第6話 「……きも」 蔑んだ目で見られた。

 朝。少し早めに起きた俺は、昨日決意した通り心優みゆの手伝いをする。

 料理は必要に迫られてしたのが始まりだった。

 でも、心優は料理が好きになったようで、料理はわたしがやりたいからゴミ捨てをお願いと言われた。

 これがついさっきのこと。


 俺は用意されていたゴミ袋を持って外に出る。


「あ、こうちゃん! おっはー!」

琴羽ことは。おはよ」

「今日当番?」

「いや、俺昨日寝坊しちゃってさ……。夜もごはん作りたいからって心優にほとんど任せちゃって……。だから手伝い」

「そっかそっか~。みっちゃんはえらいねぇ~」


 そう言って琴羽がはにかむ。

 今の琴羽はパジャマっぽい服装に髪もまとめていない。


 本来であれば喜ぶところなのだろうが、見慣れてしまっているので特になんとも思わない。

 ただ、無防備だなとは思うこともある。


「今日のごはんは何になるのかな?」

「魚を焼いてるのは見た」

「へ~いいねぇ~! お弁当は?」

「作ってくれてるよ」

「ホント、えらいねぇ……」


 心優は中学生なので給食があるが、俺はそうもいかない。

 俺が当番の時はもちろん自分で作るが、心優が当番の時は心優が作ってくれている。


 本当にありがたいのだが、同時に申し訳なくも思う。

 しかし、心優曰く、「私が高校生になったらお兄ちゃん、私のも作ってねぇ」だそうだ。


 本当にいい妹を持ったものだ。


「みっちゃんに言っといてよ? お弁当が大変な時とか、めんどうだなって時があったら、私に言ってくれれば康ちゃんのも作るよ~って」

「わかった。ってそれも申し訳ないんだけど……」

「みっちゃんと同じで、好きで作ってるからいいんだって! 大人しくお言葉に甘えてなさい?」

「わかったよ」


 そうしてお互いに笑い合う。

 朝早く起きると、時間に余裕ができてこういうたわいない会話もできる。


 早起きは三文の徳と言うけど、こういうことなんだろうなぁ……。


「じゃ、また学校でね~」

「お~」


 琴羽と別れ、家に帰ってくると、すでに部屋はいい匂いで満たされていた。


「おかえり。遅かったねぇ」

「ああ。琴羽と会ってな」

「そっかそっか。もうすぐできるからねぇ」

「手伝うことあるか?」

「じゃあお皿持ってってぇ」

「わかった」


 そうして心優が作ったごはんを二人で食べ、俺たちはそれぞれ学校に向かった。



※※※



 9月3日。金曜日の四限目。

 ホームルームとなったこの時間に、出し物を決めることになった。


「えっと……それでは、クラスの出し物を決めたいのですが、何か案がある人はいますか?」


 藍那あいながちょっと不安げに声を上げる。

 こういうことは俺がやるよりも藍那がやった方がいいだろうという判断だったのだが、実際どうだろうか?

