第5話 「ん~おいしぃ~♪」 とろける笑顔でほっぺを押さえた。
「…………」
「…………」
放課後になり、集まりに向かう。
もちろん、今日のホームルームで決まってしまった学園祭実行委員の集まりだ。
隣を無言で歩く
いつもなら言いたいことをはっきりと言ってきそうなもんだが、すっかり意気消沈しているようだ。
「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
堪らず俺は話しかけた。
らしくもない藍那を見ていても気持ち悪いだけだ。
「その……巻き込んでごめん……」
「そんなことが言いたかったのか? 気にすんなよ。巻き込まれることに関しちゃ恋のキューピッドなんていうとんでもない嵐に巻き込まれてるから」
「…………」
そう言ってやるとさらに俯いてしまった。
ホント、調子狂うな……。
「嫌なら……」
「やめてもいいって言われてもやめないからな」
「え……?」
「最終的に引き受けたのは俺だ。引き受けたことは最後までやり遂げる」
ここまできてやめるなんてそんな無責任なことはできない。
引き受けたら責任を持って最後までやり遂げる。
両親との約束だ。
「でも……」
「でもも何もない」
「だ、だってあたし、火曜日と木曜日しか……」
「それなら休んだってかまわない」
「え……」
「家庭の事情があるんだろ? その曜日以外は俺がなんとかする」
「でも……」
「同じことを言わせるな。でもも何もない。やるしかないんだよ」
決まったものは仕方ない。もうどうすることもできないんだ。
未来にも過去にも行くことなんてできない。
決まったことはもう、どうすることもできないんだ。
「康太……?」
「あ、いや……まぁとにかく、気にするな。ほら、着いたぞ」
「うん……。ありがと……」
藍那の元気がないままだが、集まりがあるという教室に辿り着いた。
集合時間はまだだが、もうすでに何人か集まっている。
同学年や先輩が何人かだ。
友達の少ない俺には、顔見知りのやつがいなかった。
藍那はすぐに別のクラスらしい子に声を掛けられていた。
猫かぶりのスイッチは入っているようだが、元気がない。
友達も心配そうにしていた。
「藍那、大丈夫か?」
「うん……」
そろそろ時間なので、それぞれのクラスでまとまって座る。
当然、俺の隣は藍那になるわけだ。
いまだに元気がない藍那に問いかけたが、まったくこっちを見ようとしない。
俺と話すときはあんな態度になるが、性格は真面目中の真面目らしい。
言葉遣いと態度だけ猫を被っているだけで、仕草は変わらないし、性格なんて変わるわけがない。
藍那のことが、なんとなくわかるようになってきた気がする。
「はい。それでは、時間になったので、始めます。私は学園祭実行委員長を務めさせていただきます、鳩ケ
そう言ってペコリと頭を下げるのは、身長161cmくらいの凛々しい女子生徒だ。
三年生のようで、凛々しい表情も相まって大人っぽく見える。
きゅっと結んだポニーテールが、鳩ケ谷先輩自身の身を引き締める様子を表しているようにも思える。
「知っての通り、踊咲高校学園祭の実行委員が決まるのは遅いです。もう明日にはどんな出し物にするか、ある程度決めてもらう必要があります」
一般的には、夏休み前にもう出し物が決まっていて、集まりもあったりするんだと思う。
三日間行われるのに、こんなに遅いのは珍しすぎるかもしれない。
