第15話 「ごめん。起こしちゃった?」 変な態勢で固まっていた。

 ガタッ。

 という物音で俺は目を覚ました。


 まだ寝起きで頭が回らないながらも、起き上がって周りを見てみる。


 ぐるりと首を回すと、藍那あいなが申し訳なさそうな顔でこちらを見ているのに気づいた。

 しゃがむのかしゃがまないのか、よくわからない態勢で固まっている。


「ごめん。起こしちゃった?」

「いや、大丈夫。おはよう」

「おはよ」


 視線を布団の方に戻す。

 一つ布団を挟んだ向こう側の布団に心優みゆが、さらにその向こうには琴羽ことはがすやすやと眠っていた。


「昨日のうちから聞いといてさ、キッチン借りて朝ごはん作ろうと思って」

「そうなのか」


 藍那は不思議な態勢を戻し、会話を続けようとするので俺も藍那に視線を戻す。


「なら手伝うよ」

「あら。じゃあお手並み拝見と行こうかしら?」

「それはこっちのセリフでもあるぞ」


 俺はまず、洗面所で顔を洗ってからキッチンに向かった。


 エプロンは……これはおばさんのかな?

 借りまーす……。


「で、何を作るんだ?」

「そうね。あまり食材をいろいろと使うのはあれだし、簡単なのにしましょう」


 そう言って藍那は六枚切りのパンと卵、ベーコンとマヨネーズを取り出した。


「食材の許可はもらってるのよ?」

「キッチン借りるのがおっけーで材料いただかないなんて聞いたことねぇよ」

「ならいいわ。ベーコンを一センチ幅で切ってくれる?」

「おう」


 トースト類の朝食か。

 これはまたシンプルでいいもんだ。

 どんなのを作るのか、かなり興味が湧いてきた。


 俺がベーコンを切っている中、藍那はパンにマヨネーズを塗っていた。

 全体によく塗ると、そのままマヨネーズを使ってパンの上に四角い枠を作り上げる。

 そしてスプーンで真ん中にくぼみを付けた。


「あんた、切るの本当に手馴れてるのね」

「そりゃまぁな。お前こそ、簡単なものとか言っておきながら、結構凝るじゃん」

「まぁね」


 俺はベーコンを藍那に渡した。

 藍那がそれをパンにのせていく。

 俺もそれに倣ってベーコンをのせる。


 のせ終えたら、先ほど作ったくぼみに生卵を落とした。

 そして塩コショウで味を調える。


 それらをトースターに入れ、焼けるのを待つ。


「そういえば康太、家には連絡しなくてよかったの?」

「あー、俺たち、心優との二人暮らしだから……」

「え、そうなの……? ……ご両親は?」

「……事故でさ、亡くなったんだ」

「え……」


 あれは俺が小学校四年生。心優が二年生の頃。

 両親と共に、遊園地に行こうとした時だったと思う。


 俺たちはよく晴れた天候の下、仲良く手を繋ぎ、四人で歩いていた。

 悲劇はすぐに起こる。


 俺たちの歩く歩道に車が突っ込んできたのだ。

 俺と心優は軽傷、父は病院に着いてまもなく命を引き取り、母親はその後三日経っても意識が戻らず帰らぬ人となった。


 その後俺たちは、親戚の人たちと一緒に、両親と暮らしていた今も住んでいる家で暮らした。


「琴羽と、おじさんおばさんにはかなり助けてもらった」


 ずっと精神的に参っていたけど、琴羽は無理やりではなく、程よく声を掛けてくれた。

 そのおかげで立ち直れたと言っても過言ではない。


「じゃあ、親戚の人は?」

「これ以上は悪いからって、普段の生活に戻ってもらったんだ。心優と相談してさ。今でも頻繁に様子を見に来てくれるし、連絡はほぼ毎日してる」

「そっか……。ごめんね……」

「いやいいよ。もう結構経つしね」


 今ならもう大丈夫。

 俺には心優がいるし、琴羽がいるし、おじさんとおばさん、優しい親戚の人たち。

 支えてくれる人がいっぱいいる。


「だから料理とかも上手なのね」

「ま、そうしないと心優に申し訳ないからな……」

「あはは。そうね」


 チン! と、トースターが焼きあがったことを伝えてくれた。


「あ、みんな起こす前にできちゃった」

「起こしてきてくれ。俺はこのコーンでも使ってスープ作って待ってるよ」

「わかった」


 六人で食べる朝食は賑やかで、明るくて、とても楽しかった。



※※※



 月曜日も祝日だったので、ゆっくりと休み、迎えた火曜日。

 今日の放課後は委員会の集まりがある。


 その前に俺はやることがいろいろあった。

 昨日のうちに琴羽と心優にはお願いし、協力を得ることに成功した。

 後は……。


「まじ……?」

「まじだ」


 目の前の小さな高校生。

 千垣ちがき紗夜さよは、いつもは俺が言葉にするはずの言葉を口にしていた。

