惚れた女が男だと言い張るけれど女だった。

気力♪

惚れた女が男だと言い張るけれど女だった。

「クッ、何故貴様がここにいる、明!」

「何故って仕方がないだろう?如月先輩が風邪で寝込んでしまったんだから。代打だよ」

「む、そうなのか。先輩には見舞いのメッセージでも送っておかねばな」

「相変わらず古風な感じとは違って文明に明るいね、貴志くんは」

「やめろ、貴様に褒められても嬉しくはない」

「へぇ、そうなのかな?それにしては随分と顔が赤いけど」

「……本の整理をしてくる!お前は受付で座っていろ!」

「まったく強がりだね」


 そうやって話す貴志と明。貴志は大柄であり、柔道部の次期主将になるのでは?と目されていた期待の星だった男だ。その柔道部は新入部員ゼロにより定員割れで潰れたのだが。

 明は、中性的な人物だった。着ているのが男性用の制服だからと男性だと通っているが、実のところその性別を確認した人物はいないという。体育での着替えをどこでしているのかは明の友人たちの中では謎のままだったりする。だが、そんなことは彼を語る上ではスパイス程度にしかならない。


 彼は、傾国のと付けても違和感のないほどの美貌を持っているのだ。その美貌に惹かれた者たちは彼に恋をして、そして敗れていっている。貴志が聞いた噂では20人斬りを成し遂げたのだとか聞いている。


 そんな2人の出会いは、春休みのとある出来事が始まりだったりした。


 ⬛︎⬜︎⬛︎


 中性的で、世界の中心であるかのごとく美しく、そしてどこか憂いを帯びた表情。


 貴志が明を初めて見た時の顔がそんなだった。明はその時、カラオケでの罰ゲームとして簡単な女装をして街を歩かされていた。それが憂いの理由だと後で聞いて貴志は本気で落ち込むのだが、それはそれ。

 とにかく貴志は、そんな彼女に一目惚れをして、即断即決の精神により彼女に告白をした。明の友人の男女がぽかんと顔になるほどに、その告白は愚直で、しかし男らしかった。


 その告白は、「僕、男なんだけど」という言葉により一瞬で潰えたのだねれども。


 それから学年が上がり2年生。その時、貴志と明は同じクラスになった。明の友人はすぐに彼に気づき、からかった。それに貴志は本気で困ったが故に、内に秘めた心は暴走した。


「あの日言った言葉に嘘はない!」


 そんなことを、言ってのけたのである。


 ちなみに彼のあの日に言った言葉とは、告白の前段階。“君の憂いを払いたい”という部分だったのだが、周りは当然BL的に解釈。


 そうして柔道部期待のホープだった男は学校一男らしいホモになり、ついでに柔道部も潰れた。踏んだり蹴ったりの結末だった。


 しかし、それだけでは終わらない2人の縁。彼は、柔道部がなくなってしまったことにより空手部か剣道部に入ろうとしたが、どちらも柔道部と同じ理由で廃部。男たちの汗が染み付いた武道場は、全国屈指の実力を持つダンス部のものと化したのだ。


