第10話 「顔が聞いてきた」 斬新すぎる物言いだった。
そして迎えた9月8日、水曜日。
放課後、俺は一人で学園祭実行委員の集まりに向かう。
昨日には、だいたいどのような機材が必要かを考えておいた。
調理器具は一応家から持ってこれるので、問題はない。
しかし、ガスコンロや、場所なんかは用意してもらわないといけないし、家庭科室は絶対に借りたい。
その辺はおそらく、上級生が優先になるだろうから、一年生である俺たちに回ってくるのかどうか。
今日、それが決まる。
うまく決められるかは俺次第というわけだ。
緊張していないというと嘘になるが、それでも頑張るしかない。
教室の扉を開ける。
集まりの時間まではもう少し時間がある。
俺は自分に用意されている席に着いた。
周りの人たちの会話を聞いていると、調理がどうとか聞こえるから、何クラスかは何かしらの料理を提供する出し物なのだろう。
場所が取れるか、少し心配になってくる。
「それでは、時間になりましたので、始めたいと思います。あら? そちら、一人?」
時間になったので、すでに席に座っていた委員長が立ち上がって挨拶をする。
挨拶をしつつ、全体をぐるっと見回した委員長は、俺の隣が空席なのに気づいたようだ。
まさか気にするとは思っていなかったが、真面目な委員長なんだろう。
「用事でちょっと。話し合いはしてあるので、問題はありません」
「そうですか。それなら大丈夫です。では、まず出し物について――」
それから話し合いは始まっていった。
上級生から順に出し物を言い、それを副委員長が黒板にまとめる。
結果的に言うと、俺たちのクラスは喫茶店で問題なしとなった。
家庭科室を使うクラスはほかにも合ったが、場所を十分に確保できるので問題なしとのことだ。
調理道具も問題なく扱える。足りない場合や、ほかに必要な場合は、持参してかまわないそうだ。
あとは調理のために検便を行うとだけ。
調理のシフトはクラスで話し合って決めてほしいとのこと。
飾り付けなども常識の範囲内で、料理を提供する場にふさわしいものにすればいい。
そういうことに決まった。
そして受付の時間について、これも案外簡単に決まった。
初日の最初の時間は取れなかったものの、初日のお昼過ぎという時間を確保した。
食べ物を提供するお店として、お昼過ぎなので、客足が減っている頃だと考えた。
「それでは次回の集まりは来週の火曜日にしたいと思います。本日は解散です。お疲れさまでした」
鳩ケ
俺も席を立って、鞄を取りに行くために一旦教室に向かう。
今日はちょっと時間が掛かってしまった。
今日の夜は俺が当番だというのに……。
迷惑をなるべく掛けたくないと言っても、なかなか難しいものだ。
今のうちに
心優からは『わかったぁ』と連絡があった。
ありがたい。
教室に着くと、生徒は誰もおらず、部活中の生徒の声も聞こえなくなっていて閑散としていた。
これも慣れないもんだな。
部活に参加していない俺はこの静かさを味わうことがない。
藍那が
あの日はまだ部活をする生徒の声が聞こえていたっけ。
「あ、早く帰らないと」
心優の手伝いをしないといけない。
急いで鞄を取り、教室を出て行った。
※※※
家に着くと、靴が一組多かった。
「あれ?」
誰だろうと思ったけど、すぐに誰かわかった。
「
「あ、
「お兄ちゃんおかえりぃ」
琴羽と心優がキッチンに立っている。
すでにいい香りが部屋に充満していた。
今日はハンバーグだろうか。
「ごめん二人とも、代わりにやってもらっちゃって」
「手伝うって言ったじゃん! いいんだよ別に~!」
「そうだよお兄ちゃん。いいって言ったでしょぉ」
「ありがとう」
本当に助かる。
藍那が家庭の事情でこれないうちはこちらでどうにかするしかない。
琴羽がいてくれて本当によかった。
「ほら、お兄ちゃん。早く着替えてきなぁ」
