(この場所のせいか?)
一方、コゼットがまだ玉座の間に向かっていた頃ミハイルは混乱の渦中にいた。
コゼットに言われ庭園に薔薇を探しにでたのだが、どこをどう探しても見つからず、どうしたものかと頭を抱えていたのが少し前。
もしもここに女性に贈る花に詳しいエルマーがいれば「薔薇の開花時期は今じゃない」と教えてくれただろうが、城の庭園にエルマーがいるはずもなく、運悪く庭園の整備をしている庭師もいなかった。
庭園以外を探そうかと当てもなく歩きはじめたミハイルの耳に、なにかを打ち付けるような音が届いた。
様々な分野に手を出してきたミハイルだが、花については調べたこともなかったので人がいるなら聞いてみようとそちらに向けて歩きはじめ――アルミラとフェイが争っているのを見つけた。
そして咄嗟に割り込んだのだが、なぜか助けたはずのアルミラに人質に取られ、フェイはフェイで大剣を構えなおした。
一触即発。しかも刈り取られそうなのはミハイルの命。そんな状況に思わず二人を宥めようと声を出した瞬間、轟音に遮られた。
そして気がつけばフェイの姿は遠ざかり、わけのわからないままその場で棒立ちになっている。
「ミハイル殿下も城に向かわれたほうがよろしいのでは?」
「あ、ああ」
城からは煙が立ち上り、物騒な音が聞こえてきている。促されるまま一歩前に足を踏み出そうとしたミハイルだったが、すぐに思い直したようにアルミラに振り返った。
「……君はどうしてここに?」
「所用がございまして。すぐに退散するのでご安心ください」
剣を鞘に納めるアルミラの視線がちらりと塔に向く。だがそれはほんのわずかな間だけだった。
だがミハイルはその視線の動きに、言い知れぬ不安を抱く。
(この場所のせいか?)
ここでなにがあったのかをミハイルはある程度ではあるが知っている。
だからわけもなくざわつくのかと考えたのだが、一礼し立ち去ろうとするアルミラに思わず「待ってくれ」と声をかけてしまう。
「……どうされましたか?」
「君は……君が城に招かれたとは、聞いていない。君はどうしてここに?」
再度同じ質問を重ねると、アルミラは困ったような苦笑を浮かべた。
「囚われの姫君の救出に参りました」
「……レオンがここに?」
「はい。お力を貸してほしいとは言いません。ですが、見逃してはもらえませんか?」
「……そこまで……レオンのためにフェイに立ち向かうほど、君は彼を思ってるんだね」
胸を締めつけるような焦燥感に襲われ、普段ならば言わないであろう弱音を零してしまう。それは混乱していたせいもあるのだろう。
ミハイルは慌てて「なんでもない」と首を横に振った。
「あの、なにか勘違いされていませんか?」
これ以上弱音を吐かないように城に向かおうと思ったミハイルだったが、不快そうなアルミラの声に下げかけていた頭が上がる。
「私があいつを思っているだなんて勘違いはあまりにも不愉快なので、今すぐ捨ててください」
「いや、でも、君が色々しているのは……レオンを助けるためだろう?」
「あいつがこの国にいるといらない諍いが生まれるので他国に追いやるだけです。まあでも、その必要はなくなりそうですが」
「……それは一体、どういう……」
うろたえとまどうミハイルは、アルミラの言葉を拾い整理するのに時間がかかった。
なにしろずっとレオンのことを好きなのだと勘違いしていたのだ。今さら違うと言われてもすぐにそれを理解し、受け入れるには勘違いしていた期間が長すぎた。
「これ以上国力を損なうわけにはいかなくなりそうなので、あいつは他国に追いやるのではなく――」
「いや、そうじゃなくて、それについても知りたいけど、それよりも、君はレオンを好きだったのでは……?」
「その勘違いは不愉快だと言ったはずですが……私があいつを好きだったことはこれまでも一度もありませんし、これからもありえません」
きっぱりと言い切られ、ミハイルの胸に喜びが広がる。
だが浮つきかけた気持ちはすぐに、またもやってきた爆発音によって止まった。
「ミハイル殿下。今はそんなことよりも、城に向かうべきではないでしょうか」