 これには困った貴志。そんな時に先生がやってきたのだ。“図書委員会をやらないか?”と。


 日本男児として教え込まれた精神も、これからの放課後を無為に過ごすより学校の役に立つ方が良いと判断したが為にその判断を断らなかった。


 そして、そこには明がいた。

 それが、現在に至るまでの貴志と明の縁。


 長々と語ったが、要約すると“腐れ縁”という奴だろう。


 ⬛︎⬜︎⬛︎


「明、本の整理は終わったぞ。追加の返却はあるか?」

「ないよ。あいにく今日も閑古鳥が鳴いているね」

「……ならば、お前は帰っても構わんぞ」

「なんだい貴志くん。優しいじゃないか」

「馬鹿を言え。貴様と共にいればまたあらぬ噂が立つ。“漫画の題材にして良いですか?”などと聞いてくる女子もいたのだぞ?」

「それは少し読んでみたいね。所謂BLという奴なのだろう?」

「だろうな。ネットで何本か作品を読んでみたが、あまりわからぬ世界だな」

「……君がかい?」

「当たり前だ。男同士なら色恋に転ずるより高め合うライバルとしてあるだろうが」

「そういうのは、前時代的と言われる価値観じゃないかい?」

「わかっている。だから基本口には出さん。読んでみて、それで俺にはわからなかったというだけだ」

「けれど、評価は付けたのだろう?」

「当然だ。俺のはただの金の節約の趣味だが、書いている方は本気なのだ。ならその本気に答えないのは男ではないだろうが」

「それはなんとも、君らしいね」


 その優しい声に驚いて明を見る。そこにはいつものような顔ではなく、やさしく綻んだ顔で佇む明がいた。


 とっさに目を逸らして誤魔化しの言葉を紡ぐ。“こういう事があるからコイツといるのは嫌なのだ”と内心思いながら。


 そして、何やらニヤニヤしている明と貴志は、今日も日常を過ごすのだった。


 ⬛︎⬜︎⬛︎


 しかし、それが壊れるのは一瞬のことだった。明は、この学校全体に隠し事をしていた。それは自分の性別に関係すること。


 明の叔母を名乗る人物が、どうにも遺産争いで敗れたのだとかそういう話だそうだが、そんな事は多くの者にとってどうでもよかった。


 大切なのは彼女の言った言葉。


「女の癖に男のフリをしている奴がなんで遺産を独占できるのよぉ!」と。


 それは、明が性同一性障害を患っている女子なのだという明の最も隠していたかった秘密。心は男で、しかし体は女。それが明なのだと。


 その噂は、瞬く間に学校中を行き渡った。


 皆、それを面白がり、明の遺産問題や、さまざまなこれまでの辛さに目を向けた者はいなかった。


 ただ1人の、男を除いて。


「風見か?手伝って欲しい。俺の会話を放送室から学校中に流して欲しいのだ。“何をするか?”だと?決まっている」


「奴の憂いを、払いに行くのだ」


 男は、明日の昼、日本男児として以上に1人の男として暴走する事を決めた。


 きっと、それほどまでに一目惚れというやつは強かったのだ。あるいは、それほどに負けていたのだ。


 ⬛︎⬜︎⬛︎


 明は、降りかかる好奇の視線が苦手だった。それは昔からのこと。自分は男だと何度言っても信じてくれないあの世界で1人きりのような感覚。


 明は、あのどうしようもない寂しさを覚えている。あのどうしようもない苦しさを覚えている。だからこそ、新天地であるこの学校では本当に全てに気を使った。

 着替え、衣服、生理、そう言ったものが自分を、自分の“女の体であること”を明かしてしまわないように、徹底していた。


 それを取り払い、全てを晒しても良いのではないかと思った相手は、1人だけ。男らしさとか日本男児とかいろいろ言っている癖になんか変な男。


 ただ一目見ただけで、私の一番傷付いている所を見つけて、それを払いたいと宣った男。


 気付けば、彼と友人になりたいなんて思っていた。


 けれどそれは、本気で愛を伝えてくれた彼への裏切りであると理解してしまった。それほどに彼は真っ直ぐに自分へと突っ込んできてくれたのだから。


 だから、彼から屋上に来て欲しいなんて言われた時には、もう終わったと思ってしまった。気付けば、明はそれほどに貴志の事を気に入っていたのだから。


 そうして屋上にやってきた明は。


 貴志の放った第一声に全ての思考を吹っ飛ばされた。


「俺は、お前を愛している」


 ⬛︎⬜︎⬛︎


「な、何を言って……」

「俺は、お前の憂いを払いたい。お前の本気の笑顔を見たい。だから、言わせてくれ!」


「お前が男だろうが女だろうが関係ない! 俺は、明という奴に一目惚れした! その心からの笑顔を見たいと思った! その心は、愛としかもう俺には思えん!」


「お前が今までどれほど辛かったのか、俺には想像することしかできん! お前がどれほど辛い目にあったのか、俺はそこに俺がいなかった事を歯噛みすることしかできん! だが! これから先は約束したい!」


「お前の憂いを払うため、俺はお前だけの盾になる事をここに誓おう」


 その真っ直ぐすぎる言葉に対して、呆気に取られ、ひとしきり笑い出した明はこう言った。


「お友達からお願いします。あいにくと僕は君と違って普通に女の子が好きだからね。君になびくかは分からないよ?」

「構わん。元より想いが通るなどと自惚れていたことではない」

「そうか……でも、ありがとう、貴志くん。君に少しだけ、僕の憂いは払われたよ」


 そして。彼のポケットにある携帯からの通話で、その告白劇を全校生徒は聞いていた。それが故に、生徒の皆は明の事を想い少しだけ優しくなった。そして、日本男児学校一の馬鹿の事を生徒たちは勇者と呼んだ。


 ⬛︎⬜︎⬛︎


 それから先、しばらくは彼らの関係はあまり変わる事はなかった。彼らは友人であり、親友にもなったがそれで何が変わるほどの事ではない。


 いつものように貴志と明は、ただ学校で過ごしていた。貴志が盾としてある優しい日常を。

 




《あとがき》



 これから先、明が手術を受けるかどうかは皆様のご想像にお任せします。


 ですが明の側にはきっと自称日本男児がいるのは間違いないでしょう。それがどういう関係かはともかくとして。

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惚れた女が男だと言い張るけれど女だった。 気力♪ @KiryoQ

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