第十三話 記憶は金色 〈ゴールド〉

 彼女は決まっていつも同じ曜日の時間に、この博物館を訪れた。土曜日の十四時から日が暮れて閉館するまで、館内をぐるりと見て回った後にそこに座っている。

(お、今日もいらっしゃる)

 「悠久の歴史に思いを馳せてほしい」という館長の思いから、展示の合間や通路の所々にベンチが置かれている。彼女はいつも決まってそこの、とある展示の見えるベンチに座っていた。

「こんにちは。今日もいらしてたんですね」

 静かに彼女に話しかける。足しげく通ってくれる彼女は学芸員の間でも、ちょっとした有名人だ。噂好きの誰かは

「金手の恋人」

 と、冗談交じりに話していたのを覚えている。「隣に座っても?」と聞くと、静かに彼女は微笑んだのでそれを肯定と受け取って、僕は隣に腰を下ろした。

「すみません、いつも居座ってしまって」

「いえ、いいんですよ。この椅子は『歴史に思いを馳せるための椅子』なんですから」

 彼女の瞳は静かに、そしてどこか悲しそうにその展示を見つめている。

「アトリウルの金の手…… お好きなんですね」

「えぇ…… とても」

 その瞳はどこか右手よりも遠くを見ているようだった。それ以降、話が弾むでもなく、時折世間話を挟みつつゆったりと時間が流れていく。閉館までもう少しと、時間が迫った時だった。

「学芸員さんは前世って信じます?」

 突然発せられた彼女の声は、意を決して言ったのか少し震えていた。

「信じないといえば嘘になりますが…… どうしてです?」

「あの右手は…… 前世の私の恋人の手だったんです」

 彼女はぽつぽつと語り始めた。あたりに他に来館者はなく、展示物たちが静かにこの二人の行く末を見ながら、悠久の歴史の中に佇んでいるだけだ。

「あの右手は神山であったアトリウル山が噴火した年、当時の私の恋人だった時の王の右手です。私は…… 前世の私は、王宮で働く侍女でした。身分も年も違う私たちでしたが惹かれ合い、こっそりと逢瀬を重ねました。そして、火山が町を飲み込むその瞬間、王は私をあの手で抱きしめて約束したのです。「必ず迎えに行く」と、この約束と共にその者にはきっと右手がないはずだと」


 閉館10分前を告げる音楽が鳴り始めた。


「確かに、あの右手は発掘されたときは女性と思しき遺骨のそばにありました。では、貴方はあの遺骨の生まれ変わり……?」

 僕は驚きを隠せずに言った。彼女はそっと目を伏せた。

「……頭のおかしい人間だと思ったと思います。ましてや、前世の記憶に引きずられて、この右手を見に来てしまうなんておかしいですよね」

「いいえ、貴方はおかしくなんてないですよ」

 そういって、僕は彼女の手に右手を重ねた。彼女はひどく驚いて僕の顔を見た。

「あなたは、もしかして…… それにその手は」

「王が約束を違える訳にはいきませんから」


 僕はそっと、右手の義手を外した。

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鉱石短編集 月輪雫 @tukinowaguma

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