「集まるのは四回くらいと思ってください。クラスでの出し物、パンフレットなどを玄関で渡したりする受付、調理をするクラスは機材などについて話し合います」
集まる回数そんなに少ないんだな。
これくらいならどうとでもなりそうだな。
俺は小声で藍那に話しかける。
「よかったじゃないか。集まること少なそうで」
「うん」
こちらに顔を向けた藍那は驚いたような表情をしていた。
そして、安心したようにため息をほっと吐いた。
「それでは、来週の水曜日の放課後までにクラスの出し物を決めてください。放課後、集まりをします」
途端、藍那がどうしようとでも言いたそうな顔でこちらを見る。
そんな顔でこちらを見られても、抗議なら委員長にしてほしいし、俺は休んでもいいと言ったんだが……。
「それでは、本日はここまでです。みなさん、改めまして、よろしくお願いします」
綺麗な姿勢で礼をする。
何から何まで美しい動きだ。
委員長の言葉でこの場は解散になった。
途端に周りがざわざわとし始める。
「ど、どうしよう……!」
藍那はもちろん困った顔でこちらを見る。
「どうしようも何も、休んでいいって言ったじゃないか」
「でもでも、あたし実行委員やってもいいって言っちゃったんだよ?」
「集まりはそこまであるわけじゃないんだし、クラス内でのことをちゃんとやってくれれば文句はないって」
「うん……」
納得いかないようだが、これで納得してもらうしかない。
「それで、今日はこれからどうするんだ?」
「あ、うん……思ったより早く終わったから、部活行こうかなって」
「そうか。ならさっさと行けよ。下校一緒にしたいだろ?」
「そ、そうだねっ。じゃ、また明日ね」
「おう」
やっと笑顔が戻った藍那は、早足で教室を出て行った。
鞄は自分のクラスだから、なるべく急いでいるのだろう。
さて、俺も帰るか。
まずは鞄だけど。
そして帰ったら
※※※
「というわけで、ごめん!」
「いいよぉ。もう決まったならしょうがないってぇ」
「それはそうだけどさぁ……」
決まったことは何も変えることができない。それはよくわかっている。
何度後悔しようと、何度やり直したいと思おうと、時間はそんなことお構いなしに進み続ける。
それでも俺が勝手にしたことだ。心優にまで迷惑が掛かる以上謝る以外の選択肢はない。
「ホントごめん」
「もういいよぉ。こっちはなんとかするから、ちゃんとそっちはやるんだよぉ?」
「わかってる」
真剣に返事をすると、心優はにこっと笑ってキッチンに向かった。
「おい、今日は俺が当番だろ? 朝任せちゃったけど……」
「なんかわたしが作ってあげたくなってぇ。ダメ?」
「でも、いいのか?」
「いいよぉ。三色ビビンバ作るねぇ」
「おー!」
ビビンバが食べたくなったから作ったとか言ってたあれか。
前食べた時おいしかったんだよなぁ。
「楽しみだ」
「待っててねぇ」
俺はまだ鞄を置いても着替えてもなかったので、とりあえず自室に向かう。
鞄を置いたところで、スマホから通知を知らせる音が鳴った。
「ん?」
例の無料アプリからの通知で、相手は藍那だった。
『一緒に下校することになった……!』
とのこと。
なんだか嬉しそうにはしゃいでる姿が目に浮かぶようだ。
スマホを両手で持ってぴょんぴょん跳ねたりとか。
『よかったな。その調子で登校もできるようにな?』
『わかった……!』
緊張感がこちらにまで伝わってくる。
しかし、かなり順調な気がする。
もしかしたら恋のキューピッド、すぐに完遂できるんじゃないか?
