第9話 「お兄ちゃんおかえりぃ」 エプロン姿の妹が、出迎えてくれた。
9月5日、日曜日。
昨日休みだった俺は、昼からバイトが入っていた。
家では
男子更衣室という名の廊下で着替えを済ませ、休憩室にタイムカードを打刻しに行く。
ピッという音を聞き、カードを元に戻し、仕事に向かう。
「おはようございます」
「あ、おはよう
「わかりました」
お昼の時間はちょっと過ぎているとはいえ、まだまだ忙しい時間帯だ。
俺もすぐに仕事を任される。
テーブルに料理を運んでいる時、
そういえば、琴羽も一緒に買い物に行っていたから、昨日は休みだったわけだ。
今日は朝から入っているみたいだな。
「お待たせいたしました。こちらカルボナーラでございます」
料理を運んだり、レジを打ったりしているうちに、すぐに休憩の時間がきた。
休憩室に戻って椅子に座ると、すぐに誰かが部屋の扉を開いた。
「あ、
「琴羽、おつかれ」
琴羽は、椅子に座らず部屋の奥に進む。
「もう終わりか?」
「まぁ私、朝からいるし~」
「そっか」
夕方までじゃないのか。
ほかに人が来るってことだろうか。そうでもないと俺がしんどい。
「ねぇねぇ! ららちゃんどんな感じかな~?」
「さぁ? ごはん食べて、またどこか出かけてるんじゃないか?」
「いいねいいね~!」
勝手にテンションを上げながらタイムカードを通す。
スマホを見てみても特に連絡はきていないし、何事も問題なく進んでいるんだと思う。
琴羽の様子を見るに、そちらにも何も連絡がきていないんだろう。
何かあったら、俺よりも琴羽に相談しそうだし。
「んじゃ! 残り頑張ってね~!」
「はいはいおつかれ~」
琴羽はご機嫌なまま、フリフリと手を振って休憩室を出て行った。
俺はもらった休憩時間を使って、スマホを見ながら少し食べ物をお腹に入れた。
これで残りの時間も頑張ろう。
俺の休憩が終わると、大学生のバイトが二人入ってきた。
夕方の忙しい時間になるが、この人数なら問題ない。
辺りが暗くなる頃、バイトを終えた俺は
その間にも
大成功でもして、今も二人で連絡し合っているんじゃないかと思う。
琴羽に藍那から連絡がきたかどうか聞いてみるが、きていないと返信がきた。
「ただいま~」
「お兄ちゃんおかえりぃ」
家に着くと、エプロン姿の心優が出迎えてくれた。
家の中からはいい匂いが漂っている。
絶賛料理中だったようだ。
「いい匂いだ……」
「ふふっ。すぐにできるからねぇ」
「おう」
部屋に戻る前に手洗いうがいをして、鞄を部屋に置く。
英語の課題が終わらせたまま机の上に出ていたので、忘れないうちに鞄に片づけた。
下に降りると、すでに料理ができていた。
皿を並べるのを手伝い、二人で手を合わせ「いただきます」と言う。
今日の夕飯はかつ丼だ。
ほどよく甘いタレと、引き締まっているがふわっとやわらかい肉が絡み、それがご飯に合う。
そこへさらに卵が絡み合い、一緒に食べる桜漬け大根がおいしい。
一緒に味噌汁とドレッシングで和えたサラダもいただく。
食べ終えると、順番に風呂に入り、今日も一日は終わった。
寝る前にもう一度スマホを確認したが、何も連絡はきていなかった。
※※※
次の日、当番で早めに起きた俺だったが、学校に早く行く意味はないのでのんびり過ごしてから家を出た。
当然心優は先に学校に向かっているので、俺は一人だ。
琴羽も今頃学校だと思う。
琴羽は俺よりも朝出るのが早い。
理由は朝は気持ちがいいかららしい。俺が出てるこの時間も朝なんだけどね。
いつも通り咲奈駅に向かって歩き、駅に着いたら定期券をかざしホームに入り、電車に乗る。
いつもと何も変わらない行動にいつもと何も変わらない景色。なんだか平凡を再び手に入れた感じだ。
もちろん
しかし、
その人物と目が合う。
「おはよう藍那。昨日はどうだった?」
「おはよう康太。デートは初めてだからよくわからないけど、楽しかったわ」
「それならよかった。何も連絡がないからどうなったかと思って」
「あーごめん。昨日の夜も
「へーすごい進展してるじゃん」
「ちょっと幸せすぎて恐怖を感じてるわ」
だからこんなに冷静だったのか。
いいことがたくさんあるとテンションがすごく高くなると思っていたが、藍那は逆だったらしい。
今までと違う反応で驚いた。
「ほかになんか予定とかできたのか?」
「とりあえずはないわ。火曜か木曜に決めようかなって」
「登下校の時ね」
デートも順調、夜も連絡を取り用事がない日は登下校も一緒。
かなりいい感じに事が進んでいるな。
俺との会話中にも時折藍那が笑顔を見せてくる。
まさに恋する乙女って感じだ。
「ありがとう、康太」
