第17話 「じゃーん!」 元気に見せてくるが、俺からは見えないんだが。

 作戦を終えて次の週。

 俺たちは学園祭の準備に追われていた。


 メニューの変更に飾り付けに衣装にその他もろもろ……。

 やることは多く、この短時間ではかなり難しい。

 来年からはもっと早くから準備をさせてくれと抗議及び提案をしようと考えるほどだ。


 この学校の実行委員は大変なんだと痛感した。

 そして問題が起こったのはさらに次の週。学園祭を土曜日に控えた週の初め。十月四日。月曜日のことだった。



※※※



「それ、もうちょっと左がいいんじゃね?」

「え、そうか? 神城かみしろはどう思う?」

「もうちょっと左かも」

「おっけー」


 今週の土曜日が学園祭ということで、ちょっとずつ教室自体にも飾り付けを行っていた午後の授業。

 それぞれの班が各々作業に取り掛かっている。


 俺と藍那あいなは、各班を回りながら、質問されたら答えるというのを繰り返していた。

 様子見も兼ねているので、問題が起こればすぐに対応する。


「康太くん、そっちはどう?」

「順調」


 この様子だと藍那の方も問題はないようだな。


「あとなんかやることあるかな?」

「う~ん……。とりあえず今はないと思うよ? ここから先出てくるかもだけど」


 俺も同感だった。

 とりあえずは一通り済んだと思う。

 飾りつけも衣装も問題なく進んでいる。


 メニューなんかは完成したし、食材の調達も予約しておいた。


こうちゃん、ららちゃん、衣装の胸のところにこんなの付けない?」

「どれどれ?」


 藍那がひょこっと覗き込みに行く。

 邪魔で見えないんだが。


「完成するとこんな感じ! じゃーん!」

「わっ! かわいい! いいじゃん! いろんな色で作ろうよ!」

「ありがとー! よしっ! もっと作ろー!」


 結局俺は確認できなかった。

 まぁ藍那が良いって言うならいいか。


 琴羽ことはの提案だし、変なことにはならないだろう。


「ねぇねぇ神城く~ん。これ、うまくいかないんだけど……」

「ん?」


 俺のことを呼んだのは調理班の佐伯さいきさんだった。

 今は飾り付け班の手伝いをしている。


「あー……。じゃあこっちにくっ付けてこうするのどう?」

「わお! 天才!」

「あ、ありがと……」


 なんというか……普段あまり話さない子にド直球に褒められると照れる……。


 もう用は済んだようで、佐伯さんはすっかり集中し始めてしまった。


 ほかはどんな感じかと軽く見回す。

 どこも真剣に取り組んでいて、学園祭を楽しく盛り上げようという気持ちが伝わってくる。

 実行委員がやりやすいとてもいい雰囲気だ。

 みんなに感謝だな。


 藍那は、どうやら衣装班を見ているようだ。

 衣装班のリーダーは前川まえかわさん。

 これは、各班にリーダーがいた方がやっぱりいいということで先週に決まったことだ。


 そしてこの前川さん。こっそり聞いた話によると、コスプレをしているとかなんとか。

 そりゃ衣装作るのがうまいわけだ。


 少し視線を動かすと、高いところに飾り付けをしようと、脚立に乗る平石ひらいしの姿があった。

 なんだか不安定な……。


「うわっ!」

「え……?」

「っ!!」


 平石の声と同時に脚立が倒れてしまった。

 その先には、前川さんと話終わった藍那がいる。


 気づいた時には、体が動いていた。


「危ない!!」

「きゃっ!」


 藍那に向かって飛び込み、一緒に倒れ込む。

 藍那の頭を押さえた右手に、痛みが走った。


「大丈夫か!?」

「あ、うん……」


 すぐに藍那に確認を取る。

 どうやら大丈夫そうだ……。


