第7話 「ららちゃん変身第一弾」 謎のメッセージと共に、画像が送られてきた。

「ふわぁ……」


 欠伸をしながらさっと伸びをする。

 時刻は五時半前。今日は9月4日、土曜日。


 学校は休みだが、朝ごはんの時間は変わらない。

 よって今日は当番の俺が早起きだ。


「よっと」


 五時半にセットしている目覚ましが鳴る前に止めて、ベッドを下りる。

 そのまま部屋を出て洗面所に向かった。


 顔を洗って目を覚まし、キッチンに向かう。

 今日はおにぎりと味噌汁、ウインナーに卵焼きにベビーリーフを添えようと思う。


 昨日から置いておいた米をまずは炊く。

 米が炊けるまでの間にウインナーと卵焼きと味噌汁を作ろうと思う。

 出汁を取るのは大変なので、出汁入りと書いてある味噌を買っている。これは楽で朝にちょうどいい。


 まずは乾燥わかめを水につける。

 約五分掛かるので、その間に豆腐を切っておく。


 約五分経ったら鍋に用意しておいた水にわかめを入れ、火にかける。

 ちょうどよく煮込んだらいったん火を止め、味噌を溶かし入れ、最後に豆腐を加えて完成だ。

 もちろん味見もする。


「うん。良い感じだ」


 ほどよく薄めの我が家に合った味だ。完璧。


 次にウインナーを焼く。

 フライパンに少量の油を敷いて焼き上げる。


 残った油をキッチンペーパーで軽く拭き取り、溶き卵を入れ形を作る。

 出来上がったら切り分けて皿に入れておく。


 米が炊けたようなので、サランラップを用意し、おにぎりを作る。

 サランラップに約100gほどの米を入れて、しゃもじで広げ、真ん中あたりに梅干しを置いて握る。


 形が整ったら、両面に塩を一振りずつして、もう一度軽く握る。

 最後に海苔を巻いて完成だ。


 おにぎり、ウインナー、卵焼きを皿に盛り付け、最後にベビーリーフを盛りつける。

 お椀に味噌汁を持って今日はこれで全部。


「ん~。いい匂い……」

心優みゆおはよう」

「おはよぉ。すぐに来るねぇ」

「おう」


 心優が顔を洗う間に、料理の乗った食器をテーブルに運ぶ。

 箸等も準備して後は食べるだけだ。


 戻ってきた心優と一緒に手を合わせる。


「「いただきます」」


 おにぎりを一口食べた心優は嬉しそうに微笑んだ。

 次に味噌汁に手を付ける。


「やっぱりこの味だよねぇ」

「ちょっと薄めは俺も大好きだ」


 俺たちの両親は薄味好きで、母親がよくこの味噌汁を作ってくれていた。

 これは俺も心優も大好きで、うちでは欠かせないものになっていた。


 その味を俺たちは今も作り出している。


「ウインナーもちょうどいい焼き加減だし、卵焼きも甘すぎずにちょうどいいねぇ……。さすがお兄ちゃん」

「心優には及ばないよ」

「またまたぁ」


 うちの卵焼きは甘い派だ。

 父親が甘い卵焼きが好きで、母親が作ってあげていた。

 それを俺たちも食べていたので、すっかり甘い卵焼きが好きになった。


 左手で頬を押さえながら嬉しそうに食べる心優を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。


「「ごちそうさまでした」」


 綺麗に食べ終え、食器を持ってキッチンへ。

 自分の分は必ず自分で。これはうちでの決まりだった。


 皿を洗い終えると、スマホがメッセージを通知した。


「お兄ちゃんスマホぉ」

「わかってるわかってる」


 土曜の朝に何だろうかと思いながらアプリを起動すると、メッセージの主は藍那あいなだった。

 一体どうしたんだろうと思いながら内容を確認する。


『日曜日に決まりました』


 内容はこんな淡々としたものだった。


 たぶん、デートのことだろうな。

 緊張でガチガチになっている藍那が目に浮かぶ。


『よかったじゃないか。服とかは決めたか?』

『これから琴羽ことはちゃんと一緒に決めます』

『へぇ。出かけるの?』

『とりあえず私の家に来て、買いに行くか決めるそうです』

『そうか……』


 話づらすぎる……。


『気を付けてな』

『ありがとうございます』


 大丈夫なのかこいつ……。

 誰なんだよと思うくらい別人なんだが……。

 まぁ琴羽が一緒なら今日は大丈夫か。


「なんだったのぉ?」

「俺がキューピッドしてるやつが、明日デートになったんだと。それで琴羽と服選ぶって連絡が来た」

「本当に順調なんだねぇ。お兄ちゃんは行かなくていいの?」

「俺が行ったら服選びにくいだろぉ」

「それもそっかぁ」


 こういう時に男の意見はいらないんじゃないかと思う。

 好みっていうのもあるが、その子らしいかわいさというのが一番大事だ。


 そういうことなら男の意見は邪魔だ。

