桃太郎の犬

@yawaraka777

第1話

私は、犬だ。故あって桃太郎と言う小僧の伴をしている。私にまだ名前は無い。・・・と言うか今後も名前は無いだろう。有るとしたら『桃太郎の犬』という、先に中学に入学した兄や姉が有名で、後で入った自分が『〇〇の弟妹』と呼ばれる感じとそっくりの呼び名である。この呼び名は未来永劫変わらない事だろう・・。

さて何故私が、桃太郎の伴をする事になったか話さねばなるまい。ある日、お腹が空きすぎて生き倒れた所をきび団子をチラつかせ、鬼退治の伴になればくれてやると脅してきたのが桃太郎だった。今にして思えば、何て不公平な契約だろう。きび団子一つで鬼退治・・。どう考えても割に合わない。だって私は、人の言葉を理解できるただのちょっと賢い白い犬でしかないのだぞ!?何ならちょっと臆病だぞ!?


さて、我々桃太郎の犬一行は今、鬼の住む所まで後半分の所の峠を越えている。この峠を越えれば、鬼達の支配する境に入ることとなる。そして私は、今猛烈に腹が減っている。必然と足取りが重くなる。それを察したのか、桃太郎が、休憩を告げる。そして腰から下げた袋から、あれを取り出した。そうきび団子。この小僧何かといえば、きび団子。お伴に慣れときび団子。お使い行けときび団子。毎食の我々伴の食事もきび団子。あの小さな袋にどれだけのきび団子が入っているというのか?もしかして、某人造青い猫が腹に付けてる袋と同じ仕組みで、きび団子を作っている婆さんと繋がって居るんでは無いであろうか!?と考えてしまう。大体犬がきび団子で喜ぶと思うか?

「ほれ、これが欲しいか?」小僧が私に偉そうに言ってくる。そろそろ意思を示さねば。

 「へっ、へっ、へっ。」なのに何故、嬉しそうに息を荒げる私!?本能か!?本能なのだな!?餌をもらえるという犬に取って最大最高の喜びに抗えないのか!?

 「ったく、しょうのない犬だな。毎日きび団子で良くこんなに喜べるな。」いやらしげに小僧が笑う。この人犬を見下した表情が底意地悪くて私は大嫌いだ。

 「へっ、へっ、へっ。」それなのに私はこんなに喜んでしまう。 そして、尻尾!!この尻尾の奴が勝手に右に左に激しく動いてしまう!言うことを聞かない尻尾の奴、喰いちぎってやろうか!?小僧、決してお前に振っているのでは無いからな!私は、この空腹を満たしてくれるきび団子に振っている。そこを勘違いするな。

 小僧は、きび団子を手の平に乗せ私の口元に近づける。私が口を開けきび団子を食べようとした刹那。小僧が大きく振りかぶる。

 「ほれ、取ってこーい。」ええっーー!?こやつ団子を投げおった!取ってこーいって鞠じゃないんだぞ!?団子だぞ!?また意地の悪い顔をしてやがる。

 「わん、わん、わんっ。」あぁなのに私は一直線に団子に向かって走って行ってしまう。私犬の馬鹿。

 「はっ、はっ、はっ。」小僧の笑い声を背中で聞いたが、この足は止まらない。いや、止まれない。だって私は犬なのだから。

 「はっ、はっ、はっ。」少し、息が弾んでいるが問題無い。走るのは楽しい。少し走ると目の前に団子が現れた。団子は、案の定潰れて泥が着いている・・。流石にこんなものは喰えない。しかしそこは犬、私は、団子に鼻を近付ける。団子の甘―い匂いが私の鼻を包む。それでもこれは食べない。私にもその位の分別は有る!私の鼻がもっと団子に近づく。おい、まさか食べるつもりではないだろうな!?やめろ!やめるんだ私犬!!

 「パクッ。」ああぁ口に入れてしまった・・。うぅ、う、う、美味―いっ!!この程よい甘さ、柔らかさ、確かに泥の苦さはあるが美味である。・・・私犬に誇りは無いのだろうか?