 後ろを確認すると、平石はうまいこと脚立から飛び降りたようで、怪我はないようだった。


「藍那さん! 神城! ごめん! 大丈夫か!?」

「ああ、問題ないよ。お前こそ大丈夫か?」

「俺は大丈夫! 二人とも本当に大丈夫か?」

「大丈夫。藍那は?」

「だ、だいじょぶ……」

「そうか。よかったぁ……」


 誰も大きな怪我をしなかったみたいでよかった。

 幸いにも、脚立の倒れる先にはほかに誰もいなかったようだ。


 ちょっと右手が痛いが、少しすれば痛みもなくなるだろう。


「うそ……」


 その時、誰かが呟く声がした。


 その声がした方向を見ると……。


「「あ……」」


 俺と藍那の声が重なる。

 脚立が倒れた先。そこには、看板の色を塗っていた絵の具が置いてあった。

 そして運悪く、その絵の具は衣装に飛び散ってしまっている。


 汚れた衣装。

 色は様々で、洗っても落ちるかどうか……。


 前川さんは、何も言えずにそのまま固まってしまっている。

 な、何か声を掛けてあげないと――


「くっ!」

「あ、ちょ、藍那!」


 突然藍那が、絵の具道具を持って絵の具で汚れてしまった衣装のところに向かう。

 そして、筆を構えたかと思うと、衣装に筆を走らせ始めた。


「藍那! 何を……って……」

「ふんっ。勝也かつや、まずは郁美いくみに謝って」

「あ、え……」

「謝りなさい!」

「は、はい! その……前川……本当にごめん」


 藍那の迫力に思わずといったようにしつつも、しっかりと謝る平石。

 前川さんも困惑しつつも、答える。


「う、ううん大丈夫! 平石くんに怪我がなくてよかったよ」

「よし。じゃあ郁美。こういう感じで整えて! ことちゃん! 任せてもいい?」

「う、うん! わかった任せて!」


 みんな困惑している。

 それでも、一人一人、たしかに熱意が戻っていく。


 藍那が衣装に施したのは、絵の具が付いてしまったところに、イラストを誕生させるというものだった。

 藍那が描いたのは簡単な花。

 でも、最初からそこにあったように違和感を与えないその花は、沈んだ俺たちの心を開花させるには十分だった。


「康太! そっちは任せた!」

「おう」


 俺はそう返事をしてから藍那に少し近づく。


「ち、近いんですけど」

「は? というかお前、よかったのか? 猫かぶりやめちゃって」

「べ、別にいいでしょあたしのことなんだから……」

「まぁいいけどさ」


 先輩のこともあって吹っ切れたんだろうか。

 今このクラスに、新しい藍那うららが誕生した。


 ま、俺からしてみれば真の姿が現れたラスボスみたいな感じだけど。


「てかお前顔赤いけど、本当にどこも痛くないか?」

「い、痛くないし! いいからそっちやってよ! これから忙しくなるんだから!」

「何怒ってんだよ……」

「怒ってない!」


 いや、怒ってますやん……。


 どう見たって怒っている藍那はぷんすかと前川さんの方に行ってしまった。


「神城、藍那さんと仲良くなったな」

「そう見えるか……?」

「そりゃもう」

「はぁ……。ほら、いいからやるぞ」


 今度はちゃんと脚立を押さえつつ飾り付けを行う。

 近くに物も置かない。


 これくらいの注意は最初からすべきだったんだよな……。

 反省だ。


 衣装班の方も、吹っ切れた藍那ともともと元気な琴羽のおかげで盛り上がってるみたいだ。

 もう問題ないだろう。

 それでもまだあと本番まで四日。


 油断はできない。


「そして当日だよな……」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、なんでもない。あ、それもうちょい下」