「あ、ああ」
乙女心と王子としての責任感のせめぎ合いは、アルミラの呆れた声によって責任感に軍配が上がった。
ミハイルはこれまで何度もアルミラに情けない姿を見せている。これ以上幻滅されたくないと思うのは当然だろう。
「……先ほどの国力を損なうわけにはいかない、というのは?」
だがそれは城に向かうという形ではなく、アルミラが口にした国にまつわる話を聞き捨てならないものとして、追及する形になった。
「あいつの魔法の才は管理できればこれ以上ない力になります。ミハイル殿下が王になる国には必要かと、そう判断しました」
「私が王に……? それはだいぶ先のことだろう?」
ハロルドは健康体だ。病気で急死するような気配も今のところはない。
そんな何年も何十年も先のことを見据えて考えているにしては、言い回しに違和感がある。
訝しがるミハイルにアルミラは小さく溜息をついた。
「その問答は今必要なことでしょうか。城でなにが起きているか確認し、皆の安全を確保するのがあなたの役目では?」
「城には父上もいるし、騎士も多い。フェイも向かったから、私が多少遅れて行っても問題はないはずだ。だからアルミラ、なにか知っているなら教えてほしい」
ミハイルが真剣な眼差しを向けるとアルミラの視線がわずかにだが逸れた。その動きに気づかないほど、ミハイルは鈍くはない。
どうにかして情報を引きだせないかと言い募ろうとする前に、アルミラが再度小さな溜息を零した。
「大変申し訳ないのですが、救出は急を要します。お答えしている時間はありません」
淡々とした、いっそ事務的とまで言える返答にミハイルの眉間に皺が寄る。
(……これは一体?)
ここまで突き放すような態度をアルミラに取られたことはない。
王子らしくない振る舞いに呆れているにしても、あまりにもぞんざいすぎる。
(そこまで急がないといけないほど、レオンの状態は悪いのか……?)
ここからではレオンがどうなっているのかはわからない。
アルミラがどうやって今のレオンの状態を知ったのかは定かではないが、急いでいることは確かだ。
そう判断したミハイルが取った結論は、
「なら、私も一緒に行くよ。その道中で教えてほしい」
というものだった。
レオンに対するわだかまりはあるが、それでもレオンを見放していいと即断できるほど嫌っているわけでも憎んでいるわけでもない。
もしかしたらアルミラの手に負えない状態になっている可能性すらある。ここまで急ぐということはきっとそういうことなのだろうという、アルミラに対する謎の信頼によってミハイルの心は決まった。
(……レオンを助けるかどうか、あれほど悩んでいたというのに)
思いのほかあっさりとした心情に自嘲する。
結局のところ、ミハイルはレオンに対する苦手意識はあっても見捨てられるほど薄情ではなかったということだ。
間違っても、アルミラの想い人ではなかったという理由で助けようと決心したわけではない。
「あの、本気ですか?」
塔の内部に入りすでに階段を上りはじめているというのに、アルミラは信じがたいとばかりに怪訝そうな表情をしている。
「レオンが必要なんだろう? それに、城でなにが起きているにしても彼の魔法があればどんな事態にも対応できる。助けないという手はないよ」
「それはそうなのですが……」
レオンの魔法はこういう場面でこそ真価を発揮する。火災であれば水を生み出し、瓦礫が邪魔ならば簡単に撤去することも可能だ。
通常ならば組合に連絡し魔導士を派遣してもらうのだが、レオンがいればその手間を省くことができる。
しかも転移魔法を使えることを考えると、場合によっては魔導士よりも早く現場に到着できるかもしれない逸材だ。
(そうだ。私はなにを悩んでいたんだ……この国のためにも彼を助けるのは当たり前のことじゃないか)
晴れ晴れとした気持ちのミハイルとは裏腹に、アルミラはなぜか疲れた顔をしていた。
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