 「ワオーーン!」思わず、私は遠吠えしてしまう。

 「おっ、戻って来た。どうだ美味かったか?泥付き団子は??」戻って来た私に小僧は嫌味を言う。眼がいやらしく光っている。全くどこまでも嫌なやつだ。


 我々一行は、休憩を終え再び歩き出した。もう少しで峠を越える所で、我が同僚、伴の猿の姿が見えなくなった。全く猿という奴は、本当に落ち着きが無くて困ったものだ。この猿はこれまでも好き勝手動いてくれた。ある時には、勝手に漁師が取った魚をくすねて来たり、畑の野菜を盗んで来たり、非道い時には、女性の腰巻きをどこからか取ってきて自分の顔に巻きつけて喜んでいる奇行をする始末・・。我々はその度に人から追われて逃げる羽目に合う。そして決まって何故か私が置いていかれ、生贄にされそうになって居た。私は、何度死にかけた事か・・・。それでも私は犬、一度主人と決めた者の為、耐えに耐えるのだ。

「どうした!?エテ公?腹でも下したか?」小僧は、見えなくなった猿に向かって、峠道からはずれた藪に声を掛ける。

「キーッ!キーッ!」すると嬉しそうな猿の鳴き声が聞こえた。そして直ぐに藪がガサガサと揺れる。私は、今度は何を余計なものを持ってくるのかと警戒しいつでも逃げられる体勢に入る。今度こそ私は、逃げ切って見せるのだ!

 ガサガサッと藪の揺れが近づいたかと思うと、案の定手に何かを持っている猿が出てきた。

「おい、エテ公。何を持ってやがんだ?」小僧が、早速猿の持っているものを判別する。猿は、得意気に小僧に持っているものを見せる。

「どれどれ・・。何だこれは?」受け取った小僧が言葉を失う。良く見てみると、黄と黒の縞模様が入ったボロボロの大きな布であった。

「これは、どうやら腰に穿くものらしいな。にしても大きい。ちょっと湿ってるし臭うな。」小僧は、布を広げてまじまじと眺めた。確かに大きい。優に私が3匹は入るだろう。一体どんな奴がこれを穿いていたというのか?そもそも猿は何故こんなモノを拾ってきたのだろうか?そして私は、何か吸い込まれるかのように布に近付いていく。徐々に鼻が布に接近していく。おい、よせ!小僧が言っていただろう!?臭いと。それを何故にわざわざ嗅ぎにいこうとしているのだ私犬は。やめろ!やめろーっ・・・!

 く、臭ーーーいっ!!なんだこれは!?鼻から脳天を直撃する強烈な臭気。まるで、男子柔道部の部室や果物の王様のような匂いが私の鼻を襲った。私は、眼の前の景色が一瞬遠のくのを必死で堪えた。

 ガサッ、ガサガサ。急に薮が大きく揺れる。私は、耳を伏せて臨戦体勢を取る。いや正確にはいつでも逃げられる体勢を取る。小僧も逃げる用意をしている。緊張が走る。

ガサッ。出てきたのは、熊ほど大きい赤い大男であった。

 筋骨隆々で胸毛ボーボー、金髪モジャモジャに角が生えて牙が口からはみ出ている。こ、これは、赤鬼という奴ではないだろうか?って、えぇーー!?もう小僧共が脱兎の如く逃げていやがる・・。私は、いつもの如く出遅れていたのだ・・。しかも今回は、致命的な遅れである。最早赤鬼は目の前に来ており、いつでも私を捻り殺せる距離である。終わった・・・。私は眼を閉じて覚悟した。さよなら・・。

 「困ったなぁ。どこいっちゃたんだろう?」あれ?赤鬼が何か言っている。襲って来る気配が無いので恐る恐る眼を開ける。

 「困ったなぁ。アレが無いと・・。」まじまじと見るとこの鬼下半身丸出しではないか!!手で隠してはいるものの、何も穿いていない!というかこの鬼、上も何も着ていない。普通に丸裸ではないか!変態だ。完全に変態なんだな!?この鬼は。そして私は変態にヤられてしまうのか?

