第16話 「ん? アタシ?」 あまりの驚きに言葉が詰まった。

 木曜日の秋分の日を終えて九月二十四日、金曜日。


 再来週に迫った学園祭を前に、準備はどんどん進んで行く。

 と言っても、まだ飾り付けに取り掛かるわけではないので、その飾りつけを作ったりしているところだ。


 衣装の方も今のところは問題なく進んでいるようで、順調なことこの上ない。


「そっちの班はどう?」

うららちゃんこれリスト~。確認してくれない?」

「わかった~」


 藍那あいなも上手くリーダーをこなしている。

 俺も上手くできていると思う。


「なぁ神城かみしろ。これ、どうすればいい?」

「そうだな……。こことここくっ付けて、どうにかなんないか?」

「おおなるほど。サンキュー」


 こんな感じなら、上手くできていると信じてもいいだろう。


「ねぇねぇ麗ちゃんと神城く~ん。メニューほかにどうしよー?」

「はいはーい」


 藍那と共に呼ばれたので、今度はそちらに向かう。


 調理班になったクラスメイトの佐伯さいきさんたちだ。

 佐伯さんの手元のノートには、当日に提供する様々な料理が乗っていた。

 まだ候補という段階で、これが全部出るというわけではない。


 このほかにも、何か提供しやすそうなのがあれば案が欲しいとのことだった。


「う~ん……いいと思うなぁ……。康太こうたくんはどう?」

「う、う~ん……俺もいいと思う」


 康太くんと呼ばれたのに思わずドキッした。

 それでも平静を装って俺は答える。


「あ、でもこれとか、味の種類を増やしすぎるのは難しすぎるかもな……」

「あ~なるほど……」


 学園祭の出店なのだから、そんなに本気のお店を目指す必要はない。

 いろいろな味を出すのはバリエーション豊かでいいが、こちらの注文ミスや、調理ミスなども起こりかねない。

 それに、味を増やすなら、提供できる料理を少しでも増やした方がいい気がする。


 その方が難しいかもしれないが、調理する側も楽しいだろう。


「麗ちゃん助けて~」

「なぁ神城、これこんなんでいいか~?」


 ここからもまだまだ、忙しそうだ。



※※※



 一方こちらの方もやらなければならない。

 藍那の恋のキューピッド。いや、もう違うか。


 千垣ちがきはエサで釣り、琴羽ことは心優みゆには普通に頼み、祐介ゆうすけ姫川ひめかわさんのカップルには本人たちが知らないうちに……という形でそれぞれ協力してもらう。

 作戦日は今日、九月二十五日の土曜日。


 藍那のことを日曜日にデートに誘ったらしい上野うえの先輩。

 ということは土曜日は……。


 と考えた俺は、琴羽と心優と千垣を駅に集めていた。


「みんな、改めてありがとう」

「それはいいんだけど、事情話しちゃってよかったの? もう私たち聞いたあとだけど……」

「どうせ後で自分で話してただろうし、今回はそこに目を瞑ってくれないか?」

「まぁ作戦には賛成だし、初めて聞くって感じでいこうか」

「そうしてくれると助かる」


 琴羽にもいろいろアドバイスはもらっていたから、藍那本人も後で自分から話してきただろう。

 そうしたら、初めて聞くていで聞いてあげてほしい。


「それでえっと……。千垣ちゃんでいいんだよね?」

「はい……。千垣紗夜さよです……。藤島ふじしまさん……」

「琴羽でいいよ!」

「下の名前で呼ぶのは慣れなくて……」

「あ、そうなの?」

「慣れたら呼ばせてもらいます……」

「うん!」


 千垣と琴羽は初対面なようだ。

 そりゃ同じ学校だし、何回か廊下ですれ違ったりとかして会ってるだろうけど、それだけじゃ憶えてられないし、知らないのが高校ってもんだろう。と、勝手に思ってる。


「そして神城かみしろの妹さんだね……」

「心優って言います!」

「じゃあ心優ちゃん……。よろしくね……」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「あっ、ずるい! ねぇねぇ 紗夜ちゃん! 私のことも琴羽って呼んでよー!」

