(……色々あったなぁ)
ハロルド王崩御の知らせより三日。
葬儀が行われるため学園に向かう予定だった者は王都に留まり、王城も葬儀の支度や城の再建で慌ただしい。
そんな中、レイシアはどうして自分はこんなところにいるのだろうと、王城の執務室で目の前に置かれたお茶を見つめていた。
室内にはうなだれているミハイルと、レイシアの横で何食わぬ顔でお茶を飲んでいるレオンがいる。
(……色々あったなぁ)
たった三日しか経っていないというのに、あまりにも濃密な三日だった。
あの日、レオンと共に城の前まで転移したレイシアは騎士に囲まれた。突然目の前に幽閉されていた人物が現れたのだから、警戒するのもしかたのないことだ。
だがレオンはそうは思わなかったようで、不機嫌そうに鼻を鳴らし、今にも攻撃しそうな雰囲気を醸し出した。
だが幸い、その場にはレイシアと懇意にした貴族令息がいたため、必死に説明することによって騎士対レオンの図は避けられた。
そしていくらかして、どこから呆然としたミハイルがやって来て、レオンに代わり指揮を取りはじめたのだが、玉座の間が火の海になっているという情報が入り事態は急変した。
さすがにレイシアは連れていけないと判断したのか、大人しくしているように言い渡され、騎士と共に玉座の間に向かうレオンを見送った。
それからどれくらい待っただろうか。三十分か一時間か、あるいはそれ以上かもしれない。
戻ってきたレオンの顔は険しく、一緒に行った騎士は青ざめていた。
「アルミラはどこだ」
レオンの厳しい視線はミハイルに注がれた。
「来ていないのか?」
「……あの馬鹿が」
とまどうミハイルの様子に察したのか、レオンの口から悪態が漏れる。
それをレイシアはどこかぼんやりと眺めていた。
なにが起きたのかを知ったのは、夕暮れが近くなってきてからだった。死傷者の確認や、城の損傷具合を確かめたりと忙しなく動いている中で、レイシアは騎士に捕えられそうになった。
とまどい焦るレイシアを庇ったのはレオンと、レイシアが懇意にしている――派兵を遅らせるように頼んだ貴族令息たちだった。
「陛下殺害の共犯である疑いがあります」
高位貴族相手に力づくはできないのか、騎士は必死に彼らを宥めていた。
そして共犯かもしれないと疑われているレイシアは、寝耳に水とばかりにきょとんと目を丸くさせている。
「……アルミラ嬢が彼女の優しさを利用しただけだ」
それを言ったのが誰だったのかは定かではない。気がつけば、今回レイシアが頼み込んだ全員がそう証言していた。
さすがにこればっかりは黙っていられないと、異議を唱えようとしたレイシアを止めたのも、貴族令息の一人だった。
だが貴族令息たちの口添えがあったとしても、それではいわかりましたと疑いを晴らすわけにはいかない。
レイシアは捕まえられ貴族用の牢に入れられかけた。だがそこで、レオンの我儘が炸裂した。
「こいつを捕らえるということは、俺を敵に回す度胸があるということだな」
と威嚇するレオンに、騎士の一人が「いや、あなたも幽閉されている身なので」と冷静に返してしまったせいで、レオンの怒りが振り切れかけた。
そこでようやくミハイルが口を挟んだ。
そしてレイシアは一時的に城に留めるということで話は済み――こうして執務室でお茶をしている。
ちなみにその三日の間で、レイシアにかけられた疑いは晴れたのだが、城から出ることはいまだ許されていない。
「……あの、私はここでお茶をいただいていてよろしいのでしょうか」
おずおずと、沈んだ様子のミハイルに話しかける。
あの日からミハイルは目に見えて元気がない。
(……無理もないよね。アルミラ様が王様を殺した、ことになってるんだから)
玉座の間で焼死体が見つかった。そして、身に着けていた装飾品からそれがハロルドであることが明らかになり、その胸に刺さっていた剣がアルミラのものだということも判明してしまった。