 「あぁ、困った。」一向に襲って来ない変態。どうやら困っているらしく、手で下半身を押さえながらウロウロ何かを探している。「困った。」を一人連呼している。

 「ケーーン!」その時、上空を飛んでいる雉が一鳴きした。この雉、普段は一言一鳴きも発しないで、ほぼ上空を飛んでおりこちらの呼びかけの返事と言えば糞を落としてくるだけ、降りてくるのは餌の時だけである。しかしこの雉、危険察知能力だけは異常に高く、鳴き声の違いで危険の有無を教えてくれる。

 鳴き声を聴いた小僧が戻ってきた。さっきの鳴き声は、危険なしの合図であった。小僧は、変態をマジマジと見ながら、ニヤニヤ笑い近付いて行く。

 「何だ!?この鬼は?ただの変態か?それともこれが無くて探してんのか?」小僧は、持っている、臭い腰巻をチラつかせる。

 「あっ!!それは!?それは、オラの!!返してくれ!!」変態はそれを見るなり、小僧に訴える。手を伸ばして自分の腰巻を取りに行きたいところを、下半身を隠しているせいで取りに行けずモジモジしている。

 「どーしよっかなぁ!?可哀想だしなぁ・・。でもなぁ。」小僧は腰巻を目の前でヒラヒラさせながらモジモジしている変態を見て楽しんで居る。

 「た、頼む!!オラはそ、それが無いと・・。何でも言う事を聞くから!!」必死の変態。

 「何でも言うことを聞く!?それは本当だな!?」小僧の眼が鈍く光る。

 「あぁ!鬼に二言は無い!!だから早くっ!!!」

 「ふんっ。ほらよっ。」小僧は、変態に腰巻を渡した。それを素早く取り藪に引っ込む。


 「いやぁ。助かった。お使いに出たら急に腹が痛くなって、用を足していたら、いつの間にか腰巻が無くなって困ってたんじゃ。アレが無いと、嫁に殺されるとこじゃった。アレは、嫁に誕生日に貰ったやつなんじゃ。」藪から出てきた変態は臭い腰巻を穿いて居る。それにしても良く喋る変態だ。

 「やや、これは申し訳ない。まだ名乗って居なかった。オラは赤鬼の温羅と申す。この先の村に住んどる。嫁の名は、奈々じゃ。木の実が好きな奈々というんじゃ。」誰も嫁の名前など聞いていない。ましてや好きなものなどどうでも良い。しかしそれよりも、本当にこの先に鬼達の巣喰う村が有るのだな。ゴクリ。

 「さぁて。温羅さん。さっきの約束忘れてないよね?」小僧が詰め寄る。

 「おう!もちろんだ。腰巻を見つけてくれた恩人との約束だ。何でも言うことを聞こう!」温羅は、どうやら相当のお人好しのようだ。小僧は、それを聞いてまたいやらしく笑みを浮かべる。

 「実は俺たちは、鬼退治の旅をしている。その手伝いをしてくれるかな!?」小僧は、表情を変えずに鬼の前で鬼退治を口にする。私は、後ずさりする。温羅がいくらお人好しでもこれは聞くまい。聞くどころか怒るのではないか?この巨熊のような体躯の鬼が怒って暴れだしたら私たちなんぞひとたまりも無いぞ。それをこの小僧は・・。

 「おっ、そうなのか。オラたちを退治しに来たんだか・・。」そう言うと温羅は、俯いた。心なしか顔が赤くなっている気が・・。私は、いよいよ逃げる体勢を取る。ここは、日頃の恨みを晴らす為にも小僧を人柱にして逃げるしか無い。しかし当の小僧は、平気で対峙している。こいつは、相当の大物か、空気が読めない馬鹿なのか?温羅がゆっくりと顔を上げる。私の緊張感が絶頂に達する。

「約束してしまったからな。手伝おう。」エェーーっ!?良いの!?退治するんだよ!?自分たちの仲間をやっつけるんだよ!?手伝うの!?私は、開いた口が塞がらなかった。どこまでもお人好しなのだこの鬼は?