「……慣れたらで……」

「えー!? なんでよー!」


 早くもじゃれ合いを始めたな……。

 この様子を見ていると、千垣がクラスに友達がいるっていうのは本当なんだろうと思うことができる。

 いっつも昼休みに一人でギターを弾いてるところしか見たことがないからな。


 しかし、じゃれ合っている場合ではない。

 俺たちは、やってきた電車に乗り、例の遠くの駅、松舞まつまい駅に足を運んだ。

 藍那がアクセサリーショップに連れて行ってくれたあの駅だ。


「本当に来るかな?」

「確証はないけど、少なくとも近くでは遊ばないだろうな」


 琴羽は心配なようだが、俺は結構自信を持っている。


 まさか踊咲おどりさき高校付近で遊ぶはずはない。

 生徒にバレればまずいからだ。


 そうとあれば、なるべく離れた場所でかつ、遊ぶところが多い場所。

 この駅しかない。


「あのカップルはどうなったのかな……?」

「千垣に聞いた喫茶店がこの辺だったから、この辺を選んでくれるはず」

「やけに自信があるね……」

「祐介はおすすめの店とかを聞いたら絶対に行くやつだからな。それに、確証はないけど、姫川さんもそんなタイプな気がする」

「へぇ……」


 あのカップルもとてもいいやつだ。

 姫川さんのことはよく知らなかったが、この間のことでよくわかった。

 まったく……。

 本当にお似合いのカップルだよ……あいつら。


「わたし、顔知らないんだけど大丈夫かなぁ」

「そこは俺たちに任せてくれ。協力してくれてホントありがとう」

「麗さんのためだもん。頑張るよぉ」


 友達と遊んだりもしたいだろうに、心優は本当に優しい。

 いい子に育ってくれてよかったと、親の気持ちだ……。


「ねぇ、あれ!」

「あー……先に来たかぁ……」


 琴羽が指した先には、祐介と姫川さんがいた。

 どういう予定かわからないのが問題だ……。


「もういっそのこと協力してもらったら?」

「いや、ここに来たってことはたぶん、喫茶店には行くってことだろう。ちょうど合わなかったら合わなかったで仕方ない」


 何も言わずに怪しくチケットを渡して、喫茶店の情報まで渡している。

 お礼だとか言っときつつ、当日になってデートを妨害してまで協力してくれなんてさすがに言えない。


 言えば、協力してくれるだろうから、なおさらだ。


 それから約三十分後、ついに目標を発見した。


「あ、いた!」

「どこどこ?」

「あの隣の人は、前に見た人かい……?」

「間違いない」


 あの女の人は、この前上野先輩とキスをしていた人だ。

 あの日のことは忘れない。絶対に間違いない。


「あの人たちの隣に座れればいいのぉ?」

「近いところに座れるといいな」

「よし、行こう!」


 まずは琴羽と心優に作戦を実行してもらう。

 そのためにも、先輩たちを尾行だ。


 先輩たちは駅から離れていく。

 後を追って行くと、映画館に入って行った。


「なぁ千垣、この辺で映画館ってここだけか?」

「そうだね……。きっと佐古さこ祐介と姫川かなでもいるだろうね……」


 祐介に千垣から聞いた喫茶店の場所を教えたのは、そこで感想を言ったりできるからというのがある。

 その時にしてほしいことがあったからという理由もあるが、映画が終われば感想を言いたいのは誰も同じなはず。


「ちょっと作戦変更だな。琴羽、心優、ちょっといいか?」

「なになに?」「なにぃ?」

「先輩たちが映画館から出てきたら――」



※※※



「お、祐介たちだ」

「あそこ、上野ただしたちもいるよ……」


 やはり同じ映画館にいたようだ。

 つまりこの後は、例の喫茶店に入るに違いない。


 祐介たちを見ていると、祐介が喫茶店のある方向を指し、姫川さんはコクリと頷いている。

 二人はどうやら例の喫茶店に行ってくれるらしい。


 ならばということで、別行動をしている琴羽と心優に連絡をする。