「あいよー」


 なんだかさっきよりも、クラスが一つにまとまったような気がした。



※※※



 そして時は流れて金曜日。

 学園祭の前日。


 クラスの方は琴羽や佐伯さん、前川さんたちの各班リーダーに任せ、俺たちは実行委員の仕事をしていた。

 その仕事は、ライブをする学生のために機材を運ぶというものだった。


 アンプやらエフェクターというらしいが、なんだかよくわからないものばかりだ。


「アンプって意外と重いのな……」


 そしてこのアンプ。 

 見た目小さい割に思ったより重い。


「思いのほか重い……なんてな。いっ!」


 最高に面白いシャレを言いながら運んでいたら、右手が痛んだ。

 反射的に持っているものを落としそうになってしまう。


 しかし、落とす前に誰かが支えてくれたようだ。


「まったく……くだらないこと言ってないで、一応怪我してるんだから誰か呼びなさいよ」

「悪い、ありがとう藍那」


 藍那はやれやれといったように肩を竦める。


「あんたって、バカよね」

「どうやら俺からの恩を忘れているようだな?」

「それとこれとは話が別よ」


 再び肩を竦めながらため息をつく。


「これ、どこに置くの?」

「ほかのと一緒にしといてくれだと」

「はいはーい」


 二人で協力しつつアンプを運ぶ。

 右手に負担が掛からないので、とても楽になった。


 正面を見ると、綺麗な金髪をゆらゆらと揺らしながら頑張る藍那がいる。


「っ……」


 なんだかドキッとしてしまった。


 しばらく無言でアンプを運ぶ。

 ふと藍那と目が合う。

 気のせいだったのだろうか、すでに視線は行く先を見ている。


「ここでいいのかな?」

「ああ。ありがとう、助かった」

「どういたしまして」


 やがて機材をまとめて置いている場所に着くと、それっぽいところに機材を置いた。


 まだ少し痛む右手を擦りながら、再び戻る。

 藍那は「う~ん」と伸びをしてから後ろを付いてくる。


「なによ。怪我してるんだから手伝ってあげるって言ってんのよ」

「なにも聞いてないだろ……。お前も言ってはないだろ……」

「細かいことは気にしない」

「はぁ……」


 今度は俺がため息をつく番だった。


 でも、藍那と話している時間はなんだか心地がいいと感じるようになってきた。

 本気でぶつかり合ってるというかなんというか……。


 遠慮がないのがいいのかもしれない。


 それから俺たちは、機材運びで何往復かすることになった。

 基本的に藍那と一緒だったが、たまに大きな機材を大勢で運んだりした。

 大変だったが、意外と楽しかった。


 こういうのは、めんどうだと思うのが先行するが、やってみると案外楽しいというのがこの世の鉄則みたいなところ、あるよな。


「ふ~! つっかれた~!」

「おつかれ藍那。ほい」

「あら、気が利くわね?」

「お礼も兼ねてな。ありがとう」

「べ、別に仕事だし!」


 ブラックのコーヒーを渡したのだが、普通に飲めるらしい。

 ごくごく飲んでいる。


「ブラックでよかったのか?」

「ん? ブラックは好きよ」

「へぇ……」

「なによ。その意外って顔」

「実際意外だなと思って」

「バカにしてんの?」


 お嬢様っぽい見た目のやつが、ブラックコーヒー飲めないのってお約束かと思ってたが違ったらしい。

 まぁこいつ、見た目だけでお嬢様じゃないみたいだし、当然なのか。


「悪い悪い」

「本当に悪いって思ってるのかしら」

「思ってる思ってる」

「……やっぱりバカにしてる?」


 たわいのない会話に思わず笑ってしまう。

 俺に釣られたのか、藍那もクスリと笑っていた。


「あたし、何してるんだろ」

「ん?」

「実はさ、仕返ししたいなって思ってたの」

「……先輩にか?」

「そう」


 まさか実際に聞かされるとは思っていなかった。

 あの時は独り言のつもりだったのだろう。


 いや、実際にそうだった。

 ただ、俺が聞いてしまっただけ。


「でも、こうして康太やららちゃん、心優ちゃんにクラスのみんなと話してるの、楽しい。今まで感じたことなかったな~」

「それは、本来の自分でしゃべってるのと関係あるか?」

「ふふ。そうかもね」


 こうして、自然と藍那の笑顔を見ることが増えてきた。

 出会いはひどかったが、普通の友達って感じがしてなんだかいいな。


 これからもこうやって話せたら、一緒に居れたらいいのにな。

 って、何考えてんだ? 俺は。


「なんか、変なこと話してごめんね?」

「いや、いいよ。なんだか、ちゃんと藍那になったな」

「あんた、あたしの何がわかるのよ」


 笑いながらそんなことを言われる。

 たしかにそうだ。


「でも、この一か月ですごくわかったさ」

「あたしも、あんたのことよくわかったし、似たようなもんね」

「だな」


 藍那と話すようになってから約一か月。

 月日が流れるのは本当に早い。

 学園祭だって明日だしな。


「でも、キューピッドが終わったら話さなくなると思ってた」

「だってお前、上野先輩と……」

「わかってる。わかってるよ。今は、さっきも言ったけど、仕返ししたいって感じだからもう大丈夫」


 にこっと笑いながら両腕を挙げる。

 無理はしていないようだが、やはりちょっと怒りが見える。


 完全にばらすわけにはいかないが、少しくらいはいいだろう。


「仕返しねぇ。その時が、来るといいな? 例えば、三日目、とかな?」

「え? あ、ちょ! 待ってよねぇ! どういうこと!? ねぇってばー!」

「今は学園祭! さ、集中していこう!」

「こういう時ばっかそんなこと言うなこのアホー!」


 作戦がうまくいくかいかないか。

 うまくいくと信じて。


 そう願い、訪れた。

 ついに当日。

 学園祭の一日目が始まった。

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