第8話 「あ、じゃあ……麗さん」 少し控えめに、名前を呼んだ。
「あ、いたいた」
見つけた
二人で一緒のテーブル席に座り、向かい合って仲良くたこ焼きを食べていた。
「来たぞ」
「んっ!
「待つよ」
隣のテーブル席が空いていたので、
「ありゃ? みっちゃんも来たんだね!」
「来るかって聞いたら行くって言うから連れてきた」
「
「あれ? たしかに久しぶりかも……」
そう言ってちょっと考える素振りを見せる。
俺も考えてみたけど、最近はあんまり琴羽の家にも行ってないし、琴羽もうちにあんまり来てないから琴羽と心優はあんまり会ってないかも。
考えていた琴羽だったが、何かを思い出したようにはっとした顔をした。
「あ、みっちゃんこちらが藍那
「初めまして藍那さん。
「初めまして。藍那麗です。いきなり呼び出したみたいになってごめんなさい」
「いえいえ全然! 会えて嬉しいです!」
「私も会えて嬉しいな」
照れ隠しなのかぱくっと藍那がたこ焼きを食べる。
心優の素直な眼差しにやられたかこの猫かぶりめ。
しかし、さすが土曜日とあって周りには結構人がいる。
子連れのお母さんやお年寄りのご夫婦。中学生か高校生くらいの子たちも歩いているし賑やかだ。
このたこ焼き店はすぐ隣のアイスクリーム店と共用の食事スペースなので、ここも人は多い。
「えっと、心優ちゃんって呼んでもいい……?」
「もちろんです!」
「じゃあ私のことは、麗って呼んでくれる?」
「あ、じゃあ……麗さん」
そんなことを思っている間にも二人の仲は進展を続けている。
笑顔でそれを見つめていた琴羽が、たこ焼きにつまようじを刺して心優に差し出した。
「みっちゃんも一つ食べる?」
「いいのぉ? あ~ん」
「あ~ん」
はむっとたこ焼きが心優の口に消えた。
心優は左手で頬を押さえながら「う~ん♪」と幸せそうな顔をする。
ここのたこ焼きは俺も食べたことがあるけど、絶品だ。
ほどよい大きさに切られたたこが食べやすく、熱々のたこ焼きはふわっとしていておいしい。
「ごめん。もう食べれない……。康太くん、もらってくれる?」
突然そんなことを言ってきたのは藍那だ。
見れば二つたこ焼きが残っている。
器を見るに、謎に大きいサイズを買ったらしい。
緊張してバカなサイズを頼んだなこいつ……。
「いいぞ」
「はい、つまようじ」
「ん」
渡されたつまようじを使ってたこ焼きを食べる。
さすがに熱々ではなかったが食べやすい。
それにここのたこ焼きは冷めていてもおいしいんだ。
うん。うまい。
「あっら~?」
「お兄ちゃん……」
たこ焼きを食べた瞬間、琴羽からニヤニヤとされ、心優から驚いた声が発せられる。
「ん?」
何か変なことをしたかと藍那を見てみるが、藍那もよくわかっていないようで首を傾げている。
たこ焼きに悪戯でもしたのかと思ったが、とくに辛くもなんともないし、そもそも琴羽も心優もそんなことしない。
俺とだけ接している時の藍那ならともかく、今の藍那だって悪戯なんてしない。
何か変なところはないかとたこ焼きと器を見ている時、気づいてしまった。
「んぐっ!」
「あ、お兄ちゃん!」
「康ちゃん大丈夫!? はいこれお水!」
渡された水を急いで飲み、詰まったものを流す。
「ふぅ……ありがとう」
そしてまた気づいてしまった。
同じことをした……と。
最初にしたのは――
「ららちゃん、康ちゃんと間接キスだなんて、思い切ったね~」
「なっ!」
そう、渡されたつまようじ、藍那が使っていたやつそのままだったんだ。
一皿に二つ付けてくれるから使ってない方を渡せばよかったのに、藍那は自分が使っていたものを渡してきた。
ただ、それだけじゃない。
次に俺は――
「そういうことちゃんも間接キスしてるよ!」
「あっ……」
そう、琴羽が渡された水。
さっきまで琴羽が飲んでいたものだ。
でも水は緊急事態だったし、俺も心優も用意していなかったし仕方ないと思う。
つまようじはちょっと……。
「私は幼馴染だからいいの!」
「そんな理屈!?」
藍那は結構ショッキングなようだ。
こうなれば俺も
ぱくっと最後のたこ焼きをそのままのつまようじで食べる。
