スナック眞緒物語
@smile_cheese
スナック眞緒物語
路地裏にひっそりとたたずむスナック『眞緒』。
そこは悩みを抱えた者達が集う憩いの場。
かつての常連客だったワカは一年間の転勤を終えてアメリカから帰国していた。
ワカ「変わってないな、この店も」
カラン、コロン、カラン。
ワカは一年ぶりにスナックの扉を開いた。
ママ「あら、いらっしゃい!」
扉の開く音を聞き、ママが笑顔で出迎える。
そこにバイトのマナモやマスターの姿はなかった。
ママ「え!?ワカちゃん?ワカちゃんなの!?」
ワカ「久しぶりだね、ママ。帰ってきたよ」
ママ「えー!どうしよう、どうしよう!こんなことってある?私、どうしたらいいのかしら!」
ママは随分と慌てた様子だった。
ワカ「ママ、落ち着いて」
ママ「そうね。落ち着かなくっちゃね。ごめんなさいね、今日は私一人なのよ」
ワカ「ここ、座っていいかな?」
ママ「もちろんよ!そこはワカちゃんの特等席よ」
ワカ「お、嬉しいねえ」
ママ「そんなこと言って、自由の女神に浮気してたんじゃないの?」
ワカ「ははは…言ってたね、そんなこと。実は来る途中にバッグなくしちゃってさ」
ママ「また!?きっと代々木公園のゴミ箱に捨てられてるんじゃない?財布の中身はきっと空っぽよ」
ワカ「懐かしいね、このやり取り。そういうわけだからさ、今日はツケで飲ませてよ」
ママは少し困った表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
ママ「いいわよ。ワカちゃんはトクベツ!」
ワカ「そういえばさ、あの子たちは相変わらず店には来てるの?」
ママ「あの子たち?」
ワカ「ほら、なんだっけ。『ひらがなけやき』だっけ?」
ママ「ああ!彼女たちのことね。ワカちゃん、転勤してたから知らないのね。あの子たち、改名して今は日向坂46っていう名前で活動してるのよ。もうすっかり売れっ子だから毎日忙しくてお店に来る暇なんかないのよ!」
ワカ「へえ、そうなんだ。活躍してるんなら良かったね」
ママ「ほんとよね」
それから若林とママは他愛もない話を続け、あっという間に閉店の時間になった。
ワカ「じゃあ、そろそろ帰るね」
ママ「今日は楽しかったわ」
ワカ「明日も来るよ。今日のツケもちゃんと払うからさ」
ママ「うん…」
ワカが帰り、一人で店の片付けをするママ。
その表情はどこか寂しげだった。
カラン、コロン、カラン。
ママ「ワカちゃん?忘れ物?あら、あなたは…」
そこに立っていたのは一人の女性だった。
ママ「眞緒ちゃん!眞緒ちゃんじゃない!」
彼女は日向坂46の井口眞緒。
けやき坂46の頃からお店にはよく顔を出し、名前が同じことからママとすっかり意気投合していたが、最近は活動を休んでおり、先日卒業を発表したのだった。
井口「ごめんね、こんな時間に。もう閉店の時間だもんね。やっぱり今度にするね」
ママ「待って!大丈夫よ。お話ししましょう」
井口「ママ…ありがとう」
ママ「そういえば今日ね、ワカちゃんが帰ってきたのよ!」
井口「え?ワカちゃんってあの?アメリカに出張してたんだよね?懐かしいなあ」
ママ「ちっとも変わってなかったわ」
井口「ママ、ワカちゃんのこと本気で好きだったんだよね?」
ママ「しーっ!それは言わない約束よ?」
井口「へへへ、そうだったね」
ママ「それで?今日はどうしたの?」
井口「え?」
ママ「何か話したいことがあったから、わざわざお客さんたちのいないこんな時間に来たんでしょ?」
井口「ママは何でもお見通しか。知ってるかもしれないけど、私ね、もうすぐアイドルを卒業するの」
ママ「ブログ読んだわ。馬鹿な子ね、まったく」
井口「いつも心配ばかりかけてごめんね」
ママ「いいのよ。あなたを見ていると昔の自分を思い出してなんだか放っておけないのよね」
井口「ママの昔話も聞きたいな」