「わかった」
俺は一旦部屋に向かう。
鞄を置いて、スマホを取り出すと誰かからメッセージが届いているのに気づいた。
藍那からだった。
『今日は本当にありがとう。助かったわ』
こういうことは律儀なんだよなあいつ。
『気にするな。そっちは大丈夫だったか?』
『うん。いつも通り。ありがと。出し物とかどうなった?』
『喫茶店で問題ないことになった。あと、受付は初日の昼過ぎだ』
『ほんと? やるわね』
まぁ特にどうこうしたわけでもなく、普通に決まってしまっただけなんだけど。
『調理器具とかもちゃんとあるから、足りなかったら持参していいって感じらしい』
『へー。じゃあ後はメニューと飾り付けとか考えればいい感じ?』
『だいたいそんな感じだな。あとは調理のシフトな』
『それが一番大事だった』
メニューによっては調理の人数も増やさなきゃいけないだろうし、そこも難しいとは思う。
飾り付けは、喫茶店だしあまり派手なことにはならないだろうから、人員はあまり多くなくていいかもしれない。
『とりあえず、調理組にいつ出れるか聞いてみるか』
『そうだね。メニューはそこから考えよっか』
これで調理組が良い感じに出れるようなら、メニューも多くできるかもしれない。
あまり難しいものはできないにしても、それなりにはできるはずだ。
「お兄ちゃんできたよぉ」
「今行く!」
扉の向こうから心優の声が聞こえた。
藍那に『夕飯呼ばれた』と送り、部屋を出た。
※※※
9月9日、木曜日の朝。
心優が今日の当番だったが、今日は早く起きて一緒に準備をした。
昨日の分のつもりだ。
心優は「いいよぉ」と言ってくれたがそうもいかない。
家族だからといって任せっきりにしていいはずはない。
二人で作ったからかすぐに朝食はできたが、俺はしばらくのんびり過ごしてから学校に向かうことにした。
早く出るのもよかったかもしれないが今日は外が曇っている。昨日は雨だったので、今日も降るかもしれない。予報は雨だった。
なので、あまり気分のいいものじゃないかと思って今日はやめておいた。
俺は傘を持って家を出る。
外に出てみると思ったよりも暗くて、今雨が降ってきても何もおかしくないと思えるほどだった。
そんな曇天ではあるが、気分が晴れないので帰りますというわけにはいかないのが悲しいところだ。
駅のホームに入るといつもより人が少ないように感じた。
雨に降られないうちに早めに出たのか、そもそも諦めて家にいるのか。
うちの学校にサボりがいるとかは聞いたことがないが。
電車が着いたので、さっと乗り込む。
電車内もやはり空いているように感じた。
俺は空いている席に座る。
すると、向かいの椅子に知っている顔があった。
「…………」
「…………」
藍那と目が合う。
「はぁ……」
藍那はなぜかため息をつくと席を立った。
こちらに向かってくる。
そして隣に座ってしまった。
「おはよ」
「お、おはよう……」
木曜日は部活に出ているんじゃなかったのだろうか。
「い、妹が昨日雨に濡れて帰ってきてたみたいで風邪引いちゃったの」
「お前、エスパーなのか?」
「顔が聞いてきた」
「なんだよそれ」
顔が聞いてきたって斬新な物言いだな。
顔に出てたとかじゃダメだったのだろうか。
「ていうか妹いたのな」
「いるわよ。心優ちゃんと同い年の妹と、小五の妹が」
「二人いるのか」
心優と一緒ってことは中学二年生か。
この様子だとたぶん違う学校なんだろうな。
そういえば心優に年齢を聞いた時、藍那は何も言わなかったっけ。
心優が誰かに答える時、必ずと言っていいほど「大人だね」と言われている。
藍那の家庭の事情。なんとなく察しがついてきた。
「それよりも昨日、本当にありがとね」
「もういいって」
「それでも、よ」
ぐいっと顔を寄せられる。
