第19話 「おはよぉ」 二人は、ハイタッチまでしていた。

 学園祭二日目。

 受付の係りはもうないので、クラスの出し物とほかのクラスを回ることに集中できるようになった。


 クラスの仕事は昨日、昼時の忙しい時間までいたので、俺と藍那あいなは昼過ぎの担当になっている。

 午前中にのんびりとできるわけだ。


こうちゃん、一緒に回ろー!」

琴羽ことは。そういや昨日聞いたぞ。接客の方もやったんだってな」

「あちゃ、ばれちったか……。いやぁ……あのメイド服かわいから着てみたくて……」


 琴羽は調理班だ。ほかの班の仕事はする必要はない。

 それでも昨日、接客班の人たちが琴羽の話をしているのを聞いた。


 なんでも、調理班の担当時間が終わったらすぐに手伝いに来たらしい。

 人が少ない時間だったので、特にどうということもないのだが……。


「楽しかったか?」

「もちろん!」


 それならいいんだけどな。


 と、先ほどから藍那を探していたのだが、見つからないのでとりあえず琴羽と一緒に学園祭を回る。

 相変わらず変な出し物も混ざっている不気味な地帯があったりとするが、基本的に踊咲おどりさき高校の学園祭は平和だ。


 藍那を探している理由だが、あいつも仕事がないからどうしているか気になっただけだ。

 他意はない。


「あ、そういえば昨日みっちゃんにあったよ? お友達と一緒に来てた」

「受付してる時に会ったよ」

「あ、そうなんだ! 真莉愛まりあちゃんかわいいよねぇ……」


 藍那もそうだったが、こっちもこっちで庇護欲を駆られているらしい。

 真莉愛ちゃん小さいし、気持ちはわからなくもないが……。


「お、噂をすればだぞ、琴羽」

「ん?」


 俺たちの視線の先に、心優みゆと真莉愛ちゃんがいた。

 今日も来ているらしい。


「心優」

「あ、お兄ちゃん、ことお姉ちゃんおはよぉ」

「おはようみっちゃん!」


 朝の挨拶と共にハイタッチまでする二人。

 一般の人が入ってきているこの時間は、すでに十一時を回っていて昼に近い。


 それでもこの二人は、挨拶が「おはよう」なのだ。

 たぶん、夕方に会っても、なんなら夜に会っても「おはよう」というだろうな。


 そんな心優に今日も隠れているのは真莉愛ちゃんだ。

 しかし、俺と琴羽に気づくと、真莉愛ちゃんはひょこっと顔を出した。


「お兄さん、お姉さん、こんにちはです」

「真莉愛ちゃんこんにちは!」

「こんにちは、真莉愛ちゃん」


 元気いっぱいな琴羽の挨拶に続いて俺も返す。

 どうやら昨日のうちに琴羽にも慣れたようだ。

 ……藍那より早かったんじゃないか? 今度いじってやろう。


「今日も来たんだな、心優」

「うん。まりぃちゃんが来たいって言うからさぁ」

「受付のお姉ちゃんにも会いたいです」


 意外と気に入ってもらえてるのか、あいつ。


「そういえば、うららさんは今日は一緒じゃないの?」

「ああ。琴羽に声かけられるまで探してたんだけど、見つかんなくてさ」

「あれ? そうだったの? 言ってくれればよかったのに」

「いや、特に用があったわけじゃないからいいんだけどさ」


 本当にどこに行ったのかわからない。

 自分たちの教室も探したし、調理室にも行った。

 実行委員の本部も覗いたし、なんなら受付も見てきた。


 それでも見当たらなかったんだ。


「朝いたから風邪ではないしな」


 昨日と同様に、今日も朝はそれぞれクラス全員で集まることになっていた。

 なのでもちろん俺たちのクラスも全員教室に集まっていた。

 出席も取ったし間違いない。


 欠席者は一人もいなかった。

 というか藍那は、出席を取るために全員の名前を呼んだ本人だ。


「保健室とかは?」

「そういや見てないな」

「行ってみよっか。みっちゃんと真莉愛ちゃんは行く?」

「行きますです」

「じゃあわたしもぉ」



※※※



「いないねぇ」

「そうだな」


 心優の言葉に俺も琴羽も真莉愛ちゃんも頷く。

 結論から言うと、保健室にはいなかった。


 現在はもうすでにほかのところを探している。

 それでもまったく姿が見えない。


 スマホでメッセージを送っても既読すら付かなかった。

 誰かと一緒に回ったりしているのだろうか。


「時間がもったいないし、諦めようか」

「うん。俺もそうした方がいいと思う。真莉愛ちゃん、見つけたら心優に連絡するからそれでいい?」

「わかりましたです」


 いくら三日間あるといっても一年に一度の学園祭だ。