「なんだよいきなり」
「あんたがいなかったらここまで進展してなかったと思うし」
告白する寸前までいってたくせによく言うよ。
俺が邪魔しなければもう付き合えてたかもしれないっていうのに。
「お礼なら、付き合えてからにしてくれ」
「じゃあ今度はそうする」
学校に着いたので、下駄箱で靴を変える。
そのままの流れでなんとなく藍那と一緒に教室に向かう。
そろそろ朝練も終わる時間だろう。
結構な人が教室に向かっていた。
「そういえば学園祭、どこまで決まったんだっけ?」
自分の席で鞄から筆箱を出していると、藍那がこちらにやってきた。
「衣装を持ってくる人と、食器を先生が用意してくれるってことだけかな」
「飾り付けとかも考えなきゃなのね」
「お化け屋敷になったら必然的に飾り付けごと変わるし、大雑把でいいと思うぞ」
「そうね」
機材をもらえるかは水曜日までわからない。
もしかしたら水曜日にもわからないかもしれない。
その状況で全部考えていてしまうのは早急だろう。
「今日どこまで決める?」
「そうだな。喫茶店の方の調理担当と、お化け屋敷の構造を考える……とかか?」
「なら、飾り付けも一緒に決める?」
「一気に決めるのも困るだろうし、これ以上は出し物が決まってからでも遅くはないと思う」
「それもそうね」
納得した様子で頷いた後、藍那はお礼を残し、自分の席に帰って行った。
なんだか普通に話せるようになった気がするし、最初の頃よりも信頼度が上がっているような気がする。
キューピッドが終わっても、友達にはなっていそうだ。
なんだか嬉しい。
「何話してたの?」
鞄から持ち物を出し終え、あくびを漏らしていると今度は琴羽がやってきた。
いつも俺より早く来て何をしているのだろうか。
朝練もないので、朝練の時間よりは遅く。それでも家でゆっくりはせず、俺よりも早く学校に来ている琴羽。
本当に何をしているのだろうか。
「学園祭の話。今日の会議でどこまで決めるかを」
「なるほどね~」
「ところで、琴羽って俺よりも早く登校してるけど、いっつも何してるんだ?」
「の~んびりと登校してるだけだよ? 康ちゃんより早く来てるって言うけど、私が教室に来てから結構すぐに入ってきてるんだぜ? 康ちゃんは」
「え、そうだったのか?」
それは知らなかった。
準備も終えているようで自分の席にいるので、何かをした後まったり過ごしているのかと思っていた。
まさかちょっと早めに家を出ているだけで、実際は俺と大差ないなんて……。
でもいい天気にやると気持ちがいいかも。
今度やってみようか。
「そういえば、みっちゃんに久々に会ったことでさ、最近おかずとか分けてないなぁって思ったから今度持ってくね?」
「あー。こっちも最近持ってってなかったもんな」
とある時から始まったおかず交換。
ここのところ俺は恋のキューピッドで頭がいっぱいだったから、余裕がなかった。
心優にも相談していたし、琴羽にも相談していたし、気にしてくれていたのだろう。
二人に今度ケーキでも買ってこよう。
「あ、チャイム鳴った。実行委員頑張ってね~」
「お~」
※※※
「それでは本日は、メイド&執事喫茶の調理担当とお化け屋敷にすることになった場合、何も考えていないのはまずいので、どんな感じのお化け屋敷にするのかを考えたいと思います」
事前に俺と藍那で決めていた通り、今日は喫茶店の調理を担当する人と、お化け屋敷をどういったテーマでどのようにやるかを考える。
調理担当はできれば料理ができる人がいい。
このクラスに何人いるのかはわからないので、いざとなれば俺が調理担当に入るしかないかとも考えている。
これは藍那には言っていないが。
「まずは、調理担当から決めたいと思いますが、立候補はいますか?」
ちらほらと手が挙がる。
中には琴羽もいた。
積極的なクラスでよかったなと実行委員をしているとつくづく感じる。
とりあえず手を挙げた人の名前を黒板に書く。
琴羽のほかには四人。合計五人か。
「次はお化け屋敷のテーマを決めたいのですが、最初は班に分かれて各班一つずつアイデアをお願いします」
藍那がそう言うと、みんな班を作って話し合いが始まる。
どの班もかなり盛り上がっていて、楽しい中でもちゃんと案を考えてくれているようだ。
その様子を確認した藍那は俺の方を向いた。
「調理の人数足りると思う?」
「いや、足りないな。午前午後それぞれ四人は欲しい。それに、お昼時はもっと欲しいかもしれない」
「だよね」
もうわかっている表情だったので、ただの確認だったのだろう。
その瞬間、俺は思い出した。
こいつも料理ができるやつだと。
「俺たちで調理に入ってもいいが、受付もあるだろうし、何より三日間もあるからなぁ……」
