第11話 「こう呼んだりもしてるんだ……」 わざとらしくタメを作り、言葉を紡いだ。

 土日を明けた月曜日。

 この日曜日も藍那あいな上野うえの先輩と出かけていたらしい。

 ラブラブなことで良きかな良きかな。


 俺はずっとバイトだったというのにな……。

 琴羽ことはも土日両方いたけどさ。


 そんなこんなで朝の登校。

 いつも通りの遅めの時間で出ると、またもや電車で藍那に遭遇した。


「なによその隣町まで行こうとした数歩でスライムがエンカウントしたみたいな顔は」

「そんな嫌そうな顔してたか?」

「いや、嬉しそうだったわ」

「んなわけ」


 なんで俺が藍那と会って喜ばなきゃいけないのか。

 わけわからん。


「だいたいなんだその例え」

「面白いでしょ」

「面白くはない」


 藍那と会うたびにだんだんとくだらない雑談になっていく。

 というのも、学園祭について特に二人で決めなければいけないこともないし、恋のキューピッドに関しても今俺からできることは何もないんだよな。


 必然的に会話は適当なものになるってことだ。


「そういえば明日は集まりね。なんか決めとくことあったっけ?」

「いや、経過報告みたいな感じだし、ありのままを話すだけだと思うぞ」

「なら安心ね。明日はあたしもいけるし」


 特に問題がなければそのまま続けていいが、問題があれば直すだけ。

 それだけの簡単なお仕事。


 特に話すべきこともない。


 そのまま電車に揺られること数分。

 目的の踊咲高校前おどりさきこうこうまえ駅に着く。


 ホームに降り、一度伸びをしてから学校に歩く。

 もちろん隣には藍那がいる。

 相変わらずの雑談をしつつ教室に着いた。


「そうだ。ちょっと相談があるんだけどいい?」

「なんだ?」

「学園祭の最後にさ、キャンプファイヤーってあるじゃない。あの言い伝え知ってる?」


 あの言い伝え。

 そう。この踊咲高校の学園祭は三日間やるからというだけで有名なわけじゃない。

 そのもう一つの理由がキャンプファイヤーだ。


 このキャンプファイヤーには言い伝えというか伝説があり、それは――


「最初から最後まで一緒に踊っていた男女は結ばれるってやつだろ?」

「そうそう」


 キャンプファイヤーは、校長の挨拶の後、校長の合図によって始まるらしい。

 その校長の合図と共に躍り始め、校長の合図と共に躍り終える。


 この一連の流れを行った男女は結ばれるという伝説が昔からあるのだ。


「つまり、どうやって先輩と踊ればいいってか?」

「その通り!」

「もう今のお前なら誘えばおっけーもらえるじゃねぇの……?」

「そ、その誘い方をどうすればいいのか悩んでんの!」


 そんなこと聞かれてもなぁ……。

 というか、俺は実際にその上野先輩と話したりしたことがない。


 どんな人なのかわからないのはマイナスだよなぁ……。


「そんなにサッとは出てこないから待ってくれ」

「わ、わかった。明日までにはお願い」

「明日は登校一緒だもんな。わかったよ」

「ありがと」


 片方の手でひょいっと挨拶をして藍那は自分の席に戻った。


 また琴羽たちに相談しようか……。



※※※



「あぁ~たしかにそれは踊りたいよね~」

「誘い方どうすればいいかだって……。どう思う?」

「今までストレートに誘っておっけーだったんだから、今度もストレートでいいような気もするけど……」


 今まで俺に当てはめて考えて、それが嬉しいならってことで先輩にそのまま使っていた。

 要は俺が男代表みたいな感じにされて、これがいいなと言ったものをそのまま使っていたわけだ。


「でも今回は特別だぞ?」

「そこなんだよねぇ……」


 踊咲高校学園祭のキャンプファイヤーは特別だ。

 なにやら先輩たちにも結ばれた人たちが何人もいるらしい。


「う~ん……わかった! 考えてみる!」