「そう言えば、恩人の名前をまだ聞いて居なかったな。名を何と申す?」温羅が私達の名前を所望している。さあどう答える!?小僧!

「俺は、桃から生まれた桃太郎。」言いながら、小さな胸を張る小僧。

「ほう。桃からとな。どうりで桃太郎殿から何か力を感じたわ。して、お伴の方々は?珍しいお伴を連れているようだが。」きたきた!さあ名乗るが良い!

「犬、猿、雉、以上だ。」貴様ー!!やはりそうきたかー!

 「はっはっはっ!まんまでは無いか!さしずめ桃太郎の犬、猿、雉と言ったところか。」・・・ですよねェ。そうなりますよね。、『桃太郎の犬』と申します。以後お見知り置きを・・。

 「ク~~ン。」思わず、心の声を漏らして鳴いてしまうと、温羅が近付いて私の前でしゃがみ頭を撫でる。

 「はっはっはっ。よろしくな。桃太郎の犬殿。」私の頭に置かれた手は、大きくゴツゴツしていたが、暖かく優しい。これが鬼の手なのか。私は、不思議な気持ちになった。

 

 「さあ、挨拶は済んだら、鬼の集落に案内してくれるかな?温羅さん。」その空気を破る一言を小僧は発する。

 「おおぅ。そうじゃな。では、案内しよう。」温羅はそう言って、私達の前を歩き出す。しばらく道なりに峠を上り、鬼たちの支配領域の境の頂上が見えた所で、道の両端に奇妙な棒が立てられて居ることに気付く。それはよく見ると、棒には獣の頭蓋骨が上から下へと所狭しと付けられているではないか。獣の頭蓋骨は、全てこちらを見て威嚇しているように感じる。明らかに地獄の一丁目の入口を彷彿としているその異様な雰囲気に私は、完全にビビってしまい耳と尻尾は垂れ、オシッコちびりそうになっている。間近でみると何と大きく禍々しい棒なのだ。私達は、棒の獣達に見下ろされながら、頂上を過ぎた。

そこから、下り坂になっているがその先の海沿いに大きな集落があるのが見えた。

「あれに見えるが、我ら鬼が住む集落、通称鬼村じゃ。」温羅は誇らしそうに集落を差す。

下り坂を一気に下ると、周りの深い木々が開け、潮の香りが私の鼻を刺激する。目の前には、立派な木製の大きな門が開かれており両端に見張りの鬼が金棒を持っている。どうやら鬼村に到着したようである。

「お帰りなさい。温羅さん。」門番が温羅に頭を下げる。門をくぐると人の都のように家が並び、市が開かれ、通りには鬼の往来も多く活気が有る。地獄の一丁目とはほど遠い風景に私達は圧倒されていた。

「どうじゃ?驚いたじゃろ!?オラ達、鬼も人間とおんなじ様に普通に暮らしてるんだべ。」温羅は私達の驚きを察して得意気に言い放つ。確かに、私達は鬼に対する見方を大きく変える必要がありそうだ。

すれ違う鬼達は皆一様に温羅に挨拶をしていく。温羅は皆からとても好かれている様子で、挨拶だけでなく土産に魚や野菜を持たせる鬼も多い。それにしても温羅は、相当の有名鬼なのか?皆が温羅の事を知っているようであった。ここに住む鬼は様々な肌の色をしていて、青や黄色、緑の鬼も居る。また、女子供も居て皆黒と黄色の縞模様の腰巻を穿いており、女は上半身に同じ模様の布を着ていた。流石に鬼、女子供といえども人間のそれよりはるかに大きい。