 藍那と琴羽に任せるべきだ。


「心優は今日はどうするんだ?」

「わたしぃ?」

「出かけたりするのか?」

「いやぁ? 今日はゆっくりしてるつもり。明日はまりぃちゃんと遊ぼうかと思ってるよぉ」

「おっけーわかった」


 なら、今日は俺も家でゆっくりしてようかな。


 とりあえず朝の準備をいろいろと終える。

 リビングに行くと、心優がいなかったのでまだ準備をしているんだろう。

 女の子は時間が掛かるからな。髪とか。


「女の子って出掛ける予定がなくても髪とかちゃんとするもんなのか……?」


 その辺はまったくわからないけど、身近な女の子……。

 心優と琴羽はいつもちゃんとしている。


「考えても仕方ないな」

「なにがぁ?」

「おっ! びっくりした……」


 パジャマから部屋着に着替えた心優がそこにはいた。

 いつもと変わらず、綺麗な黒髪セミロングの右側を細いリボンでまとめていた。でも今日のリボンは黄色だ。


「ごめんごめん。それで、何が考えても仕方ないの?」

「いや、こっちの話だ。気にするな」

「そぉ?」


 心優は不思議そうにきょとんとするが、深くは言及せずにソファーに座った。

 テレビを見るようだ。

 しばらくチャンネルを回し、気になるものがあったのか途中で止まった。


 俺も家でゆっくりしようと思ったが、特にすることがないな……。


「何しようか……」


 しばらく棒立ちしていると、心優がひょいひょいと手招きしてきた。

 暇なら一緒に見よ? ということだろう。


 俺はそのお言葉に甘え、隣に座った。

 心優が見ていたテレビ番組は、旅番組だった。


 そのまま何事もなく、テレビを見て時間は過ぎて行った。


 そしてお昼前になった頃。

 俺のスマホから音が鳴った。誰かがアプリでメッセージを送ってきたようだ。


 開くと琴羽からだった。


『ららちゃん変身第一弾』


 という謎のメッセージと共に画像が送られてきた。


「えぇ……」

「どうしたの?」


 心優にも画像を見せると、思わずと言ったように声を上げた。


「わぁ……かわいい……。この人がキューピッドの?」

「そうそう」


 画像には私服の藍那が写っていた。

 ららちゃんというのは藍那のことだったのか。

 下の名前がうららだから、ららちゃんか。


 いつの間にかまた距離が縮まったらしいな。

 ていうか俺に送ってくるなよ。


「このドロップショルダーのシャツと、このスカートは……なんていうのかな? かわいい……」


 俺の思いはつゆ知らず、心優が画像に食いつく。


 藍那の服装は上は白いTシャツを着ていて、その上に青いシャツを着ている。

 下は短めのスカートで黒いなんだかよくわからないおしゃれなものを着ていた。


 黒いキャップも被ってなんだか大人っぽく見える印象だ。


「ん?」


 気づかなかったが、もう一つ何かメッセージが届いていた。

 今度は藍那からだ。


『見たらどうなるかわかってるわよね?』


 恐怖のメッセージだった。

 こんなメッセージが送られてきているとは知らない心優が、どこで買ったか聞いてと頻りに言ってくる。


『手遅れだ』

『最悪。ことちゃんが勝手に送っただけだから』

『想像できるが』

『ならまあいい』


 ことちゃんか。

 本当に距離が縮まったらしい。


 今なら聞けそうだ。


『それ、どこで買ったんだ?』

『怒られたいの?』

『いや違う。妹が聞いてくれって』

『普通にデパートよ』

『そうか。ありがとう』

『今度妹ちゃんにも会ってみたい。ことちゃんがかわいいんだよって言ってるから気になる』

『伝えとく』


 まだ琴羽と買い物してるんだろうか。

 というか、猫かぶりの件は大丈夫なのだろうか。


『猫かぶりは続けてるのか?』

『猫かぶり言うな。……続けてるケド』

『気を付けろよ』

『今までどれだけやったと思ってるのよ。大丈夫よ』


 それはなんの自慢にもならない。

 一体どれくらいやればそんな自信が湧いてくるのだろうか。

 実際どれくらいやってるのか気になるから今度聞いてみよう。


「どこで売ってるって?」

「ああ、デパートだと」

「あそこかぁ……。明日まりぃちゃんと行こうかなぁ」

「それと、心優に会いたいって言ってた」

「わたしと?」


 意外そうな顔をしている心優。

 突然そんなことを言われたら驚くのも無理はないか。


「琴羽が一緒だって言ったろ? なんか琴羽が話したらしい。妹がいるってことは俺も言ってたし」

「あ、そうなんだ。わたしも会ってみたいなぁ……。すっごい美人さんだもん……」


 そう言いながらうっとりと頬に左手を当てる。


 まぁ傍から見れば美人だよな藍那は。

 俺もそう思ってた。