「今日中にお願いしたいそうだ」

「おっけー!」

「頼む」


 俺はそれだけ告げて、席を立った。


「あれ? 今日も一緒に食べないの?」

「ごめん。ちょっと用事があるんだ」

「そっか。いってらっしゃい」


 琴羽は席に戻って藍那と弁当を食べ始めた。

 俺は弁当箱を二つ持って空き教室に向かう。


 もともと行く予定だったが、聞きたいこともできた。ちょうどいい。


 綺麗なギターの音色が響く廊下を通り、辿り着いた教室の扉を開いた。


「よっ、千垣ちがき

神城かみしろ……」


 俺に気づいた千垣は、ギターの演奏をやめ、ギターをケースにしまう。

 いつも通りの流れの中で、これまたいつも通りでかい弁当箱がギターケースの横に置いてあった。


 最後に千垣は黒縁の眼鏡を外した。


「今日は妹が当番だったから、お願いして持ってきた」

「おぉ……」


 席についた千垣は、深紅の瞳をキラキラと輝かせる。

 豪華な餌を待つ子犬のようだ。


 俺が包みをほどく間も目が離れない。


 弁当箱を開くと、千垣は感嘆の声を漏らした。


「おぉ……!」


 白米の真ん中に梅干し。

 甘めの卵焼きにウインナーと定番なものを詰め込んだ弁当箱。

 なんだかんだシンプルな弁当というものはうまい。


 千垣はポケットからピンク色のカメラを取り出し、弁当の写真を撮った。

 カメラをポケットに戻し、手を合わせて「いただきます……」と言ってから、弁当に手を付けた。


 これも何度も見た光景だ。

 丁寧で実に好感が持てる。


「はむっ……。ん~……♪」


 嬉しそうに次から次へと口の中に食べ物を放り込んでいく。

 さながらブラックホールのようだ。


 気づけばぺろりと平らげてしまっていた。


「はや!」

「おいしかったぁ……」


 あのでかい弁当箱を食した後にこんなにぺろりと平らげられるものなのか。

 そもそもあのでかい弁当箱を食べるのも早すぎる。


 俺は琴羽と話してすぐに来たのに、もうあのでかい弁当を食べ終えていて、ギターを弾いているってどういうことなのだろうか。

 そしてなぜ俺は今までこのことに気づかなかったのか。

 いろいろおかしかったんだ……。


 満足したらしい千垣は、再び眼鏡をかけ、ギターを弾き始めた。

 心優みゆが作ってくれた弁当を食べながら千垣の演奏に耳を傾ける。


 こうして目の前で聞くのは初めてだ。

 いつも雑談やら相談やらをしていて、千垣が俺の目の前で演奏するということがなかった。

 改めて聞いてみると、本当に綺麗な音色だ。


 この音色を奏でているのが千垣なんだよな。

 ギターを弾いている千垣はなんだか嬉しそうな、穏やかな表情をしている。

 そういえば、なんで眼鏡かけるんだろう?


 弁当を食べ終え、演奏がひと段落したところで聞いてみた。


「なぁ千垣。その眼鏡ってなんで演奏の時だけするんだ?」

「あ、これ……? なんか眼鏡かけると集中できるんだよね……。だからこれ、伊達眼鏡なの……」

「え、そうだったのか」


 それは初耳だった。

 まぁ何かをする時にこれがあると集中できるというのはよく聞く。

 例えば、将棋を指す棋士の人たちで、対局室に小型の空気清浄を持ち込んだ人がいる。

 そう考えると、なるほどという感じだ。


「というか神城……お弁当だけ届けにきたの……?」

「あ、そうだった」


 言われて思い出した。

 最初は弁当のためだけだったが、聞きたいことができてしまったんだ。


「学園祭の最後にキャンプファイヤーってあるだろ? あれについて詳しく聞きたくて」

「へぇ……。藍那うららと上野ただしの件……?」

「そうそう」


 言い伝えについてはたぶん、この踊咲高校の生徒はほぼ全員が知っていると思う。

 しかし、言い伝えと言っても噂は噂。詳しく、一体どのくらいのカップルが結ばれたか……などを知っている人はいないのではないだろうか?


