第13話 「いいわよ別に」 ちょっと照れたように、でも誇るように微笑んだ。
学園祭の準備やらをして過ごした水、木、金曜日を終えて土曜日。
俺はデパートに来ていた。
学園祭実行委員の仕事で、家のご飯当番などができなかった俺のために、
「何を買ったもんか……」
しかし、何を買おうかまるで考えていなかった。
いや、考えてはいたが、思いつかなかったというべきだろうか。
だって女の子が喜ぶものなんて彼女もいない俺にはわからない。
いや……藍那は明日デートだって言ってたし、千垣には最近相談してばかりだからこれ以上は聞けないか……。
あ、彼女持ちの
とりあえずここでボケっとしていても仕方がないので、デパート内に入ってどんな店があるのか見て回ることにするか。
デパート内を歩いていると、とあるアクセサリーショップが目に入った。ちょっと店内を覗いてみる。
結構客が入っており、女の子が多い。これはいい感じなのではないだろうか。
ブレスレットは心優が好きそうだな……。
琴羽はネックレスが似合いそうだ。
そう思いつつとあるネックレスに手を伸ばす。
「あ、すみませ――」「あ、ごめんなさ――」
ネックレスに手を伸ばすと、隣から伸びてきた手と当たってしまった。
隣を見て謝ろうとすると、知っている人だということに気づいた。
「あら? 康太じゃない」
「なんだ藍那か」
「なんだとは何よ」
藍那は頬をむすっと膨らませて不機嫌そうに言ってくる。
「それよりこんなとこで何してるのよ。まさか、彼女でもできたの?」
「できてねぇよ」
「だよね~」
「うっざ……」
誰のおかげで
思い出させてやってもいいんだが。
「琴羽と心優にお礼をしたくてな」
「え、それでアクセサリーってなんか重くない?」
「そうなのか……?」
たしかに心優は妹だからともかく、彼氏でもなんでもない俺からアクセサリーなんてもらったら琴羽は困るか。
「まぁいいんじゃない? 妹と幼馴染だし」
「そ、そうか?」
「たぶん。ここでいいかな~と思ったけど、いいアクセサリーショップがあるから連れてってあげよっか?」
「お、それは是非お願いしたい」
「しょうがないな~」
ものすごいドヤ顔で言われているが、ここはグッと我慢する。
正直アドバイスが欲しい。ずっと欲しいと思っていた。
そして絶対に俺への恩を忘れているこいつは買い物が終わったら仕返ししてやる。
そんな俺は、藍那に連れられてしばらく電車に揺られる。
もう一つある大きな駅。
俺は全然行ったこともない駅なので、よく知らなかったが意外と遠い。
約一時間かけて松舞駅についた。
「やっぱり遠いわね~」
「ここまで来たからにはしっかりといいものを紹介してもらわないとな」
「そこは安心していいわよ」
相当自信があるようだ。
ここまで言うなら期待が高まる。
駅から出て、しばらく歩くとそのアクセサリーショップはあった。
藍那は何度か来ているらしく、慣れたように俺を案内してくれた。
ネックレスにブレスレット。指輪など、いろいろな種類いろいろな色のものが並んでいた。
なんだかすごくキラキラしていて、別の世界に入り込んだような感覚に襲われた。
「ことちゃんには、ネックレスが似合いそうだよね」
「どれがいいんだ?」
「これなんてどうかな?」
そう言って見せられても俺にはよくわからない。
いろいろ「これどう?」とか言って見せてくるがなんだかピンと来ない。
なんだか琴羽の雰囲気とは違うというか……。
「これは?」
「あ、それ……」
藍那が手に取ったネックレスは、青いダイヤ型のネックレスだった。
見た目は活発そうだが、大人しく、面倒見のよい琴羽にぴったりと合うように感じる。
「気に入った?」
「すごくいいと思う……!」
「へ~」
なんだか意味深げににやりと藍那が呟いているが、俺は少し感動していた。
少しだけアクセサリーのことがわかったような気がした。
「心優ちゃんは……何がいいかな?」
「ブレスレットとかどうだろ?」
「お、似合いそうじゃん」
藍那もノッてきたようで、どんどんと「これは?」と聞いてくる。
俺も目に入った良さそうなものを藍那に聞いてみたりする。
そうして選んだのはピンクとゴールドの混ざったかわいらしいけども、エレガントなブレスレットだ。
これも心優にぴったりだと思う。
「よかったわね」
「ああ。ありがとう。本当に助かった」
「いいわよ別に」
ちょっと照れたように、でも誇るように微笑む藍那。
本当に助かったし、ありがたかった。
琴羽と心優が喜んでくれるといいんだけど……。
「そういえばお前はいいのか?」
「あ、そうだったわね。どうしよっかなぁ」
藍那が俺から離れて彷徨う。
俺は、近くのアクセサリーから藍那に似合いそうなものを探す。
金髪ロングの藍那だが、なんとなくイヤリングがいいのではないかと思った。
ふとした時に見えるかわいらしいイヤリング。
「ふむ……」
なら、これだな。
俺は琴羽と心優用に選んだアクセサリーと一緒に、藍那にもアクセサリーを選び、会計を済ませた。
会計を終え、レジから離れると藍那がレジに並んでいた。
俺はしばらく藍那を待つ。
「いいのがあったか?」
「さいっこうよ」
「そうか」
藍那はとても満足したような表情をしていた。
相当好みのものが買えたに違いない。とてもニコニコしていた。
俺と藍那は帰宅するために駅に向かう。
もう結構遅い時間だった。
「今日は本当に助かった。ありがとう」
「いえいえ~。ことちゃんたちがなんて言ってたか今度教えてね」