『伝えたとおりに頼む』

『了解♪』


 こそこそと上野先輩たちに近づく琴羽と心優が見える。

 二人は上野先輩たちに気づかれることなく近づくと、堂々と会話を始めた。


 ここからでは聞こえないが、予定通りならおよそこんな感じだろう。


「ねぇねぇみっちゃん知ってる? この辺においしい喫茶店があるんだって!」

「そうなのぉ? どこどこぉ?」

「あっちあっち! 安くておいしいんだって! あそこで感想話そうよ!」

「いいねぇ」


 そして、これを聞いた上野先輩たちは、きっとあの喫茶店に入るだろう。


 琴羽と心優は、喫茶店に行くフリをして通りすぎ、こちらに戻ってきてもらう。

 作戦はまだまだ続くからな。


「動いたよ……」

「了解」


 琴羽たちに連絡をしていると、上野先輩たちが動いたと千垣が教えてくれた。

 俺たちも移動開始だ。

 まだ琴羽たちとは合流できてないが、本番で上手くいきすぎるのも怖いからな。


 上野先輩たちの後を付けていくと、しっかりと例の喫茶店に入って行ってくれた。

 ここは運だが、運よく祐介たちと席が近い。完璧だ……!


 ここで俺は、祐介にメッセージを送る。


『そういや祐介、学園祭は姫川さんと回るのか?』

『そのつもりだな』

『早めに相談しないと、時間とか合わせられないんじゃないか?』

『たしかにそうだな。てかなんでお前がそんな心配してんだ?』

『これもお礼の一部だと思って受け取ってくれ』

『お礼が多いな』


 はははと笑っていそうな雰囲気がメッセージからも伝わってくる。


 店内を確認すると、実際に笑っていた。

 不思議そうにする姫川さんとさらに会話が進んでいる。

 内容はまったくわからない。


 俺たちは祐介と姫川さんが学園祭の話、特に日付の話をしていることを信じて待つ。


 俺たちも店内で休憩しつつの方がよかったと後悔してもなおしばらく待った後。

 ようやく上野先輩たちは喫茶店を出てきた。

 祐介と姫川さんはまだ談笑している。


 これからは作戦に巻き込むことはないから安心して……と言ってもそもそも気づいてないからいいか。

 末永く爆発しろ。


「よし、追おうか」

「だんだん罪悪感が出てきたよ……」

「そんな時は藍那が受けた仕打ちを是非とも思い出してくれ」

「よし、行こう!」


 落ち込みかけてすぐに元に戻った琴羽を先頭に、上野先輩たちを付けていく。


 辿り着いたのは大きめのデパート。

 俺と心優と藍那と琴羽の四人で行ったデパートよりも大きい。

 どうやら仲良くお買い物のようだ。


「ここで作戦その二だな」

「私たち?」

「ああ。頼む」

「任せてぇ」


 とあるお店に留まって商品を眺めている先輩たちの元に、琴羽と心優を送り込む。

 俺と千垣はみんなの声が聞こえる辺りにこっそりと潜む。


 商品を見ているフリをしながら耳を澄ませると、琴羽と心優の会話が聞こえてきた。


踊咲おどりさき高校の学園祭ってもうすぐなんだっけぇ?」

「再来週の月曜日だよ! 十月のぉ……九日! そこから三日間だね!」

「最終日にはあれがあるんだっけぇ? あの、キャンプファイヤー!」

「あるある! 最後までカップルで踊ると結ばれるやつ!」

「ロマンチックだよねぇ」

「ねー!」


 完璧だろう。

 上野先輩はちらちらと琴羽たちを確認している。


 きっとあの女の人にも届いているだろう。

 噂まできっちりと。


「よし」


 先輩たちがほかの店に動き出したので、琴羽たちも戻ってくる。


「ねぇねぇどうだった? 完璧だったっしょ!」

「ああ。二人ともありがとう。完璧だ!」

「どういたしましてぇ。でも、当日上手くいくかはまだわからないよぉ」


 心優の言う通りだ。

 たしかに当日にちゃんと上手くいくかわからない。


 この作戦……上野先輩の彼女らしき人がサプライズで学園祭に来るように仕向ける作戦!