 しかし目の前にいる千垣はかなりの情報収集能力を持っている。

 千垣に聞けば何やらいろいろと知ることができるのではないだろうかと踏んだのだ。


「じゃあまず、どこまで知ってるかだね……。神城はその言い伝えをどこまで知ってるの……?」

「言い伝えのままだよ。校長の始まりの合図から、校長の終わりの合図までずっと一緒に踊っていた男女は結ばれるって」

「うん……。まさにその通りだよ……。でも、そこまで知ってるなら、何を聞きたいの……?」

「言い伝えって言っても、尾びれやら背びれやら付いてるだろうし、実際のところどこまでが言い伝えで、どこまで言い伝えにない嘘が混ざっているのかと」

「なるほど……」


 千垣はギターをケースに戻し、眼鏡を曲げた人差し指の第一関節と第二関節の間でくいっとかけ直した。

 そして俺の向かいの席に座る。


「ほとんどそのまんまだよ……。その言い伝え」

「ひれは付いてないと?」

「うん……」


 千垣は深く頷いた。


「ただ、一つ言えることは、踊りきるのはかなり難しい……」

「というと?」

「アクシデントが毎年発生してね……」


 人差し指を立てながら千垣は続ける。


「大きいものから小さいものまで様々なんだよ……。さながら、悪魔が悪戯するかのようにね……」

「例えばどんなものが……?」

「そうだな……」


 視線を少し天井に向け、千垣は考える。

 人差し指は自然と口元に寄せられた。


「例えば、小さなものでいうと、足がつるとか、手が滑って離れるとか……」

「そんなことなのか?」

「うん……。大きいことで言うと、今までで一番だったのは、突然キャンプファイヤーの火が消えた……とか……」

「え、まじで?」

「まじで……」


 そんなことってあり得るのだろうか。

 キャンプファイヤーの火が突然消える。風が吹いたわけでもなく突然。


 辺りは当然真っ暗闇になるわけだ。そんなの怖いに決まってる。

 でもなら、手は離れないんじゃないだろうか?


「その日のキャンプファイヤーは中止になったらしい……」

「なるほど」


 つまり、なかったことになった。

 終わりの挨拶が永遠に訪れることなく、始まりの挨拶は存在しないことになる。


 キャンプファイヤー自体の存在が、その年はなかったんだ。


「そんなトラブルに遭った人たちは、一人残らず別れている……」

「……まじで?」

「まじで……」


 言い伝えの影響ってこんなにも大きなものなんだな。


「別に言い伝えのせいで別れてるんじゃないよ……」

「え?」


 まるで心でも読んだようなことを言われ、少し驚いた。


 一瞬俺の声にびくっとした千垣は、咳ばらいをこほんとしてから続けた。


「トラブルがあった時は、こんなことじゃ別れないって言うんだよ……。でも、その何日か後……もしくは、何カ月、はたまた何年も後に別れてるんだって……」

「まじかよ……」


 なんだかホラーみたいだ。

 実際にそんなことがあるなんて……。


 千垣の情報だ。きっと本当なんだろう。


「それじゃあまるで、最初から別れるのがわかっていたみたいじゃないか」

「まさにそう考える人が昔からいるみたいでね……。その人たちは、このキャンプファイヤーのことをこう呼んだりもしてるんだ……」


 わざとらしくタメを作り、千垣は真剣な眼差しで俺に告げた。


「天使の祭典、悪魔の選別……ってね……」



※※※



「天使の祭典、悪魔の選別……か」


 恋が実ると言われるキャンプファイヤー。恋のキューピッドが天から降りる天使の祭典。

 恋が破局すると言われるキャンプファイヤーのトラブル。二人を引き裂く悪魔の選別。


 なるほど。

 粋な名前を付けたもんだ。


 それにしても、まさかこんな話があるとは思わなかった。

 やはり何事にも、影があるといった感じか。

 聞かなければこんなこと、知りもしなかった。


「……そういえば俺、上野先輩のこと何も知らないな……」


 出会ったことが一度きり。というより、見たことしかないと言っても過言ではない。

 藍那が告白しようとしていた時。その時しか上野先輩を見ていない。


 だからどんな性格の人なのかもまったくわからない。


「何事にも影……」


 こういうことは考えたくない。

 考えたくはない……が、俺が考えなきゃ誰が考える。


 藍那本人の前で何かしでかすわけがない。


「…………」


 何か裏があると決まったわけではないが、キャンプファイヤーのことのように、知らないことはたくさんある。

 それに、知らないことがかなり大事なことの場合だってある。


 これは俺が調べなければいけない。

 そう、思った。

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