 時間を無駄にするのは誰も得にならない。


 それに、会うだけならいつでもできる。


 心優と真莉愛ちゃんと別れて、俺と琴羽はとりあえずたい焼きアイスが売っていたので、それを買うことにした。

 たい焼きアイスは、もなか皮の中にバニラアイス、つぶあんが入っているアイスだ。

 チョコレートを入れてるものや、クリームなんかもあるという。


「おいしー!」

「初めて食べたけどうまいなこれ」


 俺が選んだのはつぶあんのたい焼きアイスだ。

 一口食べた途端にほどよい甘さが口の中に溶けていく。


 結構癖になりそうな味わいだ。


 あっという間に食べ終わると、琴羽はお化け屋敷に狙いを定めた。


「学園祭のお化け屋敷って、クオリティ高いやつ、時々あるよね!」

「ここがそうとは限らないけどな」

「むむ? それは入ってみないとわからないのでは?」

「たしかに……。あれ?」

「ん? どうかした?」


 視線の先に、見覚えのある人を見た気がする。

 あの女の人は、絶対にどこかで会っている気がする。


「おーい? 康ちゃ~ん?」

「あ、ごめん。なんでもない。入ってみるか?」

「お、やる気になったね?」

「まぁな」


 琴羽のノリになんとなくテンションが上がってきた俺は、ノリノリでお化け屋敷に入っていく。

 もちろん琴羽と一緒に。


「カップル一名入ります~」

「カップルじゃありません!」


 受付の人の言葉を琴羽が即座に否定する。

 たしかに、男女でお化け屋敷なんてカップルに見える……のか?


 琴羽とはただの幼馴染で、本当に付き合ってはいないのだが、そうはっきり言われるとなんだかちょっぴり傷つく……。


 そんな俺の思いはつゆ知らず。


「もうっ。行こ?」

「ああ」


 俺の腕を引っ張る。

 お化け屋敷会場の教室は当然真っ暗で、何も見えなかった。

 頼りになるのは受付でもらった懐中電灯だけ。


 ちなみに一つしかもらえなかった。

 そういう仕様らしい。


「なかなかいいんじゃない? どう?」

「いや、悪いが暗くて何もわからん」


 昔からそうなのだが、俺は暗いところがまったくと言っていいほど見えない。

 夜目がきかないというのだろうか。所謂、鳥目というやつだ。


 一方琴羽は暗いところもすぐに見えるようになる。

 慣れるのも早いらしく、停電した時なんかに助けられた。


「そう言えばそうだったね。じゃあよくわからないか」

「逆を言うと、俺が一番お化け屋敷の雰囲気を楽しめるとも言えるがな。暗くて見えないせいで、ほかに神経を集中させるからさ」

「おーなるほど」

「ところでさっきから生暖かい風が吹いてるんだが気づいてたか?」

「え、うそ!?」

「嘘だ」

「もうっ!」

「あ、ちょ! 置いてくなよ! まじでなんも見えないんだって!」


 そんなことがありながらも、俺たちはお化け屋敷を楽しむことができた。


 教室を出ると、眩しさに目がくらむ。


「はー楽しかった!」

「俺は何度かぶつかって申し訳なくなってきたぞ……」


 暗いところが見えないので、おそらく机や椅子で作ったであろう壁に何度か激突してしまった。

 そのたびに近くに潜んでいたらしいお化け役の、小さな悲鳴も聞こえてしまった。


「まぁまぁそれも醍醐味でしょ!」

「いやぶつかるやつほかにいないだろ」

「いるかもよー?」

「だったら俺はそいつと友達になれそうだな」


 思わず「あはは」と二人で笑い合う。


「次行こっか」

「そうだな」


 そうして歩き出すと、見覚えのある女の人が、曲がり角を曲がってきた。

 男の人も一緒だが、顔が良く見えなかった。ただ、制服を着ているのでこの学校の生徒だろう。

 こちら側ではなく反対側に歩いていく。

 さっきお化け屋敷に入る前に見た女の人だ。


「康ちゃん? さっきもあの人見てたよね? どうかした?」

「あ、いや……どこかで見たことあるような……」


 男女が歩いていく後姿をぼんやりと眺める。

 すると曲がり角から、また見覚えのある女の人が現れた。

 藍那だ。

 藍那も反対側に向かって歩いていく。


「あれ? ららちゃん?」

「あ!」


 思い出した!

 上野うえの先輩と例の女の人だ!


 最終日の明日じゃなくて今日来たのか!


「琴羽、あの人だよあの人! 上野先輩の!」

「……? あ、ああ!!」


 琴羽も思い出してくれたらしい。

 だからメッセージにも気づかないで追いかけてたのか!