「おう」
藍那は未だにニコニコしていてとてもご機嫌だ。
仕返ししようとしていたが、今回は許してやろう。
駅に着くと、大きな噴水が目に入った。
沈んでいく太陽に照らされて淡く輝いている。
その噴水の前に見覚えのある人を見かけた。
「上野先輩……?」
「ん……?」
あれはたしかに上野先輩だ。
夕暮れの教室。藍那が告白をしようとしていた相手。
そんな上野先輩が綺麗な大人っぽい女の人と一緒にいる。
噴水の前で。
女の人は夕日のせいなのか、頬がほんのり赤く染まっている。
俺の呟きで藍那も気づいたのか、噴水の方を凝視している。
先輩は俺たちに気づいていないようだ。
「先輩……」
藍那がぼそっと呟いた。
やはりあれは上野先輩のようだ。
もう疑う余地もない。
その瞬間だった。
一緒にいた女の人と、上野先輩がキスをした。
夕日に照らされて輝く噴水のもと、ゆっくりとでもたしかに。
二人はゆっくりと離れていく。そうしてもう一度――
ドサッと、紙袋の音がすぐ隣から聞こえた。
ハッとして隣を見る。
そこには驚いた顔のまま涙を流す藍那がいた。
「藍那……」
「…………」
藍那は一度、俺を見る。
その表情は固まっていて、現実を受け入れられていないのが見て取れる。
しかしそれも一瞬で、きゅっと表情が締まると駅とは反対方向に走り出した。
「あ、おい! 藍那!」
思わず大きな声を出してしまった。
気づかれたかと思って先輩たちを見るが、二人は手を繋いで駅に向かって歩いて行った。
俺は藍那が落とした紙袋を回収し、後を追った。
※※※
「はぁ……はぁ……くそっ!」
あいつどこ行ったんだ……!
藍那の走った方向に向かったのだが、そこにはすでに誰もいなかった。
近辺を探し回ってもどこにもいない。
もう辺りはすっかり暗くなっている。
一人でいるのは危険だ。
とりあえず俺は、心優に『今日帰れないかもしれない』と連絡を入れた。
「ちっ!」
情けない自分にイライラが募ってくる。
しかし、イライラしていても仕方がない。
俺は再び走り出した。
アクセサリーショップまで行ってみても、やっぱり見つからない。
近くの喫茶店や飲食店にもいないようだ。
スマホでメッセージを送っても既読すら付かない。
と、その時スマホが震えた。
「もしもし!?」
『わっ! お兄ちゃんどうしたのぉ……?』
「心優……」
電話の相手は、藍那ではなく心優だった。
今日帰れないかもなんてメッセージを送ったから心配して電話してくれたのだろう。
「ちょっといろいろあって、藍那が行方不明なんだ……」
『えっ!?
「だからちょっと帰れないかも……」
『わ、わかったぁ!
「ああ。そうしてもらってくれ」
『……気を付けてね』
「……おう」
見つかったら電話して。
見つからなくてもメッセージだけでもいいから送ってと言われ、通話は切られた。
心優や琴羽にまで心配を掛けて。
見つけたらやっぱりなんかしてやらないとだな。
「あいつ……ホントどこ行った……」
心優との通話が終わってからもずっと走り回って探すが、どこにもいない。
まさか入れ違いになり、電車に乗って帰っているんじゃないだろうか。
そんなことも考えてしまう。
そもそも、この辺のことを俺はよく知らない。
土地勘がまったくない中で、見つけるというのはかなり無謀だったんだ。
体力も限界に達し、足が止まってしまった。
「あれ? 康太じゃんか」
「ゆう……すけ……?」
そんな絶望的な中、聞こえてきた声はよく知る友人の声だった。
「どうしたんだよそんな汗だくで。しかもこんなとこに……」
「えっと……タオル使う……?」
目の前に現れたのは祐介と
「ほれ、水」
「あ、ああ。ありがとう……」
祐介から水を、姫川さんからはタオルを受け取ってありがたく使わせてもらう。
焦っていた気持ちがだんだんと落ち着いていくのを感じた。
「二人はこの辺詳しいか?」
「まぁそこそこ……かな? な?」
「うん。詳しくはないと思うけど……」
「この辺で一人になれそうな場所、あるか?」
二人は顔を合わせて考えてくれる。
「そういやなんか、ちょっと高台の方にいい景色が見れる場所があるってクラスの誰かが話してたっけな」
「情報屋から~とか言ってたの、わたしも聞いたよ」
「千垣か……」
あいつはそんな情報も持っているのか。
「ありがとう助かった」
「おう! 気を付けろよ~!」
「あ、姫川さん! タオルは洗って返すから!」
「いいから急いで~!」
「二人ともありがとう!」
何も聞かずにただただ二人は見送ってくれた。
この二人にも、お礼をしなくちゃいけないな。
俺は祐介たちが教えてくれた方に走り出す。
祐介たちと話し、水分補給もして少し落ち着いた俺は、藍那がいたらどうするか、いなかったらどうするかについて考えながら走っていた。
いたら、俺はなんて声を掛ければいいのだろう。
いなかったら、今度はどこを探せばいいのだろう。
なんて考えが、頭の中をぐるぐると回る。
次第に息も切れてきて、再び喉が水分を欲する。
「いなかったことなんて考えても仕方ないな……」
その時は、また考えればいい。
今は藍那がそこにいた時、それだけを考えてただただ走ればいい。
それ以外考えることはいらない。
なにも。
俺は、ただただ一心不乱に走り続けた。
そこに藍那がいることを信じて。
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