俺は少しわくわくしながら、服を着替えた。
そして俺はすぐにキッチンに向かう。
「あれ、お兄ちゃんどうしたの?」
「やっぱり悪いから、手伝うよ」
「ふふっ。じゃあ、野菜洗ってくれる?」
「おう」
そうして二人で協力して作った。
ちゃんと綺麗にできあがった三色ビビンバ。
ひき肉を醤油、砂糖を入れて炒めたもの。
ほうれん草ともやしと人参を茹で、醤油、ごま油、白ごま、鶏がらスープの素等で混ぜ合わせたタレを和えたナムル。
あとは市販のキムチ。
ごはんの上にこれら三品を乗せ、最後に温玉を乗せて完成だ。
「「いただきます」」
二人で向かい合わせに座り、それぞれビビンバを混ぜ合わせる。
いい感じに混ざったところで一口。
さっぱりとしたナムルにピリッと辛いキムチ。
それを調和するマイルドな温玉。
そこにずっしりとひき肉がお腹に響く。
「ん~おいしぃ~♪」
「やっぱりうまいなぁ……」
心優がとろけるような笑顔で頬を押さえる。
心優が食べたいからと作ったビビンバだったが、ここまで簡単に作れておいしければレシピに加わる。
「そういえば聞いてなかったけど、お兄ちゃん恋のキューピッドはうまくいってるの?」
本当にそういえばというように心優が尋ねてくる。
恋のキューピッドになってくれと頼まれたのが三日前だが、かなり順調なように思える。
連絡先の交換もできたようだし、今日は下校を共にしているらしいし。
「順調だぞ。今日は一緒に下校したらしい」
「え、すごいじゃん!」
「だよな~。これもあいつが頑張ってるからなんだよな」
俺がしていることはアドバイスだけだ。
なんたって俺は
藍那は恋のキューピッドをうまくやってくれていると思っているだろうが、実際はちょっと違うだろう。
ただアドバイスをしているだけだから、実際に頑張っているのは藍那自身なんだ。
連絡先の交換も、今日の下校も。藍那が勇気を振り絞って声を掛けているからこそできていることだ。
まぁ告白しようとしてたくらいだし、それくらい余裕なのかもしれないが。
「お兄ちゃんもえらいねぇ。でもそれ、本人に言ってないでしょ?」
「下校一緒にできるって聞いたのは、ついさっきだからな」
「それ、本人に言ってあげなよぉ? 自信になるんだから」
「そうだな。そうする」
「うんっ」
心優がニコニコ笑っている。
俺がやっていることを、まるで自分のように喜んでくれている。
今までつらいこともたくさんあったけど、これからも心優となら乗り越えられそうだ。
もちろん
「「ごちそうさまでした」」
二人で綺麗に完食する。
米粒が一粒でも残っていたら許さなかった琴羽のおかげで、今では器も綺麗だ。
料理を作る側となった今、米粒一つでも残されると嫌な気持ちはわかったけど。
「俺が片づけるよ」
「いや、少しだからいいってぇ」
「それくらいやらせてくれよ。もともと当番は俺なんだから」
「わかった。じゃあ先にお風呂入っちゃうねぇ」
「おう」
食べた器を流しに置くと、心優は部屋に向かって行った。
しばらくすると、扉が開いたり閉じたりする音が何度か聞こえる。
その間に俺は洗い物を済ませた。
量が少ないのですぐに終わった。
「さてと……」
俺はスマホを開いて、アプリを起動する。
そこから藍那にメッセージを送った。
『下校どうだった?』
すると、たまたま藍那もスマホを見ていたのか、すぐに既読が付いた。
『楽しかった! 今度登校も一緒にすることになったの!』
『お、よかったじゃないか』
『うん!
ただのメッセージなのに藍那の笑顔が脳裏を過り、少しドキッとする。
それと同時に心優が言っていたことを思い出した。
『俺はアドバイスしかしてないよ。こういう風に結果が出てるのは、藍那が勇気を出して先輩に声を掛けてるからだよ』
すぐに既読は付いたが返信がない。
どうしたんだろうか。
『なによ、急に』
『本当のことだろ? 恋のキューピッドにはなれてないだろ、俺』
『たしかに、恋のキューピッドではないかもね笑』
『アドバイザーだからな』
『なにそれ、変なの』
そこで会話は途切れた。
ついこの間までただのクラスメイトだったのに、今じゃあ普通にメッセージを送り合い、恋の応援までしている。
不思議な話だな。
「お兄ちゃ~ん」
そう思っていると、お風呂から声が聞こえた。
まだ入ったばかりなのに、タオルでもなかったのだろうか?
「ほうれん草! 残ったの出しっぱなしだったから野菜室に入れといてぇ」
「おう、わかった~」
「ありがとぉ」
野菜室には様々な野菜が入っていた。
心優が買ってきたのだろう。
また明日は心優が当番になっているが、絶対に手伝おうと心に決めたのだった。
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