「さすがにずっと拘束するのはよくないわよね」
「ほぼ全員が調理に入らなきゃかもな」
「それはそれで無理だけどね。料理ができない人もいるし」
「そこなんだよな」
手を上げたのは合計五人だが、実際には料理はできるっていう人はもっといるかもしれない。
俺や藍那のように調理に入りたくてもちょっと難しい人もいる。
もしかしたら、部活動の出し物でこちらに手を貸せないという人だっているだろう。
「ていうかあんた、料理できるのね」
突然藍那が思い出したように言う。
「お前こそ」
「当然よ」
ふふんとドヤ顔をされても俺も料理ができるって言ったばかりじゃないか。
同格だよ。同格。
「調理組、もっと増やすよう呼びかけろよ」
「これが終わったらね」
そして話し合いの結果、お化け屋敷をどのようにするかは何となく決まった。
調理組はというと、なかなか増えずにいた。
「合計で十一人……」
「俺らを入れても十三人か」
「どう思う?」
「正直わからない。誰がどれくらい入っていてくれるかにもよる」
初日と二日目ずっとキッチンでもいいと言う人もいるだろうし、最終日の午前だけにしてくれという人もいるだろう。
キッチンには四人は絶対いてほしいし、最低でも三人はいてほしい。
そういうことを考えると、十三人という人数はどんなもんなのか。
「とりあえず、これでいこうと思います。喫茶店の方に決まったら、何日目のどの時間出れるかなどを話し合い、足りなければもう少し調理に回ってもらいます。よろしいですか?」
と、藍那はまとめた。
たしかに、一旦保留にして、足りないところをお願いするしかなさそうだ。
まだ喫茶店に決まったわけでもないし、焦らなくてもいいだろう。
「では、今日はここまでです」
話し合いは終わり、お昼休みを迎えた。
※※※
「私いっぱい入っててもいいよ?」
「そういうわけにはいかないだろ。ちゃんと祭りだし、楽しんでもらわないと」
「そうだよことちゃん。一緒にお店回ろうよ~」
弁当を広げ、藍那と琴羽と一緒にお昼を過ごす。
みんな自前の弁当らしい。藍那と琴羽の腕は信じていいようだ。
というか、琴羽のことは知ってたけど、藍那もかなりすごいな。
この前は気づかなかった。
「みっちゃんは遊びに来るの?」
「毎日は無理かもだけど、一日は絶対来ると思うぞ」
「なら、一緒に回りたいなぁ……」
「私も~」
そういうことになるからずっとキッチン担当なんて無理だしダメだ。
それにまだ喫茶店に決まったわけじゃないんだから……。
「というか、今考えても仕方ないんだって」
「それもそうだね。いざとなったら多めに入るから任せてくれ~」
「なるべくそうはならないように頑張るよ」
琴羽の申し出は本当にありがたい。
けど先ほどから言う通り、そういうわけにはいかないのだ。
「私たちは受付もあるし……。受付の時間も、早く決まってくれるといいのにね?」
「たしかに。明後日で決まるんだろうか……」
「どうだろうね……」
それも決まらなければ俺と藍那がキッチンに入れる時間も決められない。
そこが決まらなければ人数を増やすかも決められないし、俺と藍那の受付時間と被らないようにうまくシフトを作ることもできない。
「実行委員は大変だね~。あ、ゴミ、捨ててくるね~」
「お、ありがと」
「琴ちゃんありがと」
「任せたまえ~」
琴羽が席を離れるまで待ってから、藍那がこっそり話しかけてくる。
「受付時間、できるだけ初日にしない?」
「たしかにそうだな。面倒事は早く終わらせたい」
「無理なら任せるわ。ごめん、お願いね?」
「任せろ。なんとかうまいこといい時間にしてくる」
藍那は事情があって水曜日の実行委員会の集まりに参加できない。
なので、何かを決めることがあった場合、俺が決めるしかない。
今のうちにある程度目星を付けておく必要もあるだろう。
「機材とかもどれくらいいるか報告しなきゃかな……」
「たしかに。考えておくべきか」
まだ俺たちの決めることはたくさんあるようだった。
でも、調理器具とかはどの家庭にもある程度はあるはずだ。
「最悪、調理器具は家から持ってくればいい」
「それもそうね」
これから学園祭に向けてどんどん忙しくなっていく。
そんな中でも恋のキューピッドをしなければならないし、家のこともちゃんとしなきゃいけない。
心優も琴羽も協力してくれると言っていたが、極力迷惑は掛けたくない。
水曜日の話し合いでどこまで決まるのか。
ぼんやりと考えながら、残りの昼休みを過ごした。
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