はまりぃと呼んでいた気がする。


「うち……真莉愛です。よろしくです……」

「あたしは藍那麗。よろしくね、真莉愛ちゃん」


 藍那が笑顔で答えると、真莉愛ちゃんはぴくっと怯えたように心優に隠れた。


「怖がられてんぞ」

「うっさいわね。あんたはどうなのよ」


 俺も同じ目に遭うと信じて疑わない顔してるなこいつ。

 だが、残念。

 同じ目には遭わないんだなこれが。


「こんにちは真莉愛ちゃん。来てくれてありがとう」

「はいです。みぃちゃんと仲良く来ましたです」

「回るお店は決めた?」

「お化け屋敷行きますです。あとあと、みぃちゃんが言ってたメイド執事喫茶ってやつに行くです」

「おお。それ、俺たちのクラスの出し物なんだ」

「それは楽しみです!」


 にっこりとテンションが上がった真莉愛ちゃんは、心優を連れてさっさと行ってしまった。

 楽しそうで微笑ましいな。


 ふと隣を見ると、むすっとした表情の藍那が「ふん」と言ってきた。


「なんだよ」

「別にぃ? あたしなんてどうせ怖いですし?」

「妬いてんのか?」

「うっさいわね。そんなこと思ってないわよ」


 藍那が心優と最初に会った時もそうだったが、自分より下の子に優しい気がする。

 それに、懐かれようと必死になってるのがたまに伝わってくる。


 意外とかわいいところが多いんだよな。こいつ。

 そういえば、妹が二人いるって言ってたな。

 しかも一人は心優と同い年らしいし、それも要因の一つなのかもしれない。


「あたしだって妹の友達なら仲良くなってるし」

「やっぱり妬いてんじゃねぇか」


 本当はやっぱり仲良くなりたいんじゃないか。

 素直じゃないな……。



※※※



 それっきりほとんど人が来ることなく、俺たちの受付担当は終わりを告げた。

 受付周りは玄関なので、あまり盛り上がりはないが、廊下からの声と熱気で学校内の盛り上がりがすごいことはよくわかる。


 さすが踊咲高校の学園祭。

 地元外から来る人も多いと聞くほど有名な学園祭だな。


「時間まだあるけど、どうする?」

「クラスを見るっていうのも考えたけど、俺たちだけ店を回れないってのもなんか違うよな」


 楽しもうとあれだけ言っていた委員の二人が、ほかのお店を回ることなく自分のクラスだけ見ているっていうのも変な話だ。

 佐伯さいきさんや前川さんには文句を言われてしまうかもしれない。


「その辺は大丈夫よ。勝也かつや郁美いくみにお願いしたから」

「へぇ。やるね」

「ふふっ」

「何笑ってんだよ怖いな。そういうとこなんじゃねぇの?」

「何も知らないくせによく言うわね」


 藍那は堪えられないと言ったようにニヤニヤしている。

 本当に怖い。なんなのこの人。


 そのまま悪戯好きの子どものような表情になると、わざとらしく声を潜めた。


「いい? あの二人は両思いだと思うのよ」

「また何を根拠に」

「あら? いろいろあるわよ?」


 にひひと笑いながら藍那は指を一本立てた。


「まず、勝也は女の子のことをさん付けで呼ぶのよ。でも、郁美だけ前川って呼び捨てなの」

「ほう?」


 ちょっと興味深くなった。

 たしかに言われてみれば、藍那や琴羽ことはや佐伯さんは苗字プラスさん付けで呼んでる気がする。


 それに脚立の件の時に、前川さんに謝る時、前川って呼び捨てだった気がする。


「じゃあ前川さんの方は?」

「ないわ」

「説得力うっす!」


 期待して損したじゃねぇか!


「じゃあそれだと、平石ひらいしの片思いじゃねぇのか?」

「それは違うわね」

「だから何を根拠に……」

「女の勘、かしらね……」

「そんなかっこつけて言っても全然かっこよくないし、説得力もないからな」


 どこか遠くを見る藍那に全力でツッコミを入れてしまった。

 この流れに慣れてきてしまっている自分がなんか嫌だ……。


「あ、お兄ちゃん。麗さん」

「あ、心優ちゃんに真莉愛ちゃん」


 突然声を掛けてきた心優に、藍那が即座に反応した。

 真莉愛ちゃんと仲良くなりたい欲がひしひしと伝わってくる。


 なんか面白い。


「あ、あのっ、麗さん、さっきはごめんなさいです……。隠れちゃって……」

「え……?」

「あのあの、人と話すのがあまり得意じゃないんです……」

「い、いいのよ! 全然! ちょっとずつ仲良くなりましょ!」

「は、はいです!」


 藍那が一気に笑顔になる。

 一人なのに、立ち並ぶひまわり畑のように眩しい。


 そんなハイテンションになった藍那と対峙しても、先ほどとは打って変わって隠れようとしない真莉愛ちゃん。

 俺は、こっそりと心優に近寄った。


「心優が言ってくれたのか?」

「うん。なんだか麗さん、しょんぼりしてたからさぁ」

「ありがとうな」

「ううん。わたしも二人が仲良くなってくれたら嬉しいからねぇ。もちろん、お兄ちゃんもだよぉ?」

「ははっ。そりゃどうも」


 たしかに妹の友達と仲良くなれるのは嬉しいが、なんだかこう……俺、大丈夫だよな?

 あの藍那も何も言ってこないし、セーフと思っていいんだろうか。


「ねぇねぇ二人とも、これからどこ行く予定だった?」

「まりぃちゃんがアイスクリーム好きなので、アイスクリームでも食べようかって話してましたぁ」

「じゃあお姉さんが奢ってあげよう!」

「わわっ! いいのですか?」

「さぁ、付いてきたまえ~!」


 誰だよお前というツッコミがどこからともなく飛んできそうだな。


 そんな急変を遂げた藍那に気にせず付いて行く二人がすごい。

 もう藍那がどんなやつなのか掴んでいるというのだろうか……。


「何してんの康太。ほら、早くあんたも来なさい。あんたには奢らないけど」

「へいへい」


 特にやることもないし、目を離すといけない気がするから付いて行こうと俺は決めた。


 三人の後を少し離れて追っていると、心優が少しペースを落とし、隣にやってきた。


「どうした?」

「んーん。なんだかすっごく楽しいなって思って」

「……そうだな」


 たしかに楽しい。

 心優と一緒にのんびりする時間も。

 琴羽と一緒に話したり、バイトしたりする時間も。

 祐介と適当に駄弁りながら過ごす時間も。

 千垣に相談に乗ってもらったり、ギターを聴いたりすることも。


 そして、藍那と一緒にいる時間も。


「今、幸せだな」

「そうだねぇ」


 学園祭が終わったら、お墓にお参りに行こう。

 俺は、新しくできた友達と、仲良く楽しくやっているよと。


 そう、両親に伝えるために。

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