 長ったらしいが、言葉通りだ。

 あの女の人に、学園祭にこっそりと来てもらう。


 もしかしたら二人が相談して来るという可能性もあるし、そもそもあの女の人が来るとも限らない。


「それでもこれしかないだろう」


 ほかには思いつかなかった。

 だいたい、日にちをずらしてデートするくらいなのだから、藍那がいる踊咲高校にわざわざ相談して来ないだろう。

 きっとサプライズで来てくれる。

 来ないなら来ないで何のデメリットもない。


 藍那に内緒で勝手にやっていることだ。

 藍那に余計なお世話と言われてしまうかもしれないが、そうなったらそうなっただ。

 全部なるようになる。上手くいかなくても今と状況は変わらない。


「きっとうまくいくよ!」

「みんなで頑張ったんだから大丈夫だよぉ」

「まだもう一回やるんでしょ……? 諦めるのは当日を待ってからでも遅くはない……」

「そうだな」


 みんな協力してくれている。

 最後の仕上げだ。



※※※



「なぁ、そのテンションどうにかならないか?」

「え……いつもこうなの知ってるでしょ……?」

「いやでもこういう時くらいはさ……」

「注文が多いね……」


 俺と千垣はとあるアイスクリーム店に来ていた。

 近くの席で琴羽と心優が見守っている。


 ここのアイスクリーム店は、移動アイスクリーム店じゃないのに車がお店になっている。

 キッチンカーというやつだな。

 近くにテーブルと椅子が設置されていて、そこで食べるという形のお店だ。

 いちごストロベリー味という、いちご好きがかなり推すアイスクリームが有名らしい。


 俺と千垣はそれを頼んで座っていた。

 琴羽たちとは反対側の席に上野先輩たちが座っている。

 琴羽たちも先輩たちもいちごストロベリー味のアイスを食べていた。


 そんな中、今度は俺と千垣が作戦を実行しようとするんだが、いつも物静かな千垣にテンションを上げてもらいたい。

 そうでないと声が届かないし、想いも届かない。


「わかったよ……。こほん……」

「じゃあいくぞ……? 学園祭、お前はどうすんだ?」

「ん? アタシ? 学園祭って踊咲高校のやつでしょー? 友達と行こっかなーって思ってるよー」

「!?」


 誰だこいつ!?


「ほら……合わせてよ……」

「あ、ごめん……。へーそうなのか? 俺はてっきり最終日にあるキャンプファイヤーに興味あんのかと思ってた」

「キャンプファイヤー? 何かあんのー?」

「最初から最後まで、手を繋いで踊るとそのカップルは結ばれるってやつ」

「何それ迷信でしょー?」

「それが案外そうでもないらしいんだよ……」

「なになに、詳しく……」


 ここでちょっと声を潜め、先輩たちに聞こえないようにこそこそと話す。

 女の人がちらっとこちらを見ているのがわかる。

 かなり気になっているようだ。


「へー! それは面白いねー!」

「だろだろ?」


 と、長居は無用だな。


 俺たちはそこで席を立って店を去った。


「はぁ……疲れた……」

「千垣お前、すごいな……」

「もう二度とやらないよ……」


 いつもなんだか眠そうなようなシャキッとしてるような目をしていたが、さっきの千垣はキラキラしていた。

 なんだかアイドルのような雰囲気で、ちょっと気圧されてしまった。


「二人ともすごいね!」

「おつかれさまぁ」

「琴羽、心優、ありがとう。どうだった?」

「バッチシ! 気にしてたと思うよ~」


 琴羽はグッとしながら言ってくれる。


 よし。問題なくいったみたいだな。


「ここからは当日次第だ。おつかれさま」

「おつかれー!」

「おつかれさまぁ」

「おつかれ……」


 先ほどよりも千垣のテンションが下がっている。

 琴羽と千垣の落差が激しい。


 それはともかくとして、お礼をしなきゃな。


「せっかくここまで来たんだし、どっか寄ってこう。奢るよ」

「おー!」

「ありがと……」


 盛り上がる琴羽と、なんとか拳を突きあげる千垣を連れ、スイーツのお店に連れて行った。

 ……千垣を連れて行ったのは失敗だった。

 それに気づくのが遅れた俺の財布は、嵐が過ぎた後のようなダメージを受けた。


 少しは容赦をしてほしかったが、あの演技をやらせた分だそうだ。

 ……悲しい。

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