しばらく歩くと、一際大きな屋敷にたどり着き座敷に案内された。中の造りも相当立派で広い。

感心していると、温羅が女鬼を伴って座敷に入ってくる。

 「ようこそオラの屋敷へ。実はオラはこの鬼村の長をしてるんじゃ。」薄々そうかと思っていたが・・、小僧は、どうやら鬼の長に鬼退治の手伝いをさせようとしているらしい(汗)

 「そして、オラの隣にいるのが、嫁の奈々じゃ。木の実が大好きな奈々じゃ。」

 「こんにちは~。この人から聞いたわよ~。鬼退治の旅をしてるんですってね。まだ小さいのに大変ね~。可愛いお伴も連れて。ここを自分の家だと思って良いからゆっくりしていってね。」

木の実の奈々は、大きな声で私達に挨拶をする。この女鬼もとにかくデカイ。温羅よりもデカイのでは無いかと思うほど迫力が有る。

 「そうさせてもらうよ。アマゾネス唇お化け。」小僧がいきなり奈々に向かって罵声を浴びせる。

 「ヤダー。誰が、この世で並ぶものが居ない美鬼よ!」言いながら奈々は、小僧を押す。押された小僧は、はるか後方へ吹っ飛んでいった・・。帰ってきた小僧の鼻から血が流れている。恐ろしい女だ・・。しかし奈々は確かに唇が厚く、眼が大きく目力が半端ではないし髪の毛は長くボサボサと波を打っている。そして逞しい体躯は正に南の熱帯雨林に住む女戦士である。

 「さあさあ、挨拶も済んだ所で、お風呂に入って旅の疲れを取るが良いわ。その間に歓迎の宴の準備をしとくから。」

 「そうじゃ、そうじゃ。それがいい。浴びてきんしゃい。」全く夫婦揃ってお人好しである。鬼退治をしに来た私達をもてなすとは・・。


 私達の歓迎の宴は、沢山の鬼達も呼ばれ、さながらお祭り騒ぎの様相を呈している。出てくる料理はどれも美味しい。そういえば、私はきび団子以外の食べ物をこの旅始まって以来初めて口にしている。感動だ。一通り食べ終えたいま、私は子鬼共のおもちゃにされている。耳やら尻尾、肉球などを触り放題である。もう好きにするがいい。

 それにしても、どの鬼も気さくで皆優しい、そして良く笑う。これが噂に聴いていた邪悪な鬼なのか!?退治する必要があるのか!?私は疑問を持ち出した。

 そういえば、このどんちゃん騒ぎの中、小僧と温羅が話し込んでいる。何を話しているかは、分からないが、温羅の表情は固い。どうせ小僧がしつこく鬼退治の手伝いはどうするのか!?と迫っているのだろう。全く、無粋なやつだ。

 

 う~~喰いすぎた(幸)私は、幸せに張ったお腹を引きずり、夜風に当たりに宴を抜け出し屋敷の庭に出る。今宵は、月が綺麗だ。

 そこには、縁側に座り頭を抱え悩んだ様子の温羅が居た。きっと先程の小僧との話しのせいだ。

 「ク~~ン・・。」私は、温羅に頬を寄せ、声を掛ける。

 「おぉ。桃太郎の犬殿か。」その呼び名は止めて・・。温羅は私の頭に大きな手を乗せ優しく撫でる。

 「宴はどうじゃ?楽しんでおるか?」

「ワン!!」

「それは良かった。ここは、良い集落じゃろう!?始めはオラと奈々二人でな、謂れのない差別を受けた鬼達を救う為にここを作ったんじゃ。少しずつ鬼達が増え、いつの間にか各地の鬼達がここを聞きつけ集まる様になったんじゃ。皆、本当に良い奴でのう。人間は、ただ自分達と見てくれが違うだけでオラ達を悪者だと決めつけ追い出そうとする。オラ達が何をしったていうんじゃ!?オラはよっぽど人間の方が怖い。オラ達はただ普通に暮らしたいだけなんじゃ・・。」寂しそうに語る温羅の横顔から光るものが落ちる・・。

