「俺は強いです。俺に敵う者はいません」
フェイがコゼットと初めて会ったのは十年以上も前のことだ。孤児院の慰問に来たことをコゼット自身が覚えているかどうかは定かではないが、フェイはその日のことをよく覚えている。
これまで子供と接したことがなかったのだろう。そもそも、孤児院の慰問自体初めてだったのかもしれない。
「子供の扱いなんて知らないわよ。お菓子でも撒けばいいの?」
そう言って、マリエンヌに「鳩じゃないんですから!」と怒られていた。
にこにこ笑うマリエンヌと違い、ぶすっとした顔のコゼットは怖かったのだろう。子供たちもコゼットではなくマリエンヌに構ってほしそうにしていた。
子供たちと戯れるマリエンヌ、そしてそれを暖かい目で見守る騎士。コゼットは少し離れた場所で煩わしそうに眺めていた。
コゼットが来たのはその一度だけだったが、そのときの置いてけぼりを食らった子供のような、どこか寂しそうな顔が忘れられなかった。
「ね、ねえ、ちょっと待ちなさい!」
玉座の間からだいぶ離れたところで、我慢ならないとばかりに張り上げられた声にようやくフェイの足が止まる。
振り向くと肩で息をしているコゼットの目には怒りが灯っていた。
「私を誰だと思っているの!」
「それは、コゼット様ですが」
「だったらわかるでしょう! あなたの足についていけるわけがないじゃない!」
コゼットは生粋の令嬢で、運動とは縁のない生活を送っている。
それを考慮したつもりだったが、コゼットからしてみればそれでも早すぎたようだ。
フェイはどうしたものかと空いた手で頭を掻く。コゼットの手を掴んだままなのは離したくないからだろう。
「……コゼット様、どうしてあんなことを?」
「どうしてって、私があの男を嫌い以外の理由があると思ってるの?」
「いえ、そうではなく……コゼット様は今まであのような荒事をされたことはなかったので、どうして突然あんなことをされたのかと不思議に」
「あら、私が黙って指をくわえて見ているような殊勝な女だとでも思っていたのかしら。それなら残念だったわね」
ふんと鼻で笑っているが、汗で額に髪が張りついているせいでいまいち迫力に欠ける。
その張りついた髪を払おうと手を伸ばすが、コゼットの体がぴくっと震えたので即座に引っ込めた。
「コゼット様がなさらなくとも、言っていただければ俺がしました」
こちらを見上げる手負いの獣のような警戒する目に、フェイの口元に苦笑が浮かぶ。
「あなたは彼の騎士でしょう? そんなあなたになにを頼むと言うのかしら。ああでもそうね、私をあそこから連れ出してくれたことには礼を言ってもいいわよ」
フェイの心情としてはハロルドの騎士だったつもりはないのだが、ハロルドとコゼットの護衛騎士だったことは確かだ。
「コゼット様、俺はあなたをお慕いしております」
だからその部分は否定せず、自らの思いの丈を語る。
どうせ賭け事にまでされていたのだから、すでに知っているだろうと思ってのことだ。
「……踏んでほしいの?」
だが返ってきたのは予想していなかったものだった。
怒りから嫌悪感に塗り替わった瞳にフェイは思わず頭を抱えかける。
「アルミラから聞いていたのでは……?」
「あなたが変態かどうかって? そんなの聞いているわけないじゃない」
「俺は変態では! いえ、そうではなく……騎士の間での賭け事のことで、その話をおかしそうに笑っていたとアルミラから聞いたのですが」
コゼットは小さく首を傾げ、それからなにか思い出したかのように頷いた。
「色恋沙汰で賭けをしていると聞いたことはあるわね。それがどうかしたの?」
「……内容は」
「興味ないから聞いてないわ」
フェイが額を手で押さえ溜息を零すと「な、なによ」というとまどった声がした。
「……コゼット様、俺は踏んでほしいとかそういうことではなく、ただあなたをお守りしたいと、そう思っています」
その場に膝をつく。赤い瞳が揺れているのを見ながら、フェイはさらに言葉を続ける。
「俺はあなたの、あなただけの騎士になりたいのです」
「……私に殉じるつもり? 私は王族を害そうとしたのよ。死罪になってもおかしくないわ」
「実際にあれを殴り倒したのは俺です。コゼット様はただあの場にいただけです」
「爆薬まで用意しておいてそれは通らないわよ」
「責任を取りたいとおっしゃるのでしたら、俺もそれに従います。ですが、もしも逃げたいと、そう願うのでしたら……俺はあなたを世界の果てまで逃がします」
守ろうと思っていたのに守ることができなかった。これ以上壊れないように現状を維持することができないまま十二年が経った。
ようやく訪れた機会をみすみす見逃すつもりはフェイにはない。
「俺は強いです。俺に敵う者はいません」
剣術だけなら並ぶ者は他国にもいるが、フェイが得意なのは剣術ではない。
騎士だから剣を持っていただけにすぎず、そもそも愛用していたのも大剣とは名ばかりの鈍器だ。
手段を選ばなくていいのならフェイに並ぶ者はいないだろう。十二年前にはなかった、コゼットを守り切れるという力と自信が今のフェイにはある。
「だからどうか、俺にあなたを守らせてください」
さすがにここまで言われてわからないほど鈍くはなかったのだろう。
コゼットの顔が赤く染まるのを見て、フェイは握っていた手に額を寄せた。
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