 朝から見つからないわけだ!


「追おう!」

「わかった!」


 俺と琴羽は、上野先輩とあの女の人を追う藍那を追うことになった。


 藍那はこれぞストーカーといったような具合でこそこそと追いかけている。

 普通に声を掛ければいいのだろうが、ちょっと意地悪をしてやろうと思ってしまった。


 琴羽にちょっと待ってくれと視線で訴えかける。

 琴羽は少し疑問に思ったようだが、頷いて待っていてくれるようだ。


 俺は藍那にバレないようにこっそりと近づき、肩を少し強めに掴みながら声を掛けた。


「おい」

「きゃっー!! ごめんなさいそんなつもりじゃ……。……ちっ」

「舌打ちかよ……」

「バレたらどうすんのよこのバカ……!」

「悪い悪い。こっちだってメッセージ送ったり、お前のこと探してたんだよ」

「え?」


 藍那はスマホをポケットから取り出して確認する。


「そっか。真莉愛ちゃんが……。ごめん気づかなくて」

「いいよ。それより、どうしてまた追いかけてんだ?」

「だ、だって気になるじゃん」


 藍那は俺たちが実行した作戦を知らない。

 まぁ理由はそうだろうなと思った。


「どこ行くんだろうねぇ……」

「あ、ことちゃん」


 少し先を歩いている女の人はやっぱりあの人だった。

 本当は明日来てほしかったのだが、まさか今日来てしまうとは。


 俺たちの会話から日付を聞いたのだろうが、よりによって今日なのかぁ……。

 なぜ明日のキャンプファイヤーを狙わなかったのだろうか。

 もしかしたら、上野先輩が隠したのかもしれない。


「あ、俺たちのクラス……」

「通り過ぎたね」


 なんだか上野先輩が慌てた様子で女の人をほかの場所に連れていく。


 本当は来てほしくなかったのだろう。

 この学園祭に。


 このクラスには藍那がいる。

 まさか一緒に入るわけにはいくまい。


「ららちゃん康ちゃん。あそこのクラス入ったよ」

「あそこは何やってるんだ?」

「動物喫茶よ。話し合いの時、聞かなかったの?」

「憶えてねぇよ……」


 喫茶店の出し物をしているクラスで休みたかったようだな。

 これならチャンスかもしれない。


「藍那はここら辺で待っててくれ。藍那が行くとバレるかもしれない」

「じゃあ通話繋いでおいてくれる?」

「わかった。琴羽、行こう」

「了解!」


 無料通話アプリで藍那との通話を繋げ、琴羽と一緒に動物喫茶をやっているクラスに入る。

 中に入ると、なんだかジャングルのような雰囲気の場所に、机や椅子が並べてあった。

 これだけの飾りを作るのにはさぞ苦労したことだろう。


「いらっしゃ~い。空いてる席どこでもいいですよ~」

「じゃあ遠慮なく」


 どこでもいいとのことなので、遠慮なく先輩たちの近くの席を選択する。

 近くにメニューがあったので、とりあえず開いてみた。


 俺たちの目的はここで休むことじゃないので、琴羽も俺も適当にコーヒーを頼むことにした。


「すみませ~ん」


 手を上げると、しばらくして店員さんがきた。


「ご注文は……?」

「……千垣ちがき。俺は言わないぞ。言わないからな」

「普通に聞いてるだけだよ……。他意はない……」


 そうは言われてもウサギの格好だからなぁ。


「コーヒー二つで」

「わかった……。ここ、ちょっと飾りをいじりたいんだ……。だから机とかちょっと動かすよ……」

「え? ああ」


 よく意味がわからなかったが、俺たちも手伝う。

 千垣が言うには、もうちょっと右にとのことらしいが……。


「お前……」

「ごゆっくり……」


 何も言わずに去っていく。

 俺たちが座っていた席は、先輩たちの座っている席に近づいていた。

 これなら先輩たちの声も聞こえる。


「明日は来れないんだよな?」

「そうなの。残念……。でも、今日来れてよかった~」

「そうだな。次はどこ行く?」

「う~ん……。どうしよっかな~」


 よくもまぁ堂々と……。


『ちっ』


 スマホから小さな舌打ちが聞こえた。

 あれから結構時間が経ったから、完全に怒りのみに感情が変わったらしい。


 でも、先輩たちの会話からして明日は来ないようだ。

 俺たちの作戦は無駄に終わったらしい。

 けれど、藍那がすっかり元通り、元気になってくれたみたいで安心した。


 俺たちは、千垣が運んでくれたコーヒーを飲んでから、席を立った。

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