 「ク~~ン。」

 「おぉ!こりゃ。ちょっと酔ってしまったかのう。いかん、いかんまた奈々にどやされるわ。」温羅は、ごまかすように捲し立てる。

 「さぁさ、犬殿もいつまでもここに居たら冷えるけ中に入りんしゃい。」言いながら立ち上がり屋敷に戻る。私は、小さくなったその背中を見送りながら、言い知れぬ怒りを小僧に対して覚えた。私はなんとしても小僧のやることを止めねばと誓った。

 

 次の日から、私は小僧の動向を探っているが、何も動きが無い。一方、温羅も特に変わった動きをしているわけではなく、私達をもてなしてくれている。

 ここに来て何日が過ぎたか。私の焦りとは裏腹に毎日が穏やかに過ぎていく。そんな中、温羅が私に首飾りを贈ってくれた。何でもお守りらしい。温羅は、本当に良い鬼でいつでも私達に親切にしてくれる。それなのに、小僧は本当に鬼を退治しようと言うのか?


 そんなある日、小僧から声を掛けられる。

 「おい、犬。お前に頼みがある。良くしてくれた鬼達に礼として今宵の野外宴で家の婆さんが作った特製花火を打ち上げる。でも、ただ打ち上げたんじゃ面白くないから、驚かすために俺が猿と踊りを披露している隙に篝火に花火を投込め。きっと皆喜んでくれるぞ。」

 小僧!!分かってくれたのか!これは、何としても上手くやらねば!それにしても小僧の婆さんは花火まで作れるのか、一体何者なんだろう!?


 野外の宴も酣を迎え、小僧と猿の踊りが鬼達を大いに沸かせていた。その隙をみて、私は、一際大きな篝火の中に花火を投げ入れる。良し!これで花火が打ち上がり、皆驚く事だろう。温羅も喜んでくれるぞ。・・・ん!?一向に打ち上がらんが!?その代わり、灰色の煙が吹き出して来た。これは、婆さん失敗したな!?と思っていると何だか急激に眠くなってしまった・・。

 

 「おい、起きろ犬。」痛!!ん!?すっかり寝てしまったな。花火はどうしたのだろう!?

えっ!?私は、周りを見て一気に眠気が覚めた。鬼村が火の海とかしていた。何もかもが燃えている。

「良くやった。お陰で、皆を眠らせる事が出来た。お陰で仕事がはかどった。」唖然としていると私を蹴り起こした小僧が話す。小僧!!これは、貴様の仕業なのか!?何故こんな事を!それにしても私は、何ということを・・。私が小僧に騙されたせいでこんな事に・・。温羅は?どうしたんだ!?んっ!?小僧の手に何やら握られている。良く見ると、それは鬼の手であった!!そしてこれは間違い無い温羅の手では無いか!!私の頭を優しく撫でてくれた大きな手、間違える訳ない!こ、小僧。こいつはこいつだけは許せん!

 「ウゥーー・・。」私は怒りに震え牙をむき出し小僧に唸る。

 「何だ!?犬!?怒ってんのか!?許せよ。でもお陰で鬼共を退治できたろう!?これでお前も英雄だぞ!?」

 「ワンッ!」小僧!!私は、怒りを爆発させ小僧に襲いかかる。

 「キャン!!」私は、小僧に蹴り飛ばされる。意識が朦朧とする。

 「何しやがる。犬が。」うぅ、小僧・・!それにしても何と私は無力なんだろうか!?何で、私は犬なんだろう!?温羅・・。私の視界は、朦朧とした意識のせいなのか、涙のせいか歪んでいる・・。 