ママ「それはまた今度にしましょう。今日は眞緒ちゃんの話を聞かせて?」
井口「私ね、卒業したら企業で働こうと思ってるの。やりたいこともあるし。けど、私なんかが上手くやっていけるのか不安で…」
ママ「そんなこと心配するだけ無駄よ。なるようにしかならないんだから!やると決めたからにはしっかりと前を見て突き進むのみよ!それが井口眞緒なんじゃなくて?」
井口「ママ…そうね、そうよね!くよくよしてたって仕方ないわよね!ありがとう!とにかく思ったままにやってみる!」
ママ「そうよ!その調子よ!」
井口「なんだか元気出てきた!ママ、何かご飯作ってくれない?」
ママ「あら!調子いいんだから」
結局、二人はそのまま朝まで語り明かし、すっかり元気を取り戻した井口は始発で帰っていった。
ママ「さてと、私も前に進まないとね」
その日の夜、ワカは再び店を訪れたが、ある異変に気がついた。
スナックの命とも言える看板が出ていないのだ。
ワカ「おかしいな。昨日は休みだなんて言ってなかったんだけど」
??「ワカちゃん!」
名前を呼ぶ声の方を振り向くと、そこには見覚えのある顔が二つ並んでいた。
若林「マナモちゃん!それに、マスター!」
マナモ「お久しぶりです」
ワカ「今からお店開けるの?今日さ、ママに昨日のツケを…」
そう言いかけた瞬間、マスターがワカの頬を殴り付けた。
マナモ「マスター!やめてください!」
ワカ「痛えな!なにするんだよ、マスター!」
マスターは何も言わず、鼻息を荒くしてワカを睨み付けていた。
マナモ「スナック眞緒は、閉店しました」
ワカ「え?」
マナモ「昨日が最後の営業だったんです。最後は一人でやりたいって言うから。だから、私たちは居なかったんです」
ワカ「でも、急になんで…」
その言葉を聞いて、マスターがぎゅっと拳を握りしめる。
マスター「あんたたちのせいじゃないか!あんたらみたいな客がしょっちゅうツケだなんだって飲み代を払わなかったから、続けたくても閉めざるをえなかったんですよ…」
ワカ「そ、そんな…」
マナモ「ママは人が良いから気に入ったお客さんからはあまりお金を取らないんです。でも、そんなんじゃ当然やっていけませんよね」
マスター「ワカさん。殴ってすみませんでした。どうしても許せなかったんです」
マスターは深々と頭を下げた。
マナモ「ワカちゃん。実はさっきママから手紙を預かってきたんです。読んであげてください」
ワカはマナモから手紙を受け取った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ワカちゃんへ。
昨日は久しぶりの再会が出来て嬉しかったわ。
なのに、何も言わずお店を閉めることになってごめんなさい。
私は少しの間、旅に出ようと思います。
旅先でたくさんの人たちの悩みを聞いて回るの。
そこで顔を売って売って売りまくって、いつかスナック眞緒を再開してみせるわ。
そのときは太客になってくれるよね?
ワカちゃんはトクベツにツケでいいからね。
くれぐれもお体を大切に。
最後にこれだけは言わせて?
あなたがNo.1
眞緒ママより。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
路地裏にはワカのすすり泣く音だけが静かに聞こえていた。
ワカ「ママ…ごめんね、ごめんね」
すると、マスターがワカの肩をポンポンッと叩いた。
そして、満天の星空を見上げながら、照れくさそうにこう言った。
マスター「スナックを、やるときはまた、雇ってね」
ワカ「マスターの締めの一言を聞くのもこれが最後か」
マナモ「またどこかできっと会えますよ」
ワカ「そうだね」
みんな、それぞれの道を歩き出す。
ママはきっと今日もどこかで誰かを笑顔にしているのだろう。
ママ「あら、いらっしゃい」
完。
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