「ちょっ! あんた……!」
「最初は驚いただけだ。俺はまったく気にしない」
気にしなければどうということはないのだ。
何事も動じない心、それが大事。
というか藍那、素が出てる。
「やっぱりここのたこ焼きはうまいな」
「だよね~」
そのままの流れで会話をスタートする。
完璧。
藍那はプルプルと震えているがこれも気にしない。
俺は何にも動じない。
「はむっ。うん、おいしかった~! ごちそうさまでした!」
と、気づけば琴羽はたこ焼きを完食。
しっかりと手を合わせ、「ごちそうさまでした」と感謝の言葉を言う。
琴羽のたこ焼きの器はあんまり大きくないのに、藍那の方がたこ焼き残り二つになっていたことを考えると結構……。
これ以上考えて藍那が何か察したら今度こそ俺の命が危ういからやめておこう。
「もう行く? 私は行けるけど」
「俺はいいぞ」
「私もぉ」
「ららちゃんはどう?」
ちょっとニヤニヤしながら藍那に聞く琴羽。
悪い顔だ……。
藍那ははっと顔を上げると、
「もう行く!」
と、半ば
※※※
場所は変わって周りはかわいらしい服と、服を買いに来た客だらけ。
あちこちにマネキンもあり、本気で売りにきている。
女性物のファッションはよくわからないが、それでも今の季節っぽいのはわかる。
マネキンが着ている服などは、今目の前でキャッキャとはしゃぎながら藍那の服を選んでいるこの二人プラス藍那本人ででイメージできる。たしかにかわいいコーデだ。
「これなんかどうかなっ?」
「琴お姉ちゃん、それならこっちも合わせて見たらどうかなぁ?」
「それいい!」
しかし、実際に目の前で行われているのは藍那の着せ替えゲームだ。
琴羽の影響を受けてなのか心優も他の子の服を選ぶことが好きなようだ。今知った。
そんな二人が揃ってしまえばもう止まらない。
藍那から助けてほしいと視線がくるが、俺は首を振ることしかできなかった。
大人しく何度も試着室まで往復して、何度も服を選んでもらってくれ。
「はい、ららちゃんこれ!」
「わ、わかった……」
今ではすっかり目から生気を感じなくなった。
ハイライトが消えたってやつだ。
琴羽も心優も、真剣に選んでくれているから無下にはできないだろうし、どのみち服選びはしなきゃだろうからどっちにしろ丸一日は掛かっていたはずだ。
なんて言ったってデートだしな。
だから別にいいと思う。他人事だから言えることかもだけど。
ただ、着替えるのが大変そうだなとは思っている。
本当に。
「麗さんってホントかわいいねぇ」
「でしょでしょ? かわいいからなんでも似合うし、あれもこれもってなっちゃうよね!」
「ホントホント!」
こうして藍那が着替えている間も、琴羽と心優は次々に服を選んでいる。
恐ろしい。
その時、俺のスマホが震えた。
『ありがたいんだけど、なんとかならない?』
藍那からのメッセージだ。
さすがに疲れたから助けてということなんだろう。
『服は決まったのか?』
『ある程度は』
『じゃあその中からどれがいいか琴羽と心優に選ばせればいいと思う。そしたら明日の準備はほかにもあるから解散したらどうだって提案するよ』
『わかった。ありがと』
しばらくすると、試着室から「おまたせ」と声が聞こえた。
琴羽と心優はすぐに静かになる。
試着室から出てきた藍那は、これまた綺麗だった。
ネイビーデニムにブラックニットを合わせて、長い金髪を珍しく結ってポニーテールになっている。
明るい印象になるように上の方で結っていて、綺麗さの中にかわいらしさが表れている。
「いいねららちゃん!」
「これもいいですねぇ」
二人とも感激というように声を上げる。
「康ちゃんもいいと思うよね?」
「ああ。普段見ない髪を結ってるところも男子的にはポイント高いと思うぞ」
「あーなるほどぉ。ギャップってやつだねぇ? お兄ちゃん」
「そういうことだ」
普段髪を下ろしている子が髪を結ぶとか、普段髪を結んでいる子が髪を下ろすとか、そういうのはだいたいみんな好きだ。
結んでいる子は別に無理に髪を下ろすんじゃなくて、結ぶ場所を変えたり、ちょっと変化を付けることでも男は喜ぶ。