 その時、ザッザッザッっと大きな足音立て武装した集団が私達を囲んで片膝を付く。

 「桃太郎殿。帝の命によりお迎えに上がりました。」集団の長らしき男が発する。

 「何がお迎えだよ。どうせ俺が失敗した時、代わりに鬼を退治する為に来たんでしょ!?」

 「何をおっしゃいます。帝は、桃太郎殿を大層買っておられます。万一の事を考え身を案じて我らを遣わしたのですよ。」

 「はいはい。帝の不満を逸らすために、鬼を悪者に仕立てあげてそれを帝が命じたものが滅ぼす。上手くできてるよね。それを徹底する為に躍起になっちゃって。」

 「ま、またまたご冗談を。そんな事有りません。鬼は邪悪で人に害を及ぼすものと決まっています。それを帝は・・。」そ、そんな・・、そんなくだらない理由の為に鬼達は、温羅は・・。

「ふん。まぁ良いや。これを見なよ。」言いながら、小僧は温羅の手を掲げる。

 「何っ!?温羅の!?」集団がざわつく。

 「それに、鬼達が溜め込んだ金銀財宝も持ってきたよ。これを持って都に凱旋しようと思ってさ。」小僧は得意気に猿が引いている荷車を指差す。猿に盗ってこさせたな。小僧・・。

 「おぉ。流石は桃から生まれた桃太郎殿!いや天晴れ!!」長が小僧を褒め称える。そうこうしている内に火の手が強まり、私達を囲み始める。

 「さあさ。火の手が強くなって来ました。参りましょう。我らが都まで護衛致します。」

 「俺が鬼退治したこと信じてくれたの!?見回らなくて良いの!?」

 「ええ。信じましたとも。その手に、財宝。見事退治した証です。さあ、参りましょう。我らも焼け死んでしまいます。」長は、多少焦り気味で私達を促す。皆が歩き出しても、私は、私だけは歩かなかった。いや、歩けなかった・・。私もこのまま温羅達と供に・・。

「おい。犬。何してやがる!さっさと行くぞ!」って何するんだ!?小僧ヤメろ!首飾りを引っ張るな!これは、温羅がくれた大切なモノ。切れたらどうする!?分かった、歩くからヤメろ!

「ケーーンッ!!」村を離れて峠の頂上にきたところで突然、雉が大きく鳴いた。何だ!?この空気の読めない鳥は。何で鳴きやがった!?それにしても、小僧。私は、この男を許せそうに無い。いや本当は自分が許せない。何で、小僧なんぞを信じてしまったのか・・。

 そんな事を考えながら俯き歩いていると、ブチッっと首飾りが切れる。どこまでも残酷な日だ・・。んっ!?切れた首飾りから何やら紙が出てきた。


それは、私への温羅からの手紙であった。そこには、小僧は鬼退治を阻止する為に討伐隊の先遣隊になった事。この日に帝が鬼の討伐隊本隊を送り込む事。それに合わせ鬼村に火を付け皆を無事に海に逃がす事。火を付ける事を私を含め邪魔されないように皆を眠らせる事。討伐隊を信じこます為に温羅の手を切り落とし、財宝を渡す事。無事に討伐隊が引いたら雉が鳴いて知らせる事。最後に自分は生きており、小僧に対して誤解をしないよう、また感謝の気持が書かれていた。

何だこれは!?小僧が!?誰も死なせない為にこれを行ったというのか!?信じられない・・。が本当なんだな。

「ワオ~ン。」私は、嬉しさもあるが、温羅に届けと遠吠えする。そしてそのままその場でクルクル回る!この尻尾に追い付きそうで追い付かない感じが何とも・・。クルクル(嬉)

「何だ!?この犬急に!?そんなに腹が減ってんのか。」小僧が言う。小僧!!私は、小僧に向かって走り出す。私は、何て愚かな犬なんだろう!?主人を疑うなんて、犬失格である。そして私は、小僧に飛びつく。

「ほ~れ、取ってこーい。」小僧は、言いながら再びきび団子を振りかぶって大きく投げる。私は、それに向かって勢い良く走り出す。その方向に朝日が昇る。私は、『桃太郎の犬』である。


(了)

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