あんまり気にしたことなかったけど、甘くていい香りが……。
「わ、わかったよ。どういたしまして」
「うん」
ほわっと微笑んで藍那は離れた。
この律儀さでいつも調子が狂う。
心臓がバクバクだ。
そこからは二人とも無言で電車に揺られる。
いつも通り流れる景色は、天気の影響でいつもと違う雰囲気を纏っている。
駅に着き、ホームを出るとポツリポツリと雨が降り始めていた。
行先は同じなので、必然的に藍那と一緒に歩く。
お互いの傘が少し当たるようなそんな距離感。
いつの間にこうなったんだろう。
「今日も話し合い、あったよね」
「四限だな」
「それにしてもホント急ピッチで進むわよね」
「わかる。なんで三日もやるのに準備がこんなに遅いんだろうな」
「ホントそれよ。ありえないわ」
たぶん誰しもが思っていることだろうが、今更考えても仕方ない。
やるしかないんだ。
それでも気になるもんは気になる。
「今度校長にでも聞いてみれば?」
「なんであたしが聞かなきゃなのよ。
「そっちから言ってきたんじゃんか。お前が聞けよ」
「嫌よ。そっちも気になるって言うんならそっちが聞いても変わらないでしょ?」
「なんでだよ」
「なによ」
キッと睨み合う。
しかしすぐに視線を正面に戻し、二人でため息をついた。
「不毛だ」「不毛だわ」
こんなことをしていても何も始まらない。
とにかく今は無事に学園祭を終わらせることだ。
※※※
その日の学校が終わると、俺はバイトだった。
琴羽はシフトに入っておらず、暇なバイトを終え、俺は帰宅した。
学園祭の調理組のシフトは、ある程度決まり、今のところはいい感じだ。
メニューについても順調に進んでいる。
また、調理に関わらない人たちの中に、飾りつけのリーダーを作り、飾りつけの話し合いをしてもらうことにした。この作戦はかなり有効で、一気に事が進んだ。
「ホント疲れるな……」
このほかに俺は恋のキューピッドまで続けなければならない。
先輩との仲はどうやら順調らしいが、一つだけ問題がある。
それは今まで放置していたが、藍那と俺の仲が疑われていることだ。
今になっても誤解が解けていない。
どうすれば解けるのかという以前にもう解かなくても問題ないのではないかとも思うが……。
「そうだ」
あいつに聞いてみよう。
噂が耳に入っているか。
※※※
次の日。
今朝の登校では、天気が良かったので早めに出て、琴羽と一緒だった。
部活がない藍那は、遅めに登校。昨日と同じくらいだ。
今日の学園祭の話し合いも順調に進み、問題は全くない。
正直ちょっと怖いくらい。
そして昼休み。
俺は二人の分の弁当箱を持って、とある空き教室に向かっていた。
教室が近づくにつれてギターを奏でる綺麗な音色が耳に入ってくる。
とても安らぐ心地のいい音色だ。
そんなギターの音色が聞こえる教室の扉を開ける。
ギターの音色が止み、弾いていた本人がこちらに振り向いた。
「
「よっ、
ギターを弾いていたのは千垣
俺が連絡先を持っているかわいい女の子の三人目……最後の人物だ。
身長146cmと小柄で、胸も含め小学生にも見える。
こいつとは、入学してからすぐに出会った。
その時もこいつはこの空き教室でギターを弾いていた。
その音に導かれてやってきた俺は、教室を覗いたのだ。
そして、ギターの奏者がこの千垣だった。
「あ、お弁当……」
「ああ、持ってきたぞ。今日は俺が作ったのだけどな」
「ありがと……」
千垣はギターを丁寧にケースに片づけ、
ケースを置いた隣の席に腰を下ろすと、目をキラキラさせてこちらを見つめてきた。
俺は近くの机と椅子をくっ付け、千垣の正面に座った。
弁当箱を差し出すと、千垣は嬉しそうに包みをほどき、箱を開いた。
「うわぁ……!」
「悪いな、妹が作ったのじゃなくて」
「ううん……。神城妹のもおいしいけど、神城のもおいしいから……」