いつもと違う髪型というのは、結構大事なポイントだ。
「もうそろそろ決めたいと思うんだけど、ことちゃん心優ちゃん選んでくれる?」
「もちろん!」
「任せてください!」
お、さっそく作戦通りか。
そうして場所を変えたりしながら、候補を二人に伝えていく。
二人はどれもいいと悩みながらも、金銭的に全部買うのは無理なので、悩みに悩んで決めていった。
結果的には藍那に似合っていてすごくいいと思う。
こんな子とデートできたらさぞ幸せな気分に浸れるだろう。
「藍那もほかに準備があるだろうし、そろそろお開きにするか?」
「あ~たしかにそうだねっ! じゃあそろそろ帰ろっか~」
藍那が親指を立ててくる。
グッド。だそうだ。
まぁこちらとしても買い物があるからそろそろお開きにしたかったという本音がある。
それに、こうでもしないと本気で永遠に続きそうだった。
女の子怖い。
「電車もいい感じの時間があるよぉ」
「じゃあ行こっか」
そうしてみんなで
この時期、外が明るいと思っていても急に暗くなる。
今はまだ明るいが、暗くなるのも時間の問題だろう。
琴羽と心優は駅どころか家まで同じところなのでいいが、藍那は少し心配だ。
せめて誰かが一緒ならよかったんだけど……。
「藍那、駅から家って近いのか?」
「歩いて十分くらいよ。どうかした?」
「暗くなったから、大丈夫かなと思って」
「大丈夫よ。暗くなってもまだ人がそこそこいるもの」
「それもそうか」
たしかに時間的にはまだ大丈夫だ。
「ありがと。今日は無理やり呼んだみたいになってごめんね?」
「なんだよ急に。気持ち悪い」
「あのねぇ……。あたしが素直にお礼を言ってるんだからそんな言い方ないでしょう?」
「これまでの行いを考えれば妥当だと思うんだが……」
「あんたホントウザイわね……」
そこで藍那はふふっと笑う。
なんだよ怖いな……。
「でも助かったわ。またよろしくね」
「おう……」
ここまで素直に言われると俺も素直に頷くしかない。
仕方ないさ。こんななんの偽りもない笑顔で言われれば。
まもなく姫奈駅に着いた。
すぐに電車も来て乗ることもできた。
「楽しかった~! またみんなでどこか行こ~よぅ~」
「遊園地とかもいいなぁ」
と、琴羽と心優がこんなことを言い出す。
たしかに楽しかった。
またこのメンバーで遊ぶというなら是非連れて行ってほしい。
「そうだな。雪が降る前に行くか」
「え。秋に行くの難しくない?」
「それもそうか」
長期休暇がない時期だ。
藍那が言う通り、この時期に行くのはちょっと難しいか……。
「無理に遊園地じゃなくても、どこでも楽しいって」
「たしかに」
「でもしばらく服選びは勘弁してほしいなぁ……なんて」
ちょっと呆れたような藍那の言葉に、みんなが笑う。
「ごめんね着せ替え人形にしちゃって……」
「わたしも楽しくてつい……」
「あ、いいのいいの! いい服選べたし。ありがとう」
「じゃあ次も……」
「いいですよねぇ……?」
「こらぁ! 調子に乗るなぁ!」
再び笑いが起こる。
藍那と琴羽の距離がすごく縮まったんだなと、昼間は思っていたけど、藍那と心優の距離もかなり縮まったように感じる。
普通の友達のようだ。
琴羽に久々に会えたのもよかったかもしれない。
「あ、もう
「うん! 応援してる!」
「麗さん! 頑張ってください!」
「頑張れよ」
「うん! ありがと! またね!」
そう言って藍那は元気に電車を降りて行った。
今日みんなで買い物をしたことが、息抜きになったんじゃないかとも思う。
明日への緊張がないように見えた。
もしかしたら琴羽と心優は、そういう意味も兼ねて着せ替え人形にしていたのかもしれない。
そのまましばらく電車に揺られ、目的の駅である
三人で降り、俺は買い物に行かなければいけないことを二人に伝えた。
「あ、そうだったねぇ」
「私も行く! ちょっとマヨネーズがなくってさぁ……」
「じゃあみんなで行くか」
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