 もちろん俺は千垣と同じように返す。


「まぁでも、面白そうではある……」

「だろ? な? 協力してくれよ……!」

「う~ん……」

「……琴羽と藍那の手作り弁当」

「乗った……」


 チョロいな。

 だけどこれで俺は、琴羽にもう一つお願い事をすることになった……。

 加えて藍那にまで頼まなければならない。


 琴羽はきっと許してくれるだろうが、藍那はどうだろう……。

 とりあえずこの作戦は、藍那に内緒にしておきたいので、それはまた今度だ。


「それともう一つ」

「なに……?」

「この辺でおいしいデザートが食べれる店って、どこだ?」



※※※



「どういう風の吹き回しだ?」

「いいから、もらっとけって」


 俺はとある有名映画のチケットを二つ持ち、祐介ゆうすけにプレゼントしようとしていた。


「これをかなでと一緒に見て来いって……お前のガラじゃないだろ?」

「この前のお礼だ。ぶっちゃけお前らのカップルが来てなかったら俺は死んでた」


 言葉に嘘はない。

 実際二人のおかげで冷静になれたし、また走ることができた。


 お礼に変わりはない。

 ただ、ちょっと本人たちは気づかないだろうが、協力してもらうだけだ。


「まぁそういうなら、ありがたくもらっておくよ」

「おう。ちなみに、映画館の近くにおいしいデザートが食べれる店があるらしい。映画見たら、そこで感想とか言い合うのもいいかもな」

「用意周到だな。やっぱり怪しく思えてきたわ」


 そう言ってははっと祐介は笑う。

 疑いは晴れなかったみたいだが、ちゃんとチケットは受け取ってくれた。

 これで勝てる。


 すべての準備は整った。

 後は運との勝負。

 土日、どっちがどうなるか。

 そこにすべてが掛かっている。



※※※



 と、作戦の方も気になってはいるが、学園祭実行委員の仕事も疎かにはできない。

 クラスで楽しむためにも、俺たちが楽しむためにも、しっかりと準備していかないとな。


「で、どうだったんだ?」

「別に普通よ。何もなかったわ」

「その普通ってとこを聞きたいんだけど……」


 藍那は日曜日、上野うえの先輩とデートの予定だった。

 しかし前日にあんなものを見たんだ。デートなんて行けるわけがない。

 風邪を引いたと仮病で休み、月曜が祝日で休みなのを理由に引きこもり、今日学校に平然と現れた。


 当然上野先輩と登校してくるなんてことはなく、一人で遅れ気味に登校してきた。

 曰く、「まだ部活には出れない。移したら大変」だそう。

 俺に説明してきた藍那は棒読みだった。


 カモフラージュのためか、マスクまでしている。


「あんたに話してどうなるのよ」

「いやまぁそれもそうだけど……」

「それよりほら、もう着いたわよ」


 まぁ聞けなくてもいいか……。

 どちらにせよ、例の作戦は運だ。


 席に着いてしばらく待っていると、いつも通り鳩ケ谷はとがや委員長が始まりの挨拶を行った。


「それでは、これより学園祭実行委員集会を始めます。ではまず――」


 これまたいつも通り会議は進行する。

 問題がなければそのまま良し、問題があれば即修正。

 何か必要なものが増えたと言われればどう準備するかを話し合い、それに応じてほかのクラスにも協力を仰ぐ。


 学園祭も迫ってきてるとあって、今日はいつもより大変だった気がする。

 俺たちのところは何も問題なかったので、本当に気がするだけだが。


「それでは本日はこれで終了です。もし何も問題が起こらなければ、今回の集会が最後ということになります。おつかれさまでした」


 委員長の言葉をきっかけに、辺りがざわざわし始めた。

 俺はう~んと伸びをする。


「おつかれ~」

「おう、おつかれ」

「それじゃ、帰りましょ」

「そうだな」


 特に残る意味もないし、風邪を引いていてまだ治っていない(嘘)の藍那と一緒に帰ることにしようか。


 ……なぜかジト目で睨まれている。


「なんだよ」

「別に……」


 風邪引いてるていなんだから、変なこと言うんじゃないわよと言いたそうだ。

 きっと言いたかったんだろうな……。


 でも珍しく実際には言ってこなかった。

 そんな藍那と一緒に生徒玄関に向かう。


 それぞれ靴を履き替え、校門に向かって歩く。

 そこには、知っている男がいた。


「あ、うららちゃん」

「上野先輩……」


 藍那を見つけた途端に声を掛けてきたその男は上野ただし先輩だ。


 上野先輩を見つけた藍那から、「うわぁ……」という空気を感じた。

 本性が出るのは危険だと思う。


「次の休みは……ってその人は?」