 容姿だけなら今でも思っているけど。


 と、またメッセージが。


『ららちゃん変身第二弾。今度はこっそり送ってるから、ららちゃんには内緒ね』


 今度もまた画像付きで送られてきた。


 画像を開くと白いワンピースの藍那が写っていた。

 心優にも見せると、またまた「かわい~!」とキャッキャしている。


 俺もそれには同意する。

 たしかにかわいい。


 俺は琴羽に返信するためにスマホを持ち直した。


『藍那に怒られるからそれ以上はやめてくれ』

『ららちゃんなら怒ってもかわいいもんでしょ~笑』


 そうだった。

 琴羽の前ではそういうことになってるんだ。


『でも考えてみろって。俺に見られて嬉しいわけないだろ』

『そうかなぁ……。ま、感想は参考になるかもだから聞かせてよ』

『心優に聞いてくれって』

『じゃあ聞いて~。隣にいるんでしょ?』


 俺のスマホを覗くわけにはいかないので、心優はまたテレビに視線を向けていた。

 こちらをチラチラ見てはいたから気になってはいるのだろう。


「心優、藍那……あぁ、キューピッド相手の名前藍那っていうんだけど、こいつの服装似合ってるか聞いてくれって琴羽が言ってるんだけど」

「へぇ~、藍那さんっていうんだぁ。すっごくかわいいと思う! 似合ってる!」

「伝えとくよ」


 若干興奮気味で前のめりに答える心優に戸惑いつつも、俺はその旨を琴羽に伝える。


『すごい褒めてたぞ』

『やっぱり~? ららちゃん元がいいから着せ替え甲斐があるよ~』

『あんまりいじめてやるなよー』

『わかってるわかってる』


 何回も服をコロコロ変えてるんだろうなぁ……。

 琴羽の言葉通りに……。


 琴羽って昔から誰かの服を選んでかわいく着飾るのが好きだったような気がする。

 たしか、心優に自分のお下がりをジャンジャン持ってきては着せ替え人形にしてたな。

 身近なかわいい子をさらにかわいくするのが好きなんだろうか。


「ん?」


 と、またスマホに通知がきた。

 藍那からだ。


『これ、いつまで続くの……』

『買い物リスト。にんじん、たまねぎ、牛乳』

『無視してメモ代わりにすんな!』

『要するに諦めろってことだ』

『なんとかしなさいよ!』

『と、言われましても』

『これから康太も来るってことちゃんに言ったら喜んでたわ』

『勝手に決めんなや』


 一日のんびりしてようと思ったのに適当なこと言いやがって……。

 どうせ暇だったから行くけど。


『昼ごはん食べたらな。ていうか、そっちもそろそろなんか食べろよ』

『それ名案ね』


 これで今日の予定が確定してしまった。

 午後からは波乱になりそうだ。


「心優、何食べる?」

「動いてないから軽くでいいよぉ」

「あ、そうだ。午後から藍那と琴羽がこっちこいって言ってるんだけど、心優も来るか?」

「行く!!」


 心優が急にガバっと前のめりになる。

 これまたすごい勢いだ。


「じゃあチャーハンにでもしとくか」

「手伝う!」

「おう」


 なぜだかとてもやる気になっている心優と一緒に台所に立った。


 そしてササっとチャーハンを作り上げる。朝に残った味噌汁と一緒にいただいた。

 チャーハンの味はいつもより濃かった気がする。


 皿洗い等の片づけを終えると、すぐに準備をして家の鍵を閉め、駅に向かって心優と歩く。

 隣を歩く心優はなんだかとても嬉しそうだ。


「まさかこんなにすぐ会えるなんて思ってなかったなぁ」

「買い物以外で外に出るのって、久々な気がする」

「たしかにお兄ちゃん、あんまり遊びに行かないよねぇ」


 友達がいないわけではないが、俺は買い物とか以外にあまり外に出ることはない。

 祐介ゆうすけなんかは部活で忙しいだろうし、遊びに行けないだけだ。


 幸いにも今日の天気はいい。

 ちょっと暑いが、秋らしい涼しさになってきた。

 正直気持ちがいい。こうも気持ちがいいと、また出かけたくなるもんだ。


 ……その時は一人か。


「あ、もう電車くるよぉ」


 切符を買っていると、ホームにすぐ電車が来た。

 時間よりちょっと早い。


 時間に余裕をもって乗車して、俺たちは空いてる席に並んで座った。

 昼過ぎの電車は全然人が乗っていなくて、快適だった。


 途中、メッセージでデパート一階のたこ焼き店にいると聞いた。


 学校とは反対側に進む電車に揺られ、辿り着いたのは大きめの駅。

 名前は姫奈ひめな駅。

 駅の中にはパン屋や喫茶店などが所狭しと並んでいる。

 外に出て、バスターミナルを抜けるとデパートだ。


 すぐにたこ焼き店の近くに行くと、二人の美少女を見つけた。

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