 今となっては俺も藍那も似たような扱いにされているのか、クラスの反応は特に変でもない。


 この噂が消えないとかなり面倒なんだが、本当にどうしたもんか。

 ちなみに、琴羽とのあの作戦は、俺と藍那でもともと昼食を取る予定だったのだが、恥ずかしかったから琴羽に頼んで仲介をしてもらった。という謎の解釈で落ち着いたらしい。


 学園祭の実行委員を推薦されたのが謎だったが、これで謎はなくなった。

 なくなって欲しかったのは噂の方だが……。


「えっとじゃあ、班に分かれてそこで一つずつ案を出してくれますか? このままじゃ決まらないので」


 素晴らしい起点だ。

 生徒は素直に従い、班別での話し合いが始まる。


 藍那はほっと一息ついて、クラス全体を見守っていた。

 俺はそんな藍那にも出し物について、何がいいのか聞いてみる。


「藍那、お前はなんかやりたいこと、ないのか?」

「え? う~ん……。考えたことなかったな~」


 当然と言えば当然か。

 今は上野うえの先輩のことで忙しいだろうからな。


「そういうあんたは何かないの?」

「メイド喫茶で」

「……きも」


 蔑んだ目で見られ、藍那は正面に向き直った。

 もうこちらを向いてくれそうにない。


 でもしっかり調子を取り戻してくれたようで安心した。


「まだ決まってない班はありますか?」


 藍那の問いかけに答える班はなかった。

 どうやら全班意見がまとまったらしい。


「それでは、そちらの班から順にお願いします」


 そうして出された案は、全六班なので六つ。

 メイド(執事)喫茶が三票のお化け屋敷二票祭りなどにある屋台ものの集合が一票。


 票数を見た藍那が、黒板を見ながら難しい顔をした。

 そしてきりっと俺を睨む。


 別に何も仕組んでないって。


「では、女の子はメイド、男の子は執事喫茶というメイドアンド執事喫茶ということでよろしいですか?」


 クラスメイトに異論はないようだった。

 俺はそれを確認し、黒板に書いたメイド(執事)喫茶に丸を付け、メイド&執事喫茶と書いた。


 正面に向き直ると、なぜか藍那がまた睨んできていた。


 だから何もしてないって。


「それではメイド&執事喫茶で決定します」


 生徒たちからちょっとした歓声が上がる。


「時間が余ったので、また班別になりますが、どんなものを提供するか考えてみてください」


 すぐに返事が返ってくる。

 藍那のまとめ役は大成功だな。


「さてと……」


 班別での話し合いが始まると、藍那はこちらに体を向けた。

 かなり盛り上がっているため、俺と藍那の会話は周りに聞こえないだろうし、気づくこともない。


 キュっとした目つきで俺を睨むようにしながら、藍那は口を開いた。


「まさか本当にメイド喫茶になるとはね」

「いやなのか?」

「いやよ。男たちの視線が気持ち悪いわ」


 そう言って藍那は心底嫌そうな顔をする。


 連絡先を交換した時、自分のことをかわいいとか言うくらいだったから、これくらい余裕だと思っていたが。


「メイド服とか、誰が準備するか決めなくていいのか?」

「それもそうね。でも、来週の水曜に委員長にこの企画をするって言うんでしょ? 却下されるかもしれないのよね?」

「たしかに。調理とかも必要になるだろうし、機材が足りなかったりしたら一年生の俺たちは後回しになるかもな」

「なら、ほかの案も考えておいた方がいいのね。まぁ、お化け屋敷か」

「だな」


 メイド&執事喫茶の次に票が多かったのがお化け屋敷だ。

 第二候補は必然的にお化け屋敷になるだろう。


 どちらも準備に時間が掛かりそうなものだ。

 誰が何を準備でき、するのか。いろいろと決めておいた方がいいかもしれない。


「今の、みんなに話して両対応できるようにしといた方がいいんじゃないか?」

「そうするわ」


 表情を笑顔に切り替えると、藍那は再びみんなの方を向いた。


「ちょっと聞いてくれますか? 一応メイド&執事喫茶に決まりましたが、機材の関係でダメになるかもしれません。なので、その場合、次点のお化け屋敷になります。よろしいですか?」