「実行委員の相方です。まだ話し合いがあるので、失礼します」

「あ、ちょっと!」


 そう言い捨てると、藍那はそそくさと歩き出した。

 慌てて後を追って、問いかける。


「おい、いいのか?」

「まだ話したくない……」


 それはそうだろうけど、結構冷たい感じに聞こえたかもしれない。

 それに、隣には俺。実行委員で一緒と言っても、下校まで一緒とあっては納得いかないだろう。


 何を言われるのかわかったものではない。


「今度の休みとか言ってたぞ?」

「デートに誘えってことでしょ……。自分から誘うのはダメなんだ。きっと……」


 あの女に言い訳するために、という言葉を藍那は飲み込んだ。


 いざ見つかった時、後輩から誘われて仕方なく一緒に出掛けていた。

 こう言うために。


 それから藍那は黙ってしまった。

 ただの面倒事ならさらっと切り捨ててしまえばいい。

 でも今回は事が事だ。複雑な心境だろう。


 どうやって切り抜けるのか、迷っているようだ。


 俺個人としては、今週はせめてデートをしてほしい。

 いや、デートの予定を取り付けてほしい。


 土日のどちらか、藍那とのデートがあるということは、もう片方はあの女の人と……。

 そうなれば、作戦が取りやすい。

 一体土日のどちらに、一体何時何分に。


 絞ることができればどれだけやりやすいか。

 でも藍那に言うことはできない。


 彼女に知られるわけにはいかないんだ。


 電車に揺られている間も藍那は一言も発しない。

 俺は藍那に何も言えないし、頼めない。


「じゃあ、気を付けてな」

「うん……。またね」

「ああ、またな」


 別れ際になってやっと口を開いたが、たったのこれだけだった。

 そして、翌日。水曜日が訪れた。



※※※



「「ごちそうさまでした」」


 当番だった俺が作った朝食を心優と一緒に食べ終え、それぞれ学校に向かう。


 度々会う時があった藍那と会うことはなく、そのまま学校に着いた。

 登校時間が少し遅めなので、教室内はすでに騒がしい。

 そんな教室の扉を開き、中に入る。


 クラスには琴羽や祐介、チャイムが鳴る前なので、姫川ひめかわさんもいる。

 藍那はどこにもいなかった。でも、鞄は置いてある。


 確認した俺は、自分の席に着こうとするが、そこには来客がいた。


「千垣……」

「おはよう……神城かみしろ……」


 自分から来るなんて珍しい。


「琴羽のはともかく、藍那のはまだ無理だぞ?」

「それは聞いた……」

「弁当以外にお前が来るなんて……」

「親しき中にも礼儀ありって言葉、知ってる……?」


 まぁ正直、千垣が昼以外に何をしているのかわからないんだけど。

 友達はいるみたいだから、クラスでも誰かと話しているんだろう。


 そんな千垣が俺のところに来る理由がない。


「で、なんのようだ?」

「予定は決まったかい……?」

「いやそれが藍那が……」

「まぁそうだろうね……」


 最後まで言わなくても伝わったようだ。


 協力を得るためにいろいろ話したからだろう。

 正直、藍那には申し訳ないと思っている。


 でも、千垣にはすぐ情報が行くだろうし、琴羽と心優にはそのうち自分で話すか伝わるかするだろう。

 内緒だ。


「昨日メッセージを送ったのに反応がないからどうしたかと思ったよ……」

「あ、まじで?」

「まじで……」

「悪い、いろいろ考えてて気づかなかったみたいだ……」

「いいよ……。それじゃ、もう行くね……」

「おう。頼むな」

「お弁当、忘れないでね……」


 クールに片手を振りながら、千垣は教室を出て行った。

 それと入れ替わりに藍那が教室に入ってきた。

 今日はマスクをつけていない。仮病は終わったらしい。


「康太」

「え、どうした?」


 まさか話しかけてくるなんて思っていなかったので驚いた。


「それが、先輩から日曜日デートに誘われて……」

「誘われて……?」


 まさか向こうから誘ってきた?

 言い訳を作り上げるために誘わないと思っていたんだが……。


 結局嘘でも突き通せるというのだろうか。

 それともほかの何か……。


「行くことにしたのか?」

「一応おっけーしたけど、ドタキャンしようと思ってる」

「……藍那」

「あら? ひどいなんて思った? ひどいことしてるのは向こうなんだし、これくらい許してもらわないと困るわ」


 昨日の陰りはどこへやら。

 すっかり藍那はいつも通りになっていた。

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