ポケットからかわいらしいピンク色のカメラを取り出し、弁当の写真を撮る。
カメラをポケットに戻し、手を合わせて「いただきます……」と言ってから、はむっと卵焼きを食べる千垣はとても嬉しそうだ。
こいつは別に心優に会ったことがあるわけじゃない。
出会った当時、腹ペコだったらしい千垣に弁当を分けたのが始まりだった。
その時の当番が心優だったので、心優が作った弁当の味も知っているだけだ。
でもその腹ペコだったっていうのが、また面白い話で。
ギターのケースの近くをよく見ると、影に大きな弁当箱がある。
そう。この千垣という小柄な女の子。
めちゃくちゃ食べる。
一体この小さな体のどこに入るのかというくらいどんどん入る。
ピンクの悪魔を思い浮かべるレベルだ。
と言っても実際に千垣はピンクの髪色というわけではない。
どこの国とのハーフだったが忘れたが、日本人とどこかのハーフで髪は銀髪。
髪の襟足部分をツインにして結び、胸元に流している。
髪をほどいたら長さは肩甲骨くらいだろうか。
大人しい性格の千垣によく似合っていると思う。
「だいぶご無沙汰だったね神城……。何かあった……?」
「まぁいろいろあってな……。聞きたいことがあってきたんだけど、いいか?」
「なになに……?」
箸を止めて上目遣いにこちらを見つめてくる。
「俺の噂って……流れてたりするか?」
「噂……? あぁ……もしかして、神城が藍那
「そ、そうです……」
実は千垣はいろいろな情報を持っている。俺の中では情報屋というカテゴリーだ。
一人で空き教室にいるから友達いないんじゃないか? と思うかもしれないがそんなことはない。
普通に友達はいるし、料理研究部と写真部の兼部までしている。
ただ、料理研究部は食べる専門らしい。
……そんなことはどうでもいい。
今は千垣情報屋の情報が欲しい。
「最近聞くね……。でも、二年の
どうやら上野先輩と藍那が一緒に登下校しているというのも話題に出ているらしい。
それはそうだ。堂々と一緒に登下校している上に、前から噂があったりするからな。
「でも、神城も一緒に登校したりしてるらしいね……。一部の人はそっちも見ているよ……」
「俺たちは学園祭の実行委員だからな」
「そうらしいね……」
それも知ってるのか。
すごいな……。
「だから、どっちが本命だって言う人もいる……」
「まじで?」
「まじで……」
それはまずい。
もともとまずかったけど、もっとまずい……。
「ただ、学園祭実行委員だってことも、だいたいみんな知ってるから……」
「なるほど。仕事してるって思われてるのか」
「実際そうでしょ……?」
「その通りだけど」
千垣は俺と藍那が付き合っていないと知っているようだ。
どうしてここまで完璧に情報を掴むことができ、噂に流されないのか。
不思議で仕方ない。
「でもそれだけじゃない……。なんだか急に藍那麗が上野忠と一緒に行動するようになった気もするし……。実行委員だからって理由だけじゃないんでしょ……? 神城が藍那麗と一緒にいる理由……」
「っ!」
鋭い。
心臓が口から飛び出るかと思った。
幸せそうにウインナーをもぐもぐとしている千垣。
ピンクの悪魔にちなんで小さな悪魔とでも呼ぼうかな……。
「大当たりみたいだね……。詳しくは聞かないけど、なんとなくわかった気がする……」
「たぶん考えてることで合ってると思います……」
千垣は「そっか……」と言うと最後の白米をぱくっと食べた。
手を合わせ、「ごちそうさまでした……」と言うと、弁当箱を綺麗に包んでくれた。
「ごちそうさま……。ありがと……」
「いや、こっちこそ助かった。また困ったら助けてくれ」
「うん……。任せて……」
俺は改めてお礼を言って教室を出た。
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