 もちろんみんな異論はない。


「そして、どちらでもいいように、ある程度誰が何を準備するのか決めたいと思います。まず、メイド&執事喫茶ですが、衣装を準備できる方はいらっしゃいますか?」


 そんなこんなで話し合いは進み、今日は衣装を作る人が数名決まり、食器等は先生が持ってきてくれることになった。

 お化け屋敷の方はまだだし、喫茶店の方も決めることはまだまだあるが、とりあえず一安心だ。


 このまま水曜日までに二つともある程度決まれば、どっちになっても安心だ。

 ただ、この学校は実行委員を決めるのが遅かった。

 案が却下されることはほぼないと見ている。


 実際にはわからないから、念には念を入れたほうがいいだろうということで黙っていた。

 ま、これで両方の案が通らなかったらそれは笑うしかないけどな。



※※※



 放課後。

 今日は部活に行かないという藍那と、帰宅部の琴羽と一緒に帰り道を歩いていた。

 踊咲おどりさき高校の生徒はだいたいこの踊咲高校前おどりさきこうこうまえ駅を使っている。

 降りる駅が違うところでも、この駅までは基本一緒だ。


「んで、この休日なんだが、藍那お前さ、先輩とどっか出掛けるべきじゃないか?」

「そ、それって! で、で、で……」

「そうだ。デートだ」

「でっ!?」


 瞬間、藍那の顔が真っ赤に染まる。

 はわわと言葉を漏らしながら、頬を両手で挟み込んでいる。


 今は琴羽も一緒なので、口調なども猫かぶりだ。

 態度は自然と出る分、演技しやすい性格でよかったなと言ってやりたい。


「ふふふ、かわいいなぁうららちゃん。私もそうした方がいいと思うよー?」


 ニコニコの笑顔で藍那の顔を覗き込むのは琴羽だ。

 顔を覗き込まれた藍那はサッと顔を逸らす。


 琴羽が回り込んで覗き込もうとするが、藍那はまた反対に顔を逸らす。

 繰り返されるその動作を見ていると、子どもがイヤイヤを言っているようだ。


「で、でもでも、私に誘えるかなぁ……?」

「今までも連絡先とか登下校とかできたし、いけるって」

「そ、そうかなぁ……?」

「うんうん! 麗ちゃんなら絶対大丈夫だよ!」

「ホントぉ?」


 頬を両手で挟んだまま自信なさげに問われる。

 俺と琴羽は励まし続けるが、あまり自信がないようだ。


「絶対おっけーもらえるって。だいたい、登下校が一緒にってそれデートみたいなもんだろ?」

「た、たしかに……」


 登下校デートというやつだ。

 藍那がまたごねそうなので、言わないが休日デートは難易度が上がる。


 というのも、まず服装が全然違う。普段見る制服ではなく、私服になるのだから。

 さらに休日という特別感だ。

 登下校なら、学校に向かうという絶対にしなければならないことに沿っている。

 だが、休日は一緒に遊びたいとか会いたいから当人たちが勝手に会っているだけだ。


 この差は大きい。


「ふふふ」


 琴羽はわかっているようで、俺の説得にこっそり笑っている。


「それがちょっと休日になっただけだ。それに、学校以外で会えるんだぞ? しかも次もって誘いやすくなる」

「お、おお!」

「それに、普段学校でも、休日にどこ行って楽しかったね。なんて話もできる」

「おお!!」


 段々と笑顔になり、前のめりになってくる藍那。

 どうやら俺の説得勝ちのようだな。


「でも、どんな風に誘えば……」

「う~ん……そうだな……」


 たしかにそれは難しいところだ。

 映画のチケットもらって~とかは簡単だけど……。


 どこかに行きたいって話を前からしてたわけでもないし、やはりチケットか……?


「康ちゃんはどうやって誘われたい?」

「俺?」


 俺ならどう誘われたいか。

 これは前、登下校はどう誘ったらいいと思うか心優に聞いた時に言われたな。


 そうだな。男がここにいるんだ。

 先輩と俺じゃ違う人間だが、男というところは一緒だ。参考になると思う。


「俺なら、夜にアプリかなんかで日曜日空いてますか? とか聞かれて、空いてるって答えたら素直に映画見に行きませんか? とか聞かれるといいかな……」

「ふふっ、康ちゃんらしいね! 麗ちゃんどう? 参考になった?」

「あ、うんっ」


 会話がひと段落ついたところで、電車がホームに入ってきた。

 俺たちはその電車に乗り、さらに恋愛相談を続けた。


 もしおっけーをもらったら、どんな服装がいいとか。時間はどこでご飯はどうするのがいいかとか。

 そういうところを聞くと、男がセットするべきじゃと思わなくもないが、今の時代そんなこと関係ないだろう。


 好きという気持ちに嘘は付けない。


 話をしている藍那はとても嬉しそうだった。

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