レイシアが共犯として疑われたのもこれが理由だ。アルミラと親しくしており、兵の到着を遅らせ、城に招かれてもいないのにいた人物。疑うには十分な素材しかない。
「……いいんだ。君については、問題ない」
執務机に向かい、書類に視線を落としているミハイルだがただ目を通しているというだけで、頭の中には入っていないのかもしれない。
思わずそう思ってしまうほど、声にも表情にも気迫が感じられない。
「あの……私は、アルミラ様じゃないと思います」
気休めにもならないことを言ってしまうのは、見ていて心苦しかったからだろう。
「事実はどうあれ、あいつの剣が刺さっていたことは変えられん。無関係だという主張は通らないだろうな」
「レオン様! なんでそんなこと言うんですか」
「あいつが方々に回した文書が見つかった。一つ一つは些細な頼みごとだったが、すべて合わせると他国に亡命しようとしていたことがわかった。……これでなにもなかったとは思えないだろう」
「それは……そうかもしれませんけど……でも、レオン様のことも冤罪だったと証明できたわけですし」
「それに関しては、他に犯人の目星がついたからにすぎん。王を殺害した犯人が、死罪になるとわかっていながら名乗りを上げるわけがないだろう」
レオンが捕まったのは、ミハイルを害そうとした罪でだ。
だがあの日から行方知れずとなっているフェイの私室から、ミハイルのものと思わしき装飾品と、穴を掘るための道具や計画書が見つかった。
そのため、レオンが問われていた罪はなくなり、執務室で堂々とお茶を飲んでいる。
「でも、城に仕掛けられた爆薬とかはアルミラ様のせいじゃないですよね。アルミラ様も利用されたということには、ならないのでしょうか」
「……爆薬を仕掛けた貴族は見つけたよ。だけど彼らが出したのもアルミラの名前だった。そちらは都合よく名前を使っているだけだろうけど……彼女じゃないという証拠もないんだ」
無論爆薬を仕掛けた貴族にもなんらかの沙汰が言い渡される予定ではあるが、王殺しの罪までは問えないだろう。
八方ふさがりのような状態に、自然とレイシアの眉が下がる。
「そもそも、あいつが逃げているのが悪い。それではいくらでも罪を着せろと言っているようなものだ」
しゅんと肩を落とすレイシアに、レオンが居心地悪そうに言う。彼なりに慰めているつもりなのだろう。大失敗だが。
「実際どうなのかはともかくとして、手配書は回さないといけない。他国に亡命することを考えていたなら、なおさら……」
先ほどから目を通しているだけの書類はそのためのものなのだろう。一枚もめくられることなく、机の上を陣取っている。
「くだらん」
鬱々とした空気に耐え切れなくなったのか、レオンが舌打ちしながら立ち上がりミハイルの前に立った。
そして机の上にある書類を奪い取ると、眉間に皺を寄せた。
「これは俺が手配する。お前に任せてはいつまで経っても進みそうにないからな。お前は葬儀の準備や城の修繕にでも頭を使ってろ」
「レオン様……!」
書類を片手に握った状態で部屋から出て行こうとするレオンの背中に、レイシアが声を張り上げる。だがレオンは振り向くことなく部屋を出ると、乱暴に扉を閉めた。
「……もう、レオン様はなんでアルミラ様に優しくできないんですか」
閉まり切った扉にレイシアは口を尖らせる。
それに対して、ミハイルは苦笑を浮かべた。
「レオンも色々大変だろうからね。父上だけでなく、彼の母であるコゼット様も行方がわからない……気が立ってもしかたないよ」
「でも、レオン様はご両親のことはどうでもいいとおっしゃっていましたよ? これといった思い出もないそうで……それはそれで寂しい気もしますけど、王族って忙しそうですものね」
顔を強張らせるミハイルに気づかず、レイシアは「だからあんなに捻くれて……」としみじみと呟いた。
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